表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第一章 始まりのクロスオーバー
15/375

テーブルマナー

 カタカタカタと音を立てて、しゃれこうべが揺れる。

 どこに声帯があるのかは不明だが、確かには喋っていた。


「わたくしはカードル伯爵家執事を務めております、アズムと申します。お出迎えもせず、たいへん失礼いたしました。こちらで晩餐の支度を整えておりましたもので」


 晩餐。

 一体、何をご馳走してくれると言うのだろうか。

 むしろ自分たちが食卓に載せられそうだと気づき、ユーナは水鉄砲を持つ手に力を込めた。

 その時、骸骨執事がユーナを見た。虚ろな眼窩から確かな視線を感じて、その得体の知れなさに息を呑む。

 次の瞬間、カタカタとまた骸骨が笑うように音を立て、アシュアに体を向けた。そして、穏やかに話しかける。


「ご無沙汰いたしております、神官殿。お元気そうで何よりです」

「……覚えていて下さって光栄だわ、アズムさん。アナタもお変わりなさそうね」


 ゆったりとした、ややくぐもっているが低い落ち着いた男性の声で、顔見知りと言わんばかりの挨拶が一礼と共に送られる。警戒の色しか見えないアシュアの声音に、再び骸骨執事はカタカタ笑った。


「もちろんですとも、わたくしは旦那様の忠実なるしもべでございますので」

「伯爵さまはお忙しいかしら? 先客がいるみたいだけど」

「……いつも通り、お客様を待ちわびておいでですよ。願わくば、神官殿にはお力添えをいただいて、旦那様の憂いを払っていただけるとありがたいのですが」


 先客、に対して答えず、骸骨執事はまさに自身の憂いもそこにあると言いたげに、胸元に手を引き、悲しげに視線を落とす。骸骨だが。


あのやり方・・・・・はダメってことよね。アンデッドは伊達じゃないわね」

「残念ながら。皆様にご訪問いただいたあと、様々な方がいらっしゃいましたが、いずれも結果は同じです。しばしの慰めにはなりますが……」


 クエスト。

 話の流れから、何かが進行している様子がわかった。

 既に一度、この別荘のボスを倒したはずのアシュア。敵であるはずの執事と伯爵は再度復活し、それは今もまだ変わらず、幾度倒されたとしても復活を遂げている。ゲーム上の進行と考えれば、執事や伯爵が復活すること自体は特に問題ではない。そのクエストを進行する旅行者プレイヤーがいるのであれば、幾度でも復活しなければ進行に支障が出るためだ。だが、執事も伯爵も、己がアンデッドであることを自覚した上で、何かを望んでいる。

 何かを、と濁して考えたユーナだったが、執事の物言いと、神官殿という呼びかけから、わかりそうな気がした。


「あなたがたは、何を望んでいるのですか?」


 カラカラになった喉で、無理に声を出したような擦れた声で、シャンレンが問いかけた。彼も気付いているのだろう。しかし、しゃれこうべはその問いかけを笑わなかった。


「旦那様の深いお考えなど、お仕えするだけの身の上では計り知ることなどおこがましいでしょう。ですが、わたくしどもですら、心まで魔物に成り果てたつもりはございません。屋敷にいる様々なアンデッドは全て、旦那様をお守りしたい一心なのです」


 もともと人間だったのだと、改めて突きつけられた。

 そこで、ユーナは気づいた。

 骸骨執事の頭の上の名前が、敵を示す赤ではなく……NPCを示す緑色であると。


「そろそろだから、気をつけて」


 PTチャットでの囁きが耳を打つ。

 思わずアシュアを見ると、彼女はこちらに視線を向けることなく、片手で法杖を持ったまま、もう片方の手で胸元に命を示す聖印を刻んでいる。


「お祈りいただけますか、神官殿」

「矮小な身ですが、伯爵さまとアズムさんたちのために祈りを捧げ、微力を尽くしたいと思います」

「ありがとうございます……どうか、旦那様にお目見え下さいませ。そのために、わたくしどもも全力でお迎えいたします」


 そして、緑が赤へと色鮮やかに変化していく。

 星明かりの中での変容に、ユーナはことばを失う。

 口元を引き結んだままアシュアが下がり、シャンレンが前に出て、斧を構えた。骸骨執事は静かに手袋に包まれた右手を上げる。音もなく、その背後にスケルトンが複数出現した。

