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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第六章 存亡のクロスオーバー
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訓練


 自宅の駐車場に皓星が車を停めると、玄関から母と伯母が血相を変えて飛び出してきた。車から降りてすぐ、結名は全力で母に抱きしめられる。


「よく、無事で……!」

「さりげにひどくない?」

「初運転だったんだから当然でしょ」


 母娘の感動的な再会を横目で見ながら、皓星がぼやく。伯母は肩を竦めて正論を口にした。

 それでも、大事な娘の送迎を任せてしまうのだから、すごい。そんなに心配してくれるのならば、普通に止めてほしかった。安全運転ではあったが。せめてそのあたりをぐるぐるして練習してから来てほしかったかも、と結名は思いながら、母の抱擁から離れて微笑わらった。


「結名、生きて戻りました」

「もう乗せてやらない」

「冗談だよ! とっても安全運転でしたーっ」


 徐々に機嫌を低下させていく皓星に、慌ててフォローする。しかし時既に遅く、彼は振り返りもせずに、先に結名の家へと入っていった。


「今日は苺のロールケーキ買ってきてるのよ。ちょうどコーヒーも入ったから、おやつにしましょう♪」


 伯母に促され、結名と母もまた自宅へ帰る。

 長い黄金週間ゴールデンウィークの始まりだった。






 剣戟が、交錯する。

 鋭い金属音が、長剣と短槍が打ち合い、その度に引いていく。


 自分の攻撃に対し、反撃がどのように繰り出されるか。それに対してどう対処すれば、更に追撃を受けないか。物理攻撃を行なうのなら、そこまで読んで動かなければならない。相手は、訓練の木偶人形ではないのだ。

 軽く揉んでやるよ、と彼は言った。


 ユーナがマルドギールを突き入れた瞬間、シリウスの長剣が槍の穂先から滑らせるように刃を柄にまで流そうとする。手首をひねり、ユーナはマルドギールの鉤爪で長剣の一部を引っかけ、動きを止めた。しかし、絶対的な力の差が、ユーナから短槍を奪う。力任せに長剣は逆に引かれ、高らかとマルドギールは跳ね上げられた。

 訓練場の床に落ちたそれを、ユーナは溜息を零しながら拾い上げる。


「――筋、いいんじゃないか?」

「一本も取れてないよ!?」

「取られてたらオレ、商売上がったりだから」


 肩口に長剣を担ぎ、シリウスは評した。確かに、既に息切れしているユーナに対して、シリウスは汗ひとつかいていない。レベルだけの差ではないと、彼は指摘した。


「取得してるスキルマスタリーの差だろうな」

「スキルって技能っていう意味だけじゃないんだね」

「技と能力、だからスキルマスタリーなんだろ」


 なるほど、とユーナは頷く。

 体力系のスキルマスタリーの派生に、HP自動回復がある。素早さ系のスキルマスタリーの派生に、クリティカル率アップがある。それらは単なる技ではない。


「コマンド入力でもアクティブスキルは発動するけど、ウィンドウタップしてる余裕、戦闘中にはないからなー。だいたい、みんな技名アルス・ノーミネ叫んでるだろ?」

「アルス・ノーミネ……?」

「まあ、幻界ヴェルト・ラーイでのスキルネーム?」

「そんなふうに言うの?」

「そ。術系は術句ヴェルブムがそのまま発動キーだから言わなきゃ発動しない。で、物理攻撃系のスキルも、身体にその動きをさせるために、技名アルス・ノーミネが発動キーになってるんだよな。スキルと全く同じ動きを体が追っかけられたら、技名(アルス・ノーミネ)を叫ばなくても、発動するけど」


 シリウスは長剣を構え直す。そして、両手で腰だめに引いてから、踏み込んで長剣を水平に突き込み、そこから身体をひねって右上から左下へと斜めがけに振り下ろした。空気を刃が切り裂く音が響き、剣の残像が見える。その素早い動きはスキルの発動でなければありえないものだった。


「な?」

「わかんないからね!?」

「今のは、突斬撃インペトゥムなんだけど、こういう動きをちゃんと覚えておけば、口走らなくていいから、その分のタイムラグがなくなるし、連撃にもできるんだ」


 同じようにもう一度、両手で剣を腰だめに引き、踏み込みつつ水平に突き込み、身体をひねり右上から左下へと斜めがけに振り下ろし……更に技が続く。剣の勢いを生かして真上に跳ね上げ、最後に垂直にもう一度斬る。


「これで、垂突斬ヴァーティカル・インペトゥムになるわけ」

「何となくわかったよーなわかんないよーな」


 スキルが発動しているのは、目に見えてわかった。ただ、動きの(動きを)痕跡をなぞる(トレースする)となると、元々のスキルの動きを把握していなければならない。ユーナにとって一番問題なのはそこだった。槍のスキルマスタリーが取得可能として表示されたものの、未だに必要スキルポイントとして「一」が燦然と輝いている。これが「〇」となって、ようやくアクティブスキルへと目を向けられるのだ。取得していないスキルなど、動きの把握のしようもない。

