どこまでも、ご一緒しましょう。
カードル伯の傍に、骸骨執事が跪いている。
彼が紡ぐことばに、ユーナは口元を引き結んだ。自分と同じように、否、それ以上に、彼は覚悟を決めていたのだ。敵対し、滅ぼしたこともある相手へと、己の主を委ねようとしている。
その理由はひとつだ。
自分と同じ未来を、アズムも夢見た――。
カードル伯の舌打ちに続いて放たれたことばに、しゃれこうべが驚愕するように鳴った。
そして、視界にウィンドウが開く。
ユーナは息を呑んだ。
【説得可能です。説得技能を入手しますか?
必要スキルポイント八
スキルポイントを割り振りますか?
はい いいえ】
現時点でのユーナはレベル二十七、残りスキルポイント……九。
カードル伯が出した答えに、ユーナもまた確かな覚悟で応えた。
指先が「はい」に触れる。
【スキル「説得」を取得しました。
説得成功。
名前を決めて下さい】
切り替わるウィンドウから、ユーナは視線を外す。闇に浮かび上がったスキルウィンドウは、呆気なくユーナの慣れた夜目を奪っていた。微かに見えるカードル伯は、既にソファから腰を上げている。跪いたままのアズムや、テーブルを避け、こちらに近づく。
ユーナもまたソファから慌てて立ち上がった。すると、何故か溜息を吐かれた。気が進まないのだろうかと申し訳なく思いながら、それでも肝心なことは尋ねる。
「……名前、何がいいですか?」
「何でも」
真意を問うように見上げると、カードル伯はことばを続けた。
「既にカードルの家は滅びた。我が名は忌むべきものとして歴史からも抹消されているだろう」
「あなたの名前ですから、イヤなら他のでもいいんですけど」
「――親が子に与える、最初の贈り物と同じように……貴女からいただくことはできまいか? 我が主殿」
持ち手をユーナに向け、差し出されたものは、ステッキだった。
かつての戦闘でも見覚えのある武器を目にして、ユーナは困惑する。カードル伯が動いた。ユーナの手を取り、ステッキを押し付けたのだ。
「我が剣は失われた。
ここに残されたものはただの屍に過ぎない。それでも……貴女が、惜しむのなら」
そして、ユーナの手を離した。
銀色の髪が揺れる。跪いた彼の表情は覆われて、見えなかった。
――こんなことを、させるつもりじゃなかったのに。
ユーナは助けを求めるように、アズムを見た。骸骨執事は己の主同様、跪いたままだったが、こちらに空虚なまなざしを向けていた。彼はことばを発することなく、静かに頭を下げた……。
ユーナは、ステッキを握りしめた。彼が求めているものが、これと同じであればいいと思いながら、そっとステッキの先で、柔らかく両肩へと触れる。
不死なる者に贈る、その名は。
「アークエルド」
NPCの緑から、アークエルドの青へと頭上の文字が書き換わる。そして、ユーナは道具袋からカードルの印章を取り出した。使いそびれた彼の約束は、今なら別の形で捧げられるだろう。左手に握ったそれが、砕け散る。
「召喚の誓約」
終焉を奪った。
消せない絆は重荷になるだろう。
遠くにいても、せめてその声が聞こえるように。
求められたら応えられるように。
誓句によって契約陣が広がる。紫色の光がふたりの姿を包む――。
身体に刻まれていく従魔召喚の術式を、彼は黙って受け入れてくれた。
「感謝する」
頬を伝う涙を、アークエルドの指先が拭う。
冷たさしか感じない手のひらが頬に触れる。
熱の篭った意識が、覚めていくようだった。
潤んだまなざしで見た彼の瞳は、満月の光のような柔らかさに満ちていた。
契約陣が消えた時、そのまなざしが闇にも映える深紅へと変わる。
ユーナはステータス表示に現れた種族名を見て目を瞠る。「不死伯爵カードル」と、頭上にはなくとも、彼の家の名は残されていた。
そして、瞳の色の変化と共に、数値も変貌していた。HP・MP・疲労度・空腹度の四点が何も操作せずともPT上にステータスバーとして表示されるものだ。どれもが倍ほど伸びている。ユーナよりも遥かに高い数値でありながら、レベル一なのだ。
アークエルドが取り戻したステッキを振ると、骸骨執事の足元へ黒い陣が敷かれた。
禍々しい、闇の中で更に闇の真円と術式が描かれる光景に、ユーナは絶句する。
「眷属の呪縛」
黒い靄が骸骨執事を包み、呑み込んでいく。彼の全身の骨が鳴る。闇を受け入れることで軋み、その肩が震えた。
完全に靄が消えた時、陣も闇に溶ける。
「――どこまでも、ご一緒しましょう。我が君」
嬉しそうにしゃれこうべを鳴らして、アズムは自身の主に永遠の忠誠を誓う。
アークエルドはただ、ひとつ頷いた。
 




