魔鶯ルスキニア
「矢の雨!」
撃ち放たれた矢が無数の煌きと化し、ルスキニアの全身へと降り注ぐ。
しかし、ルスキニアは強い羽ばたきを起こし、それらの殆どを地に落とした。風に煽られて、ユーナは身動きが取れない。むしろ、今にも転がりそうになり、慌てて地面に膝をついた。羽ばたきが止むと同時に、森狼が跳躍し、その身体へと体当たりを仕掛ける。が、ルスキニアはこれも回避した。やや地面に近い場所へと移動したのを、メーアが見逃さずにシンクエディアを閃かせる。軽く羽を掠ったものの、ダメージには至らない。地表から大きく舞い上がり、ルスキニアは間を取る。その赤い目が、次の獲物を選んだ。
攻撃を加えてきたメーアへと狙いをつけ、勢いよく滑空を始める。タイミングを合わせて、森狼がカウンターを狙って爪を唸らせた。ルスキニアは嘴での攻撃を途中で切り替え、己の爪と森狼の爪を交錯させる。体勢がやや乱れたルスキニアの爪の一本を、森狼は奪い取った。平地へと転がったそれは、一度跳ね上がって動きを止める。一方で、森狼も首筋から背にかけて傷を負い、地に足をついて低く唸りを上げていた。ユーナが意識をステータスへと向けると、彼のHPバーが一気に濃いオレンジへと変わっているのが見えた。ルスキニアもまた怒りの鳴き声を上げつつ、高く舞い上がる。
そこへ、セルヴァが渾身の一撃を放つ。
「光撃の矢!」
光を纏った一矢が、まともにルスキニアの翼を貫いた。
驚愕のままにルスキニアは叫びを上げ、平地へと墜落する。そこへ、駆け寄ったメーアのシンクエディアが舞った。
「双華乱舞!」
本人がスキルに身を任せていると、スキルが発動した直後の相手の行動には反応し切れず、隙が生まれる。ユーナは力の試練で見知っていたメーアの技に呼応し、その一瞬の無防備さを庇うべく、マルドギールを振りかぶった。双華乱舞の場合、複数回相手に刃を入れた後、その背後へと駆け抜ける。ダメージを受けたルスキニアが、メーアを攻撃対象と認識して身体を向けた。同時に、ユーナのマルドギールが光撃の矢で穿たれた翼へと、更に追撃を行なう。単に突き入れただけだが、引き戻す時に穂先の鉤爪がその傷を深く抉る。痛みのためにルスキニアが羽ばたき、ユーナを弾き飛ばした。その身体を、森狼が受け止める。小さな悲鳴がユーナの背で上がり、慌ててユーナは身を離した。
「網矢陣!」
メーアとユーナが離れた瞬間を狙い、セルヴァの矢がルスキニアの体躯を捕らえた。細い魔銀糸で編まれた網が太陽光で煌く。続いて炎地雷が投げつけられ、彼の矢が宙でそれを貫いた。
閃光と爆風と爆音が轟き、ユーナは身を竦める。その隣を、森狼が駆け出していた。
魔銀糸の上から焼け爛れたルスキニアの喉元へと食らいつく。その頭部が軽く振られると、森狼とルスキニアへと鮮血が散った。
高い、断末魔の叫びが響き渡り――ルスキニアが光へと融けていく。同時に、セルヴァへと光の柱が立った。視界を流れる幻界文字を見ながら、彼は呟く。
「結構削られていましたね」
光の欠片に手を伸ばしながら、ルスキニアの最期の呆気なさを指摘した。
ルスキニアの目はもともと黒で、HPを半分以上削ると赤に変貌するのだと言う。モラードだろうかと思いながら、ユーナは視線を横穴へと向けた。索敵を持たない彼女は、その姿を探そうとも見つけられない。
「あれ? 何か落ちてる……って、五つ?」
レイドボスであるにも関わらず、別途戦利品が落ちていることに、メーアは驚いていた。転送石である。セルヴァはルスキニアの尾羽を拾いながら、ユーナとメーアで二つずつどうぞ、と促す。戦闘に関わった人数分、サービス・ドロップするのだそうだ。アルタクスがカウントされていないのは、恐らく従魔召喚があるためだろう。先に従魔使いが転送石を使ってから従魔を喚べば、余分な石は必要ない。
「MVPいただきましたので、どうぞご遠慮なく」
礼を口にして、ふたりはありがたく受け取る。そして、メーアはルスキニアの羽を所望し、綺麗なものを選んで拾い始める。セルヴァもまたそれを手伝い、ユーナは森狼のほうへと足を向けた。
