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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第六章 存亡のクロスオーバー
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真相


 ユーナは瞬いた。

 その視線が、セルヴァへと向く。彼は不愉快そうな顔をしながらも、口を開かなかった(・・・・・・・・)

 背後で唸り声を上げ、今にも飛びかかりそうに威嚇する森狼へと、ユーナもまた黙って手を横に差し出した。行くなという指示に、森狼の唸りが止む。

 子どもたちを体の上に乗せたメーアの目が、笑んだ。


「――ここから、たくさん、逃げられたの?」


 周囲に、他の人影はない。

 だが、足元には複数の足跡が無数に重なっていて、ここを駆け抜けたのがどれほどの人数なのかは把握しきれなかった。

 ユーナの問いかけに、女の笑みが消える。サーディクのほうへとその茶褐色のまなざしを向けた。彼はゆっくりと曲刀をセルヴァの首筋から離し、腰の鞘に戻す。


「ほらほら、キミたちも降りてくれないかな?」


 軽い口調で指摘され、あわててティトとロイが声の主(メーア)の上から飛び退いた。

 血塗られた舞姫は一瞬で足を縛っていた紐をバラバラに断ち、腰の布の一枚でシンクエディアを拭って、二本とも仕舞い込む。


 ユーナの目に移る、「スラムの女」を始めとするNPCの名前の色は緑。

 最初から、敵対しているわけでないのなら。

 それは、明らかにこちらを試しにかかっているのだ。


 セルヴァやメーアがPTチャットですら声を上げなかった理由はそこにある。


 スラムの女もまた、曲刀を引いた。鞘へと収める仕草は滑らかで、服装とは不釣り合いなほどだった。


「味方なら、味方だと言ってくれないかい? サーディク。恩人をかっさばくとこだったよ」

「実際に見ないとわからんだろう。ここまでわけのわからない旅の者なんて初めてなんだ。何一つ話なんてしてないのに、対価もなしに俺に薬を与えて仕返しするわけでもなく出ていったと思えば、わざわざ封鎖されてるはずのスラムに戻ってきて悪漢を叩きのめすんだからな」

「冗談は見た目だけにしてほしいんだがね」


 サラッサラな濃紺の髪を揺らすサーディクの容姿に目を細め、鼻で嗤って彼女は言う。

 今のとなっては無精ひげが異様に不似合いなことを知ってか知らずか、サーディクはその顎を撫でながらことばに迷っていた。


「そいつ、オレも守ったんだ! ホントだよ!?」


 声を上げたのはロイだった。

 じんわりと胸に広がるあたたかさに、ユーナの口元が綻ぶ。何も無駄ではなかったのだ。


「ライゼ、おれも見た」


 ティトがロイのことばを後押しする。

 スラムの女の名前が変わる。ライゼは異様な白さのぼろ服をまた汚したロイと、ティトを見て、小さく溜息をついた。もうひとり、レネがいないことを悟ったのか目の色が陰る。それでも口にはしない。


「命の神の祝福を受けし者が、酔狂でサーディクを治したって話を聞いた時も信じられなかったけど……今回のはもうとっておきだね。アンタたち、頭おかしいんじゃないのかい」


 ライゼは両腕を組んで、ユーナたちを見回した。セルヴァは弓を肩に掛けながら、そのまなざしを受け止める。


「ごあいさつですね。身を挺して安全確認していたあなたと、それほど変わらない気がしますよ。

 で、逃げ出せたスラムのひとは、南へとお引越しですか?」

「なかなかいい目をしてるじゃないか。ご名答」


 マイウスが昔の集落の一角を残しているのは、西だけではない。南側にももう一区画あり、そちらは西よりも遥かに人数も多く、場所的にも広いそうだ。ライゼは逃げ出した者たちをこの抜け道から西門から町中に入れ、更に南のスラムへと移したと言う。もともと南のスラムのほうが住民の出入りは激しく、空き家も多いそうだ。


あっちはマールトを目指すやつも多いからね。マイウス(ここ)で成功するためには、闇市に首をつっこむか、旅の者狙ってかっぱらうかの二択しかないし」

「究極過ぎない? その二択」


 明るく語るライゼに、さすがのメーアも引きつりながらツッコむ。続いてロイとティトにその桃色のまなざしが向けられ、彼らの将来を危惧しているように見えた。既に十分かっぱらいだが。


「マールトの犬が門番だったおかげで、南のスラムへの道筋はガラガラだったよ。通報されないように曲刀シャムシールを離れたとこに隠してたのは痛かったけど」

「あの悲鳴も、獲物をおびき寄せる罠だったんじゃないんですか?」


 セルヴァの問いにはニッと笑うだけで、ライゼは答えなかった。この場合の獲物とは、ユーナたちのような旅行者プレイヤーだけではなく、門番のような存在が近くにいないかを確認していたのだろう。ユーナはスラムに住む者のたくましさを感じながら、ただのしたたかさがあるだけではないのではと思った。


「あなたたちは……何?」


 悪漢のひとりでも捕まえて、悠長に目的を問う余裕はなかった。

 あの連中が何故スラムを焼き払ったのか、マールトの兵がわざわざスラムを閉鎖するのはどうしてなのか、疑問は尽きない。

 だが、その全ての答えは、おそらくこの質問に帰結するのだ。決して少なくはない人数をスラムからスラムへ逃亡させられるような器量が、単なるスラムのかっぱらいにあるとは思えなかった。


