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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第六章 存亡のクロスオーバー
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夜を駆けて


 彼女と共に夜を駆けるなんて、あの日以来ではなかろうか。

 既に遠くなりつつある森の記憶を手繰り寄せると、つい先ほどのセルヴァと重なった。傷を受けた彼の姿と流れた血が脳裏を過ぎり、気が急く。PTチャットでは彼らの会話が聞こえてもいいはずなのに、今は一切、聞こえない。

 先頭をアルタクスが走り、ユーナとアシュアの行く先を照らすように、星明かりの加護がそのあとをついていく。セルヴァのもとへと伝えただけで、森狼は夜のマイウスを駆ける。発熱が癒された時の自分はまだぼぅっとしていたものだが、神術によるエリキエムの解毒はまた仕組みが異なるのか、エスタトゥーアに分けてもらった丸薬ピルラの効果がすばらしいのか、今のアルタクスは、今日受けた苦痛や積もり積もっていたはずの疲労を綺麗さっぱり忘れているようだ。全身に力がみなぎり、そこには喜びすら見出せる。


「そっち、どう!?」

『……あー、うん、まあ、アレだな』


 沈黙に耐えかねたようで、アシュアが駆けながら問う。シリウスからの返答は歯切れが悪く、しかもそのまま途切れた。その青の双眸がユーナへと向く。


「先行く?」


 ユーナとアルタクスのふたりであれば、従騎すればもっと早いのではないか。

 オープンチャットでの問いかけの意味はわかったが、それにユーナは同意するわけにはいかなかった。


「アシュアさんを一人にはできません!」

「はぅー……」


 散々マイウスの闇を見せつけられた上、アシュアの性格を鑑みてもこの地は危険すぎる。ほんの一瞬でも目を離せば、どこに連れ去られるやもしれない。ユーナの危惧はアシュアにも理解できたようで、それ以上彼女も言わなかった。


『シリウス、セルヴァから預かっていますか?』

『ああ、もちろん』


 何を、と過ぎった疑問には、自然に答えが出た。毒の進行止めヴェネイヌゥム・インテラプティオーネである。セルヴァがことばを発さないということは、発せない状況と考えていい。「気絶」とステータスにはないので、おそらく意識はまだある。いつ失われてもおかしくないのではと考えれば、エスタトゥーアのことばとシリウスの応答には無駄がなかった。

 そこには明らかな互いの認識があった。友人と呼ぶほどの親しみもあるのかもしれない。アシュアのβ()の知り合いならば、シリウスもまたそのころからエスタトゥーアを見知っていた可能性もある。

 セルヴァのステータス表示が、揺らぐ。シリウスは即座に毒の進行止めヴェネイヌゥム・インテラプティオーネを使ったようだ。それは揺らいだだけで、HPの減少は見られなかった。だが、これ以上の時間稼ぎはできない。


 いつも、助けられている。

 自分はいったい何故、急いでここまで来たのだろうか。


 ユーナは精神的に疲れ果て、ぐるぐるしている思考のままで、その答えを見る。

 星明かりに照らされたアシュアの横顔は、いつもよりも白く見えた。ログインしてすぐの呼び出し、癒し続けた上の浄化神術である。やや黄色みを帯びてきた彼女の疲労度スタミナゲージに、心配は尽きない。


 来て、と言われて。

 みんなが先に行けと、背中を押してくれて。

 だから、誰よりも早く、行きたかっただけなのに。


「ユーナちゃん、がんばったのね」


 ユーナが青の神官を見たのは、本当に一瞬のはずだった。だが、彼女は視線を掬い上げるようにその一瞬に合わせて微笑む。同じように焦っているはずなのに、まったくそれを表さずに。

 お互いが前を向き、駆け続ける。足元が土に変わる。

 だが、息を切らしながらでも、アシュアは口を開く。


「レベル、すっごく上がってる。ムチャしたんじゃない?」


 オープンチャットでの会話は、声の調子とは真逆に内緒話のようだ。

 今は疲労度スタミナゲージの減り方が加速するから、話さないほうがいいはずで。

 一分一秒を争っているのは間違いないのに。

 それでも、彼女は話しかけるのだ。


「ユーナちゃんと一緒に戦うの、久しぶりー!

