見出された光
マイウスとマールト。
二つの街はどこよりも近くにありながら、あまりに違う。その差異に、ユーナもまた気づいていた。
「ほら、だってさ……ここって、そのへんの宿に泊まれないじゃない?」
苦笑しながら言うメーアの発言が、ある意味、すべてを物語っていた。
剣士ギルドのギルドホールでは、食事も可能である。メーアは儲かったから奢るよ、とユーナたちを晩餐に招待してくれていた。テイマーズギルド、魔術師ギルドと、ユーナもまた他のギルドホールを見てきたのだが、ここは一段と賑わっているように見える。
ファンタジーと言えば剣!とばかりに、短剣も長剣も両手剣も、剣と名の付くものを扱う者は総じて剣士ギルドに登録できるのだ。ここまでギルドに登録していなかった者でも、マイウスではギルドに進んで加入することだろう。
治安が悪いのだ。
道端を歩いていれば懐を狙われ、物乞いに声をかけられ、悪漢に絡まれる。
マイウスに到着した時、門でシリウスが待っていなければ、ユーナもまた餌食にされていたかもしれない。もっとも、傍にいる森狼が牽制して近づけさせないという説もあるが。
聞けば、街の宿屋に宿泊すると、眠っているところに物盗りが発生するイベントもあるらしい。ログアウトしていれば百%で装備をはがされるそうで、そこから装備回収イベントへと続き、やたらお金がかかるという。それは、転送門開放クエストとは別個で行われるので、実態がわかっている者の中には、わざわざクエストを楽しむために通常の宿に泊まる者もいるとか。盗まれないためにとインベントリにすべてを片付けて、素っ裸で寝るというトンデモナイことを考え実行した者は目覚めた時には闇市の牢屋だったりするらしく……といろいろしゃべり、メーアは慌てて口を噤んだ。
「あー、ごめん。ネタバレだね」
「すっごい今更だよな、それ」
肩を竦め、シリウスがツッコミを入れた。
それらの危険な要素を、丸っと排除できるのが、ギルドである。さすがに国を越えて幅を利かせているギルドにまで侵入する物盗りや悪漢はいないらしく、ギルドに付随する宿や食事処を利用することで、多くの旅行者は難を逃れていた。
「同じPTなら、部外者でもギルド施設を利用できますからね。僕は罠師のほうで泊まっていました」
そんなギルドまであるのかと驚きながら、ユーナはジュースを傾けた。オレンジ色なのだが、ベリー系の味がする。
テーブルに並べられたものは、はっきり言って中身はイタリアンだった。
真四角なピザとか、鳥肉の見た目バジルソースな味トマト煮とか、何かの肉団子の香草パン粉焼きとか、何と楕円形に筋のついたパスタまであった。ちなみに、やっぱりバジルソースな見た目のトマトソースである。いろいろ感覚がおかしくなりそうだったが、味は普通に美味しかった。
デザートに紫と白の二層の固まりが出てきた時にはギョッとしたが、味はただのティラミスだった。よって、シリウスが飲んでいる紫色のホットドリンクもまた……カプチーノっぽい味らしい。視覚の暴力を感じる。
足元では森狼が、鳥肉のぶつ切りとパプリカの炒め物を食べている。見た目はパプリカだが、テーブルの上では肉団子の下に敷いてあり、味はレタスだった……。
メーアも同じく紫ティラミスを食べながら、意外そうに口を開く。
「ユーナはもう、マイウスクエ終わってると思ってたよ」
「あのあと、すぐに寝ちゃったから」
「そうだったんだー。私もまだなんだよね。一緒に行ってもいいかなあ?」
答えるよりも先に、視線がセルヴァに向く。
彼は麦酒を傾けているところで、ジョッキから口を離すと白ひげが生えていた。その目元が柔らかく細くなる。
「助かります。ここにいるってことは、剣士さんですよね?」
「うん、双剣士」
すちゃっと擬音をつけたくなるほど、華麗なる動きで両手にシンクエディアが生えた。それは一瞬で姿を消し、再びメーアは紫ティラミスをやっつけ始める。
