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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第一章 始まりのクロスオーバー
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短剣

 アシュアの少し困っていた眼差しが、がらりと変わる。蒼い煌きがユーナを突き刺し、思わず彼女は「やっぱりやめます」と自身の決意を翻したくなった。助け舟を求めるようにシャンレンを見ると、彼もまた厳しい眼差しをユーナに向けていた。


「今、ですか?」

「賛成できないわね」


 硬い声音で反対が表明され、唇を噛む。


「どうしてですか? 一応調べましたし、ちゃんと先のことも考えています」

「短剣ですよね。結構扱いが難しいんですよ」


 テーブルにマグカップを置き、シャンレンは椅子から身を乗り出した。顔がぐっと近づいてきたので、咄嗟にユーナは身を竦める。だが、その一瞬でシャンレンの手には短剣ダガーが握られ、抜身のまま、くるっと彼の手の中で宙を舞っていた。


「あれ? 使えたっけ?」

「スキルはありませんが……少しなら」


 シャンレンは柄を握ると、音もなく立ち上がる。斧を持っている時とは違い、シャンレンの立ち姿は全く力が入っていないもので、逆にそれが底知れぬ恐怖をユーナに抱かせた。そして、気づく。

 彼は、全く短剣ダガーを見ていない。

 刃が星明かりに煌いた、と思った時、既にユーナの首筋にぴたりとそれは合わせられていた。


「――いけそうですね」


 淡々とした呟きと、冷たい刃の感触に。

 胸の鼓動が、どん、と強く打ち鳴らされた。


「コラ」

「え、あっ、す、すみません! いえ、あの、その、お返ししますねっ」


 アシュアの「何してんのアンタそれ以上やったらわかってんでしょうね」を一言でまとめあげた注意にすぐ刃は離れていき、また、くるりと短剣ダガーは宙を舞った。柄を逆手に握って、シャンレンはユーナへと短剣を差し出す。

 呆然とその差し出された短剣を見て、ユーナは改めてシャンレンを見上げた。

 本当に申し訳ない、という表情と、揺らいだ緑の瞳。

 あの怖さがないとわかって、ユーナはようやく息を吐いた。細かく震えていた手で、しっかりとマグカップを持ち直し、テーブルに置く。

 そしてようやく、短剣を受け取った。


「シャンレンさん、すごいんですね……」

「いえいえ、私のは護身術みたいなものですよ。よかったら、それでちょっと私を攻撃してみてもらえませんか?」


 笑顔付きでさらっと提案されたことばに、目を剥く。


「レーンくーん?」

「大丈夫です。絶対に怪我はさせませんから」


 自信たっぷりに言い放たれ、アシュアは深々と溜息をついた。何この商人、自分が短剣を向けられるというのに、保証するもの間違えてない?


「え、と、シャンレンさんは大丈夫なんですか?」

「ユーナさんの短剣なら、たぶん目を閉じていても避けられますけど……」


 ひどい。

 あんまりな言い草に、ユーナはフォローを求めるべく、若干の期待を胸にアシュアを見る。逆にアシュアはユーナの目をきっちり見据え、くいっと顎をシャンレンに振った。その姿が語って曰く、ヤッテオシマイ。

 神官アシュアがそう言うのなら、いざという時も大丈夫だろう。

 ユーナは立ち上がり、先ほど骸骨執事と戦った場所で短剣を構えた。

 初心者用の短剣ダガーはセルヴァ譲りの短剣クリスと異なり、やや小さめで、身長百六十センチ程度のユーナのような女の子でも、両手使いも片手使いもできるような作りになっている。まだ短剣が怖いユーナは、いつも柄を両手で握りしめていた。

 シャンレンもまた、ユーナの向かい側に立つ。


星明かりの加護(ルークス・ステラエ)


 二人のために、アシュアの加護が頭上に輝いた。

 その瞬間、ユーナは顎を引き、短剣を腰の位置で両手に構え、そのまままっすぐ突き出す。が、シャンレンは左手だけで上からユーナの両手首を捕らえた。


「安定させるのはいいことですね。でも、それだと……」


 そのまま体重を乗せられ、ガクンとユーナの体が傾ぐ。軽く手首をひねられ、そのまま短剣は床に転がった。痛みはない。両手首を抑えられているので、体が床を這うこともなかった。

 シャンレンはユーナから手を離し、短剣を拾い上げて渡す。


「本当は、床に叩きつけて、首を打つんですよ」


 さわやかに言うな。

 綺麗な営業スマイルで返され、ユーナの口元がひきつる。もう一度、と促され、今度はもう躊躇わなかった。

 結果。

 右手上から狙っても、左下から狙っても、両手でも片手でも、全く歯が立たなかった。華麗にシャンレンは腕を掴んだり、引いたり、押したり、ひねったりすることで、ユーナの短剣を躱し、奪っていったのだ。

 息切れ一つすることなく、シャンレンは指摘した。一方のユーナの疲労度スタミナゲージは既にオレンジに突入している。限りなく赤に近づきかかった時、遂にユーナは膝をついて座り込む。


「わかりますか? これほどにリーチが短いんですよ。対魔物と考えても、対人と考えても、相当難しい――ただスキルを選ぶだけでは、とても戦えないと思います」

「は……い」


 優雅に観戦していたアシュアは、シャンレンの流れるような体さばきに感嘆した。


「ねえ、ホントに短剣とか体術のスキルないの?」

「ありません。商人スキルを取って、斧スキルを取って、この後のために取ってありますからね」

「そ、そうよねー……」


 両手剣士シリウスが使うパリィなどでもない。あれは武器を使って相手の攻撃を逸らすものだが、完全に今のシャンレンは素手である。そして、彼が宣言した通り、二人のHPは満タンの緑のまま変化はない。ユーナの疲労度はなかなか回復しないだろうが。恐らく、アシュアのMPがまだ黄色状態で回復待ち、ということを理解した上での行動だとは思う。アシュアももうしばらく休憩と判断し、更にビスケットを口に運ぶのだった。


 ちなみに、初心者向けに短剣が用意されているのは、最初の町アンファングの南の街道沿いにいる草兎グラスラビット草虫グラスワームという最弱魔物を、ちまちまぷすぷす刺してレベル上げをするためである。

 実は、初期装備が短剣であったために、スキルをそのまま伸ばしていけば無駄がないと思い込んでいたユーナにとって、シャンレンが出してくれた疲労度回復促進薬ポーションの味は、その事実の指摘と共にとても苦い。


「もう少し、考えてからにします」


 現実時間リアルタイムにして一分に満たない、ユーナの翻意であった。

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