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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第六章 存亡のクロスオーバー
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ブービー・トラップ


 岩の塊が積み重なった巨人が、松明の灯りにぼんやりと照らされている。

 あちらは特に視界を気にせずともよいのに、こちらは明かりがなくてはこの暗闇の中、まともに動くこともできない。ユーナは一歩進むごとに地響きを立てるゴーレムを確認しながら、森狼の後を追う。


「時間差で行くねー」


 PTチャットで、メーアがタイミングを計ろうとしているのがわかった。軽い口調だが、あちらは二体に追いかけられている。足を上げる動作はやや遅いものの、下ろす動作が重力任せなため、変則的な歩みはユーナたちを困惑させていた。

 追いつかれてはいけないが、引き離しすぎてもいけない。

 攻撃範囲外になるとただの岩に戻ろうとするので、微妙な距離の調整が必要だった。気をつけなければならないのは、頭上に手を伸ばそうとしてきたら、速攻で引き離すことである。重力任せに腕が落ちてくるので、頭が潰れる。


 地図マップには、PTMの現在地と、敵の光点アイコンが複数表示されている。しかし、立体的な障害物などは表示されていないため、迂回したり乗り越えたりと、彼が待つ場所へと向かうのには少々時間がかかっていた。

 やがて、ランタンの灯りに照らし出された、セルヴァの姿がユーナにも見えた。


「アルタクス、避けてね」


 念押しすると、フン、と鼻を鳴らされた。ステータス的には知性(INT)の値はそれほど高くないのだが、賢さというものは数字でだけ表されるものではないと思い知らされるほど、ユーナの従魔シムレースは戦闘上手である。

 セルヴァの姿が、とある一角を遠回りするように更に下がる。

 森狼は、彼が立っていた場所まで来ると、ユーナをその背に放った。彼の背に火の粉が落ちないかとハラハラしながら、ユーナは松明を壁目掛けて投げつける。その場に落とせば、ゴーレムが回避行動を取るかもしれない。それは困る。

 森狼はセルヴァの踏みしめた場所を、轍を踏むように跳んで彼の傍までたどりついた。セルヴァの弓が鳴る。その矢は岩のゴーレムの身体で簡単に跳ね返されたが、彼を敵と認識させるのには十分な役割を果たした。


 来る。


 見た目大判焼きが並べられている一角に、ゴーレムが一歩足を踏み入れた――!

 赤い、小さな火柱が上がる。足を呑み込み、その爆風で岩を砕いた。足を奪われ、バランスを崩したゴーレムが倒れる。同時に複数の火柱が上がり、ゴーレム自体を光へと変えていく。爆風と爆音は、ある程度離れているはずのユーナのところにまで届いた。炸薬の匂いが鼻につき、彼女の髪を揺らす。


「よさそうですね」


 セルヴァは爆風が止むと同時に、地雷原へとひとり入っていく。彼自身には罠をどのように仕掛けているのか、どれが残っているのかがわかるようで、更に追加しているのが見えた。間違えて踏み抜いてしまえば、彼自身も光に融けるのだが、手馴れた動作で補充をしているようだった。


「今行くよー」

「了解です」


 ふたりのやり取りを聞きながら、ユーナは地図マップを確認する。敵影は二つ。メーアはユーナと同様の軌跡をたどって、こちらに近づいていた。

 エツィオ山の洞くつに入ってすぐには、そこら中にゴーレムが転がっていた。厳密に言えば、ゴーレムの核となる魔石があり、旅行者プレイヤーに反応してゴーレム化しているようだった。ルスキニアのいる中腹への横穴までゴーレムを引き連れていくと危険極まりないため、過程に存在する、すべてのゴーレムを予め排除しておくというプランだった。

 見た目大判焼きの、本来の正式名称は、火地雷(ホォ・ディーレイ)

 セルヴァの手によって改良を加えられたそれは、火力だけではなく、炸薬の調整により爆発力をも強化され、今は炎地雷(ホォヤン・ディーレイ)になっている。一つだけでは足を奪う程度でも、複数連動させることで、ゴーレムの一体程度ならば、簡単に倒せる代物だった。以前フィニア・フィニスが仕掛けていたくくり罠よりも遥かに扱いが危険で、注意が必要である。何と言っても、味方ですら、どこに地雷が設置されているかわからないため、ひとつ間違えばPTMでも吹き飛ばされるのだ。

