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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第六章 存亡のクロスオーバー
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話はあとで


 床に膝をつき、森狼に触れ、青の神官は目を細めた。

 毒を癒す、ただそれだけの術式では足りないとスキルウィンドウが訴える。


「――ねえ、戦利品ドロップでこの毒のついた武器とか落ちてなかった?」


 アシュアの問いかけに、ユーナの表情が強張った。

 思い当たる節も何も、ずばり求められているのは、あの時ロイが手放した曲刀だ。


「クエストアイテムみたいだし、これ、厄介すぎ」

「こちらでも関連アイテムを要求されますね」


 眉をしかめて溜息をつくアシュアに、エスタトゥーアもまた頷く。

 エリキエムの毒。

 以前のマイウスの突発クエストでも同じ毒を受けた者がおり、施療院もないために、幾人もの犠牲者が出た。この件で毒消しの必要性が高まったのだが、幻界ヴェルト・ラーイでは毒の種類が複数存在し、その種類に応じた処置をしなければならないことも同時に判明した。突発クエストで初出となったエリキエムの毒のえげつなさは攻略板にも上がっているが、突発クエストでのみの使用だろうと断じられていた。マイウスの他のクエストでは見られなかったのだ。よって、エリキエムの毒消しを持つ人間はごく一部にしか存在しない。辛うじてエリキエムの毒に関係するアイテムを手に入れ、更に毒消しの作成に成功した薬術師とその周辺の者のみである。そもそも毒に関係するアイテムがクエストアイテムであり、突発クエスト以外で必要とされないのであれば、改めて作ろうと考えても作れない。今から探しても、突発クエストに巻き込まれた者は既にユヌヤへと旅立っているだろうというエスタトゥーアの考えに、メーアは舌打ちした。


「マジ、殺しにかかってるってこと?」


 そのことばに、ユーナは席を立つ。


「ダメだ」


 迷わず外へと向かおうとする彼女の腕を、セルヴァが取る。

 彼はかぶりを振った。


「あれから時間が経ちすぎてる。もう、消えてるよ」


 ドロップアイテムは、一定時間拾う者がいなければ所有権放棄と見做され、消失する。その仕様を指摘され、ユーナの表情が凍り付く。

 エリキエムの毒に関係するアイテムがなければ、このまま、アルタクスは――。


 息を呑む彼女の腕を掴んだまま、セルヴァはエスタトゥーアへと振り向いた。


「毒の進行止めは効くようなんですが、クールタイムはわかりますか?」

「効果時間同様、一時間みたいですね。わたくしの手持ちにも同じものがありますので、効果が切れたら使いましょう。ただ、連続使用した場合には効果が半減します。三十分は進行を止めることができますが、以降は抑えられません」

「ひたすら神術を打ち続けるしかないわね」


 毒でHPが減少しようとも、回復神術によって減少分回復させれば良い。薬と異なり、癒しの奇跡(クラシオン・リート)で数値的な回復は見込めるそうだ。回復力を高める神術ではなく、奇跡を起こす御業ならではである。内容的にはやや乱暴だが、確かな手段だ。アシュアの提案に、一縷の望みが見えてきた。ユーナのまなざしを受け止め、青の神官は自信たっぷりに笑む。


「任せなさい。帰るまでもたせるから」

「ってさ、アテはあるの? エリキエムの毒って、あの敵対勢力が使ってたやつだよね?」


 メーアも中腰になりながら問いかける。セルヴァは頷いてみせた。そして、PTへアシュアとエスタトゥーアを誘い、地図マップを送り、全員の視界へ表示させる。

 今もなお、サーディクの追跡トレースアイコンが点灯する、マイウスの地図マップだ。その現在地はマイウスの北東の一角を示していた。


「蛇の道は蛇。どうせ殴り込みしてるんだろうから、手伝うついでにもらってこようか」

「殴り込みぃ?」

「ここ、以前オーロの闇市があった場所なんだよ」


 驚きのままにおうむ返しをするメーアに、セルヴァは予想を語る。

 潰された闇市になど、通常誰も近寄らない。本来ならば死が横たわる場所である。だが、かえってそこを盲点としやすい。改めて剣士ギルドから叩かれる恐れも少なく、マールトの兵とて一度捜索した場所を、再度見に来ることもないだろう。

