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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第七章 月華のクロスオーバー
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闇に舞う花々

 彼を守らなければ――でも、どうやって?


 炎地雷ホォヤン・ディーレイを本来の使い方ではなく、投げつけて撃ち落とすというやり方を行なっているセルヴァは、かなり魔蟲に接近している。後衛の戦い方ではない。その動きも早く、一か所にとどまっていなかった。

 ユーナの思考が混乱する中、場違いなほど浮かれた声が間近で響いた。


「うわー、アタシのがいーっぱい♪」

「まだお前、テイム覚えてねえだろ」


 冷たい応答に、そこにチチュイ♪と鳥の鳴き声が混ざる。また火柱が一本上がる中、呆然とそちらを見る。嬉しそうに両手を広げている彼女の、ボリュームたっぷりのたゆんたゆんしている真っ白な胸元が、真っ先に夜目につく。次いで、長く美しい薄い緑色の髪の真上に、同じような色合いの鳥が沈んでいるのが見えた。隣には鞭を片手に握った紫紺の髪の少年が忌々しそうに彼女を見ている。


「できるもんならやってみろよ。いつまでかかってんだよ。俺いい加減帰りたいんだよ!」

「あはははは~♪ アタシはモラードと一緒だと楽しいよぉ?」

「――これで報酬、小金貨一枚って絶対割に合わねえ……!」


 深々と溜息をつく彼が、唐突にこちらを見た。鋭い黄玉のまなざしがユーナを捕らえ、すぐに鋭さを失う。


「あれ? お前……っと、それどころじゃねえな」


 再びその視線が、細くなる。

 魔雄蟻マーレ・フォルミーカに向けられたそれを見て、モラードは雇い主に尋ねた。


「一番弱ってるのでいくか?」

「そうよねぇ。男の子のほうがいいかなぁ」


 んふふ、と笑いながら、彼女は両腕を小さく組んだ。その腕には、二重になった木製の腕輪が見える。両手の指先が交錯する腕輪に触れ、ルーファンは術句ヴェルブムを口にした。


攻撃力強化マハト・シュタルク! 速度強化シュネル・シュタルク!」


 重ね掛けされた緑色の光が、彼女を包み込む。指先のない白の革手袋に包まれた拳を軽く打ち合わせ、ルーファンは笑む。夜に浮かび上がった白の装備は、そのまま白の残像へと変わった。チュイ♪と鳴いて、取り残された翡翠色の小鳥は紫紺の頭のほうへ移る。

 打撃音。

 巨大な太鼓を叩くようなリズミカルな低音は、ルーファンの拳が魔雄蟻マーレ・フォルミーカを殴打することにより生じていた。拳が唸る度に、そのふわふわな胸が重力に逆らった動きをする。胴体と顎に対して連撃を受け、新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカの登場により興奮していた魔雄蟻マーレ・フォルミーカは、あっさりと目を回す。赤い複眼は光を失っていた。大地に伏した魔雄蟻マーレ・フォルミーカから大きく距離を取り、着地したルーファンは声も高らかに叫ぶ。


「よぉっしぃっ! テイムーぅぅぅっ!!!!!」


 大きくびしぃっ!と音が聞こえそうな勢いでルーファンが魔雄蟻マーレ・フォルミーカを指さした。

 その瞬間、何故か場が沈黙する。爆発音すら聞こえないということは、セルヴァも呆気に取られて見ているということだろうか。

 だが。

 ぷるぷるとその指先から腕が震え始めてもなお、彼女はその姿勢をやめない。


「失敗」


 無情にモラードが宣言する。

 同時に、新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカの怒りの咆哮が辺り一面に響き渡った。夫候補マーレ・フォルミーカが痛めつけられているのだ、黙ってはいられない。それこそ目の色を変えて、ルーファンに迫る。モラードの鞭が翻り、ルーファンの括れた胴体に巻き付いた。力任せに引かれ、ルーファンが悲鳴を上げる。


「ひぁぁぁぁぁっ!」


 モラードの足元に投げ出された身体の上に、チュイ~♪と翡翠色の小鳥が戻る。

 魔雄蟻マーレ・フォルミーカの傍に集まった四体は、それぞれが魔雄蟻マーレ・フォルミーカの脚を咥え、引っ張り合いを始めた。四肢を引きちぎられ、魔雄蟻マーレ・フォルミーカの名前がブラックアウトする。

 新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカがその脚を咀嚼する音が、場を占めた。

 あまりにもひどい展開に、旅行者プレイヤーたちは息を呑む。


「ほっとかないで、攻撃して! 強くなっちゃう(・・・・・・・)っ!」


 アシュアの叫びに、真っ先に反応したのはやはり彼だった。

 四体のどまんなか、魔雄蟻マーレ・フォルミーカの真上で、炎地雷ホォヤン・ディーレイが炸裂する。光に還る魔雄蟻マーレ・フォルミーカ。そして、四方に弾き飛ばされながらも、新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカはその足を喰べ切った。

