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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第九章 嚆矢のクロスオーバー
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あなたにすべてを


 フォルティス王は、己の目を疑った。

 テイマーズギルドでも、有する者がごく限られる「融合召喚ウィンクルム」。

 かつて、神獣や龍をも従魔シムレースとし、「融合召喚ウィンクルム」を以て魔族の軍を退けた従魔使い(テイマー)の伝説は、フェリーシュ王家やテイマーズギルド自体はもちろん、今も名だたるギルドの上層部の間に残っているはずだ。

 カードル伯(アークエルド)が主と定めるほどの従魔使い(テイマー)だからとは思っていたが、フォルティス王自身、その見た目に囚われていたようだ。うら若き娘に見えていたが、とんでもない傑物である。


 黒髪に少しの栗色を残す少女の瞳もまた、黒い瞳に紫を宿していた。

 頭部から突き出た二つの狼耳が、漆黒の尾が、彼女が人で非ざる者と物語る。

 神官の祝福を宿した身体が、無造作に腕を振り下ろす。漆黒のツメが伸び、それもまた光を帯びていた。



 強く弾かれた黒剣が、その腕ごと退く。左の長剣を合わせるようにソレアードは引き戻していた。左肩ががら空きになる。追撃を予測して、ソレアードは長剣を大振りに左へと払った。しかし、シリウスとアークエルドは、逆に下がる。

 その瞬間、剣戟が止んだ。

 彼女が駆け出す。ふたつの声が重なった。


風の矢(ヴァン・ヴェロス)!」

風爆矢フラゴール・フレッチャー!」


 術句ヴェルブムの風がはしり、より強いアルス・ノーミネのための道を拓く。交差する二つの剣が、それぞれを墜とすべく動く。しかし、彼の反応よりも爆矢のほうが速かった。

 剣に触れた瞬間、着弾と判断した風爆矢フラゴール・フレッチャーは、即座に炸裂した。

 爆風と炎が撒き散らされる中、視界が奪われる。

 それでも、少女には見えていた。地図マップ上の赤い光点(エネミー・アイコン)が正しく、不死王ソレアードの位置を告げる。爆風に髪を煽られながらも、彼女は走る。


疾風駆矢(ペイル・トレケイン)!」


 更に一発。

 爆風を切り裂いて、その一矢は到達した。地狼の穿った喉元の真下、首と胸の付け根に突き刺さる。ソレアードは息苦しさと痛みを思い出した。不死者(アンデッド)の身体は呼吸などしていない。痛覚もない。それでも、反射的に心が覚えている。このようにされたら痛い、という記憶が生み出す、心の生む痛みだった。遥かに遠い痛みであっても、ソレアードに不自由を強いる。苦し紛れに、ソレアードは黒剣を振るう。闇の波濤が、爆風を吹き飛ばして少女に迫る。

 祈りが、届く。


「来たれ聖域の加護(サンクトゥアリウム)!」


 青の神官の聖域が、波濤を消す。

 少女の左右から、ふたりの戦士が個々の武器を振り上げた。


「返してもらおうか!」


 シリウスの片手剣が、速さでまさった。

 不死王ノーライフ・キングソレアードの爛れた左手を、その、手首を落とす。手首は光へ還り、長剣のみが地に転がった。

 不死伯爵アークエルドのステッキが、次いで黒剣が戻るのを押さえ、ソレアードの身体を開かせた。二対の赤い瞳が、間近で交錯した。互いに哀しみの色を宿したまなざしが、そこにあった。


