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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第九章 嚆矢のクロスオーバー
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鎮魂の祈りを捧げよ


 入ってすぐ、吹き抜けになっている天井には、大きなシャンデリアが吊るされている。エネロの別荘の食堂を彷彿とさせる形を見上げながら、広大なホールを抜けていく。透明な石を配置した装飾は、外部から取り込まれた光を乱反射させていた。

 先導する神官、護衛騎士、王子、聖騎士と目立つ集団に、ユーナたちも続く。当然のように地狼アルタクスはユーナに寄り添い歩くが、大神殿の中であっても従魔の印章(シグヌム)は効果を発揮しているようで、制止も受けない。一昔前の日本では補助犬でさえもトラブルに巻き込まれていたと聞くが、幻界ヴェルト・ラーイではシステム的に組み込まれているのかもしれない。実際のところ、拍子抜けするほどの受け入れ具合がシステム的なものなのか、慣例めいた何かなのか、ユーナには判断がつかなかった。

 周囲の視線がこちらへと向く。礼拝のために訪れている者たちの中には、奥にある大扉に向かう者と、ホールの壁面を彩る絵画を眺める者、シャンデリアを見上げる者と様々だったが、その殆どが神よりも世俗に興味が移ったようだ。

 また一人、聖騎士らしき者が、ユーナたちの周囲へと足を運ぶ。特に何をするわけでもなく、ただ、取り囲むように、その数は増える一方だった。「命の神の祝福を受けし者」と青の神官(アシュア)が名乗ったのはつい先ほどで、先導の神官は特に足を止めることなどしていないにも関わらず、どういう仕組みなのか、神官や聖騎士に連絡が入っているように見える。自国の王子を守るため、護衛騎士だけでは心もとなくなったのかもしれない。警戒対象はこちらである。


『大した歓迎ぶりだな』


 剣士シリウスが口元に笑みを佩く。それを横目に、アシュアは視線を先導する神官に合わせて呟いた。


『こちらが何もしなかったら、相手も何もしないはずよ。手出し厳禁、気をつけて』

『セル、ヤバそうだったらとっとと先に殴られろよ』

『姫にでしたら喜んで!』

『ボクじゃなくって、あいつら!』


 異様な方向に上がっていくPTチャットのテンションに、地狼がフン、と鼻を鳴らした。

 外とを繋ぐ大扉と同じ扉がもう一枚、一同の進む先に開かれている。既にこの時点から、内部の装飾が見えていた。正面の祭壇には数体の神像が鎮座し、神話を物語る彫刻の数々が礼拝堂の壁面に配されている。扉の両側に立つ聖騎士が一礼する中、扉をくぐる。

 身廊に入ると、祭壇の前に多くの神官が待っているのがわかった。ユーナは荘厳華麗な空間に気圧されながら、足を進めていく。そこには、老若男女問わず、白地に紫の帯を垂らしている者ばかりが揃っていたが、二人だけ、帯の色が異なる者がいた。一人は白地に白、もうひとりは白地に赤である。


「息災か、神官長」


 やはり、どこかまだ幼さの残る声音である。演技じみた呼びかけに、応じたほうも演技じみていた。仰々しく命の答礼を返す者が、神官長のようだ。白地に白の帯を垂らし、頭には真四角の帽子を被っていた。老年に差し掛かっているだろうが、背筋はピンと伸び、神官長と呼ばれる割には若いように見える。これもまた二十年前の影響かもしれない。


「命の神の御光が、この大地を照らしておりますれば」

「その御光とやらも、呪われた闇には届かぬようだ」

「命の神はすべての生きとし生ける者に等しく、生の機会をくださいます。頂いた時間を終えた者には、安らかな眠りをくださるのです。殿下の仰る『呪われた闇』は、まさにその眠りを奪うものに相違ありません」


 繰り広げられる会話に、愛らしい顔をげんなりとさせたのはフィニア・フィニスだった。堅苦しい、独特の言い回しは聞いていてもよくわからない。ユーナは何となく雰囲気だけは理解できた。

