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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第一章 始まりのクロスオーバー
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方向性

「意外と向いてるのかもしれないって……少し思うけど、今決めるのはちょっとね」


 アシュアの意見にシャンレンは安堵の笑みをひきつらせ、ユーナは思いっきり首を傾げた。この流れで何故?と語る二人の様相に、原則遠距離支援例外杖で直接攻撃な神官は、さらりと事実を述べる。


「だって、ちゃんと止め刺してるじゃない」


 森狼王然り、骸骨執事然り。

 初心者ならではの無謀な突撃以外の何物でもないが、ユーナは敵のHPバーを把握し、ラストアタックで撃破してきたのだ。正直、彼女の一撃程度のHPしか残っていないかどうか等、比較的場数を踏んでいるはずのアシュアでもわからない。

 その指摘に、シャンレンはなるほどと頷き、ユーナは逆に首を振った。


「偶然です!」

「運が良かっただけかもしれませんが、幻界ここ現実リアルと同じで、コマンド入力で倒せるようなゲームところではありませんからね。スキルがなくても、私がこれだけ動けるんですから……本人の資質もあるような気がします」


 ただ、はっきり言って突撃は無謀なので、リーチがあるほうが望ましいのではないかとシャンレンは繰り返した。ユーナもそのことについては同意する。スキルがあってもシャンレンのような動きが取れるかどうか怪しいし、やはり飛び込んでいくのは怖い。神官アシュアがいるから、という安心感もあるのだろう。あの時には正直、「倒さなければ」以外は何も考えていなかったが。


「接近戦では、本来反撃を受けることを予測しておかなければいけません。受けるとしても、自分のHPで耐えられるものでなければ死んでしまいます。避けるか弾くか、反撃できない状況に持ち込むか。こればかりは鍛錬あるのみでしょう。思いっきり骸骨執事の反撃カウンターを受けた私が言っても説得力がありませんが……」

「アレは中ボスクラスだったし。それに、ちょっとおかしくなかった?」

「召使を殲滅する前に執事が動いていましたよね」

「そう、それ」


 本来、骸骨執事は取り巻きの召使スケルトンを殲滅してからでなければ戦闘を開始しない。また、あの反応速度や行動パターンの違いは、PT平均レベルを反映していたのか、僅かかもしれないが、前回のそれより上回っているように感じた。アシュアからその旨の説明を受け、ユーナも気になっていたことを口にした。


「アシュアさんは2回目だから、執事さんとおしゃべりできたんですか?」

「ううん、初対面の時もあのひと、話してくれたわよ。殆ど中身変わってなかったわね。挨拶以外」

「じゃあ、それがフラグっていうわけでもなさそうですね」

「転送門開放クエストとはまた違う代物ですね。だからでしょうか、ここが延々とチャレンジできてしまうのも」

「どこに鍵があるのかしら……ね」


 骸骨執事の遺した鍵をふりふりしつつ、アシュアはビスケットを食べる。休息や食事でもステータスバーの回復速度は上がる。神官職や魔術師はパッシブスキルで休息時MP回復速度アップを標準装備しており、HP並みのMPを使い果たしていても、食事との相乗効果もあり、小休止を取る程度で緑に変わる。あと少し?とPTのステータスバーを見ると、回復促進薬ポーションを口にしたユーナの疲労度スタミナゲージも、アシュアのMPバーと同じく、早々と黄色になっているようだった。

 少し時間が経ってしまったはずなのに、何故か未だに温かいクリームシチューもどきで口直しをしながら、ユーナは今何時だろうと考えた。視界に二種類の時計が浮かび上がる。幻界ヴェルト・ラーイ時間と現実時間リアルタイムである。世界観に合わないかもしれないが、この表示がなければリアルを捨ててしまいかねない。ありがたい機能である。幻界ヴェルト・ラーイで言えば夕方、現実ではログインして約三十分ほどが経過しているようだった。


「次はボス……なんですよね」


 どれくらい時間がかかるのだろうか。夕食の時間までに伯母の家に行かなければと思い出しながら、一日が九十分で過ぎていく幻界時間を逆算する。ここからエネロに戻る時間も入れなければならないとしても、余裕かも?


「廊下に雑魚がいなかったらね」


 アシュアはマップデータを呼び出し、現在地の食堂を指す。その指が道順ルートを描き、例の赤いアイコンのついている部屋を指す。食堂の扉を出て奥の階段を上がり、更に玄関ホール側へ少し戻ったあたりである。食堂よりは狭いが、十分な広さに見える。戦闘のためだろう。


「ごちそうさま?」

「あ、はい! ごちそうさまです! ありがとうございました」


 ユーナのマグが空になったことに気付き、アシュアは手を差し出して「どういたしまして」と笑顔で受け取る。既に空になっている二つと合わせて、暖炉の傍に行く。小鍋と合わせて聖水で洗い流し、片付けるのだ。その様子を見て、ユーナも戦利品ドロップの布を畳み、まとめていく。大きなテーブルクロスもすっかり乾いていた。そちらも嵩張るが、小さなナフキンも相当な数である。

