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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第八章 薫風のクロスオーバー
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踏みにじられた、命


 眼前に広がる光景には、ひたすら赤が散らばっていた。峡谷の赤に、旅行者プレイヤーの流す血の赤がへばりつく。そこにある異質な灰色が、赤を生み出し続けている。

 全身を灰色の鎧で覆った巨大なアルマジロ……ホルドルディール。くるりと丸まり、転がる姿は、動物園で見たことのあるそれと同様だった。だが、大きさが段違いである。峡谷の道幅にちょうど収まったそれは、ボーリングのガーターのように無造作に転がって旅行者プレイヤーを轢いていく。悲鳴と怒号が入り混じり、その背後には血塗れの旅行者プレイヤーが完全に潰れていた。砕け散る命だけではない。まだHPが残っている者もいる。だが、両手両足どころか全身、頭ですら潰されているような状況では、流出していく命を止める術もない。やがて、ユーナが目を背けることもできずにいるうちに、彼らは散っていった。


 ユヌヤから北へ、街道を進む旅路は急ぎ足ながらもここまでは穏やかなものだった。レベルカンスト者が四人も揃っている上に、地狼が先手を打つ。おおよそ障害らしきものは全くなかったと言ってもいいだろう。

 王都イウリオスへと続く平原との境目、ムソーン峡谷へと入ってすぐ。

 昼食を兼ねて小休止を済ませた後は、全員が疲労度回復促進薬(ポーション)を服用し、更に道を急いだ。ひたすら登り坂が続き、岩棚で作られた短い隧道をも抜けていく。道行きは石畳の街道なので、迷うことはない。

 術式マギア・ラティオによる爆音が、微かに峡谷に響く。それがより鮮明に聞こえるようになったころ、シリウスがユーナを呼びつけた。

 ユーナならば、従騎による先行ができる上に、危険察知のための警戒スキルを有する地狼アルタクスがいる。今回の斥候に相応しい、という判断である。但し、戦闘状況を確認したら報告し、以降は安全な場所にて待機もしくは下がるようにと厳命された。

 いつもならば弓手が担う役割である。ユーナは慎重に行動すると約束して、地狼の背に飛び乗った。


 街道は徐々に下り坂になり、峡谷の底の底まで続いている。天頂にある太陽が燦々と降り注ぐ中、一方的な殺戮は開始されていた。物理攻撃も魔法攻撃も、その鱗甲板には全く効かない。丸まったホルドルディールに対して、その事実を改めて突き付けられた旅行者プレイヤーたちは、それでも攻撃の手を休めなかった。視界に入る旅行者プレイヤーの頭数は多い。ホルドルディールに接近している者ばかりではなく、かなり後方に待機している者たちもいた。王都イウリオス側はホルドルディールで埋まるような道幅しかないが、峡谷側には広々とした洋梨型の平地があった。どうやらホルドルディールは、何者かが王都イウリオス側に一定以上進んだところで球状となり、身を転がして戻り、その全てを撥ねていくようだ。包囲殲滅を意識した動きは、無惨に否定される。

 ユーナの立つ場所から、峡谷の底はよく見えた。だが、目視するまでもなく初手で殺されていったという、最初の全滅話とは合致しない。不思議に思いながら、ユーナは口を開いた。


『ホルドルディール、王都側の細い道を塞いでいます。転がって旅行者プレイヤーを数名倒しました。旅行者プレイヤーは二部隊に分かれて、戦闘中のようです』

『削れてるか?』

『今は鎧に弾かれちゃってて……』


 戦士の剣も、魔術師の術式も、弓矢などの遠距離攻撃ですらも、丸くなって転がっている今は、全てを弾いているようにしか見えない。王都側の敵を轢き終えると、ホルドルディールは球状を解除した。そして、そのあたりで潰れて動けないでいる旅行者プレイヤーに尻尾を突き刺していく。時間経過だけでも命を失ったであろう者たちが、次々と砕けた。一方でそれを好機とし、僅かに下がっていた旅行者プレイヤーが剣を振るう。鱗甲板の隙間を狙ったその一撃が、綺麗に入った。ホルドルディールがヴェェェェィッ!と悲鳴を上げる。効いている。