 ふと、気づく。

 神官長のとなりでひとりだけ椅子に座る、白地に緋色の帯を垂らした老女の神官が……こちらを向いていた。誰もが王子と神官長のやり取りに注目している堂内で、である。その容貌は失礼ながらしわくちゃで、たるんだ肌の間に目があるのだろうなと思うレベルだった。皺が優しい曲線を描いていて、表情は柔らかく笑んでいる。地狼アルタクスが目立っているのかと思ったが、ユーナは自分が見られているような気がしたので、どこにあるのかわからない視線を合わせるべく、老女を見つめた。どことなく、写真でしか見覚えのないひいおばあちゃんに会ったような気持ちになる。そのなつかしさに笑むと、白髪の老女は一瞬、目を瞠った。糸目の中は殆ど白く濁っており、ユーナはその色合いに驚く。だが、老女はそれに気づかないように、またにこにこと微笑み始めた。回りくどい会話が繰り広げられる中、無言のやり取りは果たして通じていたものかどうかもわからない。


『要するに、王子さまは鎮魂の祈りを捧げに来ただけっぽいわね』


 うんざりした声音で、アシュアが言う。

 先日の王家の霊廟の騒動を受け、王城も大神殿も大騒ぎになったようだ。先祖の霊を慰めるべく、本来ならば霊廟にお参りをすべきところだが……実際には行くわけにはいかない。よって、お忍びという形で、王の名代として、王子が大神殿の礼拝堂で祈りを捧げることになったらしい。

 先導してきた紫の帯の神官もまた会話に加わり、アシュアたちを示す。鎮魂の祈りを捧げるべく訪れた大神殿に、命の神の祝福を受けし者が現れたことを、これまた演技じみた言い方で奇跡と評した。青の神官(アシュア)の起こしてきた奇跡を目の当たりにしてきたユーナとしては、都合よく奇跡仕立てにされたクエスト(出来事)に感じて、鼻白んでしまう。

 この機会を逃すわけにはいかない、という強いことばを受け、神官長は重々しく頷いた。


「我らの神もまた、王家の御霊を鎮めることをお望みでしょう。我らが同胞よ、どうか力をお貸し下さい」

「非才なる身ですが」


 どう聞いても青の神官(アシュア)に対する発言にしか聞こえない。「命の神の祝福を受けし者」と言いながら、彼女に対する物言いに、剣士シリウスもまた顔を顰めた。

 同意を示すアシュアに対し、満足げに王子も頷く。


「命の神の祝福を受けし者が、死者を弔うのであれば……きっと我が先祖も心おきなく泉下へ旅立てるだろう」


 王子の発言を受けて、先導の神官は更に声を上げた。


「王家の霊廟もこの機に聖別なされるべきでしょう。悪鬼の噂は相応しくありません」

「聖別?」

「聖なる炎の御使いを、同道させては?」


 怪訝そうに訊き返す王子に頷きを返し、先導の神官は神官長に向けて提案した。その瞬間、完全に場が静まり返る。話がよくわからないユーナでも、周囲の神官や聖騎士たちの視線が向く先はわかった。――あの、赤い帯を垂らした老女の神官である。彼女は変わらず、笑んだままだ。


「――この方は、もはや……」


 随分と長い間を置いて、神官長が声を絞り出した。


『つーか、あのばあちゃん、歩けんの?』

『た、戦えない、ですよね……』


 フィニア・フィニスとセルウスの指摘は、もっともなものだとユーナも思った。

 写真で見たひいおばあちゃんは、確か九十二歳での大往生だったと聞く。二十年前の聖なる炎での焼却は彼女の術式だったのかもしれないが、背筋が丸まり、老いさらばえた容貌では、見るからに戦闘不能と判断すべきだろう。


 というか、ご老人は大事にしようよ!?


 「姥捨て山に捨ててきて」的展開にも思え、ユーナは顔を顰めた。そして、言い出した先導の神官を睨む。当の神官は、更に言い募った。


「多くの神官と聖騎士が、王家の霊廟へ向かい、戻ることはありませんでした。あの者たちもまた、今もなお王家の方々をお守りしていると思えば本望でしょうが……そろそろ、神の御許へ旅立つ赦しをいただけないでしょうか」

『なら、お前が行けよ』


 間髪入れずに剣士シリウスのツッコミが入り、思わずユーナは頷いた。すると、何故か老女もまた、頷く。その老女の様子に、神官長の身体が震えた。


「せ、聖なる炎の御使いよ、貴女が……貴女が、行くと、そう、仰るのですか……!」

『まーじーでーっ!?』


 フィニア・フィニスの叫び声が、PTチャットでだけ響き渡っていた。

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