 それでも、メーアのシンクエディアや、ユーナのマルドギールでは、ゴーレムの核を貫くには相当の腕前が必要となる。メーアのシンクエディアならばスキルを駆使することでどうにかなるのかもしれないが、正直、ユーナのマルドギールでは歯が立たない。この戦い方が最も被害が少なく、効率的で安全であると判断するのに時間はかからなかった。


「鉱石も出ましたよ」


 地雷原から戻ってきたセルヴァが、戦利品ドロップを見せてくれた。黄色っぽい魔石と、銀色を帯びた鉱石である。鍛冶師が精錬することで、金・銀・銅・鉄のうち、いずれかが得られる。色合いが白だったり青だったりすることもあり、確率は上から最も少ないのだが、色味である程度何が得られるのかはわかる。今回は銀だと予測をつけてもよさそうだ。それでも、ゴーレム一体で手のひらサイズの鉱石ひとつでは、先が長いのは言うまでもなかった。アシュアの手にあった銀の杖の大きさともなれば、どれだけの鉱石が必要になるのだろうか。


「次、行きますね」

「お気をつけて」


 大回りして松明を拾い上げ、ユーナとアルタクスはメーアから離れつつ、次の獲物を探しにいく。洞くつ内は地図マップ的にしか広さがわからないものの、このゴーレムだらけな部屋に関しては、かなりの奥行も幅もあった。まだ、セルヴァからもらった地図マップ情報にある、中腹に出る横穴までたどりつけない。

 カラン、と石が転がる音がした。続いて、岩と岩が擦れ合う音が響き始める。新たなるゴーレムの登場に、ユーナは気を引き締めた。






 ルスキニアがいるという、山の中腹に出る横穴の入り口の周辺は特にゴーレムが多く、地雷原の位置を変更しながら、ユーナたちはそれらすべてを排除した。砕いたゴーレムはかなりの数に上り、メーアやユーナの道具袋インベントリも鉱石で埋まりそうな勢いだ。ようやく視界の中にも捉えることができたその横穴は、人ひとりが通れる程度の幅と高さしかない。要するに、ゴーレムを倒さなくても、逃走を続けることで、ルスキニアのところまではたどりつけるのではないか。ユーナもふと抱いた疑問を、メーアが口にしたのだが……セルヴァは笑顔で現実問題を指摘した。


「それで、ボス戦のあとに、無数のゴーレムと戦うんですか? 一対一で?」


 恐ろしい未来予想図に、思いっきりユーナもメーアも首を横に振った。

 徐々に傾斜が厳しくなる横穴を登り続けると、やがてそれは緩やかな曲路カーブを描き始めた。吹き抜けていく風が強くなり、ようやく外の光が見えてくる。

 ふと、先頭を進んでいたセルヴァが、足を止めた。その手が宙を舞う。


「――戦闘中、ですね」


 ユーナたちにも地図マップを転送してくれたので、彼女たちもその状況を読み取ることができた。赤い光点と、緑と淡い青の光点アイコンがある。敵と、別PTだ。ユーナたちは青い光点アイコンで示されている。緑と淡い青ということは、ひとりはNPCで、もう一人は旅行者プレイヤーと思われた。


「ここってレイド可?」

「はい。そもそも、戦わずに拾って帰ってもいいくらいですからね」


 メーアの問いかけに頷き、セルヴァは再び地図マップを凝視しつつ、微かに首を傾げた。


「おかしいな……何であんな奥で……」


 地図マップに映し出されたフィールドは、ほぼひょうたん型である。奥が小さく、手前が大きい。高低差はわからないが、戦闘は奥の円のほうで行われていた。


「逆にチャンスじゃない? 手前のとこに羽落っこちてたらさ、拾って帰ろうよ」


 聡明なメーアの提案は、即採用された。

 セルヴァの持つ「隠蔽セグレート」のスキルを使い、できるだけ気づかれないように近寄る。何と、ルスキニアの尾羽は道具袋インベントリに収納できるものの、一人に一つしか得ることのできないクエストアイテムのため、町長以外には取引も受け渡しも一切不可という代物だそうだ。全員が拾い上げなければならないため、PT全員に「隠蔽セグレート」の効果範囲を広げる必要があった。

