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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第七章 月華のクロスオーバー
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フォルミーカ・クエスト


「――本来、マイウスからユヌヤまで、歩いて丸二日はかかる。途中、魔物もそこそこ出る上に、殆どの旅行者プレイヤーがここで野営を経験するようにできているからな」


 唐突に話が変わり、ユーナは首を傾げた。

 ソルシエールがポットを片手に、ユーナの手元を示す。「入れてあげる」という仕草に、ありがたくユーナは甘えた。


「あたしは師匠が一緒でしたから、あっという間で……もっとゆっくりでもよかったくらいです」

「そうか? 沸いた魔物、殆どお前がひとり倒してたけどな」

「ふたりっきりで、一晩中、夢みたいでした」

「他にもいただろ」

「火の番のローテはふたりっきりでした!」


 楽しげに道中を振り返るとんがり帽子の魔女と、仮面の魔術師の認識が恐ろしく相違を生じさせている。どちらの言い分が正しいかと真面目に考えるまでもないのだが、ユーナはソルシエールの脳内変換能力は称賛に値すると思った。しあわせなのはいいことだ。

 付き合いきれんと言わんばかりに、彼はユーナの足元へ視線を落とした。それで、ようやく森狼のことを話しているのだとわかった。


「従騎で夜通し駆けさせたのか?」

「まさか! ちょっと……早起きになっちゃって、夜明け前から走る羽目になったんですよ」


 アシュアに言われた通りに薪を拾いながら進んだことや峡谷に入る直前の丘で野営をしたこと、夜明け前にアルタクスに起こされ、前方と後方から別PTが近寄ってきたこと、そのまま従騎で逃げ出したこと……。

 昨夜の出来事をさらっと説明すると、仮面の魔術師は納得したように頷いた。


「それで爆睡か、なるほどな」

従魔シムレース、ソロ職にはかなりよさそうですね。ちゃんと逃げられてよかった」


 ソルシエールに新しくお茶を注がれたお茶を口にして喉を潤しつつ、ユーナは二重の意味で彼女に礼を言う。そして、改めて仮面の魔術師に尋ねた。彼ならば、様々な掲示板で従魔使い(テイマー)に関する情報をより知っているのではないかと思ったのだ。


従魔シムレースって、やっぱりみんな、たくさんテイムしてるんですか?」

「テイムを覚えたばかりの従魔使い(テイマー)が、テイム失敗談を上げていたな」


 目につく魔物に対して片っ端からテイムスキルを発動させても、相性なのか、実力を示してからでなければダメなのか、とにかく、殆ど失敗するという。最初に一匹だけはテイマーズギルドにテイム成功まで面倒を見てもらえるのだが、現時点で仮面の魔術師の知っている範囲では、三匹の従魔シムレースを得たという話が最大だそうだ。


「今回のレイドにも、他の従魔使い(テイマー)が参戦してくるだろうな」

「ユーナと同じように、不死伯爵ノーライフ・カウントのテイムを狙いませんか?」

「それならそれでかまわない。むしろ、ありがたいから先にやっておいてほしいくらいだな」


 先を越されるのではと言い募るソルシエールに、淡々と仮面の魔術師は持論を展開する。

 アンデッドへのテイムが成功するかどうか、成功例がひとつもない今、ユーナ以外の従魔使い(テイマー)が時間を割いてエネロに戻り、数多くのアンデッドを倒して骸骨執事を下し、不死伯爵ノーライフ・カウントへ目通りを願うという面倒な手順を先にこなして試してもらえるのなら、大歓迎だそうだ。成功するにせよ失敗するにせよ、それはデータベースの一部となる。

 もし、成功したら。

 それはそれで、ホルドルディールを倒す切り札が増えるだけのことだ。

 カードル伯という存在が王都でどのような影響力を持つのか、クエスト的には知りたい部分もあったが、道が拓かれることは最優先である。


「フォルミーカの巣を、早く見つけられるかが……今回は鍵だろうな」


 ユーナが、大規模レイド戦までにカードル伯と会い、話ができるかどうか。

 仮面の魔術師は目を細め、時間を惜しんで、話をユヌヤの転送門開放クエストへと移していった。






「……五十本で、大銅貨一枚?」


 露店の店先に、束になって山積みされているフォルミーカの触角には、大きな値札が付いていた。今まで見たどのクエストアイテムより安価な金額に、ユーナの口元がひきつる。


「クエストボスがレジーナ・フォルミーカだから……ボス部屋までの行きと帰りだけでも結構倒せちゃうんだよね。だから、商店への売却価格よりはちょっと高めなくらいで売ってる感じ」