 シャンレンは聖水の水袋や水鉄砲の予備(まだあった……)をユーナに手渡したり、先ほどの全身鎧とは異なる胸部や腕などの部分鎧を出したりと、道具袋インベントリの整理を開始する。実は、いつもは全身鎧ではないようで、それで疲労度スタミナゲージの減りがやや早かったらしい。前衛が一人ということもあり、全部の攻撃を受け止める覚悟を決めていたが、アシュアの聖域がかなり強力な上に手加減するつもりもないようなので、通常装備に戻すとのことだった。


「姐さんの癒しがあるなら、多少怪我をしても大丈夫ですからね」


 だいぶ動きやすそうな部分鎧で、装備したあと斧を振るって室内での間合いを確認している。鋭さが一段と増し、シャンレン自体も楽そうだ。


「ユーナさん、ちょっと持ってみますか?」


 布を畳み終わったのでつい振るわれる斧に見惚れていると、興味があると思われたのか、シャンレンに戦斧を差し出された。まだ完全に双短剣をあきらめたわけではないが、間合いの違いや自分に向くかどうかは試してみるほうがいい。ユーナはすぐに立ち上がり、その重さを覚悟をしながら両手で受け取る。初めて握った戦斧はやはりずっしりとしていたが、長さがかなりあるので、地面に杖のようにつけば支えられる。両手なら持てないほどではなかったが、重さに振り回されそうだった。


「売ればいいお値段よね」

「戦斧ってあまり人気がありませんからね。おかげさまで安く仕入れられました」

「買い叩いたんでしょ」


 アシュアのツッコミに、シャンレンは綺麗な営業スマイルを返す。この人の笑顔って本当に人好きのする笑顔よね、打算だろうけど……と思いつつ、少し離れてユーナも戦斧を振ってみる。重さで勢いはつくが、取り回しがきかない。柄が長すぎて、足に当たりそうだ。下のほうを持つのは無理とあきらめた。短剣よりは確かにリーチがあるが、懐に入られたらどうすればいいのだろうか。ヒットアンドアウェイなことはわかっていても、この重さではフットワークなんて軽くなれない。恐らく、全身鎧のシャンレンも似たようなものだったのだろう。だからこそ、一撃必殺の技を繰り出していたのではないか。

 結論、戦斧、無理。


「ありがとうございました」

「いえいえ、如何です? 女性が持ってもカッコイイですよ」

「戦斧じゃなくて薙刀っぽいのならいいんじゃない? 振り回されずに済むかも」


 慎ましく返却していると、シャンレンはおススメしてきた。一方で、しっかり振り回されているところを見られたのか、アシュアは同じようなリーチの薙刀を勧めてくれる。確かに、刃の部分が少ないだけ重さがなさそうだ。


幻界ここにも薙刀ってあるんですか?」

「似たようなものならあるわよ。名称は違うんでしょうけど」

「この斧は、そのまま戦斧バトルアックスっていう種類になっていますよ。薙刀なら、矛槍ハルバードになりそうですね」


 じゃら、とアシュアが術石を手の中で弄び始める。テーブルに広げられた量を見ると、あれだけ大きな袋の中にいっぱい詰まっていたはずなのに、半減してしまったようだ。握りしめてはテーブルに戻す、を繰り返している。


「足りますか?」

「十分よ」


 確信に満ちたアシュアの返事に、心底安堵する。聖水の水袋も、念のためユーナが多めに持つことになった。先ほどの戦闘といい、使い方が手馴れてきて素晴らしいとの評価を受けている。問題は、水袋の扱いや水鉄砲では、今後その方向にスキルを振れないことくらいだ。


「リーチが長いほうがいいなら詠唱長くて面倒だけど魔術師とか、いっそ攻撃度外視で神官とかもありよねー」

「アシュアさん、お仲間欲しいんですか?」

「あんまりまともなひといないんだもの……」

「わかりますけど……」


 まさにこのクエストのせいで、最前線での神官職は少ない。その上、元々どのゲームでも前衛は人気職で、回復職はボス戦で必須であるにも関わらずストレス職なため、前衛職ほど人気がない。VRでは更に拍車をかけているようだ。何と言っても顔を見て実際に戦っているわけだから、例えば回復対象の選択や聖域の張り方一つにしても、上手下手が出る。臨時PTでうまくいかなかった場合、戦利品分配の段階で文句をたらたら言うのも中にはいて……多くの回復職が、アシュアのようにできるだけ友人で固定を組んでいるだろう。

 切実そうな二人のやり取りに、ユーナは内心頭を抱える。


「いろいろ職あるし、就かなくったっていいんだから、ユーナちゃんにはしっかり悩んでほしいのよね。クエスト中こういうときに決めちゃうのって、きっと後悔するから」


 実際後悔している旅行者プレイヤーを見てきたアシュアの言である。ユーナはしっかり頷いた。 

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