 全員が半透明に見えるのがその効果だとセルヴァの説明を受け、揃って横穴を出た。


 風が、強い。

 まだ太陽は中空にあるものの、やや傾きを見せていた。

 横穴の外は山の尾根を平らに削ったような平地となっており、更に奥に……ルスキニアの、巨体が見えた。宙を舞う姿はいつか見た大梟の倍以上あり、先日戦った魔鳥ルフよりは小柄である。ひょうたんの上に位置する場所は、恐らく巣になっていると思われた。山自体を円柱状に抉って巣が作られていて、ルスキニアの背の後ろに、ちらちら見える。時折何かを打つ音や、風を切る音が耳に届くだけで、別PTの姿までは見えなかった。


「うーん、このへんにはないなあ」


 手前の平地はかなりの広さのため、メーアはとりあえず手前から確認しているようだった。PTチャットでその声を聞き、地面を見ながら、ユーナもまた反対側へと歩みを進める。森狼が一足先に、駆け出した。


「あんまり先に行っちゃダメだよー」


 何となく、聞こえなくても気になって、こそこそとした声音でユーナは言い放つ。

 と、森狼が立ち止まり、その前足が地面を叩いた。煌く何かが、ユーナの視界にも入る。

 綺麗な、翡翠色の尾羽だった。軽く一メートル以上もあり、本体の大きさを物語っている。


「ありましたー」


 ユーナが尾羽を拾い上げ、宙で振ると、ふたりも寄ってきた。初めて見るメーアも目を輝かせる。


「綺麗だねぇ。衣装とかにもよさげ」


 取引不可なので素材としては使えなさそうだが、尾羽ではなく、ただの羽ならば素材にできるかもしれない。森狼の周囲にはこの一本しかなく、散開して更に探索を続ける。あっさりとまた森狼がもう一本を見つけてくれたので次はメーアが拾い上げた。これで、残り一本だ。


 その時。

 爆音が、響いた。


 平地すらも揺るがすほどの轟音に、ユーナは身を竦ませる。

 奥から、人影が二つ、飛び出してきた。

 薄い緑色の長髪が風にはためき、白に包まれたぽよん、と音を立てそうなほどの揺らめきが、目に飛び込んでくる。


「――あっれぇ?」


 その碧玉のまなざしが、「隠蔽」されているはずのユーナへと向けられた。

 瞬間、PT全体に掛けられていたスキルが解除され、ルスキニアと彼女たちの前に晒される。


「おひさしぶりぃ♪」


 両手に大きな卵を抱えながら、彼女――ルーファンはうれしそうに声を上げた。背後でモラードが鞭を振るい、ルスキニアの羽へと叩きつけている。


「呑気に挨拶してる場合か!?」

「それはそうだけどぉ、ほらぁ、あいさつって大事だよぉ? 人間関係の基本って言うかぁ」


 スリスリと卵に頬と胸を寄せつつ、彼女は振り向いて言う。「ねぇ?」とユーナに視線を戻して同意を求めてこられたのだが、たぶん、本当にそんな場合ではない。

 ルスキニアはユーナたちをも敵と認識し、鋭く鳴いた。耳をつんざく音に身を震わせる。

 だが、ルーファンは腕の中の卵を、赤子を宥めるかのように揺らしてから、ユーナへとウィンクした。


「ごめんねぇ、そういうわけだからぁ、あとよろしくねぇ?」

「おまっ、逃げる気か!?」

「んふふ、戦略的、撤退ぃ~♪」


 モラードに言い放ち、ユーナたちを置き去りにして駆け出す。紫色の髪をした少年は、その黄玉をユーナへと向けた。そして、舌打ちする。


「仕方ない、か。すまん!」


 その声を最後に、ルーファンとモラードの姿が消える。「隠蔽」を使ったのだ。

 PTチャットから、セルヴァの溜息が聞こえた。


「……お友達、ですか?」

「っ、違いますー!」

「どっちでもいいけど、来るよー!?」


 メーアの声に、ユーナはマルドギールを握りしめる。

 その視線の先には、目を真っ赤に変貌させたルスキニアが、彼女たちを睥睨していた……。

いつも読んでいただいてありがとうございます^^

皆様に、予めお伝えしておこうと思い、こちらに残します。


4/29(土)~5/7(日)まで、更新をお休みさせていただく予定です。

お仕事と、実家への帰省と、仲間うちの女子会wがありまして……まっとうに書く時間が取れそうにありませんので、ここは思いっきり休養させていただくことにしました。

恐れ入りますが、ご了承下さいませ。


とか言いながら、こっそり番外編とか更新してたら、許して下さい><(←。

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