表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第八章 薫風のクロスオーバー
165/375

戦いの前に

6月13日更新分は第七章ラストの閑話です。

先にそちらをご覧になったほうが、今回の更新分は楽しめるかも?


 視線が落ちる。

 ユヌヤの集会所において、現在、フィールド・レイドボス「ホルドルディール」討伐に関する最終打ち合わせが開かれていた。当然、列席する面々はすべて「攻略組」と呼ばれる面子である。厳選した結果らしいが、それでも人数が多いため、一部主要PTを除いて代表者のみが参加可という代物になっていた。

 その主要PTとは、主催PT「眠る現実(ドルミーレス)」はもちろんだが、なんと青の神官(アシュア)紅蓮の魔術師(ペルソナ)を擁するということで、シリウスを始めこちら側(・・・・)のメンバーも数に含まれていた。

 ユーナも初めて聞いたのだが、アシュアたちのPTの呼称は「一角獣アインホルン」だという。「青の神官」や「仮面の魔術師」などのほうが有名すぎて、あまりPT名で呼ばれることはないらしい。ちなみに命名は弓手セルヴァ、とPTチャットで揶揄られていたが、当の本人は爆弾……ではなく、罠を調達するためにマイウスへ旅立っている。明日には戻るという話だ。そもそも、アシュアたちにも四人だけでPTを組むという形にはまったくこだわりがないようで、今は後方支援のためと称してエスタトゥーアやシャンレンも名を連ねていた。

 メーアやソルシエールも参加するとは聞いていたが、今、PTにふたりの名はない。当然、この場にもいない。エスタトゥーア曰く、メーアはまだログインしていないとのことで、逆にソルシエールはエスタトゥーア謹製の新装備を身につけ、「ちょっと調べ物をしてきます」と転送門ポータルからいずこかに旅立っていったそうだ。結局、あの夜からソルシエールとは会っていないので、ユーナ的にはいろいろ気に掛かってはいた。ただ、アシュアから「もう大丈夫」ということばはもらっているので、必要以上に心配はしなくてよさそうだとは思う。どちらにせよ、明日に間に合えばいい。

 そして、ユーナもまた、ありがたくもその一員として列席しているのだが――正直、肩身が狭い。

 関係者以外には口外していないはずだが、少なくとも現アインホルンのメンバーには、ユーナが不死伯爵を連れて帰るという期待があった。実際に、彼を従魔シムレースにするというところには落ち着いたのだ。ユーナの願いを、カードル伯が聞き入れるという形で。

 ユーナはPT表示を眺めて、溜息を吐いた。アークエルドの名は、今グレーダウンしている。ユーナの知る限り、従魔(シムレース)が自身のPTから外れたことはない。グレーダウンは、別地図(マップ)にいることを示唆している。要するに、ここに彼はいない。もともと離れているつもりだったので、この件について、ユーナは問題ないと思っていた。だが。

 ふわりと足元を漆黒の尾が触れていく。エネロから戻ってきてからアシュアに乞われ、まとめて清めたので触り心地が良い。普段なら建物の中にまで入らない地狼アルタクスだったが、混み合うにも関わらず、今回は紛れ込んでいた。少し情緒不安定気味な従魔シムレースは、別荘で一度引き離したことが相当不満だったようで、アークエルドが立ち去ってからはべったりとくっついている。おかげで、ユーナは黙っていても従魔使い(テイマー)であることを喧伝している状態だった。

 「眠る現実(ドルミーレス)」のリーダーがオープンチャットで訴えている内容は、「ホルドルディール」の攻撃パターン、その攻撃の予測される初動、対策などである。身を以て、もしくは命からがら得た情報を、惜しむことなく伝えようとしてくれている姿勢には頭が下がった。


 そう。

 誰もが、勝ちたいのだ。


 目の前にボスモンスターがいるのに、「アップデート後には勝てるようになるかも」と言われてのんびり待つような性分を、ユーナも持っていない。

 レベル五十解放を待たず、今揃えられる装備やスキルの全てを用い、全力で戦い、勝つ。

 ほぼカンスト組で揃えられたレイドPTの面々を見ても、その本気度がわかる。


「基本、PTは個別に動いてもらう。

 だが、知っての通り、今回もアインホルンが参戦する。特に青の神官については、みんなも周知のとおりだ。彼女の支援はPTの枠組みを超えるだろうが、支援が必ずあると期待するのではなく、あればラッキーと思うくらいにしてほしい」


 レイドPT間の攻撃シークエンス調整に入った時、音頭取りの重戦士が注意した。音頭取り(主催)PTでもないのに特別待遇を受けている理由を、はっきりと示している。

 ユーナも気付いていたが、青の神官(アシュア)の回復支援は、自身のPTの枠にとどまらず、他者にまで影響を及ぼす。通常、神官職だけではなく、回復支援補助職というものは、MPと技量の限界もあり、自身のPT内にリソースを集中させるものだ。まして、神官の仕事(役目)は多岐に渡る。単純な回復だけではなく、防御、能力向上や付与に至るまで……ただ、攻撃さえしていればいい職とは話が違うのだ。もっとも、攻撃職もタイミングを誤れば味方を巻き込むので、決して簡単なわけではないが。


