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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第六章 存亡のクロスオーバー
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魔鶯ルスキニア


矢の雨(ペイル・バグローム)!」


 撃ち放たれた矢が無数の煌きと化し、ルスキニアの全身へと降り注ぐ。

 しかし、ルスキニアは強い羽ばたきを起こし、それらの殆どを地に落とした。風に煽られて、ユーナは身動きが取れない。むしろ、今にも転がりそうになり、慌てて地面に膝をついた。羽ばたきが止むと同時に、森狼が跳躍し、その身体へと体当たりを仕掛ける。が、ルスキニアはこれも回避した。やや地面に近い場所へと移動したのを、メーアが見逃さずにシンクエディアを閃かせる。軽く羽を掠ったものの、ダメージには至らない。地表から大きく舞い上がり、ルスキニアは間を取る。その赤い目が、次の獲物を選んだ。

 攻撃を加えてきたメーアへと狙いをつけ、勢いよく滑空を始める。タイミングを合わせて、森狼がカウンターを狙って爪を唸らせた。ルスキニアは嘴での攻撃を途中で切り替え、己の爪と森狼の爪を交錯させる。体勢がやや乱れたルスキニアの爪の一本を、森狼は奪い取った。平地へと転がったそれは、一度跳ね上がって動きを止める。一方で、森狼も首筋から背にかけて傷を負い、地に足をついて低く唸りを上げていた。ユーナが意識をステータスへと向けると、彼のHPバーが一気に濃いオレンジへと変わっているのが見えた。ルスキニアもまた怒りの鳴き声を上げつつ、高く舞い上がる。


 そこへ、セルヴァが渾身の一撃を放つ。


光撃の矢(ペイル・グリッター)!」


 光を纏った一矢が、まともにルスキニアの翼を貫いた。

 驚愕のままにルスキニアは叫びを上げ、平地へと墜落する。そこへ、駆け寄ったメーアのシンクエディアが舞った。


双華乱舞(ラーミナ・フィオーレ)!」


 本人がスキルに身を任せていると、スキルが発動した直後の相手の行動には反応し切れず、隙が生まれる。ユーナは力の試練で見知っていたメーアの技に呼応し、その一瞬の無防備さを庇うべく、マルドギールを振りかぶった。双華乱舞(ラーミナ・フィオーレ)の場合、複数回相手に刃を入れた後、その背後へと駆け抜ける。ダメージを受けたルスキニアが、メーアを攻撃対象と認識して身体を向けた。同時に、ユーナのマルドギールが光撃の矢(ペイル・グリッター)で穿たれた翼へと、更に追撃を行なう。単に突き入れただけだが、引き戻す時に穂先の鉤爪がその傷を深く抉る。痛みのためにルスキニアが羽ばたき、ユーナを弾き飛ばした。その身体を、森狼が受け止める。小さな悲鳴がユーナの背で上がり、慌ててユーナは身を離した。


網矢陣フィレ・フレッチャー!」


 メーアとユーナが離れた瞬間を狙い、セルヴァの矢がルスキニアの体躯を捕らえた。細い魔銀糸で編まれた網が太陽光で煌く。続いて炎地雷(ホォヤン・ディーレイ)が投げつけられ、彼の矢が宙でそれを貫いた。

 閃光と爆風と爆音が轟き、ユーナは身を竦める。その隣を、森狼が駆け出していた。

 魔銀糸の上から焼け爛れたルスキニアの喉元へと食らいつく。その頭部が軽く振られると、森狼とルスキニアへと鮮血が散った。

 高い、断末魔の叫びが響き渡り――ルスキニアが光へと融けていく。同時に、セルヴァへと光の柱が立った。視界を流れる幻界文字ウェンズ・ラーイを見ながら、彼は呟く。


「結構削られていましたね」


 光の欠片に手を伸ばしながら、ルスキニアの最期の呆気なさを指摘した。

 ルスキニアの目はもともと黒で、HPを半分以上削ると赤に変貌するのだと言う。モラードだろうかと思いながら、ユーナは視線を横穴へと向けた。索敵を持たない彼女は、その姿を探そうとも見つけられない。


「あれ? 何か落ちてる……って、五つ?」


 レイドボスであるにも関わらず、別途戦利品(ドロップ)が落ちていることに、メーアは驚いていた。転送石である。セルヴァはルスキニアの尾羽を拾いながら、ユーナとメーアで二つずつどうぞ、と促す。戦闘に関わった人数分、サービス・ドロップするのだそうだ。アルタクスがカウントされていないのは、恐らく従魔召喚シムレース・プロスクリスィがあるためだろう。先に従魔使い(テイマー)が転送石を使ってから従魔シムレースを喚べば、余分な石は必要ない。


