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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第一章 始まりのクロスオーバー
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 カードル伯爵。

 この別荘の主にして別荘クエストのボス、不死伯爵ノーライフ・カウントという不死者アンデッドである。闇に揺蕩たゆたう時には一切の物理攻撃が効果を失くし、触れれば命をも奪われる。初心者には全く不向きな敵なのだが、ある特定の方法で物質化を促すことができ、物理攻撃がしっかり入るようになる。それ即ち。


「聖水ぶっかけたらいいのよ」


 身も蓋もない言い方をするのは、我らが青の神官アシュア様である。


「黒い靄状態の伯爵に触ると、ガンガンHP吸われちゃうから絶対だめ。聖水をその靄にぶっかけるか……まあ、魔法攻撃でもいいんだけどね。そうすると人型に戻るからー」

「戻ったところで聖属性付与の武器で攻撃するんですね……」

「うん♪」


 鬼か。

 可愛く笑顔で頷いているアシュアに対して、何となく二人の眼差しの温度が下がった気がした。

 理屈で言うのならば、彼女は正しい。初見殺しに対して、最適解を見つけたのだろうとも思うし、これ以外の攻略法は未だに知られていない。しかし……。


「エグいですね」

「それを言っちゃあおしまいよ、おとっつぁん」


 己でも悟っているのだろう、シャンレンのツッコミにそっと視線を遠くに投げていた。

 ユーナのスキルが未だにナシという状態なので、今まで通り後方支援で水鉄砲や聖水投げ担当である。水鉄砲はこれが最後の一個なので、武器破壊には注意しなければならないが……何分、竹のような植物でできている上におもちゃなので、耐久度は一代目と同じく無いに等しい。最悪、骸骨執事の時と同じように水袋を使うことにしている。

 かなり軽装備になったシャンレンは、変わらず前衛として攻守を担当する。アシュアは彼に守りを担当させる気がさらさらないようだが、ユーナにしてみるとあれだけの動きができる人物なので、どのような攻撃であれ、軽く回避できてしまいそうに思えた。

 後方支援の要である神官アシュアは、じゃらじゃらと術石で遊びながら、ビスケットを齧っているのが現状だった。一応、今は不死伯爵の行動パターンと対処法を確認しながら、ではある。


「あのひとも、アズムさんと同じようにお話できるとは思うけど……レンくん、念のため、リーダーもらっておいていいかしら?」


 何かが会話中にフラグとして存在するのなら、PTリーダーのほうがクエストに乗りやすいかもしれない。骸骨執事の時にはPTMであっても関係なかったので、可能性はかなり低いだろうけれど……。

 シャンレンはその申し出に、快くリーダー権限を委譲した。


「試してみなければわかりませんからね」


 リーダー権限を持っている旅行者プレイヤーでなければ受注しているクエストが進まないという前例はないが、リーダー権限を持つ旅行者のフラグがPTMに波及することはありうる。シャンレンの説明に、ユーナも他のMMOだったが覚えがあり、強く頷いたのだった。

 各自の道具袋インベントリの整理も、MPや疲労度スタミナゲージの回復を待っている間に終えた。大量のカトラリーや甲冑がシャンレンの道具袋インベントリを圧迫し始めたようで、布は全てユーナがいったん預かることになった。


「――あら? ねえ、レンくんってレベル上がってない?」


 今か今かと、アシュアもユーナと同じように回復を待ち望んでいたのだろう。ふと視線が宙に向いたと思った時、慌ててシャンレンに問いかけた。

 PTMのステータスバーの隣には、各人の名前とレベルが載っている。ステータスバーばかり見ていたが……。


「ハイ、上がりましたよー。やっぱり気づいてなかったんですね」


 少し照れたように笑って答えるシャンレンに、慌ててふたりとも「レベルアップおめでとう!」と祝福する。


「レベルアップ音が一つしか聞こえなかったので、つい……」

「あー、それよそれ! ユーナちゃんので聞きまくってたからうっかりしてたわ」

「あのメロディは、出ないようにしているんですよ」

「えーっ!?」


 実際、戦闘終了時にレベルアップ音が聞こえてしまうと、潜伏中であったら確実に問題が発生する。そのため、この次の町のクエストで、オプションから設定変更できる旨のチュートリアルが入っているのだ。そこまで行くと音が鳴らないのが標準なので、同じPTMのレベルを把握し、気をつけるようになる。教わって、早速ユーナもオプションから音を切った。


「ユーナちゃんはまだ鳴らしててもいいのにー」

「いえ、まあ、その……いいんです!」


 何だか寂しそうに呟くアシュアの気持ちもわかるが、知ってしまった以上、鳴らしっぱなしにする性格ではないユーナだった。

 すべてのステータスバーがオールグリーンとなり、ようやく、三人は食堂を出るべく立ち上がる。


「そう言えば、誰も来ませんでしたね」

「ここは一応ボス部屋扱いだから、いったん中に入って扉を閉めると、次のPTが開けても別空間になるのよ」


 要するに、並行世界パラレルワールドと呼ぶべきか。

 ボス部屋と呼ばれる中ボス以上の魔物が配置されている部屋には、複数のPTが同時にクエスト攻略を行う場合がある。混雑を避けるために、幻界ヴェルト・ラーイではボス部屋の扉が閉まると、次に別のPTが扉を開けた時には同条件の別のボス部屋が広がるようになっていた。レイドボスの場合には扉を閉めず、複数のPTが更にレイドを組んで討伐を行うのだ。ただ、扉を閉めてしまうとボスを倒すまでは再度扉が開かないため、初見だったり、討伐に自信がない場合には敢えて開きっ放しにしておくらしい。また、倒したあとのボス部屋には魔物が出現ポップしないので、あのように安心して休憩できる部屋になるそうだ。

 少し歪んだ法杖で、簡単に開いた食堂の扉をコンコン叩きながら、アシュアは丁寧に教えてくれた。ただ、アシュア以外今回初見だったのだが、ユーナが突っ込んでおくべきかどうか悩んでいる間に、三人は一階奥の階段にたどり着く。

 星明かりの下に、敵影はない。

 木の軋む音が静かな邸内に響いたが、階段は特に崩れることもなく昇ることができた。上がった先は玄関にも似た小ホールになっており、テラスへの出入り口にはしっかりと鎧戸が打ち付けられていて、出られそうになかった。


「なるほど、先客ね」


 廊下、階段、小ホールを抜け、更に奥へと進んでいく中、全く魔物に遭わなかった原因。

 いくらなんでもおかしい、と三人とも考えていた折、アシュアが答えを見出した。

 最後のボス部屋であるカードル伯爵の寝室の前で、星明かりに似た光を見つけたのだ。

 また、シャンレンとユーナは気づいていた。彼女の声音がその先客の存在を喜ぶものではない、と。


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