 手に銀盆を持ち、侍女のような服装をしたスケルトン。

 腕に白い布をかけ、アズムと同じようなお仕着せをまとうスケルトン。

 いずれも名前が赤で表示された彼らは揃って、三人に一礼する。


「そんなことしなくったって、会ってほしいならすぐに鍵くれたらいいのに……」


 超絶本音だろう。アシュアの呟きを拾い上げ、アズムはカタカタ笑った。


「恐れ入りますが、神官殿だけならばともかく、他のお二人は初めてのお目通りとなりますので。その力量も計らぬままお通しするとあっては執事の名折れ、平にご容赦を」


 それ以上、会話は不要とばかりに、アズムの右手が下ろされる。合わせて、スケルトンたちは手に持った銀盆や布を投げた・・・


「来たれ聖域の加護サンクトゥアリウム! ――聖なる光を帯びしものウルテノネェレ・ルゥツェンム


 飛来する銀盆と布をまとめて聖域が弾き飛ばす。銀盆は壁やタペストリーに突き刺さり、一部シャンデリアを壊している。弾かれた布は勢いを失くし、テーブルや椅子の上に落ちていた。既に術の発動を信じたシャンレンはアズムへと距離を詰めるべく駆け出している。連続して紡がれた聖句がシャンレンの斧や鎧に聖なる力を付与し、光が灯る。迷いなく骸骨執事アズムへと向けられた刃の前に、召使のスケルトンが防ごうと身を挺する。軽い骨が一刀の下に分断され、その姿は砕けて散った。振り下ろされた斧の動きを遮るべく、更に侍女風スケルトンが銀盆を手に進路を塞ぐ。シャンレンが手首を返し、刃を上に向けて振り上げるまま、更にスケルトンは散っていく。しかし、侍女風スケルトンは散る直前に銀盆を投擲していた。シャンレンのすぐ隣を抜け、背後にいたユーナへそれ・・は直撃する。


「……ぃったぁっ……」


 武器破壊。

 実際には水鉄砲が、壊れて床に落ちていた。ユーナが咄嗟に身を庇うように突き出した水鉄砲に銀盆は直撃し、ユーナの手には鈍い痺れと痛みをもたらしている。じわじわと水鉄砲の中身が床に染み出し、水たまりが広がっていく。その上に、アシュアは術石をばら撒いた。


「留まれ聖域の加護サンクトゥアリウム


 聖なる力を秘めた術石と、聖水が重ね掛けのような効果をもたらし、ユーナを中心に神術陣が広がる。


「ユーナちゃんはそこにいて」


 法杖を構えてユーナの前に出るアシュアの背中に、掛けるべき言葉を見失ってユーナは唇を噛んだ。

 何これ、わたし足手まといじゃない……。

 アシュアの守りは、初心者である彼女を意識してのものだとはっきりわかっていた。貴重な術石アイテムをこれほど何度も使用すれば、この先のボス戦での手札にも支障が出ることなど、ユーナにすらわかる。RPGの基本だ。


星明かりの加護(ルークス・ステラエ)


 星明かりがいくつも打ち出され、天井のシャンデリアがきらめく。死角を失くすように、そして術石を使用した加護の光には、弱体デバフの効果も合わさっていた。


「本気でいくわよ。天の祝福ドゥミヌス・テクム


 アシュアの聖句に応え、法杖が一瞬輝きを放つと、シャンレンの上に光の輪が描かれ、光る粉が舞い散る。ユーナの視界のPTステータス表示にもプラス表記がなされ、大幅にHPが増加していた。恐らく、他のステータスも増大するのだろう。唯一のアタッカーであるシャンレンが墜ちてしまえば、ユーナたちには殆ど勝ち目がない。クエストレベル的には倍以上を誇るアシュアとシャンレンの二人であったとしても、少数精鋭すぎることと、クエストレベルとして適正であるはずのユーナが致命的な問題を抱えていることが難易度を上げていた。ユーナの手が、腰の短剣クリスに伸びる。今のユーナには、この短剣を効果的に振るうことができない。そう……彼女は未だに、スキルを振っていなかった。


 祝福を受けたシャンレンは、続けざまにスケルトン三体を斬り捨てる。スケルトン自体は弱体化していることもあり、更にもともと敏捷度も耐久値も高くない。今のシャンレンの攻撃力は、現在の攻略最前線で戦う者に勝るとも劣らない。当たりさえすれば、ほぼ一撃で倒せるはずだった。

 数を減らした召使スケルトンは、残り二体となっていた。沈黙したままその背後に立ち、執事アズムは三人を見定めようとしているようだ。アシュアとシャンレンは、下位スケルトンが全滅しない限り、執事が動かないことを知っている・・・・・。アシュアは経験上、シャンレンは攻略サイトからの情報で、だったが。そのため、動かないうちにアズムのHPを少しでも削っておきたいとも考えていた。

 だが、アズムは動いた・・・・・・・

 テーブルに近づき、白く美しいクロスをやわらかく撫でる。ふわりと白い布の花が咲き、舞い散るごとくに宙に浮く。その合間にカトラリーが星明かりに輝き、三人に刃を向けた。

 アシュアが術を紡ぐ。


「来たれ聖域の加護サンクトゥアリウム!」

「ダメです、姐さん!」


 嵐と見紛うほどの勢いで、白い花びらが視界を塞ぐ。シャンレンは神術陣へとアシュアを突き飛ばした。聖域は正しく発動し、舞う花びらを受けてすべてを床に落とす。そして……次いで矢のように降り注いだカトラリーが、シャンレンに突き立った。

 辛うじて、振り払った斧の動きで頭部は避けられたが、まるでハリネズミかのように、聖なる力に守られていたはずの鎧が無残な姿を晒している。呼吸をするのを忘れていたユーナが、開いたままの口から吐息を漏らした瞬間、シャンレンは崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