 異様な脈動が全身から起こり、それぞれが一回り大きくなる。


「んじゃ、次はアレねぇ」

「お前、マジ懲りねえな」


 ルーファンとモラードの甘い会話を無視して、旅行者プレイヤーたちは雄叫びを上げながら攻撃を再開した。振り下ろされる剣よりも早く、その脚が旅行者プレイヤーを弾き飛ばす。追撃を防ぐために別の旅行者プレイヤーが剣を振るう。傷を負わせられても、一本、脚を奪うには至らない。どこかのPTの魔術師が、新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカの背に術式を当てる。衝撃に身体が揺れたが、それ以上のダメージはなかったようだ。頭部が動き、顎が開く。蟻酸を吐き出す予備動作だ。フォルミーカ・クエストを終えている旅行者プレイヤーたちにはお馴染みのもので、あっさりと回避していく。

 四体もの新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカと、その周囲にまとわりつく魔蟻フォルミーカの群れ。

 転送門広場にある旅行者プレイヤーたちは、アルカロットよりもユヌヤの守備を優先した猛者たちだ。戦闘の呼吸をよくわきまえている。時折聞こえるアシュアの聖句が、彼らを守った。


「来たれ聖域の加護(サンクトゥアリウム)!」


 決して仲が良くないはずの新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカが、目障りなのか、異なる攻撃対象であるはずの旅行者プレイヤーに向かっても蟻酸を吐きかけることがあった。その度に、広範囲の聖域が展開され、蟻酸を無効化する。


 ユーナは地狼の背から降り、身動きのできない地狼に迫る魔蟻フォルミーカから彼を守っていた。地狼は霊術陣を広げ、弓手からの爆撃を旅行者プレイヤーに向けないように、大地の防壁を打ち立てている。弓手の攻撃を、旅行者プレイヤーに当てないことで、セルヴァを守る。そのやり方は、彼自身の動きも封じない。一方で、地狼はまったくの無防備になるため、ユーナの援護が欠かせなかった。広場の露出した赤土はぼこぼこになり、そこに足を取られて新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカが動きを止めることも増えてくる。


 歓声が上がる。

 新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカのうちの一体が光に還り、転送門広場に立つボスクラスが三体に減った。


「やだぁっ! 倒しちゃったぁぁぁっ」

「やりすぎだ、バカ!」


 おかしな悲鳴と鳥の鳴き声まで聞こえる。

 そのタイミングで、青の神官の祈りが命の神術陣を夜空に浮かべた。


「わが祈り天に満ちよ万人へ癒しの奇跡をオムニス・クラシオン・リート!」


 神術陣が光の粒となり、旅行者プレイヤーへと降り注ぐ。広範囲の回復神術の発現に、ユーナは絶句する。ユーナのHPバーは黄色に変わりつつあったが、即座に緑にまで引き戻された。高レベルの剣士などHPの総量の数値が高い者には微々たる値かもしれないが、複数の旅行者プレイヤーを一気に回復できる手段など、見たことがなかった。

 同じPTに属しているユーナだからこそわかったが、アシュアが対価として支払ったMPは百を越える。それでもなお、神術陣の真下にいる者を一気に回復できるという利点は何物にも勝るだろう。問題は、従魔シムレースを回復することができる神術なので、当然魔物すらも回復してしまう。意図的に魔蟲たちのいるあたりは範囲外となり、駆け回っている弓手セルヴァはその対象外になっていた。

 HPの数値を確認できないことが、これほど不安になるとは思わなかった。

 ユーナは魔力の丸薬ピルラを道具袋から出し、地狼の口元に手のひらを広げた。ぺろりと舌がそれを舐め取り、呑み込む。一瞬で黄色から緑へ戻ったのと合わせて、時刻も確認した。クールタイムが気になる。地狼の使う地の精霊術は消費MPがそれほど多くはないが、いざという時に回復できない事態は避けたかった。


【大丈夫?】

「それはこっちの台詞。ごめんね、慣れてないのに」

【この程度なら平気】


 その頭を一撫でして、マルドギールを振るう。魔蟻フォルミーカの触角の根元に鉤爪を掛け、ユーナは両手で短槍を握り直し、全体重を掛けて引く。地に倒された魔蟻フォルミーカを、穂先で貫いた。

 本来の戦い方ではない精霊術の行使を繰り返させている。それは明らかに負担であるはずで、また、今また炎地雷を投げている彼も同様だった。あの戦い方には無理がある。投擲と射かける動作を連続で繰り返している様子に、ユーナは表情を歪めた。

