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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第七章 月華のクロスオーバー
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神の慈悲


 舞うメーアのシンクエディアと、戯れるようなシリウスの長剣が滑るように打ち合わされ、金属音が鳴る。その音色すらも、舞姫の歌のようにリズムを持っていた。メーアのほうが小回りで動きが素早く、攻撃の手数も多い。だが、ほんの少し長剣を傾けたり、手首を返したり、一歩足を引いたりするだけで、彼はその全てを容易に受け流していく。体力のせいか、スキルマスタリーの熟練度のせいか、と考えて、ユーナはそのどちらも否定した。経験と、それに伴う場数が、剣士に余裕を生んでいる。メーアもまた、意地になってシリウスに打ち込んでいるというよりは、どこまでできるかを楽しんでいるように見えた。口元の笑みが、舞姫を美しく彩っている。


 つい先日、ユーナとシリウスが訓練していたその場所で、剣士と双剣士は訓練を重ねていた。

 薄かった刀身が、少し、厚くなっているような気がする。ユーナは翻される刃を追うように、目を凝らした。柄から刃に走る筋の色合いが、深い。

 一際高い剣戟が繰り出され、大きく二人は離れた。それを合図に、互いの剣が鞘に戻る。


「お待たせー」

「声掛けていいのに」


 先ほどまでの、まさにシンクエディアの刃のような美しさから、一気に舞姫らしいふんわりした笑みへと変わる。呆れたように続けるシリウスに、セルヴァが肩を竦めた。


「楽しそうだったから、邪魔かなと」

「混ざりたかったのか?」

「近寄る前に射抜くから、僕の勝ちだね」

「刺さったまま斬ってやるよ」


 徐々に物騒な会話に移っていく。

 シリウス(皓星)が友人とじゃれ合う姿を見て、初対面でも皓星と拓海が仲良くなっていたのをユーナは思い出した。男の子っていいなあ、と改めて思う。

 その視界へと、舞姫が飛び込んでくる。愛らしく小首を傾げると、さらさらと薄い桃色の髪が揺れた。


「で、どうしたの?」

「あ、ルスキニアの尾羽、渡しに行かないかなって。まだクエスト、途中だったでしょ」

「そーいえばそーだったね! いこいこー」


 声を弾ませて、さっさと訓練場の出入り口へと急ぎ始める。その腰帯の色が少なくなっているのに気づいた。あの装備(衣装)は、アルカロット製なのだろうか。舞姫に似合っているところを見ると、人形遣い特製かもしれない。しっかりと森狼は訓練場の中にまでついてきていたので、先に出入り口から出した。

 じゃれつくふたりも付いてくる。シリウスも精算関係の話が苦手らしく、シャンレンに丸投げしているそうだ。メーアと訓練という名目で抜け出したと自供した。自分もまたシャンレン任せにしているため、ユーナ自身も人のことをとやかく言えない。

 剣士ギルドを出る前に、セルヴァの希望でPTを精算組とクエスト組で分け直した。会話が混ざるとややこしいらしい。先日の夜は、同時進行で状況の理解と、位置確認が必要だったための例外と念押しされた。精算組に戻りたがらなかったシリウスは、マイウスクエストを手伝うとクエスト組に入った。


 マイウスの最初の朝のように、外はまだ眠りを訴えるような空気を漂わせていた。同じようにNPCの姿を見かけた。あの夜はやはり、NPC間にも巻き込まれまいとする何かの通達がめぐらされていたのかもしれない。ただ、違うこともあった。ゴミ箱を漁る子どもNPCを見かけない。足早に立ち去る女性NPCや、意味深な男性NPCとはすれ違った。

 スラムが一か所、焼き尽くされたことで変わったのか。

 オーロの闇市の内部紛争が終結したことで変わったのか。

 ユーナには判断がつかなかった。


「誰だよ、朝っぱらから……って!?」


 再訪したマイウスの町長の家は、変わらなかった。見た目だけは。

 ユーナが叩き金(ノッカー)を打ち鳴らすと、勢いよく扉が開かれ……そこには、見知った子どもが不機嫌そうに立っていた。

 奥から、聞き覚えのある女性の声が注意してくる。


「ロイ、あいさつが抜けてるよ。そんな対応だと、お客様に失礼……まあ、あなたたち!」


 前掛けで手を拭きながら姿を見せた、壮年の女性――町長の妻が、ユーナたちを見てうれしそうに声を上げた。目尻をつり上げていたのが、一気に下がる。

 一方で、ユーナたちも驚いていた。スラムにいるはずの子どもが、町長の家で、しかもごく一般的な服装をしているのだ。雑巾服ではない。生成りの服は真新しく見えないが、清潔そうだった。