ユーナは森狼の傷にHP回復薬を使おうとして、HPバーが既に黄色に戻っていることに気付く。回復が速い。従魔回復のスキルマスタリーが影響しているのだろう。見つめている間にも、数値がどんどん回復していくのがわかった。HP回復薬によって、彼の傷はすぐに塞がり、表示も緑に戻る。もともとの数値がそれほど高くないため、一撃を浴びてしまうだけでも色表示が変わってしまうのだ。ユーナの手持ちのHP即時回復薬は、本来回復可能な数値的には少なめのものなのだが、自分たちくらいのHPの数値ならば、致命傷でなければ問題なさそうだった。傷痕は残ってしまっていたが、その毛並みのあたたかさがうれしくて……ひとしきり撫でていると、森狼はうれしそうに身を寄せてきた。
「痛かったのに、ありがとね」
怪我をしているのに、ユーナのクッションになってくれたのだ。しかも、止めまで刺している。ユーナはその首筋に手を回して、力いっぱい抱きしめた。その時、急に森狼のHPバーの回復速度が加速し……完全回復する。近くにいればいるほど、従魔回復の効果が高くなる、ということだろうかとユーナは考えた。
ユーナの耳元で、アルタクスは「フン」と鼻を鳴らした。流石に、ただの照れ隠しだと、ユーナももうわかっていた。
「ひっどー……」
奥まった巣のほうで、メーアがぽつりと呟いた。ユーナは森狼から手を離し、そちらへと足を運ぶ。あちらこちらに戦闘の傷痕が残り、特に巣の中は砕けた卵の破片が散っていた。恐らく、これでルスキニアは激昂したのだ。ルスキニアが攻撃したはずもないので、モラードか、ルーファンかだが……従魔使いが、ここまでするのだろうかと、ユーナは首を傾げた。少なくとも、アニマリートは絶対にしないし、自分も卵ならば放置でいいと思う。だが、あの二人に関しての認識があまりできておらず、ユーナは判断しかねていた。従魔使いにも、いろいろいる。その一例なのかもしれない。
ひとしきり探索したメーアが首を振る。目ぼしいものは何もなかったようだ。横穴へ戻ろうと、ユーナたちは振り返った。
山肌を平らに切り拓いたフィールドは、逆方向から見ると、荒野の向こうにマイウスの町まで望むことができた。天気が良いせいか、マールトらしき集落も見えている気がする。その光景に息を呑むふたりの姿に、セルヴァはしばし、声を掛けずに共に眺めた。
が。
「――何、あれ?」
黒い、細いものが上がっている。
メーアの呟きに、セルヴァは命中率向上スキルのひとつ、「鷹の目」を使った。視力の強化をも行うそのスキルの力により、彼にははっきりと見えた。炊煙ではない、黒い煙が……マイウスの西側から上がっている。一本ではなく、複数だ。
セルヴァの脳裏に、先日の突発クエストが思い出された。
マイウスでは、ここ最近、頻繁にNPC同士の紛争が起こっているのだ。そのすべてが街の暗部と関わっており、今までは町の東側で、しかも夕方から起こっていた。剣士ギルドまでが狙われた時があり、転送門広場を死守すべく、剣士ギルドはマイウスにいたすべての旅行者に対して特別依頼を放った。これが先日の突発クエストである。ただ、ギルドの前の立て看板でしか把握できないために、参加する者の殆どが剣士ギルドの者になったのは言うまでもない。報酬は一泊二食と安すぎたが、大量の中古武器が市場に出回ったのは、記憶に新しい。
何故、こんなにも明るいうちから、しかも西側で?とセルヴァが更に目を凝らすと、白い煙もまた混ざり始めた。
「セルヴァさん……あれ、マイウスですよね?」
「ですね。町の西側が燃えてるみたいです」
「西側!?」
驚きに包まれたユーナの声に、セルヴァはその碧眼を向けた。彼女は逆に、マイウスへと目を凝らそうとして、ただ何か黒いものがあることしかわからないままに、口を開く。
「まさか、あの子たちがいたとこ……?」
高位の隠蔽まで扱う、あの無精ひげの男の存在を、セルヴァもまた思い出した。
メーアがひゅうっと口笛を吹く。
「クエストじゃないの?
――行こうよ。せっかくコレ、ゲットしたんだし?」
楽しそうな口調と共に、桃色の瞳が笑みを象る。
その手の中で、転送石が軽い音を立てて踊っていた。
 




