休息
シャンレンはカトラリーを拾っていた。
アシュアは使えそうな術石を拾っていた。
ユーナは大小様々な白い布を拾い上げ、椅子の背もたれに掛けたり、テーブルの端に並べたりして乾かしていた。
三者三様。
骸骨執事アズムを倒した直後、誰もが身動きできず、しばらく惚けているような状態だった。最も早く動き出したのはアシュアで、ユーナが握りしめたままでいた短剣から手を外させ、レベルアップおめでとうを告げたのだ。その手のあたたかさが、ユーナを安堵感で包み……少し泣いてしまったことで、彼女は今、かなり気恥ずかしくなっている。
「あと一撃ができなくて……すみませんでした」
悔しさが滲む声での謝罪に目を向けた時、シャンレンの頬には未だに赤く銀盆の跡が残っていた。深い傷の場合、HP自体が回復していてもなかなか跡は消えない。疲労も著しく、HPを大きく削る攻撃を受け、すぐに動けるはずもなかった。アシュアは首を振り、笑顔で彼を労わった。
「カッコ良かったわよ、ナイス前衛ね」
そのことばに、ユーナもまた大きく頷いていた。シャンレンの攻撃は商人が本職とは思えない、立派な斧戦士のものだった。彼女の攻撃で与えられたダメージなど、聖水があってこそだろう。
アシュアの評価を受けて逸らされた顔は耳まで赤く、彼の心中を察することができた。じわじわと回復していく疲労度やMPが、心にゆとりを生んでいるような気がする。
そして、ようやく戦利品回収となっていた。
神官は大幅に消費してしまった術石を拾い上げ、一つずつ使えるかどうかを見極めているようだ。シャンレンは残されたカトラリーのうち、売れそうなものを選んでいるという。
ユーナは落ちている布を片っ端から拾い集めていた。彼女が着ている術衣より、余程生地が滑らかで柔らかい気がする。そして、触り心地に覚えがあった。
「ちゃんと洗濯したら、使えますよね?」
「うんうん。ほら、私のこれと一緒」
アシュアが見せてくれたのは、なるほど、いつだったかユーナも使用したハンカチだった。
薄汚れていたり、濡れていたりはしたが、布自体が破れているものはなく……数も少なかったようですぐに術石を拾い終わり、休息を取るからと暖炉に火を入れていたアシュアから、火の傍に少し放置しておくだけでも濡れたものは乾くと教わって、ユーナは乾いたものを仕分けしようと考えていた。
シャンレンは陶器のほうをあきらめたようだ。
「ダメですね。ヒビが入っていたり、欠けているものばかりです。惜しい……っ」
「仕方ないわよー。あんなに派手にポイされてたし。まあ、カトラリー残っただけでもいいじゃない」
「ですよね……あ、これはユーナさんの分です」
小さめの布に包められて差し出されたものは、カトラリーだった。大小様々なナイフやフォーク、スプーンまでしっかりある。
「出所がイマイチかもしれませんが、物に罪はありませんからね。できるだけ傷の少ないものを選びました。ちゃんと銀ですから、取り扱いに気をつけてください。道具袋にしまっておけば基本的に変色しませんが、洗ったついでに少しでも磨くほうがいいかもしれません」
「ありがとうございます! 私、銀のカトラリーって初めて」
「まあ、使うのってスプーンとフォークだけかも。他のは私、入れっぱなしよ」
アシュアは小鍋に固形の何かと聖水を入れて火にかけながら、道具袋から大きめの銀のスプーンを出して見せ、ぐるぐると混ぜ始めた。クリームシチューのような匂いが漂う。
「カトラリー、重たいから、レンくん持っててね」
「了解です。ああ、そうだ。これは捨てます」
斧を下ろし、道具袋などの小物を外し、脇に手をやり……シャンレンは穴だらけになった鎧を脱ぎ捨てた。短衣とズボンだけになると、だいぶ見た目もすっきりする。星明かりの下だと、普通に村人Aという雰囲気だ、と思い至って、ユーナは驚いた。
「え、美男子ですか?」
「むしろ普通よね、レンくんって」
じーっと見られていることにはちゃんと気づいていたシャンレンが頬に手を当て身をくねらせると、アシュアはあっさりと言い捨てた。
そう。普通なのだ。
ユーナは頷くに頷けず、視線を泳がせた。
「えーっと、ほら、セルヴァさんとかすごく美人さんじゃないですか。あ、アシュアさんもですけどっ」
「う、うん。ありがとう。ユーナちゃんもすっごく可愛いからねっ! でも何ていうかほら、セルヴァはやりすぎ感すごいわよね。私負けてるし」
「あのー、さりげにスルーしましたよね、おふたりとも……」
顔をひきつらせながら傷ついていますアピールをしつつ、装備を付け直し、斧を椅子に立てかける。ついでに道具袋から、小さな缶を取り出して蓋を取る。差し出されたユーナは、ビスケットに目を輝かせた。
「どうぞ、召し上がって下さい。まあ、見た目のことですけど、私は一応商人なわけで……いろいろと取り扱いたいものもあるんですよ」
「いただきます! いろいろですか?」
一枚抜き取りながら、ユーナが首を傾げる。逆にアシュアは頷いた。
「そっかー。言われてみると、普通なほうがいいわよね」
「えー?」
「だって、目立っちゃったら、変なふうに覚えられたり、反感買ったりしちゃうじゃない? 商売でそれってナイわよね」
「ええ、お愛想ならどんな顔でもできますが、美形というものはそれはそれでいろいろとたいへんなこともあるんですよ」
しみじみとしたシャンレンのことばには実感が篭っている気がした。何となくリアルなシャンレンが気になったユーナだったが、そこはマナーとして黙っておく。
「でも、レンくんは別にブサイクってわけじゃないし……そこそこ整ってるって思うわよ」
「百人が見て、百人が美形って思わなければいいんですよ。私もブサイクになりたいわけではありませんからね。むしろブサイクすぎると嫌悪が先に出てきてしまって、それはそれで支障が出ますから」
「あ、なるほど。某事務所みたいな感じですよね。好みの顔はいろいろって言うか」
「それわかる! なんだっけ、某アイドルユニットとかもそうだって言ってなかった? 完璧な美人じゃなくて、そこそこのを選んだとか」
「ま、まあ、そういう感じでしょうか……」
フォローされているようなされていないような感を受けつつ、シャンレンはアシュアにもビスケットを差し出した。アシュアは缶ごと受け取り、テーブルに置く。そして、木のマグカップを三つ出し、クリームシチューもどきをよそった。冷え冷えとした洋館の中で、これはありがたい。ひとつ受け取り、ふーふーと冷ましつつ、ユーナは布へと視線を走らせた。そろそろいちばん大きいテーブルクロスも乾いてきているようだ。食べ終わったら畳もう。
「そう言えば、姐さん、ちょっと過保護すぎませんか? もっと聖域減らしていいですよ」
「ヤダ」
「MPにゆとりなかったでしょう。もしもの回復に残しておくほうがいいのでは?」
「うーん……」
ばっさり拒否するだけではなく、正論にも難色を示すアシュアに、原因は即自分だとユーナは悟った。レベルが段違いに低いのだ。シャンレンが受けた骸骨執事の一撃を、もし、ユーナが受けていたなら……致命傷を負っていたと断言できるほどに。
「わたし、スキル振ります」




