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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第七章 月華のクロスオーバー
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月の先


『ユーナちゃん、こんにちは! 

 今どこー? ぺるぺると一緒じゃなかったっけ?

 あいつ連絡取れないのよね。ひょっとして、何かあった?

 私たちもユヌヤに移動したんだけど、今すっごいの。

 今日ってユヌヤが滅ぶ日? フォルミーカうじゃうじゃ。

 もし巣探してるなら、今ユヌヤの周りにはいっぱいあるはずだから、戻ってきてね♪

 byアシュア』


 地狼の怪我を癒すためにHP回復薬ポーションを振り掛けていた時、そのアイコンに気付いた。メールである。開くと、アシュアからの文面があり……ユーナはそっと空を見上げた。もう、日は落ちた。月が東の空に浮かんでいる。こちらの月も細い。やはり、満ちていくのか、欠けていくのかはわからなかった。


「相手、多かったみたいね」


 ソルシエールは両手に装備品や道具袋インベントリを抱え、未だに意識不明の紅蓮の魔術師の傍に転がした。その中には、彼の術杖も含まれている。ソルシエールの魔力光セヘル・フォスがそれらをぼんやりと照らし出していた。


「弓使いとか……全部で五人」

「無茶しすぎ」

「だよね」


 彼女は溜息交じりに呟く。疲労度スタミナゲージは未だに赤のままなのに、よく動けるものだと感心する。それでもまた拾いにいこうとするので、その背中に声を掛けた。


「アシュアさんから、連絡来てる」

「――何て?」


 振り向いた彼女の表情は硬い。魔力光セヘル・フォスは彼女の上から地面を照らしていて、今はそれ以上の部分は闇に紛れて見えない。


「ユヌヤ、滅ぶかも」

「はぁ!?」


 予想外の内容だったのだろう。一気に強張った表情が崩れた。眉間に立て皺が入り、もっと怖いかもしれない。問い返してはいるものの、ソルシエール自身すぐに予測がついたようだ。とんとんと額を人差し指でつつき、答えを出した。


「襲われてるの? 強襲イベ?」

「たぶん。フォルミーカだって」

魔蟻晶タブラウル・フォルミーカね、それ。持ち帰って、巣を新しく発生させたのかも」


 村長の家の前で交わした会話が、そのまま実装されたような展開である。

 ユーナは頷き、仮面の魔術師を見る。未だに目覚めない彼をひとりにできるはずもない。受けたダメージが多すぎて、HPは最大値まで回復しないソルシエールも同様である。アルタクスは抱きしめていたら従魔回復シムレース・コンソラトゥールが発動するので、もうすぐ全快するはずだ。土埃だらけの頭が、ユーナの膝に載っている。


「ユーナたちだけでも、行ってあげたら?」


 それは静かな提案だった。地狼の耳が、ぴくりと動く。言葉は交わせずとも、話の内容はわかっているからだろう。ユーナ自身としても、異論はない。ただ、PKが出るような場所に、傷ついたふたりを置いていくことには内心激しい抵抗がある。口に出せば余計なことだと言われるから言わないが。


「もうすぐ師匠も目が覚めるし、あたしはMPあるし。このまま火を焚かなかったら、旅行者プレイヤーは来ないから」

「魔物来るんじゃない?」

「ひとのほうが怖いでしょ」


 このあたりにいる旅行者プレイヤーは、すべからくレベル二十五を越えている。その団体(PT)となれば、今のふたりならひとたまりもない。ソルシエールもその点は重々理解しているようだった。明日にも大規模なレイド戦があるというのに、このタイミングでPKを仕掛けてくる輩がいるとは思わなかったのは、皆一緒だ。


「あと、忘れてるっぽいけど、転送石あるから。もしもの時には使って逃げられるよ」

「……あー……そ、そうだね……」


 綺麗さっぱりその存在を忘れていたユーナである。

 転送石があるなら、転移石も持っているだろう。ユーナはマイウスのクエストボスを倒さずにクリアしてしまったので持っていないが。あとひとつ、転送石は残っている。

 転移石を使えば、最下層のボス部屋からも一瞬で出入り口まで行けたんじゃ……と頭を抱える様子に、ソルシエールが笑う。


「師匠は、使いたくなかったんじゃない? だから、そのこと言わなかったでしょ。

 ユーナ、初トライだし。

 あたしもね、ホントにダメだったら使うかもしれないけど、使いたくなかったな……。

 アイテムでクリアするなんて、つまらないじゃない」


 上級者の言に、ユーナは深く頷いた。

 あれだけ呼吸を乱して、辛そうに早足で歩いていた仮面の魔術師を思い出す。アルタクスが背に乗せた時も、規約違反で通報ウィンドウが開いていてもおかしくない状況だった。だが、彼は暴走するユーナたちを受け入れてくれたのだ。

