表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第九章 嚆矢のクロスオーバー
194/375

双子姫

「アークエルドか……良い名だな」


 赤のまなざしが、濃い緑に戻る。

 そして、フォルティス王は一度戻された短剣を、再度、アークエルドへ差し出した。


「ただ、ひとりの父としてこいねがう……どうか、我が子らを救ってもらえまいか」


 命ではなく。

 父なる者の願いである。


 ことばの深淵に、双子姫だけではなく、もう一人の眠れぬ王の存在を感じる。

 跪いたまま、不死伯爵アークエルド己の主(ユーナ)を見る。

 その月色のまなざしが揺れているのを見て、厳しい顔つきをしていたユーナは表情を緩めた。途端、紫水晶の目が幼くなる。


 ――アークエルドの、心のままに。


 やりたいことがあるならご自由にどうぞ。

 二度目に言葉を交わした時と違わず、彼女は不死伯爵アークエルドを促した。共鳴で伝わるまっすぐな気持ちを受け止め、アークエルドは頷く。

 そして、黒の短剣と化したそれを、受け取った。


「この身に代えても」


 彼の誓いを聞き、ユーナは視線を落とす。

 未来を変えたつもりでいた。カードル伯(アークエルド)が在る未来に、今自分たちは立っている。しかし、いつでもそれは変わってしまうのだ。いつまでも未来に、彼が居続けるわけではない――。

 それでも。

 ほんの少しでも長く、共に歩める未来が欲しい。

 運命の鎖から解き放っても、彼自身が過去に囚われ続けたいと願うなら、それも一つの選択だと……ユーナは、どこかやるせない気持ちで考えていた。


 フォルティス王は望む答えを得、頷いて身を翻す。その先には双子姫が、心配そうに父王を見ていた。広げられる両手に、幼子は駆け出して飛び込む。


「――まだ、三歳だった」


 愛おしげに、王は双子姫を抱きしめる。小さな頭は土気色の手のひらに収まるほどだった。撫でられて、ふたりの姫君は嬉しそうに微笑む。


「この霊廟で目覚め、己が忌むべき不死者(アンデッド)であると悟ってもなお発狂せずにいたのは、この子たちのおかげだ。永劫の闇で、どれほどの救いであったろうか……」

「とーさま?」

「ととさま?」


 難しいことばの羅列に、少女たちは首を傾げる。すると、父王のまなざしが向けられる。目が合うと「ふふ」と彼女たちは笑うのだ。

 笑うのだ。


 フィニア・フィニスは唇を噛んだ。死後の世界など知らない。だが、ただひとりでそこにいることが苦痛であり、誰かが傍にいることが幸福であることくらい、容易に想像がつく。

 盾士セルウスは気遣うように、フィニア・フィニスの表情を伺う。掛けることばは、見つからなかった。


「いずれ、誰かが訪れよう」


 厳かに、フォルティス王は口にした。パッと幼子たちの表情が明るくなる。それで、剣士シリウスは悟った。そのことばを、双子の姫君たちに幾度となく繰り返したのだろう。


「その時、そなたたちがこの闇から旅立てるよう、父が頼んでみよう」


 大きく、幾度も少女たちが頷く。満面の笑みで、「たびー、たびー」とはしゃぎ始める。

 不死伯爵アークエルドの拳が震えた。

 父王が幼い身体を手放すと、双子姫は駆け出す。跪いたままの彼へと。


「かーどゅと、いくの!」

「いっしょに、いくの!」


 高い声音が、ねだる。

 触れることもできないままに、不死伯爵アークエルドは困り果てて、王を見上げた。


「陛下……」

「すまんな。

 待ち人など来ぬと……思いながらも、その日を夢見てしまった」


 他国から、側室として献上された双子姫の母は正妃と同様、産褥熱で他界した。残された双子星は、病弱で、寝所から出ることすらままならぬ姫たちだった。王家に産まれなければ、生を受けたその日に潰えていたことだろう。

 だからこそ、己のほうが先に逝くとは思わなかった。優秀な息子に全てを委ねると決め、その計画は着々と進んでいた。王としての公務を任せるに足る第一王子を誉れと思い、老後をか弱き姫たちと共にのんびり過ごそうと考えていたのだ。

 すべてを、熱病が奪った。

 己を、国の民を、姫たちと、そして……国を委ねた息子の命さえも。


 フォルティス王は息を吐く。

 苦い、苦い溜息だった。


「本来、我らは墓室の中に封じられたモノだ。

 だが、不死者(アンデッド)としての力で、今はこの姿かたちを取ることができている。ひとたび扉を開けば、我とてそなたたちに牙を剥かずにはいられまい……」


 そのまなざしが、旅行者プレイヤーへと向く。

 深い、深い哀しみがそこにある。

 青の神官(アシュア)は、緑の深淵を見返した。


「我が力がなくば、姫たちは自我すら保てぬ。だからこそ、依り代が必要となる」

「依り代?」


 おうむ返しで問うアシュアに、フォルティス王は頷いた。その視線が、従魔使い(ユーナ)に移る。


「うら若き従魔使い(テイマー)よ、そなたは従魔の宝珠を知っているか?」


 知っているどころか。

 ユーナは王の問いに目を瞠り……従魔の宝珠の持ち主たる、フィニア・フィニスへと視線を向けた。当の本人も驚いて、ぱちぱちと美しい空色の瞳を瞬かせている。ユーナの視線を受け、フォルティス王の視線を受け、フィニア・フィニスは乾いた声で訊き返した。


