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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第八章 薫風のクロスオーバー
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どこまでも、ご一緒しましょう。


 カードル伯の傍に、骸骨執事アズムが跪いている。

 彼が紡ぐことばに、ユーナは口元を引き結んだ。自分と同じように、否、それ以上に、彼は覚悟を決めていたのだ。敵対し、滅ぼしたこともある相手へと、己の主を委ねようとしている。

 その理由はひとつだ。

 自分と同じ未来を、アズムも夢見た――。


 カードル伯の舌打ちに続いて放たれたことばに、しゃれこうべが驚愕するように鳴った。


 そして、視界にウィンドウが開く。

 ユーナは息を呑んだ。


説得ペルスラシオン可能です。説得ペルスラシオン技能スキルを入手しますか?

 必要スキルポイント八

 スキルポイントを割り振りますか?

 はい いいえ】


 現時点でのユーナはレベル二十七、残りスキルポイント……九。

 カードル伯が出した答えに、ユーナもまた確かな覚悟で応えた。

 指先が「はい」に触れる。


【スキル「説得ペルスラシオン」を取得しました。

 説得成功。

 名前を決めて下さい】


 切り替わるウィンドウから、ユーナは視線を外す。闇に浮かび上がったスキルウィンドウは、呆気なくユーナの慣れた夜目を奪っていた。微かに見えるカードル伯は、既にソファから腰を上げている。跪いたままのアズムや、テーブルを避け、こちらに近づく。

 ユーナもまたソファから慌てて立ち上がった。すると、何故か溜息を吐かれた。気が進まないのだろうかと申し訳なく思いながら、それでも肝心なことは尋ねる。


「……名前、何がいいですか?」

「何でも」


 真意を問うように見上げると、カードル伯はことばを続けた。


「既にカードルの家は滅びた。我が名は忌むべきものとして歴史からも抹消されているだろう」

「あなたの名前ですから、イヤなら他のでもいいんですけど」

「――親が子に与える、最初の贈り物と同じように……貴女からいただくことはできまいか? 我が主殿」


 持ち手をユーナに向け、差し出されたものは、ステッキだった。

 かつての戦闘でも見覚えのある武器を目にして、ユーナは困惑する。カードル伯が動いた。ユーナの手を取り、ステッキを押し付けたのだ。


「我が剣は失われた。

 ここに残されたものはただの屍に過ぎない。それでも……貴女が、惜しむのなら」


 そして、ユーナの手を離した。

 銀色の髪が揺れる。跪いた彼の表情は覆われて、見えなかった。


 ――こんなことを、させるつもりじゃなかったのに。


 ユーナは助けを求めるように、アズムを見た。骸骨執事は己の主同様、跪いたままだったが、こちらに空虚なまなざしを向けていた。彼はことばを発することなく、静かに頭を下げた……。


 ユーナは、ステッキを握りしめた。彼が求めているものが、これと同じであればいいと思いながら、そっとステッキの先で、柔らかく両肩へと触れる。

 不死なる者に贈る、その名は。


「アークエルド」


 NPCの緑から、アークエルドの青へと頭上の文字が書き換わる。そして、ユーナは道具袋インベントリからカードルの印章を取り出した。使いそびれた彼の約束は、今なら別の形で捧げられるだろう。左手に握ったそれが、砕け散る。


召喚の誓約コントラクト・ユーラティオ


 終焉を奪った。

 消せない絆は重荷になるだろう。

 遠くにいても、せめてその声が聞こえるように。

 求められたら応えられるように。


 誓句によって契約陣が広がる。紫色の光がふたりの姿を包む――。

 身体に刻まれていく従魔召喚シムレース・プロスクリスィの術式を、彼は黙って受け入れてくれた。


「感謝する」


 頬を伝う涙を、アークエルドの指先が拭う。

 冷たさしか感じない手のひらが頬に触れる。

 熱の篭った意識が、覚めていくようだった。

 潤んだまなざしで見た彼の瞳は、満月の光のような柔らかさに満ちていた。


 契約陣が消えた時、そのまなざしが闇にも映える深紅へと変わる。

 ユーナはステータス表示に現れた種族名を見て目を瞠る。「不死伯爵ノーライフ・カウントカードル」と、頭上にはなくとも、彼の家の名は残されていた。

 そして、瞳の色の変化と共に、数値も変貌していた。HP・MP・疲労度・空腹度の四点が何も操作せずともPT上にステータスバーとして表示されるものだ。どれもが倍ほど伸びている。ユーナよりも遥かに高い数値でありながら、レベル一なのだ。


 アークエルドが取り戻したステッキを振ると、骸骨執事アズムの足元へ黒い陣が敷かれた。

 禍々しい、闇の中で更に闇の真円と術式が描かれる光景に、ユーナは絶句する。


眷属の呪縛(カタラ・シンニエス)


 黒い靄が骸骨執事を包み、呑み込んでいく。彼の全身の骨が鳴る。闇を受け入れることで軋み、その肩が震えた。

 完全に靄が消えた時、陣も闇に溶ける。


「――どこまでも、ご一緒しましょう。我が君」


 嬉しそうにしゃれこうべを鳴らして、アズムは自身の主に永遠の忠誠を誓う。

 アークエルドはただ、ひとつ頷いた。

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