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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第九章 嚆矢のクロスオーバー
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王家の霊廟


 床にべったりと人型の何かがへばりついている。魔力光に照らし出された変質した床の痕跡を見て、アシュアは小さく溜息をついた。おそらく、彼女たちが階下に降りたことで「アレ」は動いたのだろう。新たなる犠牲者が降りてくる度に、仲間を増やしていったのではと想像できた。その細かい経緯には思いを馳せたくない。


「ここは、別荘とは違うようですね」


 ごくごく当たり前のことを言う骸骨執事アズムに、ユーナは首を傾げた。カタカタとしゃれこうべを鳴らし、老女を片手で抱え直してから、彼はもう片方の手を胸元にあてて礼をする。


「失礼いたしました。わたくしが申し上げたのは、あの不死者(アンデッド)は誰かに仕えているわけではない、という意味でして」


 エネロの別荘では、存在する不死者(アンデッド)はすべからくカードル伯に仕えていた。だからこそ、侵入者に対して妨害行為を行いながらも、彼の望む眠りを齎すことができる者を選別していたのだ。

 だが、先ほどのゾンビたちは、ただ獲物を漁っていただけである。

 指摘を受けて、不死伯爵アークエルドは目を細めた。


「王家の霊廟故に、陛下や殿下のお傍に控える者も王族の方、か……」

「殉葬の習慣がないなら、そうなるわね」

「ジュンソウ?」

「えーっと、主君が亡くなったら仕えてたひとたちが後追って死んで、あの世でも仕えるためにまとめてお葬式しちゃうの」


 答えるアシュアの脳裏には古代エジプトあたりの光景が浮かんでいるのだが、尋ねたフィニア・フィニスのほうには武士の切腹が浮かんでいた。


「逆心により誅された王族や貴族の場合、その妻子をも連座となることはあるが……そもそもそういった者達は王家の霊廟に葬られることはない」

「そうよねえ」


 まして、今回は謀反という話でもない。

 彼らに仕える者が少ないと考えれば、これ以上の余計な戦闘は避けられるかもしれない。逆に言えば、殆ど雑魚が少ない分、クエストボスの難易度は跳ね上がる。老女おばばさまには、いっそ固定聖域結界の中で安全に待っていてもらうほうがいいかもしれない。骸骨執事アズムの腕前は、遊ばせておくには惜しい。

 青の神官(アシュア)は腰に佩いた道具袋インベントリとは別の小袋の中に手を入れ、中身を確認しながら考えた。先日、エネロの別荘へ向かう際に必要になると思い、大量に作成した聖属性の術石だ。まだまだ在庫はある。エスタトゥーアと錬成したために質も良く、購入するよりもかなり安く済んだ。聖属性付与にのみ使用していれば、問題なくもつだろう。

 その聖属性の術石を弄ぶアシュアを、静かなまなざしで不死伯爵アークエルドが見返している。共鳴によってぎる感情(哀しみ)に触れ、ユーナは彼をそこから引き剥がすために尋ねた。


「アークエルドは、先代の王さま……第一王子のほうに、会いたいんだよね?」

「陛下にお目にかかることができるのなら、それもまた光栄な話ではあるが」


 王家の霊廟の墓所にまで足を踏み込んだ以上、どちらもいるのだから、どちらをも望むことは単純に考えたらついでの話である。だが、実際にはその対話のあとに戦闘が待っている可能性が高い。己が歩んできた道のりを、不死伯爵アークエルドは覚えていた。だからこそ、ことばを濁す。不死者(アンデッド)でありながらこの場にまでたどりつけたことが、まず奇跡なのだ。多くを望める立場ではない。

 そう考える不死伯爵アークエルドとは真逆に、彼が望むことを理解した主は、更に問いを重ねる。


「どのあたりにいそうとか、わかる?」

「結構、部屋あるよな」

「その部屋は建国王の墓室だ。以降、歴代の王の墓室が並ぶ。先代となれば……最奥になる」


 剣士シリウスが触れている扉にも、王家の紋章が刻まれていた。

 翼を広げた鳥の意匠は、微妙に従魔の印章(シグヌム)を思い出す形である。あれは翼のみだが。


 王家の霊廟は、今後その住人が増えることを見越して、奥に拡張できるように作られている。カードル伯が現役の時代に三十五代目国王が即位していたので、現在は三十七代目ということになる。単純計算で三十五・六室目が目的地というわけだ。各墓室の主に連なる妻子は、同じ墓室に埋葬されるらしい。子が新たなる王の場合は、隣室となる。王の子でも王族のまま亡くなった場合には、父王の墓室に埋葬されるという仕組みだ。

