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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第六章 存亡のクロスオーバー
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日が沈む前に


 閉門の鐘の音が、響く。

 そのさなかも、PTチャットで細かい打ち合わせが行われていた。セルヴァの状況説明に、シリウスがいくつか確認したり、攻撃の際の隊列を提案する。回復役不在のため、急いては事を仕損じるからね、と鋭くアシュアのツッコミが入っていた。いつもなら、ここに仮面の魔術師の判断も加わり、より打つ手を狭められるのだろうと想像できる。

 一方、これだけ離れていても、同じPTならチャットが通じるのかとユーナは驚く。今、ユーナたちはマイウスの街中を早足で北東へと向かっていた。先頭をセルヴァとシリウスが早足で進み、その後ろをメーアとユーナが続く。


 スラム襲撃の上、焼き討ちの件は、恐らく、闇市側には知れ渡っているだろう。復活しているオーロの闇市の存在を、マールト側が気付いているがどうかは不明だが、少なくともマイウスの闇市側の動きとして把握していると思われた。マールトの出方次第では、再度剣士ギルドを通じて旅行者に特別依頼が発されることも考えられる。もちろん、その動きを待つ時間的余裕はない。

 サーディクは、オーロの闇市は別の場所に復活したと言っていた。旧オーロの闇市の場所に向かう理由は、もしかしたら殴り込みではなく、サーディク側の隠れ蓑ではないか。メーアの新しい指摘にも一理あるとユーナは思ったのだが、セルヴァはかぶりを振った。


「送った地図マップにはサーディクしか映してないけど、ティトは南のスラムにいるんだよ。隠れ場所なら、分かれないよね?」


 現状、あの毒に通じるものはサーディクの敵対勢力にしかない。旧オーロの闇市に向かい、何もなくともサーディクと話して、番頭側の面々がどこにいるかを聞き出して突撃しよう。


 荒っぽい結論にしかたどりつかないのは、仕方のないことだった。


 夏の季節が終わりを告げつつあった。それでも、太陽が沈むには僅かに猶予がある。夕暮れ時にもかかわらず、やはりNPCの姿は見かけない。その異常さを再認識しながら一同は進んだ。




「――ビンゴだね」


 口元を歪めながら、メーアが呟く。既にシンクエディアが握られ、太陽の残光すらも受けない日陰の、舞姫に不釣り合いな闇の中にその姿を沈ませていた。

 ユーナもまたマルドギールを握り直す。

 セルヴァは一人、先行してその建物――旧オーロの闇市であった、商会の前で事切れた遺体へと手を伸ばしていた。ひとり、隠蔽のスキルを身を隠している。


「……NPCの仕業っぽいな。刀傷でばっさり一撃だから、相当な腕前だね」


 見張り役だろう「悪漢」の名前を確認し、セルヴァが呟く。そして、開けっ放しになっている扉から内側を覗き込むと、シリウスたちにもこちらへ来るように合図した。

 窓は全て外側から木板で打ちつけられ、内部の様子は全くわからない。今は死体の、悪漢の後ろの正面玄関も、近づいて見れば、外側から木板で塞がれているように見せかけた偽装が施されていたのがわかる。既に開かれている扉の内側からは、ユーナも見知った魔石の灯りが漏れていた。


「殴り込みだな」


 玄関ホールを覗いたシリウスが、一瞥して断じた。

 古びた血痕だけではなく、複数の遺体が転がっている。見える範囲では生きている人影はなく、喧騒も聞こえなかった。またセルヴァが先に進み、内部を確認する。

 唐突に、彼は弓を番えて矢を放った。階上から誰かがホールへと転落する。ユーナの地図マップでは敵の光点アイコンは表示されていなかったが、矢を首筋に生やした男を視認した途端に赤い表示が出た。即、その悪漢は砕け散る。それでも、判断するには十分な材料だった。

 ――相手も、隠蔽のスキルを使っている。

 即ち。


「これってさ、セルヴァ、危ないんじゃない?」

「あー、そうだね」


 一人単独で隠蔽を駆使しつつ、看破を繰り返して残党を排除していく形になる当の本人は、呑気にメーアの指摘に頷いた。隠蔽を看破された場合、先制攻撃を受けるのは先行する彼一人となる。


「前みたいに、みんなで隠蔽とかは?」

「効果範囲を拡大すると、スキルレベルの判定がランク落ちするんだよね」


 ルスキニアのように、ただの魔物の場合には看破のスキルなど殆ど持ち合わせていない。そのため、範囲を拡大して隠蔽を適用しても、通常ならばじゅうぶん誤魔化しが効く。

 だが、もともと闇に生きる者たちの隠蔽スキルともなれば、例え低レベルであったとしても、ユーナたちが気付くまでに時間を要する。ランク落ちしている隠蔽スキルでは、看破スキルによってあっさりと剥がされる可能性も高い。それならば、自分一人が先に行くほうが、危険性は少ないだろう。

 セルヴァは更に、その意見に切実な現実を付け加えた。MPに余裕がない、と。


「じゃあ、逆にしようか」


 堂々と扉から入り、シリウスは長剣をぶら下げたまま周囲を見回す。何の隠蔽も施されていない状況では、的になるようなものだ。


「危ないよ?」

「おまえが盾になるよりはいいだろ」


 セルヴァに近づき過ぎないように、階上のほうにも何かいないかと見上げている。

 シリウスは袖なしの黒の上着に脚衣という出で立ちだった。ユーナはその姿に足りないものを思い出し、道具袋インベントリから彼の外套を出す。暑さ故に仕舞い込んでいたのだが、この外套を彼が追加して装備すれば、守備力はもっと上がる。