 セルヴァが、ティトも奥にいるね、とPTチャットで呟く。未だに追跡光点トレース・アイコンをつけたままにしていたようだ。


「話は聞いていますよ。さあさあ、中へどうぞ」


 困惑しているユーナたちの背中を押したのは、シリウスとセルヴァの攻略組セットだった。したり顔でいるが、わかっているのなら説明がほしいとユーナは思った。森狼にはまた玄関前での待機を頼んだが、ことばが通じる分、【何かあったら呼んで】と念押しされた。扉をぶち壊してでも押し入ってくる姿が容易く想像できる。もっとも、この布陣で森狼の出番がくるということは、相当危険な状況しかありえない。ユーナはナイナイと思いながらも、頷きで応えた。


 町長の妻から全面的な歓迎を受け、それこそあいさつも抜きで、台所から居間へと通される。

 そこには、マイウス町長のベルナルドと、ティトが立ち、待ち構えていた。ティトはまっすぐにユーナを見ている。その両手は重力に従って下に降ろされていたが、拳は強く握り込まれていた。服装はロイと同じものだ。

 何故、スラムの子どもである二人がここにいるのか。


「――やってくれたな」


 憎々しげに、ベルナルドが呟いた。

 低い声音に、ユーナの身体が震える。だが、大丈夫と言わんばかりに、その肩にセルヴァが手を乗せた。


「ちゃんと、ルスキニアの尾羽は持って帰りましたよ、ベルナルド。褒めていただけると思っていましたが?」

「そっちもだが、それだけじゃなかろう。この子たちから話は全部聞いた」


 まあ座れと促され、本当に歓迎されているのだとわかった。

 家自体は小さめではあるが、中の家具は町長に相応しい、というよりも、男爵の手代の訪問が前提条件の家具が設えてあった。奥の一段高い場所には豪奢な椅子が飾られており、その他の椅子の座面も布張りで、テーブルを中心に円を描くように置かれている。以前訪ねた時には座ることはなかった。

 ティトは台所に下がり、入れ違うようにロイが飲み物を運んでくる。香草茶は熱く、まだ湯気が見えた。ひとりひとりの前に並べる時、その手が震えていて、テーブルの上に中身をたくさん零していた。舌打ちをするロイに、ベルナルドが口を開く。


「台拭きを持ってきて、拭けばいい」


 淡々とした口調に、ユーナは目を剥いた。この町長の口調は最初からとても冷たく、顔見知りのはずのセルヴァにすら取り付く島もないような言い方をしていたのを覚えていたのだ。だが、今の口調は……何というか、心配いらないとか、何の問題もないとか、大したことではないからという配慮を感じた気がした。その声が聞こえたのか、ティトが足早に台拭きを持ってきて、テーブルの上の水たまりを拭いていく。町長の妻が客人であるユーナたちの分だけではなく、ロイとティトの分までテーブルに香草茶を並べ、その台拭きを引き取って台所に戻っていった。町長に顎で椅子を示され、落ち着かない様子で二人も座る。足元には革のサンダルを履いていた。素足ではない。今ならば、町の子どもと言われても誰も疑わないだろう。


「西のスラムが消えた」


 ぽつりと、会話を切り出したのはやはり町長だった。

 原因は自分たちになくとも、正面切ってマールトの兵の制止を無視した身の上である。ユーナは険しい表情をした町長を見た。だが、そこにあるのは……悔恨、に見えた。


 町長は語った。

 オーロの闇市をきっかけとした全闇市を巻き込んだ戦闘と、剣士ギルドの一件は、サーディクが語ったものと相違なかった。死んだと思っていたオーロの闇市の後継者候補二人が生きていて、その紛争の延長戦で西のスラムが焼け落ちた。ファーラス男爵の兵がそれを見届け、廃墟には、誰一人として生き延びていないと確認したらしい。

 その下りで、ユーナはロイとティトを見た。二人は膝の上で拳を握りしめていた。力を入れ過ぎているのか、真っ白だ。ロイがユーナの視線に気づき、見返してくる。そこには哀しみがあったが、興奮している様子はない。彼が目を伏せるのに合わせて、ユーナも視線を落とした。

 レネ、とユーナは胸の奥で、もう一人の子どもの名を呼んだ。汚れきった子どもだった。痩せていて、目だけがぎらぎらしていた。自分にとって何が大切なのか、優先順位をよくわかっている、賢い子どもだ。

 いつだったか。幼い日に、誰からか言われたことがある。


 ――亡くなったひとのことを、思い出すのが法事なんだよ。


 念仏を唱えようが十字を切ろうが榊を飾ろうが地に伏せようが、何でもいい。

 そのひとがどんなひとだったのかを思い出すことが、いちばんの供養になる。


 自分たちは取引に使えない、サーディクが大事と口にした子ども。

 サーディクもまた、子どもたちを大事にしていた。ユーナに刃をあてながら、彼が要求した声音は忘れられない。


「だけど、おれたちは生き延びた」


 ロイはベルナルドへと言い放つ。人の話に割り込んで、と彼は怒らなかった。ただ、静かに深く、頷いた。


 後継者のうち、クォーレルがオーロの闇市の残存勢力を集め、サーディクの生存を知って襲撃したことまで、マールト側は掴んでいたという。だが、攻撃先がスラムであったため、静観を決め込んだそうだ。西のスラムが焼け落ちた時、マールトの兵から報告を受けて、町長は何も言えず、何もできなかったと悔いていた。言い捨てるような言い方が、より彼の後悔を物語る。