 幾度か参拝したことのある不死伯爵(アークエルド)の案内を受けながら、一行は進む。殿にユーナとアルタクスを配置し、戦列を入れ替えたのだ。ゾンビがまた出現した場合を考えると危険な配置でもあるが、アルタクスの警戒スキルを期待しての判断である。今はユーナも自身の足で墓所を歩いていた。死の沈黙を打ち破るように、アシュアが知的探求心という名の興味本位で、アークエルドに尋ねる。


「寵姫とか、愛人とかも一緒に埋葬されるの?」

「――命の神の御前で、一生を共に過ごすと誓い合う相手は一人だけだろう?」

「政略結婚で、本命は別とかよくあるじゃない」


 身も蓋もない訊き方をする彼女に、アークエルドは溜息をついた。王家の醜聞になるためにことばを濁したのだが、彼女には通じないと悟る。しかも、己の主(ユーナ)までが後ろから尋ねてきた。


「後宮とか、側室とかですか?」

「そうそう。王家っていうとありがちよね」

「過去に正妃以外に寵姫がいたという例がなかったとは言わないが……例え側室であろうとも、王の子でなければ王族ではない。先ほども言ったが、墓室に埋葬されるのは王族――王、王の正妃、王の子のみだ。ただ、側室の生んだ子が臣籍に下る前に亡くなれば、父王と同じ墓室に埋葬されることになる」


 どうやら後宮はないようだが側室という制度はあるようだ。王城の形状を思い出しながら、アシュアは歴史を学ぶような気持ちで話を聞き入っていた。側室は自身の実家の墓所に入ることになるのだろう。

 そこでふと、気になってしまった。

 エネロの別荘で一応生涯を終えた貴族の、系譜はどうなったのだろうか。


「……カードル伯って、独身?」


 不死者(アンデッド)に対して訊くことではないのだが、やや声を潜めて、アシュアは尋ねた。さすがに不死伯爵アークエルドも口ごもり、すかさず骸骨執事アズムが答えた。


「たいへん、たいへん残念ながら、旦那様には奥方様はおられませんでした。ごらんのとおり、一夜の恋には事欠かないお方でしたが、殿下が落ち着かれるまではと……」

「アズム」


 声を潜めても台無しである。沈痛なまでの声音に対し、アークエルドの注意が飛ぶ。途端、骸骨執事アズムは口をつぐんだ。アシュアは何となく「奥方様いなくてもお子様はいたのかしら」と考えてしまったのだが、これ以上は無神経すぎるだろう。既に十分無神経であることは棚上げである。


「そっかー、事欠かなかったんだー」


 ぽつりと、ユーナの呟きが墓所に響く。

 不死伯爵アークエルドが、びくりと肩を震わせた。それをばっちり見てしまい、意外そうに剣士シリウス従魔シムレースを見た。こんなに人間味あったっけ?


「イケメンっていいよなー」

「姫、あの、不死者(アンデッド)ですからね!?」

「知ってる」


 フィニア・フィニスは明らかに一般論を口にしただけだが、盾士セルウスは慌てて念押しをした。それをしらけた目で見返す。正直、何を言ってるんだこいつは、である。

 雲行きが怪しい。

 言い出しっぺたる青の神官(アシュア)は話を戻した。


「先代の王さま……あなたの殿下は、独身だったの?」

「私が王城を離れる時にも、正妃は娶られておられなかったが……」


 独身であれば、先代の王の部屋は王のみが在室していることになる。対して、先々代の王の正妃は第二王子を生んだ後、産褥熱でこの世を去っていた。第三十五代の墓室は、王と王妃が眠る部屋ということになる。不死王妃ノーライフ・クイーンの登場も視野に入れるべきか、それとも熱病と関係なければ不死者(アンデッド)にはならないのだろうかと、アシュアが可能性と戦闘の流れについて考えているあいだに、ユーナは深々と溜息をついていた。


 ――そうだよねー。ベッドでもすんごく慣れてる感じだったし……いっぱい恋人いたのかなあ。何だかもったいない……。


 ぼーっと考えながら、足を運ぶ。その視線は先頭に立つ不死伯爵アークエルドの背中に注がれているわけだが、彼もまた何故か溜息をついているようだった。あれ、前の彼女のこととか思い出してるのかなあ、などとまたユーナが考えていると、地狼アルタクスが指摘する。


【ユーナ、それ駄々洩れ】


 さぁっとユーナの顔色が蒼白になる。共鳴スキルがユーナの内心をフルオープンにして従魔シムレースたちに伝えていた、という事実に、咄嗟に謝った。


「ご、ごめんなさい!」

「いえ、こちらこそ……すまなかった」


 彼女の叫びに、不死伯爵アークエルドが立ち止まり、振り返る。しかし、弱り切ったように視線は逸らしたままだ。唐突に謝罪大会が開始された主従のやりとりに、状況が読めず、剣士シリウスは肩を竦めるのだった。

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