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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第六章 存亡のクロスオーバー
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予定


「んー、今年はお仕事なんじゃないかなー。忙しいって言ってたし……予定、何にも聞いてないし」

「じゃあ、どこか一緒にいこ?」


 今年、皇海学園では、四月の末にある祝日から、五月上旬の日曜日までがきっちり黄金週間ゴールデンウィークで休日となる。幼等部から大学院まで共通なので、学園関係者だけでもざっと一万人以上が休む。シレーナグループの本拠地としても名高い皇海市では、この時期、各種家族向けカップル向けコアなファン向けにイベントが組まれており、グループの中でもレジャーやイベント関係・飲食系・宿泊業を始めとするサービス業はすべて「GW? ナニソレ?」状態になる。

 結名の父もシレーナグループの一角に勤めている。通常は土日祝日お休みになるのだが、時折イレギュラーな勤務が入ることもあり、先日も「哀しい中間管理職」と嘆いていた。完全にお休みを取ると決めている年であれば家族で旅行計画を立てるのだが、今年は結名が受験だったこともあり、早くから予定を立てることは難しかった。桜が散って公立に通っていた場合、ゴールデンウィークが分割されるため、予定が立てにくいということもある。来年はどこか行けるかも、と思う反面、幻界ヴェルト・ラーイにハマっている今、休みならゲームをしていたいというのが本音だ。

 詩織はGWの前半は田舎の祖父母のところに遊びに行くらしい。後半に予定を合わせようということになった。

 結名は出汁巻き卵を咀嚼しながら、自身の祖父母のことをぼんやりと考えた。父方の祖父母は年に一度か二度、挨拶に行く。殆どがお盆か正月であり、ゴールデンウィークは対象外である。礼儀やマナーに厳しいがよくお年玉とお小遣いを弾んでくれる祖父母で、両親があまり深く関わりたくないのか、宿泊が伴ったことはない。母方の祖父母は既に鬼籍に入っており、会ったこともなかった。もっとも、伯母家族が近くにいるので、親戚の情を薄く感じたことは皆無である。半分くらい伯母の手料理で育った自覚があるほどだ。


「遊びに行くならカラオケだよねー! GWってすごく混むから、予約しとこうかなあ」

「あ、やっぱり?」


 詩織と遊ぶ=カラオケの公式がそろそろできあがりつつある結名だった。異論はない。詩織の歌声はとても高いところまでよく伸びて、綺麗に響くのである。選曲は例のアイドル系なのが惜しいほどで、できれば結名の好きなゲームのオープニング曲などを歌ってみてほしいほどだ。そう考える結名の選曲は七割がゲーム系である。二割が皓星一押しのボカロ系、辛うじて一割に流行のポップスが入る残念っぷりだ。ちなみに、まだ詩織にはゲーム好きをカミングアウトできていないのだが、詩織自身はゲーム系には疎いのでバレていない、と思う。

 これまで、休日に出かける時、カラオケとゲーセンとティータイムをセットして、ふたりは出歩いていた。格闘系は得意ではない結名だが、音ゲーは好きだったりする。詩織も美術選択ながら一緒に遊んでくれるし、プリクラを撮るのも楽しい。


「んふふ、せっかくだもん。

 それで思い出したけど、さっきの選択! 小川君、ピアノ弾いたんだって?」

「うん、上手だったよ」


 興奮気味に尋ねる詩織に、結名は客観的に述べて頷いた。休み時間からこちら、音楽選択女子のあいだで持ちきりの話題である。教室でも「ピアノ教えて」と絡む女子生徒の姿が見えた。ああいう時には、君子危うきに近寄らずだと思う。


「合唱コンクールのピアノ伴奏、これで決まりかなー? でも、小川君なら指揮してもらったほうが、女子、言うこと聞きそうだから迷うよね」

「まだまだ先だし」


 口元を引きつらせて結名はツッコんだ。合唱コンクールは年間行事予定表にある通り、秋の学校行事である。詩織情報では、高校一年だけのクラス対抗なので毎年白熱するらしい。


「あー、私も聞きたかったなー」


 その一言に帰結する、話題である。


「じゃあ、今度は是非フルで」


 教室棟の一階は、オープンスペースがある。結名たちはそのテーブルセットをひとつ占拠して、今日もランチタイムを楽しんでいた。四人掛けになっている丸テーブルの、結名と詩織のあいだの席に苦笑しながら話題の彼が登場する。