 現在使用可能なスキルポイントは「五」。「共鳴」に必要なスキルポイントは「八」である。先は長そうだ。


 ログインし、ユーナは森狼と共に、まずマールトからマイウスへ移動した。何とマイウスとマールトの距離は徒歩でも二時間弱という近距離にあるのだ。シリウスと待ち合わせたユーナは、マイウスの剣士ギルド訓練場に間借りして、自主訓練に勤しんでいるところだった。シリウスは剣士として登録済みのため、できた芸当である。


「結局、融合召喚(ウィンクルム)が使い物にならない以上、その槍と、アルタクスで戦うしかないんだから……あ、そっか」


 テイマーズギルドで起こったこと、ユーナの「従魔」スキルのこと、そして「融合召喚ウィンクルム」のこと……それらすべてをユーナがシリウスに話したところ、まずは短槍マルドギールをどれほど使えるのかを見てみたい、というのがシリウスの希望だった。それ次第で、今後の戦い方を考えていけると思ったからだ。

 実際に見たところ、スキルマスタリーなし、という前提条件を考えれば、十分すぎるほど扱えていると言っていいだろう。だが、アクティブスキルがないということは、切り札がないのと同じだった。大幅に敵のHPを削る術がないのは、アタッカーとして成り立たないし、ユーナは体力系スキルマスタリーも重鎧を装備しているわけでもないので、盾役タンクにもなれない。今までどうしてきたのかと問えば、アンテステリオンは属性付与で乗り切り、マールトでは人間相手だったという。よくもまあ、と感心するばかりだ。

 シリウスはユーナの槍の腕ばかりを気にしていたが、ふと訓練場の囲いの外で待つ森狼へと視線を移した。ユーナは従魔使い(テイマー)である。それなら。


「アルタクスとやってみるか?」

「えー……」

「せっかくだからさ。ユーナとアルタクスの連携を見たいな。そのあとで融合召喚ウィンクルムを試してみろよ。取得した時より、レベル上がったんだろ?」


 提案を受け、ユーナはちらりと森狼を見る。呼ばれたと悟ったのか、森狼は訓練場の囲いの線を乗り越え、中に入ってくる。この訓練場はあくまで物理攻撃しか行わない前提のため、魔術陣が敷かれているわけでもなく、ただ、線が引かれているだけである。


「訓練だから、怪我させるのが目的じゃないんだけど……だいじょうぶ?」

「少しならすぐ治るから、気にしなくてもいいぞ」

「そうだけど……」


 シリウスは、HP自動回復のスキルマスタリーを取得しているので、多少の怪我などものともしない。それでも、喉を噛み切られてしまえば神殿帰りは確実である。念のためにユーナが森狼に問えば、彼はとなりに立っていつでも飛びかかれるように全身に力を入れ始めた。基本的に好戦的なアルタクスである。やる気に問題はなさそうだ。


「じゃ、来いよ」

「行くよ、アルタクス!」


 軽く挑発したシリウス目掛けて、森狼はユーナの号令に合わせ、駆け出した。シリウスはその素早さに、息を呑んだ。そして、咄嗟に目の前の空間を切り払う。一応刃のほうではなく、背を意識したために、打ち払われた森狼は軽い打撲のみですぐ態勢を立て直した。

 シリウスの視界で、アルタクスの動きは正直、追いきれていなかった。切り払ったのは、飛びかかられるという予測に基づいた判断である。このスピードが森狼の最大の武器だと、剣士は悟った。

 しかも、打ち払った動きの直後、ユーナの突きが繰り出される。横に回避し、シリウスは足で土を蹴った。思ってもみない彼の行動に、ユーナの追撃が遅れる。だが、森狼は既に走っている。土煙の向こう、シリウスの背後に回り込む。剣士が長剣ごと、振り返る。森狼と対峙した時にはもう、アルタクス自身は跳躍していた。避けられないと悟り、逆にシリウスは踏み込み、その牙を長剣で受け流しながら、更に長剣ごと、自身の身体を力任せに回転させる。森狼の動きを把握していたユーナは、背中ががら空きになったところへ斬り込もうとしていた。

 シリウスは――一瞬、手加減できなかった。

 森狼を、槍を構えたユーナへと振り払う。彼女は慌ててマルドギールを手放し、森狼を全身で受け止めた。


「いったぁ……っ」

「がぅ」


 シリウスは、息をついた。

 手のひらの汗を、拭う。それほどまでに、真剣にならざるを得なかった。

 視線をステータスに走らせる。ユーナはレベル二十一、森狼は十四である。シリウスは二十九になったばかりだった。従魔使い(テイマー)従魔シムレースを組ませることで、これほどの連携が生まれるとは思わず……シリウスは改めてふたりを向く。

 呼吸の合ったPTが、どれほど強いのか。

 シリウスは自分たちでよく知っているはずだった。

 それが敵として回った時、どれほどの脅威になるのかを、今初めて認識したのである。


「ホント、すぐ追いつかれるな」


 ひとりごちた彼のことばを、自分とアルタクスの全身に浴びた土埃を払うのに必死で、ユーナはちっとも聞いていなかった……。

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