「シリウス、外套……」

「あ、持ってたのか? なら着とけよ」


 扉の影から示したところ、意図する方向とは真逆な指示を受けた。曰く、相手が毒持ちならば、たとえ一枚でも上に羽織っていたら、刃に触れずに済むかもしれない、と。

 前衛として正面に立つのだから、彼が着ているほうがよほど効果がある気もするが、ユーナも自分のHPと彼のを見比べて、素直に忠告を受け入れることにした。倍近く違う。


 周囲の遺体も見回しながら、シリウスも感嘆の溜息をついた。


「ばっさりやられてるな……」

「この辺りは大丈夫かな。いいよ、ふたりもおいでよ」


 玄関ホールの安全を確認して、セルヴァがメーアとユーナを促した。

 再度、彼は地図マップを転送する。ほぼグレーダウンした建物の三階に、サーディクの追跡光点トレース・アイコンが輝いているのがわかった。同時に、二階では赤い光点が複数輝いており、その中に緑の光点が一つ残っていた。

 ユーナは、それはライゼではないかと口にした。セルヴァも同意見のようで、階段へと急ぐ。二階の光点はやや奥まった広めの部屋に集中していた。近づくごとに喧騒が大きくなる。怒号と金属音が交錯し、振動も響いた。

 

「行くぞ」


 中を確認するまでもなく、シリウスが飛び込んでいく。

 次いで、メーアがシンクエディアを閃かせながら踊り込んだ。


「アンタ……っ」


 聞き覚えのある声は驚愕に満ちていて、まだ彼女が無事であることを知らせてくれる。

 セルヴァが扉に立つ。弓を引き絞って、次々と矢を放ち始めた。その背後で、ユーナはマルドギールを構えて通路を警戒する。ユーナの視界には、今のところ敵影はない。

 背後で聞こえる乱闘音に、振り返りたい気持ちもある。だが、今はセルヴァすらも部屋の中に集中している状態なのだ。敵地で殿を軽視できるはずもなく、ユーナは通路の前へと視線を巡らす。ところどころの部屋の扉は開けっ放しになっている。ユーナの地図マップ上には、光点アイコンは見当たらない。

 隠蔽を警戒し、目を凝らす。

 窓に面した通路になっていたこの場所から、更に奥には階段があるようだった。そこからサーディクのもとまで行けるのだろう。

 上階になると、さすがに内側から窓は木板で塞がれていたようだ。その痕跡に、窓の近くに釘のついた木板が転がっている。暑さを少しでも和らげるべく今は薄く開かれている窓の外から、夕暮れの最後の残光が見えた。

 それは、通路の後方へと視線を巡らす、ほんの一瞬の出来事だった。


「ユーナ!?」


 セルヴァの呼びかけに、彼女は赤い光点の新たなる出現に気付いた。警戒は遅かった。彼によって看破された悪漢が、鈍く光る刃の曲刀をユーナ目掛けて振り下ろす。


 それは、あの時のようだった。

 鈍い衝撃の音、パッと散った、鮮血。くずおれるセルヴァ。息が詰まる音。


「――っ!」


 ユーナは曲刀を振り下ろした姿勢の悪漢へ、マルドギールを突き出した。腕の一部と腹部を傷つけた短槍を、更に両手で持ち、力を込めて振る。左へと振り抜かれた穂先に命を奪われ、悪漢は砕け散った。金属音と共に、毒の付着した曲刀が床に落ちる。


「セルヴァさん……っ」


 ユーナは精霊に願った。水霊ヴァルナーは彼女の声に応え、彼の全身を水で清める。合わせて、毒の進行止めと命の丸薬ピルラを使用した。HPは、たった一撃で黄色に変貌していた。セルヴァの呼吸が荒い。閉じたまぶたが、痛みに耐えて震えている。

 耳元で舌打ちが聞こえる。PTチャットから伝わるそれは、シリウスの発したものだとわかった。まだ、中では戦闘が続く。


「ごめん、失敗した……」


 ぽつりと彼の口元から呟きが漏れ、ユーナは思いっきり首を横に振った。


「いえっ、いえ、わたしのせいです――!」

『ユーナちゃん、毒の確保、できる? 素手で触っちゃダメよ』


 強張ったアシュアの声に、ユーナは床に転がった曲刀を見る。道具袋インベントリから布を出し、全体を包んで片付けた。


「……はい!」

『上出来。

 セルヴァ、生きてなさいよ。死んだら許さないんだからね』

「了解」


 身を起こしながら、苦笑気味に答えるセルヴァの声に、目頭が熱くなる。

 何度、助けてもらっているのだろう。

 口元を引き結び、ユーナは立ち上がった。マルドギールを握り、今度こそ自分の役割を果たすべく、視界を巡らす。

 すると、今度は奥から、濃紺の髪の無精ひげの男が現れた。階段を駆け下り、途中から手すりを飛び降りてやってくる。そのまなざしが、ユーナを見た。速度を弱めつつ、彼は口を開く。


「またおまえたちかよ……」


 その声音は、明らかに喜びを含んでいた。だが、途中でことばは消える。ユーナの足元に転がるセルヴァを見つけ、表情の険しさが増した。


「あの狼はダメだったのか?」

「まだ生きています!」

「そうか……マズイな、一瓶しかなかったんだ」


 そして、左手に握りこんでいた小瓶をユーナに押しつける。エリキエムの解毒薬、という表示に、ユーナは息を呑んだ。

 曲刀を握りしめ、サーディクはそのまま部屋の中へと雪崩れ込む。

 急速に、その戦闘が遠く感じられた。


「ダメだよ、ユーナ」


 彼女が迷うことすら許さないと言わんばかりに、セルヴァは口を開く。

 その碧眼は、強い拒絶を示していた。

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