「MVPいただきましたので、どうぞご遠慮なく」


 礼を口にして、ふたりはありがたく受け取る。そして、メーアはルスキニアの羽を所望し、綺麗なものを選んで拾い始める。セルヴァもまたそれを手伝い、ユーナは森狼のほうへと足を向けた。

 ユーナは森狼の傷にHP回復薬(ポーション)を使おうとして、HPバーが既に黄色に戻っていることに気付く。回復が速い。従魔回復のスキルマスタリーが影響しているのだろう。見つめている間にも、数値がどんどん回復していくのがわかった。HP回復薬(ポーション)によって、彼の傷はすぐに塞がり、表示も緑に戻る。もともとの数値がそれほど高くないため、一撃を浴びてしまうだけでも色表示が変わってしまうのだ。ユーナの手持ちのHP即時回復薬(ポーション)は、本来回復可能な数値的には少なめのものなのだが、自分たちくらいのHPの数値ならば、致命傷でなければ問題なさそうだった。傷痕は残ってしまっていたが、その毛並みのあたたかさがうれしくて……ひとしきり撫でていると、森狼はうれしそうに身を寄せてきた。


「痛かったのに、ありがとね」


 怪我をしているのに、ユーナのクッションになってくれたのだ。しかも、止めまで刺している。ユーナはその首筋に手を回して、力いっぱい抱きしめた。その時、急に森狼のHPバーの回復速度が加速し……完全回復する。近くにいればいるほど、従魔回復の効果が高くなる、ということだろうかとユーナは考えた。

 ユーナの耳元で、アルタクスは「フン」と鼻を鳴らした。流石に、ただの照れ隠しだと、ユーナももうわかっていた。


「ひっどー……」


 奥まった巣のほうで、メーアがぽつりと呟いた。ユーナは森狼から手を離し、そちらへと足を運ぶ。あちらこちらに戦闘の傷痕が残り、特に巣の中は砕けた卵の破片が散っていた。恐らく、これでルスキニアは激昂したのだ。ルスキニアが攻撃したはずもないので、モラードか、ルーファンかだが……従魔使い(テイマー)が、ここまでするのだろうかと、ユーナは首を傾げた。少なくとも、アニマリートは絶対にしないし、自分も卵ならば放置でいいと思う。だが、あの二人に関しての認識があまりできておらず、ユーナは判断しかねていた。従魔使い(テイマー)にも、いろいろいる。その一例なのかもしれない。




 ひとしきり探索したメーアが首を振る。目ぼしいものは何もなかったようだ。横穴へ戻ろうと、ユーナたちは振り返った。

 山肌を平らに切り拓いたフィールドは、逆方向から見ると、荒野の向こうにマイウスの町まで望むことができた。天気が良いせいか、マールトらしき集落も見えている気がする。その光景に息を呑むふたりの姿に、セルヴァはしばし、声を掛けずに共に眺めた。


 が。


「――何、あれ?」


 黒い、細いものが上がっている。

 メーアの呟きに、セルヴァは命中率向上スキルのひとつ、「鷹の目(ホーク・アイ)」を使った。視力の強化をも行うそのスキルの力により、彼にははっきりと見えた。炊煙ではない、黒い煙が……マイウスの西側から上がっている。一本ではなく、複数だ。

 セルヴァの脳裏に、先日の突発クエストが思い出された。

 マイウスでは、ここ最近、頻繁にNPC同士の紛争が起こっているのだ。そのすべてが街の暗部と関わっており、今までは町の東側で、しかも夕方から起こっていた。剣士ギルドまでが狙われた時があり、転送門広場を死守すべく、剣士ギルドはマイウスにいたすべての旅行者プレイヤーに対して特別依頼を放った。これが先日の突発クエストである。ただ、ギルドの前の立て看板でしか把握できないために、参加する者の殆どが剣士ギルドの者になったのは言うまでもない。報酬は一泊二食と安すぎたが、大量の中古武器が市場に出回ったのは、記憶に新しい。

 何故、こんなにも明るいうちから、しかも西側で?とセルヴァが更に目を凝らすと、白い煙もまた混ざり始めた。


「セルヴァさん……あれ、マイウスですよね?」

「ですね。町の西側が燃えてるみたいです」

「西側!?」


 驚きに包まれたユーナの声に、セルヴァはその碧眼を向けた。彼女は逆に、マイウスへと目を凝らそうとして、ただ何か黒いものがあることしかわからないままに、口を開く。


「まさか、あの子たちがいたとこ……?」


 高位の隠蔽まで扱う、あの無精ひげの男の存在を、セルヴァもまた思い出した。

 メーアがひゅうっと口笛を吹く。


「クエストじゃないの?

 ――行こうよ。せっかくコレ、ゲットしたんだし?」


 楽しそうな口調と共に、桃色の瞳が笑みを象る。

 その手の中で、転送石が軽い音を立てて踊っていた。

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