 少女はソレアードの胸元へ飛び込む。漆黒の爪に神秘の光を宿し、それはシリウスの長剣が刺さっていた傷を、一度は塞がった穴を、再度貫く。

 違和感。

 その手ごたえの空虚さに、少女は爪を消す。飛びずさった時、その違和感の正体に気付いた。

 ――自分のHPが、削られている。


不死王ノーライフ・キングに祝福された死などあり得ぬ」


 ダメージと等価の生気吸収エナジードレインが行なわれていた。

 地狼の爪は、肉体の一部である。そのために、ダメージ反射が少女へとまともに入っていた。その黒と紫のまなざしが、マルドギールを探す。ソレアードの、後ろだ。

 ソレアードは、少女の脚が止まったのを見逃さなかった。黒剣から闇の波濤が、少女を襲う。その時。


闇よ閉ざせオペィルティ・テネブラィエ


 厳かな、フォルティス王の声が響いた。

 薄明りの灯っていた墓室が、闇に包まれる。少女を襲うと想像していた衝撃もまた、同様に消えていた。

 少女の瞳は地狼同様、闇の中でも不自由しない。左手を掲げた不死王フォルティスが、こちらを見る。


従魔使い(テイマー)よ、呪われし我ら不死者(アンデッド)を受け入れられるか?」


 ユーナには、その問いかけの意味がよくわからなかった。しかし、不死伯爵(アークエルド)を、不死王(フォルティス王)を否定する気はない。少女アルタクスはその心を汲み、頷く。

 満足げに、フォルティス王は笑みを浮かべる。


「ならばアークエルドよ――この不死王(ノーライフ・キング)フォルティスより授けた短剣を、己が主に捧げよ」

『――上位の触媒は、下位すべてを上回る……』


 アニマリートの声が、記憶から甦る。この時、ようやくユーナはフォルティス王の問いかけの真意を悟った。淡い紫の光が、闇に浮かび上がる。その柱の中で、ひとりの少女は二つに戻った。


「アルタクス……」


 ユーナの心に問うまでもなく、融合召喚ウィンクルムが解かれた。付与されていた聖属性も失われた状態で、目の前に地狼が立っている。


「父上、これ以上の邪魔立てはやめていただきたい」

「ソレアードよ、何を恐れる? 不死者(アンデッド)として死を欲する己を、王の意志で律することなど、そなたであれば容易かろうに」

「王であればこそ、恐れるのです」


 苛立った親子の会話が聞こえる。

 ユーナがソレアードのことばに首を傾げた時、その目前に黒の短剣が差し出された。音もなく、不死伯爵が跪いている。ただ、ことばはなくとも、共鳴が困惑を届ける。この距離ならばと、ユーナは「融合召喚ウィンクルムとは何か」を伝えた。


 ――アークエルドは、わたしに全部、任せられる?

【全部?】


 問いかけには、問いかけが返された。

 ユーナはできるだけわかりやすく、と思いながらことばを選ぶ。


 ――その短剣を触媒に契約すれば、地狼アルタクスみたいに、わたしとアークエルドで融合召喚(ウィンクルム)できると思うんだけど……まだレベル低いから、実際にはわたしは自分の意思で動いたりできなくて、アークエルドのほうにお任せになるんだよね。それでも、だいじょうぶ?


 告げられた内容の重さに対し、あまりにもユーナの声音が軽い。

 アークエルドの困惑が深まるのを感じ、ユーナは焦った。


 ――あのね、ちゃんとわかってるよ? そりゃあ、最初はアルタクスに身体を預けるのも怖かったけど……アルタクスもアークエルドも、わたしが嫌がること、するわけないじゃない。

 いつか、わたしがちゃんと使えたらいいなって思うけど、今は無理だから、その……お願いします。


 この時間は、フォルティス王の気遣いだ。

 地狼との融合召喚では、ソレアードを倒せない。

 目の前に、別の手段がある。

 それならばと選択するだけでは安易な判断すぎると、ユーナ自身も思う。不死者(アンデッド)との融合召喚ウィンクルムがどういう影響を及ぼすのかもわからない。すべてを委ねることの重さを、ユーナ自身が理解していると言い切る自信もない。

 ただ、あの時のように。

 アークエルドを別荘から連れ出した時のように、ユーナは受け取っていた。自分にできることなら、やってみたい。

 そして、誰一人として失いたくない。それだけだった。


 まっすぐな気持ちが、彼女の頭を下げさせる。

 アークエルドはひとつ、息を吐いた。主として命じるのではなく、こうして彼女はいつも願うのだ。だから、不死伯爵アークエルドはユーナの手を取り、短剣を握らせる。


貴女あなた従魔シムレースであることを、誇りに思う。――私の全てを捧げよう、我が主殿」


 その手に落とされた誓いと口づけに、ユーナは固まった。

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