 そう言ってソルシエールはこの露店だけではなく、向かい側の店にも同じものが売られていることを白い指先で示した。黒光りする腕輪がレースの袖口から零れる。まるで枷にも見えて、ユーナは一瞬どきりとした。木彫りの腕輪を卒業し、ランクアップしたのだろうが……禍々しさに拍車がかかっている。他にも大きなとんがり帽子に飾りピンが追加されていたりして、やはり大規模レイド戦に向けて、ソルシエールも準備を進めているのだとわかった。

 エスタトゥーアから受けた、マルドギールの強化を受けたほうがよかったかな?とユーナは後悔しかけ、あわてて否定する。強くなるのは良いが、マルドギールの代わりはない。妙な強化がついて使えなくなるのが、一番困ることだった。イグニスを思い出させる赤い宝珠も気に入っているので、大事に使い続けたい。特殊な金属が手に入ったら頼もうと思い直す。


「で、どうするの?」

「買います」


 ソルシエールの提案に、ユーナは大きく頷いた。

 ユヌヤの転送門開放クエストを、まず受注するためのクエストがある。

 それが、フォルミーカの触角クエストである。内容は非常に簡単で、このあたりの山に多数生息しているフォルミーカを倒し、その触角を五十本集めてくるというものだ。その話を、ユーナはユヌヤの村長のところへ向かう前に、ソルシエールから聞かされた。


「行ってから戻って買ってまた行くと、手間じゃない」


 効率最優先の話は、いつかの「神殿の町(アンファング)のすぐそばなのに、わざわざ命を助けるなんて、死なせて神殿帰りしてもすぐじゃない」という展開を連想させた。この際、クエストを解くドキドキは放り投げる。ユーナは覚悟を決めた。何と言っても、時間がないのだ。クエストアイテムをお金で解決☆は以前もアンテステリオンで経験済みである。


「おお、新しいお客人かい!」


 ユヌヤの村長は、村が賑わっていることに大喜びらしい。とても高いテンションでの応対にユーナは驚いた。顔に大歓迎と書いているように見えるほどだ。


「まずは、力試しじゃの。うちの転送門を開放したいのなら……」


 そして、例のフォルミーカの触角クエストの提案を受けた。どのような手段でもよい、とご丁寧な解説付きの依頼に、ユーナは苦笑してその場でご依頼のフォルミーカの触角五十本を提出し、次いで本来の転送門開放クエスト……レジーナ・フォルミーカの話へ進めてもらった。


「最近の若いもんは気が短いのぅ」


 仮面の魔術師から聞いた通り、この高原には無作為にフォルミーカの巣が出現するという。そのフォルミーカの巣を潰し、クエストアイテムを持ち帰ることが転送門開放の条件になっていた。フォルミーカの巣にいるレジーナ・フォルミーカを倒せば、巣を形成するタブラウル・フォルミーカを落とす。タブラウル・フォルミーカを砕いた破片が、今回の目的のクエストアイテムになる。