 そして、一人でPKに立ち向かって、見事勝利した。


 魔女ソルシエール従魔使い(ユーナ)の視線が、今も意識のない紅蓮の魔術師のところに向く。ステータス的には、HPは問題ない。意識を失っている分、疲労度スタミナゲージも回復している。MPは未だにブラックダウンしたままだが、意識が戻るころには赤になるだろう。


「あたしたちは大丈夫だから、青の神官様が呼んでるんでしょ。人手、欲しいんだと思う」


 ユーナはアルタクスのステータスを見た。HP・MP・疲労度は殆ど緑になっている。進化インセリィクシンの影響で、軒並み数値が上がっている。もっとも印象的なのは、MPの上昇だろう。今までは使い道のない数値だったが、地の精霊術を扱えるようになったのだから、今後は気をつけなければならない。百以上上昇しているので、融合召喚ウィンクルムも数分長く使用できそうだった。

 問題は空腹度である。道具袋インベントリから水筒を出し、口に含む。手のひらに少し落とすと、地狼も少し舐めていた。何か食べ物をと道具袋インベントリを検索すると、残ったカッチカチパンが出てきて衝撃を受ける。

 これ、やっつけるの忘れてた。


「何か食べてから行ったほうがいいんじゃない?」


 ソルシエールが、フォカッチャのようなパンと小さな壺をユーナに差し出す。結構な大きさのあるそれを見て、ユーナは目を輝かせた。


「あたし、まだ持ってるから、ふたりで分けて。クリームはベリーっぽい味だけど、平気?」

「うん……!」


 嬉々として礼と共に受け取り、ユーナはパンを二つに割った。

 ふんわりしている。しかもクリーム付きってどういう贅沢だろう。いつだったかシャンレンに分けてもらったスプーンを使い、たっぷりと載せて片方を地狼に差し出した。一口で食べられてしまった。ありがたみどこ。

 残りの半分を更に半分に割り、もう片方を地狼に差し出す。これも一口である。どうやら、燃費が悪くなっているようだ。空腹度がようやく緑がかったので、残りはユーナが食べた。

 そのあいだに、もう一回りとばかりにソルシエールが周囲に転がっていた装備品や道具袋インベントリを拾い、戻ってくる。

 彼女のほうがよほど疲れているはずなのに、少しも休もうとしない。


「ソル、ちゃんと休憩してよ」

「ユーナたちが行ったらね」


 装備品や道具袋の山をまた作って、ソルシエールはふぅと息を吐いた。肩を落とした時に、顎の先の赤が、ちらつく。ユーナは、大切なことを思い出した。道具袋から、軟膏を取り出す。


「何?」

「HPが全快してないと効果がないんだけど、傷跡消しの薬なの。ちょっと容量小さいから、足りないかも……。

 あ、わたしも前、アルタクスに左手齧られたことあって。

 ほら、こんなに治るんだよ」


 今は傷痕ひとつない手を見せると、ソルシエールは目を瞬かせた。ユーナは小さな軟膏を差し出し、魔女の手に落とす。彼女はそっとそれを抱きしめた。


「こういうの、そのうち薄くなって消えるんだけど」

「あとで、アシュアさんにも相談しようよ。エスタさんなら、それ、もっと作れるかもしれないし!」

「うん……」


 ぽたり、と雫が落ちた。黒いマントの上に落ちたそれは、すぐに消える。

 触れてはいけないところだった!?とユーナは焦り、あわてて言い募る。


「ご、ごめん。ソル、気にしてるかなって……」

「あ、うん……師匠がね、気にしちゃうかなって思ってたから、助かる。

 ――うれしいだけ。ありがと」


 そう言って少し不安げに、しかし花開くように微笑む彼女は、やはり綺麗だと思った。

 だが、それもほんの一瞬だった。ふんわりと薄く頬を染め、彼女の手が宙に舞う。

 音を立てて表示されたものは、フレンド要請だった。


「あれ? フレンド、なってなかったっけ?」

「実はそうだったの!」


 何となく、もうすっかりフレンドのつもりでいたユーナである。そっぽを向いてしまうソルシエールに苦笑しながら「はい」を選ぶと、彼女はすぐにこちらを向いてくれた。


「ユヌヤに着いたら、連絡して」

「うん」

「絶対よ? よろしくね」


 これからも、ということばが隠された発言に、ユーナはもう一度、今度は笑顔で頷いた。

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