鍵
ガシャシャシャシャ……
床に落ち、積み重なるカトラリー。その真ん中で起き上がったシャンレンは、瞳から力を失うことなく、再度斧を構えて二人の前に立つ。しかし、ぽつぽつと無数の穴が見える鎧には、最早聖なる光は灯っていなかった。
ユーナの視界には、HPこそ緑だが、黄色に変化しかかっている彼の疲労度が映っている。その上、陣の上に倒れこんだアシュアのMPは既に黄色に染まっていた。
「戦利品としてはかなり優秀ですから、できれば無傷がよかったんですけどね」
残念そうにカトラリーを見やり、ぽつりと零す。
「結構人気があるんですよ、銀のカトラリー」
「ユーナちゃん持ってないはずだから、いいのあったら回してあげるのよ」
「そうですね。食器も残れば……」
服の埃を払いながら立ち上がるアシュアの言葉に、希望的観測を返す。そんなのほほんとした会話が繰り広げられる中、カタカタと骸骨執事が嗤った。
「それは残念です。ご期待に沿えそうにありません」
テーブルクロスを握りしめ、執事はその手首を返した。視界が真っ白に塗り替えられると同時に、無数の陶器が宙を舞う。
アシュアの左手が閃いた。握りしめられた術石が、法杖に力を宿す。
「聖なる光を帯びしもの」
その聖なる加護は、再びシャンレンの鎧に力を満たした。
陣の前に立ち、斧を構えたシャンレンの視界の端、白と闇の境目でスケルトンがこちらに駆けてくる姿があった。呼吸を合わせた同時攻撃を悟り、あえて、シャンレンは一呼吸おいてから、戦斧を振るう。
「戦斧旋舞!」
迫る陶器とスケルトンが、まとめて砕け散る。難なく処理され、執事はため息と共にその手から布を落とした。
「何故……いえ、それでも、私はあの方をお守りするだけです。あなたがたが望むものがあの方の討伐である限り」
零れ落ちたことばは、衣擦れの音に紛れて闇に融ける。
入れ替わるように、無数の金属音が広間に響いた。散らばったカトラリーが再度力を得て、僅かに宙に浮く。同時に、聖なる水飛沫が上がった。
「何度もさせるものですか……っ!」
ユーナが水袋の口を絞るように抑え、残る手で水袋自体を握り、聖水を噴射したのだ。高く上がった聖水は細かくカトラリーへと降り注ぎ、呆気なくカトラリーは床へと再度積み重なる。
「それはこちらの台詞です」
闇を飲んだ空洞の頭蓋が、ユーナへと向く。その虚ろに雷が奔った瞬間、星明かりに照らされていたはずのシャンデリアが光を増す。視線を上げると、新たなカトラリーが天井いっぱいに生じ、シャンデリアを増やしたかのように煌いていた。ユーナはヒュッと己の喉が鳴る音を聞いた。予測した通り、それは重力だけではない加速と共に、三人に向かう矢となり解き放たれる。
「来たれ聖域の加護!」
アシュアの加護が空を駆け、銀色を弾き飛ばした。砕け散るカトラリーと、力を失い惰性で飛んでいくものと、その呼吸に合わせるかのように、シャンレンが斧を下に構えたまま走る。強い踏み込みが金属音を打ち鳴らし、骸骨執事が下がるよりも速く斧を振り上げた。その刃は執事服を纏った胴を裂き、そのまま一気に骸骨目がけて振り下ろされる。そして、そのままシャンレンはその場に膝をついた。
「――痛ぅ……っ」
深く頭蓋に傷をつけながらも骸骨執事は砕け散ることなく、右手に生み出した銀盆をシャンレンに投げつけて下がっていた。頭上に浮かぶステータスバーは赤となり、致命傷だったことがわかる。一方、斧を片手に持ってはいるが構えられていないシャンレンのほうも、完全に疲労度がオレンジとなり、HPも銀盆の一撃で黄色に変貌していた。
「癒しの奇跡!」
アシュアの癒しで瞬時にHPは緑へと戻る。しかし、疲労度は変わらない。癒しを受けてもなお動けないシャンレンの様子を見て悟り、骸骨執事はユーナへと向き直る。既にアシュアのMPもオレンジである。これ以上の支援は、彼女の意識を刈る可能性が高い。
――来ないでっ……!
ユーナは咄嗟に、手元にあった聖水の水袋をそのまま投げていた。
口が緩んでいたそれは宙を舞い、聖水を撒き散らしながら落ちていく。骸骨執事には届かない。誰もがわかっていた悪あがきだった。だが、彼女は水袋を投げると同時に、腰の短剣を引き抜いていた。無謀にも両手に短剣の柄を握り、全力で走り……水袋ごと、執事の胸に突き立てた。
ほんの一瞬、水袋に意識を取られ、侮った骸骨執事の油断を突いて。
砕け散っていく骸骨執事の音と共に、場にレベルアップ音が響き渡る。
そして、彼の跡には鍵が残された。