「よいか、タブラウル・フォルミーカを砕けば、間もなく巣が崩壊し始めるでの。ぐずぐずせずにとっとと外へ逃げるようにな。

 あと、タブラウル・フォルミーカ自体は、決してそのまま巣の外に持ち出してはならん。必ず、砕くんじゃぞ」





「絶対、誰か持ち出しそうだよね。そのうち」


 注意事項を一通り聞き終え、ユーナたちは村長宅を後にした……途端、ソルシエールが呟く。

 ユーナも同じことを考えたので、思わず吹き出してしまった。


「ですね」

「今はやめてほしいかも。せめて、レイド終わってからって思うー」


 既にユヌヤ転送門開放クエストが終わっているソルシエールだが、仮面の魔術師と共に、ユーナに同行する意思を示していた。


「フォルミーカって、触角があるわけですから、昆虫ですよね?」

「うん、あり


 身も蓋もなく答えを教えられて、ユーナは血の気が引いていく。

 小さいころ、公園で見た蟻の巣を思い出した。落ちたお菓子の欠片に、群がる蟻達。列をなして巣に戻る様子。背筋がぞわぞわするほどの数だった。

 手に取った触角が、ユーナのてのひらサイズ大である。本体の大きさは……あまり想像したくなかった。


「……蟻」

「まあ、あたしと師匠がいたら、向かうところ敵ナシだから」


 ふふん、と笑いながら、豊かな黒髪を肩から払う。美少女の仕草は絵になる。ユーナはその誇らしげな態度を少し羨ましく思った。


「ソルシエールさんは」

「――ソルシエール、か、ソル、でいいよ」


 呼びかけると、訂正を受けた。口元を少し尖らせた、黒髪の魔女が頬を薄く染める。

 脳裏に、金色の巻き毛がふわりと舞った。


「何? もう殆どレベルも違わないんだし、いいじゃない。タメ口で」

「え、あ、うん」


 今、あの子は。

 どこにいるのだろう。


 口ごもるユーナに、ソルシエールは表情を歪めた。


「あ、無理には言わないから! 気にしないで!」

「いえ……その……フィニもそんなふうに、言ってくれたことあって」


 思い出して、と口にしたユーナに、とんがり帽子の魔女は目を瞠る。そして、その表情が柔らかく融けた。


「――そう。仲良しだよね」


 少し寂しそうに、彼女は呟く。ユーナはあわててことばを続けた。


「ずっと、フィニとは連絡できてないんだよね。ここまで必死だったし……あ、ソルは、ペルソナさんとすっごく仲良しになってない?」

「うん、最近は一緒にいてくれるようになったんだー♪」


 いきなりテンションがMAXまであがったようで、声音が高い。

 とてもうれしそうに師匠トークを開始したとんがり帽子の魔女の様子に、ユーナは胸を撫で下ろした。

 タイミングよく、村の掲示板を確認してから追いかけてきた紅蓮の魔術師の姿も、近づいてくる。ソルシエールは大きく両手を振り、大声で師匠コールを叫んだ。すると、彼の歩みが止まる。すかさずソルシエールは駆け出して、そのとなりに立ち、術衣の袖を引いて先を促し始めた。


 仮面の魔術師の手にある術杖が、また新調されている。


 いつのまにかの繰り返しに、誰もが前を見据えて動いていることに気付く。

 ここまで辿り着くのに必死で、従魔使い(テイマー)としての能力は森狼のためにも伸ばしてきた自覚があるが、槍のスキルマスタリーはようやく取得できたばかりでアタッカーとしては弱い部類に入るだろう。

 唯一、切り札となる融合召喚ウィンクルムも、条件が多いが、一応使えるようにはなった。「共鳴」スキルの影響でアルタクスとことばで意思疎通が可能になったので、自分の意思では動けないものの、融合召喚ウィンクルム解除レリーズができる。

 もっとも、大規模レイド戦で使ったとしても、物理攻撃に該当する森狼との融合召喚ウィンクルムは立ち位置的に厳しいものがあるだろう。遊撃の立場を取っても、HP吸収をどのように免れるか、まったく想像できない。


【ユーナ、置いていかれるよ?】


 村長宅の前を、ふたりは北へと進んでいく。ユーナは自分の前を素通りされ、早歩きで後を追い始めた。森狼はユーナのとなりにぴたりと付き従う。睡眠が短かったため、ユーナは少し客室で休むことを提案したのだが、あっさりと拒否されてしまったのだ。今の森狼のステータスは、緑ではあるものの、数値的には満タンにはなっていない。少しでも眠れてすっきりしているのならばいいが、今夜はできるだけ早めに休もうとユーナは考えていた。

 まだ、太陽は高い。昼食用のランチボックスは転送門広場の露店で購入済みである。

 絶好の、フォルミーカの巣探し(ピクニック)日和になりそうだった。

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