「エスタさんと一緒に行かなくていいの?」
「先に一度クリアして、また行けばいいからね。エスタ、今日は遅いんだよ」
人形遣いと常時PTを組んでいるのかと思えば、そうでもないらしい。レベルや熟練度上げ、効率やお金稼ぎなど、様々なことを考えても、メーアに時間があれば先に進めているようだ。逆に、エスタトゥーアは時間があれば研究をしているとのことで、対照的なふたりだった。
「研究って?」
「エスタはいろいろやってるんだよね。何でも屋かな」
シリウスの問いに、答えているようで答えていない。答えたくないのかもしれないと思いながら、シリウスは訊き方を変えた。
「生産もできるのか?」
「うん」
これにはあっさりと頷かれ、逆に呆気に取られる。
メーアは木匙を上下に振りながら、もう少し詳しく答えた。
「レベルとか、何のマスタリーを取ってるのかとかはあんまり聞いてないんだけどね。でも、布で人形作ってるから裁縫できるはずだし、私の短剣の修理できるから、鍛冶もできるんじゃないかな? たまに薬も作ってるよ」
「致命傷の回復薬、初めて見たよ。すごい腕前だよね……」
「あー、使わせちゃったんだよね、あれ。偶然できたやつだから、一本しかないって言ってたのになあ。悪いことしたよ」
ユーナのことばに溜息をつき、メーアは視線を落とす。
本当に何でも屋だと悟り、シリウスはちらりとセルヴァを見る。小さく彼は頷いた。そして、PTチャットでユーナに問いかけた。
「ユーナ、シャンレンにその人形遣いってひとのこと、話したか?」
「ううん。――あ」
――商人や薬剤師、鍛冶職人、細工師など生産を本職にする旅行者がいたら、私に教えてほしい――
以前、頼まれたことが脳裏によみがえる。今日、現実でも会っていたのに!
ユーナがかぶりを振り、絶句するのを見て、メーアが首を傾げた。
「エスタに何か用なわけ? 何か作ってほしいっていう話なら、素材さえあれば熟練度上げに引き受けると思うよ。そういうの好きだから」
「ホントに!?」
「う、うん。ホントに。ただ、失敗しても知らないよ?」
どんな生産活動にも、確率的に失敗はゼロではない。その場合は完全に素材アイテムは消失することになる。ユーナが身を乗り出して訊く姿勢に、一応念のためとメーアは釘を刺した。
「とりあえず、紹介したいんだよね。……じゃあ、ログインしたら連絡下さいって、わたしからメールしておくね?」
ユーナはシャンレンとエスタトゥーア、両名にそれぞれメールを打った。ログインすれば気づくだろう。もし、本当にエスタトゥーアが法杖を作れるのであれば、アルカロットを狙うという不確かな方法ではなく、法杖作成に必要な素材を集めることで目的に近づく。
先日、紅蓮の魔術師が得た青の宝珠、そして、今セルヴァが狙っているというゴーレムの鉱石。
他にももっと、必要な素材があるかもしれない。だが、主となるのはその二つだろうということは、ユーナの素人考えでも判断がついた。おそらく、間違いないはずだ。
その様子を、紫ティラミスを完食したメーアは眺めていた。
そして、ふと尋ねる。
「そういえばさ、今日は魅了されなかったの?」
「――そういえば」
メーアの歌声と舞いを見ていても、特に誘われるようなこともなく、純粋に楽しめた。
ユーナの反応を見て、舞姫はつまらなさそうに続けた。
「やっぱり、エスタの演奏と一緒じゃないとダメなのかな。私も、まだまだってことだね」
手首を軽く振るい、シャン!と鈴を鳴らす舞姫の姿に、セルヴァが微笑みを浮かべる。
「ぜひ、そのエスタさんとの共演も拝見したいですね」
「ふふ、高いよ?」
とても魅力的に、舞姫は答えた。自信に満ちた笑みは、先ほどの哀しげな歌声や舞いとは程遠く、明るい曲も聞いてみたいな、とユーナに思わせた。