『丸まっていなければ、鎧の下まで攻撃が入るようです』


 が、ユーナが実況した途端、その旅行者プレイヤーの身体に尻尾が突き立った。ぽこん、とこぶのように何かを吸い出して、それがホルドルディールへと流れていく。尻尾の先にHP吸収能力があり、そこから回復しているのだ。こぞって周囲の者も尻尾に攻撃を仕掛けるが、そこはぐるりと細かな鱗の鎧で覆われている。切り落とすこともできず、旅行者プレイヤーは命を散らした。一方で、尻尾が他者の体内にあるのを好都合だと言わんばかりに、鎧の隙間を狙って攻撃を繰り返す者もいる。ホルドルディールの赤い目が、遠目にもわかるほど怒りに燃えていた。再び球状になり、ホルドルディールはなんと――跳ね始めた。


『……ジャンプしてる……?』


 まるで鞠つきのように、その場でぽんぽんと飛び跳ねた。実際には地響きを立て、大地を揺らすほどの振動が辺りに伝わっている。硬い鱗の鎧に覆われた巨大なボールである。震源地に近い者は、立っていられず膝をついた。辛うじて動ける旅行者プレイヤーは、一気に下がり始める。


『ユーナ、下がれ!』


 シリウスの叫びに、ユーナは身を震わせる。峡谷の底まで、まだだいぶある。視認できるという距離でしかない。だが、彼の切羽詰まった声に、地狼のほうが先に反応した。ユーナを咥え、背に放り投げる。ユーナの視界が殆ど三百六十度回った。

 次の瞬間、ユーナの目の前に、ホルドルディールが落ちてきた(・・・・・)。まさに、彼女がつい先ほどまで立っていた場所その位置に、である。街道たる石畳を粉砕し、その巨体はさらに跳ね上がった。峡谷の空まで。

 真下にいた者は、太陽と重なったように見えただろう。

 重力に従って、それは落下し……見上げていた者を圧死させる。


『峡谷内は全部、ホルドルディール(そいつ)のフィールドだぞ。遠いからって油断するな!』


 昨夜の打ち合わせでも通達されていたことだったが、まさかこれほど遠距離まで飛び跳ねてくるとは思わない。HPの確認ができないほどの遠方なのだ。だが、ホルドルディールはこちらの位置をきっちり把握した上で、攻撃を繰り出している。

 墜落というほどの勢いだったにもかかわらず、ホルドルディール自身はまったく影響を受けていない。球状の身体をほどき、また獲物にありつく。

 その時、顎の下で小さな爆発が起こった。


「手ぇ休めてどうするんだよ!? 撃て!」


 子どもの、甲高い怒鳴り声が、峡谷に響く。

 ユーナはこだまするその声の主を、視線で探した。脳裏に流れるのは、太陽に輝く金色の髪……。


疾風駆矢ペイル・トレケイン!」


 そして、その子どもの声音で、スキルが発動する。

 腰に巨大な十字弓クロスボウを抱えた金髪の狩人は、己の言葉の正しさを物語るように、迷わず新たなる一矢を放っていた。スキルによって発動したそれは、風を味方にして、同じ顎の下へと吸い込まれるように突き進む。ホルドルディールは、痛みに仰け反った。


「フィニっ!?」


 遠い地で別れた友の名を呼べば、その小柄な体が動きを止めた。フィニア・フィニスもまたその頭を峡谷の上部へと巡らしたところへ……ホルドルディールが突き進んでくる。


風の防壁(ヴェント・ジタール)!」


 その傍らには、兜を被り、胸部鎧(プレート・アーマー)に身を包み、盾を構える旅行者プレイヤーがいた。顔は見えなかったが、その声はかの下……セルウスのものだ。盾士の見た目だが、しっかりと術式マギア・ラティオを発動させ、フィニア・フィニスの前を支える。ホルドルディールの巨体を支え切れるはずがない、とユーナが悲観した時、再び、小爆発が起こる。フィニア・フィニスのボルトだと、ようやくわかった。