 セルヴァはライゼやサーディクから聞いた話を織り交ぜ、アシュアやエスタトゥーアにもわかるように状況を説明した。突発クエストの続きという話に、アシュアは一瞬目を輝かせたが、あわてて森狼へと視線を落とす。


「……私は、ここに残るわ」

「わたくしも残りましょう。アルタクスへの薬の投与のタイミングを間違えば、かえってアシュアの負担にもなりますから。あと、MP回復薬も処方できますし」


 少しでも時間が稼げるようにと、アシュアとエスタトゥーアは名乗りを上げる。

 ユーナは森狼を見た。今は横たわり、目を伏せている。苦痛を訴えてくるような性格でもないので、彼が受けている毒がどのように影響しているのかはわからなかった。揺らぐHPバーが痛々しい。

 連れていけない。


「私は行くよ。手数は多いほうがいいだろうし」

「ついでに、目ぼしいものがあったら拾ってきて下さい。闇市ならいいものが転がっていますよ、きっと」


 メーアの挙手に、エスタトゥーアが言い含める。そこで、メーアは道具袋インベントリをテーブルの上に置いた。


「エツィオ山の石ころでぱんぱんだよ。どうせ精錬したほうが高値になるなら、エスタに任せちゃってもいいかな?」

「精錬までできるんですか?」


 驚くセルヴァに、エスタトゥーアは苦笑気味に頷いた。そのまなざしが舞姫へと向かう。


「いろいろ勝手にしゃべっていそうですね」

「あー、ごめん。ダメだった?」

「アシュアの友人なら、大丈夫だとは思いますけどね」


 肩を軽く竦めながら、エスタトゥーアはクエストアイテムを待っているあいだに時間ができるので、鉱石の精錬も引き受けてくれると申し出てくれた。ありがたく、ユーナやセルヴァも道具袋インベントリから鉱石をすべて預けた。これで、だいぶ身軽になる。

 入れ替わりに、エスタトゥーアが薬瓶を幾つか取り出した。


「こちらは毒の進行止めヴェネイヌゥム・インテラプティオーネです。もしものためにお持ち下さい。あと、回復系も……」


 ユーナたちは問答無用に丸薬ピルラまで数種類持たされた。対価をと相談しかけたのだが、細い紅玉を更に細め、エスタトゥーアは彼女たちを強い口調でクエストへと促す。


「そういうお話は終わってからで結構ですよ。交渉している時間なんてありません。さあ、お早く」

「――ありがとうございます」


 せめてと一礼し、ユーナは森狼の背を撫でた。そして、アシュアたちの言うことを聞いて、ここで待機するよう命じる。アルタクスは不満げに唸りを上げた。


「お願いよ、アルタクス。

 絶対助けるから、信じて待ってて」


 が、主の切なる願いに押し黙る。身を伏せた彼の頭をもう一度撫でて、ユーナは立ち上がった。

 互いに頷き合い、ギルドホールの出口へと向かう。

 開かれたままになっている扉をくぐろうとした時。

 見知った黒い人影が、立ちはだかった。


「何とか、間に合ったっぽいな」

「――っ」


 黒い短髪の剣士の姿に、ユーナは絶句する。全身埃まみれで、今のセルヴァやメーアとそう出で立ちに違いはない。どこかで戦闘を繰り広げていたと一目でわかる。

 それでも、来てくれたのだ。

 ピンと突っ張っていた何かが緩む。ユーナは思わず泣きそうになり、ふぐっと変な声が出た。それ以上は無言で、シリウスはユーナの頭を抱き寄せる。いつもなら肩口に来る頭が、今は胸元で抱き留められた。軽く撫でると、ポンと叩いて身を翻す。

 一瞬の出来事だったが、それでじゅうぶんだった。


「超ツッコミどころ満載だけど、全部後だね!」

「そうだね。とりあえず、暴れに行こうか」


 先に出ていくシリウスを追いかけて、何かぶつぶつ言いながらメーアとセルヴァが続く。


「間に合ってよかったー」


 PTチャットで、アシュアの呟きが聞こえた。彼女がシリウスを呼んでくれていたのだと理解し、ユーナは振り返った。にこやかに微笑むアシュアと、そのとなりにエスタトゥーアがいる。足元には、こちらをじっと見つめるアルタクスが身を伏せていた。


「いってきます」


 PTに、ステータスバーが追加される。

 ユーナは今度こそ、ギルドホールを後にした。

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