「その、従魔の宝珠が依り代になるってことか?」

「強大な力を持つ従魔シムレースのものであれば、一つの宝珠を二つに分かつことができる。

 双子で生を受けた姫なれば、ただの魔石では事足りぬのだ」


 フォルティス王の説明を聞き、フィニア・フィニスはニッと笑った。黄金の巻き毛に空色の瞳、とても愛らしい容貌が一瞬で悪戯小僧のように変わる。フィニア・フィニスは躊躇わなかった。

 道具袋インベントリから取り出した従魔の宝珠(それ)を見て、青の神官(アシュア)は溜息をつく。


「フィニアちゃん、預けなかったの?」

「忘れてたんだよ。使わない金銭(現金)って言ってたしさ」


 もしも全滅していたら、MVPアイテムが喪失していたかもしれない。今からでもその可能性は否定できないくらい恐ろしい話である。しかし、そんな呑気なふたりの会話も耳に入らないほど、フォルティス王は驚愕に震えていた。


「――まさしく、従魔の宝珠……!

 これほどのものを持つとは、よほど名のある者たちなのだろうな……」

「命の神の加護を受けし者たちでございますゆえ」


 誇らしげに、不死伯爵アークエルドが告げる。

 驚愕と喜びで、眩しそうに従魔の宝珠を見る父王に対し、双子姫はその大きな宝珠を見て頭を横に振った。


「――とーさま、あれ、ヤ」

「ととさま、ヤ」


 父王のもとへ駆け戻り、口々に言う。舌ったらずの声に、フォルティス王は双子姫の肩をそれぞれ抱く。

 小さい肩である。同じ年の頃の幼子より、余程小柄だろう。今はドレスに隠れている細い腕も細い脚も身体も、ただ記憶の中のものだ。子どもであるにも関わらず、その頬は丸くなかった。ふっくらとしなかった。乳を口にしても、すぐに飲むのをやめてしまう子らだった……。

 大きくなって。

 重くなって。

 それらの記憶が遠い日の夢であることなど、百も承知だ。

 フォルティス王は、笑んだ。

 そのまなざしが紅に染まり、頭上の名が「不死王ノーライフ・キングフォルティス」へと変化する。


「いいのかよ、アンタ」


 従魔の宝珠を両手に抱え、黄金の狩人(フィニア・フィニス)は泣きそうな声で問う。

 その姿に、双子姫がやがて育ち……それほどまでに大きくなる時の幻を重ねる。親とは、斯くも愚かなるものなのだ。不死者(アンデッド)に未来などない。成長する日など来ない。それでも、闇の中で終わらせたくない――。


「この子らがいては、戦えぬ。

 頼む、命の神の祝福を受けし者よ。我が子らを、どうかこの忌まわしきくびきから解き放ってほしい。

 どのような形でも構わぬ。従魔シムレースとなり誰かに膝を折ろうとも、心を失い絡繰り人形に封じられようともよい。

 そなたたちにならば、託せる……」


 父王は左手を掲げた。その手に填められた指輪の宝石が、彼の瞳と同じ色合いの光を放つ。

 従魔の宝珠の中の、片翼が煌き……従魔の宝珠が、フィニア・フィニスの手から離れ、浮き上がった。

 フォルティス王はしばしその大きな宝珠を見つめ、やがて、剣士シリウスへと視線を移す。彼は察して、剣を構えた。

 

「二つにすればいいんだな」


 彼のことばは、ただの確認だった。

 長剣が宙を一閃する。短い音が、宝珠を割った。


「とーさま?」

「ととさまぁ……」


 双子の姫が、父王のマントに取り縋る。

 空いた右手が、別れを告げるためにふたりの頭を撫でた。


「さらばだ、姫よ」


 そのことばを最後に、双子姫のまなざしから光が消える。くたりと力が抜け、その身体が宙に浮き……分かたれた宝珠へと重ねられた。色褪せた姿が、半球の中へとそれぞれ封じられていく。

 双子姫の姿を、父王は見つめていた。

 その影が失われ、従魔の宝珠がフィニア・フィニスの手に戻される。

 割れた宝珠は、もう戻らない。

 フィニア・フィニスはそれを抱きしめた。

 不死王(ノーライフ・キング)フォルティスの、精一杯の祈りの込められた赤い光は、もうどこにもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