 頼りにしてるからねっ!」

「――はい!」


 ユーナが彼女の期待へと精一杯返事で応えた時。

 ようやく、あの商会が見えた。





 建物の中の光が、開かれた扉から漏れている。それは先ほどとは同じ光景だった。

 しかし、周囲に転がっている遺体の数が明らかに増えているのに、ユーナは気づく。セルヴァが先行していた時には一人しかいなかったはずだ。その姿も、ユーナたちが脱出した際にはもうなかった。

 玄関ホールからは、新たなる戦闘の音が聞こえている。剣戟と怒号。階上にいた人数よりも、遥かに多い赤い光点が地図マップに浮かぶ。しかも、緑や青の光点もまた混ざっていた。


『今は来るなよ!』

『もうちょっと早く状況説明できないの!?』


 シリウスもここまで近づくとこちらに気付いたようだ。あの適当な返事はこれが理由だったのか。

 ユーナは自身の地図マップをアシュアに転送する。内部構造はこれで彼女にもわかったはずだ。

 アルタクスが吠える。同時に、扉から外へ飛び出してきた悪漢が、彼の牙によって砕け散った。ある程度ダメージを受けた者が、逃げ出してきたようだ。その攻撃によって、森狼の存在が敵に気付かれた。扉の大きさは商会に相応しいものの、それほど大きくはない。同時に何人もが飛び出してくることはなく、一人、また一人とこちらへ曲刀を持った悪漢が姿を見せ、その度にアルタクスが光の粒子へと変えていく。


『埒が明かないわね』


 アシュアの呟きは、PTチャットで耳を打った。彼女は既に法杖を構えている。ちらりとアルタクスを見て、次いでユーナを見る。中に入りましょうと暗に訴えるまなざしに、ユーナもまた覚悟を決めた。


『突入します!』

『――っ!』


 ユーナの宣言に合わせて、アルタクスが中へ入る。ユーナがその後を追うと、目の前に一本の矢が飛来した。アルタクスに襲い掛かる悪漢の手を射る腕前は、確かに。


『ダメだってば……っ』


 耳を打つ彼の声。擦れ切ったそれに、目元が滲む。

 だが、ユーナは視線を巡らせたりはしなかった。まずその悪漢に止めを刺すべく、マルドギールを振るう。曲刀は床に転がり、丸腰の悪漢を森狼は体当たりで横倒しにしていた。胸元へと突き込まれた穂先はあっさりと吸い込まれ、悪漢を光に還す。


『すぐに、行きますから!』

『そこ、動くんじゃないわよ!』


 階上の、手すりから突き出た弓に向かって、ふたりが叫ぶ。呆れて疲れて安堵した吐息が、耳をくすぐった。


『バカだろ』


 階段途中にいたシリウスが、酷い。誰にというよりも、どちらにもに向けられたと思しきことばにむくれながら、ユーナは周囲を見る。構成員と緑表示されている者は、あと二人しかいない。サーディクとライゼはまだ無事……なのだろうか。階段からおりてすぐあたりに二人はほぼ背中合わせで立ち、悪漢と切り結んでいた。ライゼの曲刀シャムシールがその一人を切り伏せた途端、急にその動きが止まった。そのまま身体が傾ぎ、床へ膝をつく。数の暴力で攻めている悪漢の次なる一人が、その隙を逃さず咆哮を上げながら曲刀を振り上げる。が、空いた胸元へと、サーディクの刃が吸い込まれていく。悪漢の表示が黒へと変わり、床に落ちた。


「ようやくオーロの蛇女ラミアも消える。次はお前だ、サーディク」


 歓喜に満ちた声が、場違いなほど朗々と玄関ホールに響いた。

 番頭、という赤い文字に、ユーナはアルタクスを見る。

 今また新たなる光を生み出していた彼は、ユーナの呼吸を知るように振り返り、彼女の意図を汲んでその隣へと立つ。あと、赤い光点で示されているのは七人。そのうちの一人が、あの男だ。


