50万PV突破記念SS 従魔の宿命
ユーナの身体はあたたかい。
どうやら、ユーナにとっては自分のほうがあたたかいらしいので、暖を取るのにはお互いにちょうどよいようだ。座り込むユーナを、くるりと囲うように身体を沿わせるのが密かなお気に入りである。そうすると、気持ちよさげにもたれてくるのだ。寛ぐユーナは、野営の時などそのまま眠ってしまう。火の番でなければ、自分もついでに休む。なお、その前には必ず水霊術で清められるので、覚悟が必要だ。お風呂というもので炎の眷属に散々弄ばれた恨みは忘れない。従魔になる以前には水場に叩きこまれた覚えはなかった。そのような森狼は見たことがないので、恐らく従魔になった魔物の宿命なのだろう。
もはや、群れに帰ることもない。……否、ユーナがいる場所が、群れになっているような気がする。
視線を巡らせると、今は多くの仲間がいる。
ふたりきりで夜明かしをしていたころを思えば、賑やかというよりも騒々しいほどだ。だが、人数が多いだけあって、野営では長時間警戒に当たらずに済む。
「ユーナちゃんはいいわよねー。野宿って感じじゃないし」
「どう見ても高級ソファだよな」
長時間の戦闘が続き、勝利の余韻が誰の胸にも残っている。高揚感と、満腹になるほどの大量の食事、少しの酒が、PTの雰囲気を更に明るくしているようだった。
青の神官のことばに、黒の剣士が頷く。ユーナは楽しそうに笑いながら、自分へと抱きついてきた。
「ふふ、今は抱き枕にもなってくれるんですよー♪ 前はこんなの、絶対させてくれませんでしたけど」
「……っ」
柔らかい身体が両手を首にまきつけて、ぎゅーっと抱きしめてくる。もう今更である。幾日も従騎として乗せ続けていれば、慣れもする。
交易商がそっと視線を逸らしていた。毛皮がないというのは不自由なことだ。
「夏なら暑そう。毛布とかいらなかったんじゃない? 今はちょっと冷えるけど」
「あー、夏でも夜は冷えること多いから、割と一緒に寝てたかなあ」
白衣に緋袴の少女は、寒さに毛布をまきつけていた。あの服装にはまだ外套がないようだ。他の者は野営時にはたいてい、自身の外套を身に纏い、横になる。紅の魔術師が、焚き火に燃料を投下する。より一層、火が燃え上がった。
「地狼の毛皮……」
「エスタ、剥いじゃダメだよ」
うっとりとしたまなざしでこちらを見る錬金術師に、びくりと身を震わす。
よくぞ止めてくれた、舞姫。
赤い虹彩を細めて、人形遣いは二体の布人形を両手に持つ。
「この子たちの服にしたら、地霊術くらい使えるようになりそうでしょう?」
「少しならいいかな?」
裏切者め。
「だ、ダメです! 触り心地が悪くなるじゃないですかー!」
「触り心地どころじゃないと思うけど」
微妙にユーナのフォローがいろいろと気がかりだ。弓手の言う通りである。おれは寝具か。寝具か……。
ふて寝しようと、頭を両腕の上に落とす。今夜の火の番はユーナからだが、もともと今夜は出番がない。後進に任せるつもりでいる。つい先日、従魔仲間とやらが来たのだ。見た目はちょっと偉そうな人間だが、れっきとした不死者である。こいつには、心底同情している。何と言っても、主がユーナなのだ。その苦労は察するに余りある。むしろ、既に分かち合っている気がする。
ホルドルディール戦でも、従魔使いのくせに手札の従魔を喚ばないという、とんでもない従魔使いである。加入して即レベル上げに走っていた不死伯爵の努力を何だと思っているのだろうか。思いっきり気付いていなかったことにも驚いた。ひょっとすると、かつて森狼の幼生だったころの自分の努力も、認められていないのかもしれない……。あれは、従魔になる直前に殺しかけたのが悪かったのだろうと思う。たぶん。
あのころのことは、正直思い出したくもない。
ホルドルディール戦のさなかに問われたが、答えられるはずもなかった。
追いかけたのに、村に入られて振り切られた。
気になって仕方がなかった。待っても出てこなかった。うろついて、どれくらいの時間が過ぎたのかもわからなくなった。知った匂いに殺意を抱いた。殺そうとした相手を殺そうとして、何が悪い。
腕の一本をまず奪ってやった。命を奪おうとしたら、ようやく現れたのだ――。
殺したいほど、会えてうれしかった。
疲れが、睡魔を呼ぶ。
うつらうつらしているうちに、PTMはそれぞれ、野営準備を終えたようだ。
「アルタクス、だいじょうぶ?」
【――寝たいかな】
「そっか。わかった」
三人でもともと、火の番をするつもりでいたようだ。
ユーナはアークエルドの分も、食事をもらっている。ホルドルディール戦ではいろいろあった。そのあと、殆ど何も話せないまま、日射しのきつさに影に戻った不死伯爵には、きっと思うところがあるだろう。
「アークエルド」
彼女の声が、不死伯爵を呼ぶ。
焚き火の影が、揺らいだ。
ほら、呼べば来るだろう?
半分ほど意識が沈む中、地狼は不死伯爵に主を委ね、眠りについた。