『ちゃんと他のも支援しろ、か』

『まあ、期待するのは自由よね』


 PTチャットによる紅蓮の魔術師(ペルソナ)の囁きに、当の本人である青の神官(アシュア)が応える。非常に不満げな彼の声音に対して、アシュアはむしろ楽しげだ。言われなくても彼女は自分の思うままに行動する。アインホルンのメンバーは、嫌というほどそれがわかっていた。ユーナの場合は、身を以て。彼女の右手にある法杖が、そのすべてを物語っている。

 レイドPTそれぞれがどんな手札を持っているのか、まではここでは明かされなかった。レイドボスである以上、報酬は戦闘に貢献した全員に行き渡ることと、MVPを積極的に狙ってほしいこと、回復薬ポーションなどの対価は各自負担になることなどの念押しがあり、予定通り、現実時間リアルタイムの午後十時に戦闘開始ができるように、幻界時間での明日二の鐘から移動する旨の確認があり、この場は解散となった。


 オープンチャットでのざわめきが広がる中、アシュアたちは動かなかった。もう出入り口がいっぱいで、どこのバーゲンセール?状態になっているためだ。慌てずとも宿に部屋は取っている。まして、丸太を切っただけではあるが椅子もあるのだ。くつろいだ様子の面々を見ながら、PTに名を連ねているのにこの場にいない存在について思いを馳せた。


「彼、戻ってきそうですか?」


 同じことを考えたのか、シャンレンがオープンチャットで問いかけてきた。ユーナはかぶりを振る。


「わからないんです。アルタクスと違って、共鳴にボーナスがついているわけではないので、地図マップを越えると使えないみたいで。喚べば、来てくれるはずですけど……」

「無理強いは、できませんね」


 このユヌヤ周辺の、どこかにはいる。

 転送門でのやりとりを思い返すと、ユーナはやはり、溜息しか出なかった。




 エネロの門が見える位置で、アークエルドは立ち止まった。

 自分の顔を見知っている者がいると恐らく混乱するだろうという予測の下、不死伯爵ノーライフ・カウントとしてユーナの影に潜む旨を申し出たのだ。確かに、カードル伯なのだから、見た目はまったくそのままである。目が赤くないだけの貴族然とした男性が村を闊歩するのは目立つ。まさかそんな特殊能力があるとは思わず、ユーナもはしゃいで了解した。影があるうちは彼の意思で自由に出入りできるそうだが、影のない場所では従魔召喚シムレース・プロスクリスィでなければ出てこられないという。休息もそこで取れるそうで、宿代は不要と言われ、ユーナは正直安堵した。毎日スイートルームを要求されると、さすがに貯金も底をつきそうだったからだ。そもそもスイートなんてあるのかどうか知らないが、自分たちが普段寝泊まりするような部屋と、あのボス部屋の主寝室は比べようもない。

 そして、静かにエネロからユヌヤへと転送門ポータルを用い、ユーナたちは移動した。転送費用節約のために、アルタクスは当然、従魔召喚シムレース・プロスクリスィで別途呼び寄せである。ひと悶着は、ここで起こった。

 ユヌヤに移動してすぐ、影から出てきたアークエルドが別行動を希望したのだ。


「このままではあまりお役に立てまい」


 閉門の鐘が鳴る直前である。

 集落の外で夜を過ごすと言うに等しい発言に、ユーナは目を剥いた。夜は不死伯爵()の時間とは言え、たった一人でユヌヤの周辺をうろつくなど、レベル一でする所業ではない。もっとも、彼のステータスがレベル一という事実のほうが、どこか冗談めいているのも事実だが。


「あの、わたし、アークエルドに役立ってもらおうとか……」

「承知している」


 やりたくないなら戦わなくていい、と口説いたのはつい先ほどである。ユーナの心配も理解した上で、彼は頷いた。


「だが、負担になるつもりはない。

 ――少し、外を散歩してくるだけだ。ご容赦願いたい」


 そう言われては、「ダメ」だなんて言えるわけがない。

 まして、彼には「やりたいことをご自由に」と予め言ってあるのだから。

 夜の野外へ出ていく彼を、見送るしかなかった。




 シャンレンが視線を上げた。やや細められたそれに、ユーナもまた追随して視線を向ける。そこでは、先ほどの主催PT(ドルミーレス)重戦士リーダーが、アシュアとオープンチャットで会話をしていた。


「最終前に会いたかったんだが」

「あら、ごめんなさいねー。ちょっと野暮用があって」


 にっこりと綺麗に笑う神官アシュアに、ユーナは背筋が冷たくなった。あれは、シャンレンの営業スマイルと同じだ。愛想がいいだけで、本心を覆い隠す笑み。全力で訊いちゃダメよという空気を醸し出す彼女に、重戦士リーダーは溜息を吐いた。