 サーディクは、初めて真摯に語った。


「マイウスの闇市場は複数あるが、その中で最も取引量が多いと言われていたのがオーロの闇市……ここまでは知っているな?」


 ただの確認のつもりで訊いたことばに、思いっきり、ユーナとメーアは首を横に振る。

 その様子を見てさすがのサーディクも絶句し、ライゼに縋るように視線を向けた。ライゼもまた、信じられないとかぶりを振っている。


「アンタたち、ただの世間知らずなのかい」

「い、一応、僕は知っていましたよ?」

「あ、セルヴァ、ズル……」


 彼の世間知らずじゃないよアピールにメーアが唇を尖らせる。セルヴァは慌てて言葉を添えた。


「ホントですから! オーロの闇市は、先日の突発クエスト時に潰れたのでは?」


 その確認に頷き、ライゼは話を続けた。


 要するに、内輪揉めの話だ。

 オーロの闇市を仕切っていた元締め(ブゥラ)が病に倒れたことが、全てのきっかけだそうだ。先が長くないと悟った周囲の者たちが、誰が後釜に座るかで騒ぎ始めた。オーロの闇市に関わる他の闇市もまた、元締め(ブゥラ)の子と、番頭のいずれかが跡継ぎになるだろうと予測を立て、二つに割れた。やがて、互いの間で小さな衝突が起こり……それが街を巻き込む巨大な闘争に変わったため、剣士ギルドから特別依頼が出されたことは記憶に新しい。その時、オーロの闇市は取り潰しになったはず、だった。元締め(ブゥラ)は騒ぎの中で息を引き取り、跡継ぎと目されていたふたりは闘争のどさくさで殺害され、残された闇市も人的被害が著しく、街全体から活気が失われた――。


「というのが、表向きの話だね」


 実際には、騒動の中心たる番頭はちゃっかり生き延び、オーロの闇市を別の場所にすぐさま復活させていた。そして、離散していた番頭側勢力の荒事専門家(一味)を集め、「自分も生きているのなら、元締め(ブゥラ)の子も生きているのでは」とマイウス中を捜索させたのだ。だが、索敵や追跡を用いても、元締め(ブゥラ)の子は見つからなかった。生きているとしても、もうマイウスから出ているのだろう……と判断した矢先、西のスラムに潜伏していると判明した。


 そのライゼの視線が、濃紺の髪の無精ひげの男へと向く。

 サーディクは頷いた。その両手が、ロイとティトの頭に伸びてくしゃりと髪を撫でる。


「俺も、親父と同じ病に掛かっていたんだ。だから、あいつが何もかも持ってっちまってもいいやって思ってた。オーロの闇市ですら手に入らなかった、命の神の祝福を受けし者が作る奇跡の薬……そんなものが、もう今更手に入るとは思えなかったしな。隠蔽さえ使ってたら、俺の居所なんてわかりゃしない。こいつらと一緒に、このまま朽ちていくのもいいなとか、そんなこと思いながら身を隠してた。まあ、悪足掻きだな」


 だが、奇跡は起こり、病は癒える。

 同時に、ロイやレネのために姿を見せたサーディクを、セルヴァが看破したために……彼の隠蔽は完全に剥がされたのだ。


 それを、相手は見逃さなかった。


「まあ、おかげでアタシも気付けたんだけど」


 ライゼは心底嬉しそうに微笑んだ。彼女は、元締め(ブゥラ)の養い子であったという。元締め(ブゥラ)の最期のことばを聞いたのも、また彼女だったそうだ。


「アンタたちのおかげで、時間が稼げた。西が燃え尽きたのを見たら、あいつも油断するだろう。これで動きやすくなった」


 元締め(ブゥラ)の最期の願いを叶えるために、これからまた、準備するそうだ。

 ユーナたちは「何を?」とは訊かなかった。


 焼け落ちるスラムの熱気が、町の外にまで届く。

 風に乗って舞う黒や白を見上げ、サーディクは何も言わず、北へ(・・)歩き始めた。その後を、子どもたちが追う。

 ライゼは曲刀シャムシールを引き抜き、傾いた太陽の光へと掲げた。


「今のアタシたちには、何も返せるものがない。この先だってどうだかわからない。

 だけど、これくらいはさせとくれ」


 そして、己の髪を一房切り取り、髪を握った手のひらをユーナたちの前で開いた。熱風に煽られて、すぐに散っていく。

 死者への命の別れで使う髪を、生者が捧げる意味。


「アンタたちが救ってくれた命に対して、アタシもまた命で返そう」


 それは誓いだった。

 神に見放されたという土地の女が、己の命を懸けて。


 それは、精一杯の感謝にも見えた。


 ライゼはすぐに身を翻す。三つの人影が四つとなり、足早に駆け出した。

 彼らの姿は、やがて街壁の影へと消えていく。


 あとに残されたユーナたちもまた、ようやく訪れた沈黙の一時を噛み締める。

 何もかもを正直に話してくれた、彼らの誠意が報酬だと――もう、わかっていた。

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