 どうやって止めたらいいのかがわからない。


 その時、爆炎が上がり、稲妻が疾った。

 新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカの一体の身体を包み込み、焼き尽くす炎。それを更に貫いた雷光の名残が、魔蟲の最期を告げる。

 ステータス表示に、二人分のバーが追加された。


『おっそいわよ、放火魔!』

『ラブレターが多すぎて、読むのに時間がかかった』

『ラブレターって誰からのですか師匠ぉぉぉぉぉっ!?』

『個人情報につき秘匿する』


 怒鳴りつける青の神官に、紅蓮の魔術師が息を切らしながらも軽口を返す。それに魔女の詰問がかぶった。怖い。

 地図マップに映し出された青の光点は、魔術師師弟(師匠非公認)の位置を伝える。転送門広場の北側の入り口で、紅蓮の魔術師は杖を構えて立っていた。となりでは、ボロボロの黒の外套をまとったままの魔女が食って掛かっている。

 更に、一人、ステータスが追加された。

 戻ってきたその名前に、ユーナは泣きそうになる。


『爆弾魔にしては物足りないな』

『僕はテロリストには向かなかったよ』


 紅蓮の魔術師の指摘に、弓手が残念そうに応える。

 その名は、青いままだった。


『ユーナ、前、入りましょう。後ろ頼みます』


 腕輪をなぞり、全身に雷の加護を纏わせて、ソルシエールが駆け出す。

 セルヴァがアシュアの傍にまで下がるのを見て、ユーナも地狼と共に前に出た。そのふたりを追い越すように、後方から矢が飛ぶ。顎を狙った一矢は、見事牙を一本へし折った。


「――炎の加護(フィアンマ・ギベート)!」


 のけぞった新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカの腹部を、マルドギールが貫く。炎の加護が傷口を焼き、ユーナは柄を回して引き抜いた。その腹と胸の接合部を、地狼が爪で抉る。噛み合わされない顎が空を切り、激しく腹部が振り回された。ユーナの襟首を咥えた地狼が彼女を回避へと導き、別の旅行者プレイヤーの剣が、傷口の上から身体を切断する。


「テイムぅぅぅっ!」

「痺れるから、危ないってば」


 もう片方では、ルーファンとソルシエールが言い合いしながら新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカをどついている。轟音を立てて、その巨体が地に沈んだ。魔女の雷を受けたのだろう。苦し紛れに吐き出された蟻酸の上に落ちかかったルーファンを、モラードの鞭が救う。

 個別にダメージを受けた新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカが、旅行者プレイヤーから互いへと顔を向ける。そして、奇しくも魔雄蟻マーレ・フォルミーカが命を散らした場所で、その二体が衝突した。異様な光景に、一旦体勢を整えるべく旅行者プレイヤーがその周囲から引く。再びアシュアの範囲回復神術が発動した。ソルシエールやセルヴァのHPも癒されていく。


『――ヤバイな。爆弾魔、いけるか?』

『残り全部、吐き出してくるよ』


 互いの身体を喰らいながら、新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカが別の何かに変容していく。舌打ちした紅蓮の魔術師の問いかけに、罠師は駆け出した。

 無造作にばら撒かれた大判焼きは、二体の新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカであったものの周囲へと配置されるように地に落ちる。

 そして。


火炎爆発ケオ・エクリクシス!」

「――方円聖域の加護キルクルス・サンクトゥアリウム!」


 紅蓮の魔術師の術句ヴェルブムが炎の円陣を形作る。炎地雷ホォヤン・ディーレイ火炎爆発ケオ・エクリクシスが重なり、一瞬、その場にいたすべての者の視界が奪われた。閃光と火と爆風、聴覚から感じる本来の爆音が以降の音をすべて消す。咄嗟にアシュアの防御神術が逆結界を築いたが、それすら僅かにももたず、砕けて消えた。

 新魔蟻女王ノーブム・レジーナ・フォルミーカの周囲から引いていたはずの旅行者プレイヤーですら、その膨大な火力の前に吹き飛ばされていく。ユーナの身体の上には地狼が覆いかぶさり、大地に縫い留められたことで難を逃れた。

 ボスクラスのモンスターの出現を防いだ爆風の中心から、夜の闇に、光が広がっていく。

 それは、ユヌヤに残った者全てに強襲クエストの終焉を告げていた。

 光の柱が打ち上がる。

 ――青の神官の身体を包み込んで。


『ほんっと、バッカじゃないの!?』


 だが、MVPに輝いた彼女は、怒り狂っていた。

 ユーナは地狼の顔を撫でながら、息を吐く。その視界のステータス表示では、放火魔と爆弾魔の名が、見事、黄色に染まっていた……。

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