 フィニア・フィニスも、セルヴァ同様、罠師としての資格を得たのかもしれない。だが、彼女は地雷という形ではなく、ボルトそのものに爆発物を仕込んでいるようだった。弓を手で引く程度では絶対に飛ばすことができないほど重量級の矢を、風の加護を受けた上に巨大な十字弓クロスボウによって強力な攻撃に変えている。タイミングが読めたのか、その攻撃に合わせて周囲の旅行者プレイヤーが一斉に術式マギア・ラティオ技名アルス・ノーミネを撃ち出す。

 そのさなか、金髪の狩人は彼女を見出した。


「――オマエ、なんで後ろにいるんだよ!? ボクたち、ずっと前を見てだなぁ……!」

「それに関しては返すことばもございません……」


 先に行け、と言ってくれたのに、まさかもう追い抜かれているとは誰も思わない。

 あちらは大声で叫んでいるが、ユーナは呟いただけだ。同じPTではないので、当然PTチャットなども使えない。よって、ユーナの呟きはフィニア・フィニスには届かなかった。露骨に舌打ちされていそうな間が空き、だが、フィニア・フィニスはそれ以上ユーナのほうを見上げることはせず、攻撃に戻る。


『大丈夫ですか!?』


 シャンレンに問われ、ようやくユーナは報告を思い出した。


『すみません、ちょっと回避していました。大丈夫です。あの、フィニがいて……』

『何だと?』


 仮面の魔術師も、面識のある金髪の狩人のことを覚えてくれていたようだ。その立ち位置を理解して、彼は言う。


『ユーナ、フィニア・フィニスはどこで戦っている? 前にいるなら早く下げろ。一瞬で殺されるぞ』

『一応、セルウスが一緒なので、彼が防いでいます。重戦士になったのかな。頑丈そう』

『下がれと言え』


 低い声音が注意を飛ばす。ユーナはセルウスがいれば平気ではと思ったのだが、どうやら彼が指摘していることは、前衛がいれば大丈夫という類のことではないようだ。繰り返しの注意に、ユーナは叫んだ。


「フィニ、下がって!」

「はぁっ!?」

「いいから、下がってー!」


 何ふざけたこと言ってんだよ、今めっちゃ攻勢かけてるの見てわかんないのかよ、球じゃない今がチャンスなんだから余計なこと言ってんじゃねえよ……。フィニア・フィニスは、内心で散々悪態をつきながら、ホルドルディールに向き合う。

 ユーナの、仮面の魔術師のことばを真摯に受け止めたのは、彼だった。術式マギア・ラティオによって風を操り、左手の盾でホルドルディールを逸らす。いきなり肩透かしをくった魔物は、そのまま突進して峡谷の赤い岩盤へと頭を突き立てた。その隙に、右腕で十字弓クロスボウごとフィニア・フィニスを抱き上げる。


「下がります、姫!」

「ちょっ」


 兜と胸部鎧と盾だけでも相当な重量のはずだが、更にフィニア・フィニスを担ぎ、セルウスはホルドルディールから距離を取った。周囲の旅行者プレイヤーは、逆に、岩盤へ頭をぶつけたホルドルディールは仰け反っている(ノックバックしている)のと同様だと判断して、更に近づく。

 それが、明暗を分けた。

 頭をこてんと横にしたついでに、身体まで横倒しにしたホルドルディールは、そのまま球体へと変化した。まとわりついていた旅行者プレイヤーを巻き込んで。

 骨という骨が砕かれ、併せて命が吸い出されていく音が、奇妙に響き渡る。

 セルウスの腕の中でそれを耳にし、フィニア・フィニスは絶句した。


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