「うちの神官ウィルが、その法杖を気にしててな。強襲クエのMVPじゃないよな?」

「んふふ、出所はヒミツ。でも、生産品よ。作るのたいへんだったんだから」

「え、生産できるのか?」

「まさか! 知り合いにちょっとねー」


 当たり障りのない会話をしながら、アシュアは足を組み替えた。すると、紅蓮の魔術師(ペルソナ)が立ち上がる。


「金ならいくらでも用意できるんだが、なかなか腕のいい職人が見つからない」

「ホントそうよね。私たち、前ばっかり見てたし」


 会話を続ける彼女たちの前に、紅の術衣を翻し、立つ。手に握られた術杖は長く、術式刻印が複雑に彫り込まれている。それを床に軽く突きながら、彼は尋ねた。


「アーシュ、こっちも打ち合わせるのか?」

「あー、そうね。一応確認しましょうか。

 じゃあ、また明日ね。ラスティン」


 促されるのに合わせて、アシュアが席を立つ。

 だが、重戦士ラスティンは言い募った。


「アシュアだけでもうちに来りゃいいのに。苦労させないよ?

 どこかの放火魔と爆弾魔、お前の聖域結界ぶちやぶったって話じゃないか」


 事実ではあるが黒歴史である。ユーナも戻ってから、まずふたりの頭上の名前が青いことに安心したほどだ。敢えて誰もその青色ブルークエストの経緯にすら触れずにいたものを、無神経に口にする重戦士ラスティンに対して、ユーナもまた目を細める。あれは関わらないほうがいいタイプだ。

 同じ感情を抱いたのか、仮面の魔術師(ペルソナ)もまた朱殷の瞳を重戦士に向けた。だが、アシュアは紅蓮の魔術師の術衣を握りしめ、身体をまるめ、大声で笑い始める。


「あははははっ! ホントね! まあ、自分の炎に巻かれなかっただけいいじゃない。吹っ飛ばされてたけど」


 その青いまなざしが、紅蓮の魔術師を見上げた。全然笑ってない。怖い。

 大きな釘を刺され、仮面の魔術師は口ごもる。すると、アシュアは術衣を手放し、皺になった部分をポンと叩いた。


「ま、あんなの苦労なんかじゃないわよ。アルカロットに目が眩んでユヌヤほっぽって出て行かれたほうがよっぽどきつかったわね。

 それに比べたら、MP回復しないくらい回復薬(ポーション)の中毒症状出してたくせに、それでも戻ってきて防衛戦してたんだから、大したもんじゃない?

 私は感謝してるつもりだけど?」

『どついただろ』

『それはそれー』


 PTチャットでの応酬は、ラスティンには聞こえない。

 重戦士はバツが悪そうに肩をすくめた。ユヌヤをほっぽって、というくだりには否定できないのだろう。


「ま、いつでも待ってるから」

「うん、気持ちだけもらっとくわ。ありがと」


 ひらひらと手を振って、今度こそアシュアは背を向ける。それを合図に、アインホルンも動いた。


 集会所の中は、思ったよりも熱気が溜まっていたらしい。ユーナは夜の空気に身を震わせた。空には殆ど満ちた月が見える。月の下なら、不死伯爵ノーライフ・カウントも弱体化せずにいられる……といいなあと思いながら、ユーナはまた息を吐く。その様子を見かねて、地狼が声をかけた。


【気持ちはわかるけど】

「気持ち?」

【あいつも、強くなりたいんだろ】


 アークエルドのステータスはグレーダウンしているので、詳細も現時点でのレベルも数値もわからない。従魔シムレースになったばかりのアルタクスのことを思い出せば、確かに、主をほったらかして魔物をぷちぷち潰していた。同様だとすれば、魔蟻フォルミーカでも狩っているのかもしれない。


【そんなに長く、ユーナから離れていられるわけがない。すぐ戻るよ】


 その内容に、思い出す。

 幻界ヴェルト・ラーイのシステム。

 従魔シムレースになりたいと思わせるほど、彼らを魅了する従魔使い(テイマー)

 ユーナ自身にはどうしようもない仕組み(システム)とは言え、多少なりとも楽になる方法はないだろうか。

 テイマーズギルドへ立ち入ることができない以上、問い合わせも調べることも不可能だ。思い至って、ユーナはまた溜息を吐いた。


『で、本当に打ち合わせるんですか?』

『んー、要らないんじゃない? もう疲れちゃったし、出たとこ勝負で!』


 シャンレンの問いかけに、アシュアの法杖が月明かりへと振り上げられる。ふふ、とエスタトゥーアの笑い声が、彼女の意思を肯定するように耳元をくすぐった。

 彼女のまなざしに似た青いきらめきが、星明かりの加護を生み出した。ひとつの道標を頼りに、アインホルンのメンバーは進む。その先にしばしの休息と、新たなる戦いが待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