「来たれ聖域の加護(サンクトゥアリウム)!」


 耳慣れた聖句が、サーディクの背後から襲う刃から彼を守る。だが、その声が青の神官を相手に認識させた。別の悪漢が雄叫びを上げながら、こちらへと走ってくる。ユーナはその曲刀の先をマルドギールで払った。弾かれた剣戟の音に被さるように、森狼が跳躍する。喉元を食い破られた悪漢は森狼の口元に赤い色を残して消えた。


「消えるのはおまえだろ、クォーレル!」


 奇抜なオレンジ色の髪の番頭の名を叫びながら、サーディクが曲刀を振るう。その視線が一瞬、こちらに向いた。縋るようなまなざしを、受け止める。


「アシュアさん!」

「行くわよ!」


 またひとつ、シリウスによって赤い光点が消される。これで、数的にはこちらが上になった。

 だが、階上への侵攻を妨げるシリウスの前にはまだ二人いる。サーディクとクォーレルが一対一で切り結び始め、ライゼ目掛けて更に残りの二人がほぼ同時に切りつけようと動く。悪漢の一人の背にアルタクスが飛び乗り、鋭い爪で背を抉り、後ろから首筋へと噛みついた。もう一人の攻撃は、神官の加護が防ぐ。だが、追撃は防げない。

 その時、ライゼが曲刀で刃を受け止めた。その一瞬で十分だった。ユーナのマルドギールが悪漢の身体を貫き、その勢いのままライゼから引き離す。悪漢をかみ砕いた森狼が、唐突にユーナへと覆いかぶさった。重みにマルドギールを手放し、地に伏せる。サーディクと刃を合わせているはずの男が、何かを投擲してきたようだ。それはマルドギールに貫かれた悪漢へ当たり、絶叫と異臭を齎した。爛れた身体は力なく頽れ、マルドギールを残して消える。


 アシュアはライゼへと駆け寄った。その表情が強張る。


「ユーナちゃん、セルヴァをお願い!」


 彼女の手には、あのエリキエムの毒の小瓶があった。光を帯びる法杖に、ユーナは悟る。ライゼは毒を受けているのだ。構成員は一人だけ生き延びていて、ライゼの傍に膝を落とす。シリウスの相手をしている悪漢もあと一人になっていた。しかし、完全に階段を塞いでいる。

 その時、セルヴァのステータスが揺らいだ。


 ――効果が、切れる。


 ユーナはエリキエムの解毒薬を握りしめた。

 見上げると、まだ弓の先端が見えた。セルヴァがいる場所だ。二階だが、壁沿いにいくつか家具がある。自分には登れないけれど。

 でも、あれくらいの高さ、彼なら跳べるのではないか。


 考えて、かぶりを振る。

 アルタクスだけ上がっても、解毒薬を使えない。セルヴァに薬を使用する気力は、最早ないだろう。声も吐息も聞こえない。


 シリウスのHPもMPも疲労度も、既にオレンジの域に達している。そのために、攻撃の手に精彩が欠いていた。今はアシュアも癒せない。最後に残っただけあって、相手の悪漢は相当手練れのようだった。後ろから介入するには剣戟が激しく、場所も細く、ユーナもアルタクスも手出しが難しい。


 セルヴァのステータスが、「毒」表示に切り替わる。その途端、彼のHPが急激に減り始めた。

 絶望に沈み、ユーナは視線を落とし……そこに、違和感を覚えた。ステータス表示をもう一度見て、彼女は目を輝かせた。レベルがいつのまにかあがっていたのだ。もしかしたら、と一縷の希望を胸にスキルウィンドウを開き、説明も見ずに「共鳴」の幻界文字ウェンズ・ラーイを叩く。「召喚」では術式が刻み込まれたのに、今回は体に何かを刻み込まれるような感覚に包まれた。


 その瞬間、弾かれたように森狼が、ユーナを見る。


【ユーナ】


 脳裏に、声が響いた。

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