 ルスキニアの尾羽は、全て、マールトへの献上品として納めてきたらしい。金さえあれば、ファーラス男爵もこの町に価値を見出してくれるのではと、旅行者プレイヤーの能力を当て込んで要求していたそうだ。ベルナルドが願っていたのは、本来の統治だ。汚いと切り捨てるのではなく、上手く使えば金になると思ってもらえたら、神の慈悲が……マイウスにも、施療院が作られるのではないかと期待していたという。

 町長が、ことばを切った。

 そして、ユーナたちをじっくりと見回す。そのまなざしには、深い、深い思いを感じた。


「……スラムが焼け落ちた夜、オーロの闇市に絡む一件が終結した、と……新しい元締め(ブゥラ)だと名乗る男が、昨日話しに来た。この子たちを連れてな」


 ファーラス男爵へ、オーロの闇市を捧げた。対価として、神の慈悲が得られる。闇市もスラムも変わる。自分たちへの連絡用の繋ぎとして、この二人を預けたい――。


 その話をしている間に、神官や神官見習いが数名、訪れてきた。疑う余地すら与えない行動の早さは、領主であるファーラス男爵の特徴だった。早速、西のスラムの廃墟で死者への祈りを捧げ、炊き出しを行なうという話を聞かされているあいだに、男は去っていった。子どもをふたり、残して。

 早速子どもたちは役立った。西のスラムへの案内、南のスラムへの炊き出しの連絡……元スラムに住んでいた者ならではの言い回しに、疑いながらも人は集まった。南のスラムの入り口正面の空き家を神官たちの仮住まいに提供し、その前で炊き出しが行われた。スラムと町の間には距離がわずかにある。その空間が有意義に使ったそうだ。日に一度、一人につきパン一つを提供していくと約束された。育ち盛りの子どもや大人ではとても足りないだろうが、何もないよりは遥かに良い。炊き出しや施療院の建設費用は、男爵からという形で、ルスキニアの尾羽やオーロの闇市の収益が当てられることになっている。ゆくゆくは炊き出しの手伝いや施療院の建設の手伝い等で、スラムの住民にも仕事を与えたいと神官たちは炊き出しのあと相談していたそうだ。


 長くて短かった、昨日の夜。

 ようやく、ベルナルドは子どもたちとまともにことばを交わした。

 そこで、命の神の祝福を受けし者が、どのように関わってきたのかを、ふたりが話したらしい。その名前も含めて。


 サーディクが、改めて子どもたちに自分たちの話を事細かに語ったとは思えない。だが、新しい道を切り拓く中で、共に歩きながら、子どもたちにあの夜の何かを洩らしたのは間違いなかった。体力と疲労度に副作用がある解毒薬を使用した。きっと、昨日ではまだ動くのもつらかったろうに。

 ユーナは、公式サイトのアップデート情報の一文を思い出した。


 ――各自の旅行者の動きによっても起こり得ます――


 現実と同じで、何か行動を起こすことで、未来が変わっていく。

 あの時、サーディクを助けなければ、クォーレルがオーロの闇市を握る未来が待っていた。ここに、この子どもたちはいなかった。

 様々な仮定が全て意味をなさない。既に、マイウスは変革の時を迎えているのだ。


「感謝、しておるよ」


 それは、小さな囁きだった。

 だが、その場にいた誰もに届いた。


 胸を満たすあたたかさが心地よく、ユーナが目を細めていると、打って変わった厳しい声音が詰問した。


「さて、それとこれとは話が別だ。約束のものは持ってきたんだろうな?」


 あ、やっぱり?と思いつつ、ユーナは、道具袋インベントリからルスキニアの尾羽を取り出す。それを見て、メーアもセルヴァも続いた。三枚の羽が、テーブルに並ぶ。


「確かに、受け取った」


 厳かに、ベルナルドは頷いた。

 同時に。


 ――Congratulations on quest clear!! Open the gate of Maius!


 ユーナの視界で、幻界文字ウェンズ・ラーイが打ち上がる。


「おまえたちの功績は、代官に確認するまでもなく明らかだ。儂の独断だが、この程度のことは許されるだろう」


 褒賞は出せんぞ、と視線を逸らしながらベルナルドは言う。その頬が、赤い。

 メーアがぴょこん、と立ち上がった。そして、軽やかな足取りでベルナルドへと抱きつく。


「おじいちゃん、ありがとー!!!!!」


 ベルナルドの声なき絶叫が、周囲に響き渡った気がした。

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