「え、ホント?」

「いいよ。あれ、好きだから覚えてるんだ。でも、外野が賑やかだから……あんまり、目立たないところがいいな」


 紙パックのいちごオレからストローを引き抜き、溜息をつきながら突き刺す。やや疲れているのは、おそらく気のせいではない。結名は拓海の、テーブルに投げ出された弁当箱の入った袋を見て首を傾げた。


「もうご飯食べたの?」

「うん、八木と……あいつも今は忙しいみたいで、昼ご飯食べた途端、どこか行っちゃったよ」


 中庭のベンチで男子二人並んで食べたらしい。何となく絵になるような……侘しいような。

 先に食べ終わった結名も、弁当箱を片付けた。そして、「わたしもジュース買ってくる」と、席を立つ。同じホールにある自販機でオレンジジュースを購入し、振り返ると、詩織と拓海が仲睦まじく笑い合っているところだった。シャンレンではあまり見かけない光景だな、と思いながら、テーブルに戻る。


「あ、結名ちゃん、今日の帰りは私がお見送りするねっ」


 一瞬、詩織が何を言ってるのかよくわからず、結名は瞬きをする。思い至ってぎくしゃくと拓海を見た。申し訳なさそうに表情を曇らせて、彼は言う。


「ちょっと頼まれごとがあって、終礼後そっちに行かないといけないんだよね。ごめんね」

「あ、ううん。っていうか、一人でもへーきだよ?」

『ダメ』


 結名のことばを、見事に声をハモらせて、ふたりが却下する。


「そこ通わなくてよくなるくらいまでは、一人歩き禁止だよ?」


 詩織に、視線ですぐそばのカウンセリングルームを示され、結名もあきらめて頷いた。次の予約はゴールデンウィーク明けである。まだまだふたりを解放できないことに気が咎めるが、「ねー」と笑い合う様子からも、結構楽しんでいるようにも見える。その気楽さが、かえって結名にはありがたかった。


 不思議と。

 何となく、あの件を思い出しても少し他人事めいていて、とても遠く感じる。

 幻界ヴェルト・ラーイで過ごした日々が、あまりにも激動すぎて……現実の記憶がどんどん遠ざかっているようで。

 昨夜帰宅したあと、シャワーを浴びて……もう、包帯は腕にない。

 わずらわしさからも解き放たれて、気持ちが幻界ヴェルト・ラーイやゴールデンウィークに向いていて。

 もう、周囲が気にするほどわたしは気にしていないと伝えたいのに、どうやっても伝わらないのが、もどかしいほどだった。






 黒塗りの右ハンドルの外車が校門から入ってくるのを見て、正直、結名はドン引きした。全体的にまるっとしている可愛らしいフォルムが、エンブレムで台無しになっている。硬さには定評があるため、伯父が家族用に購入したものの、地下駐車場で埃をかぶっているという噂の一台だ。ナンバーが伯母の誕生日のため、個人情報を垂れ流しながら走る代物である。燦然と輝く若葉マークが眩しい。

 高等部正面玄関でそれは停車し、運転席からは予想通りの人物が降りてきた。めずらしくコンタクトなのは、車の運転をしているためだろうか。やたらにまにましている理由も、予想がつく。

 春休みからこちら、教習所に通っていた皓星である。今日晴れて免許を取得したのだろう。

 思いっきり喧嘩した気がするのだが、彼にしてみるとそれを吹き飛ばすうれしい出来事だったに違いない。


「いいだろー?」

「……おめでと」


 他に思い浮かぶ返答がなく、結名は祝辞を述べた。

 と。


「結名ちゃん――!」


 名を呼ばれ振り向くと。

 詩織は目の色を変えて、結名の両手を握りしめた。そして、強く引いて、その場から引き離す。たたらをふんで、やや離れた自動ドアの傍にまで行くと、彼女はこそこそと耳打ちした、その内容は。


「結名ちゃん、アレ、お兄ちゃん!?」


 アレ。


 結名は振り返った。

 詩織の行動に面食らっている皓星がいる。


「え、従兄……」

「従兄!? そっくりだね!」

「そ、そう?」

「紹介して!?」

「いい、けど」


 あまりの迫力に気圧されつつ、結名は素直に答え、頷いた。


 そう言えば――面食いだった。


 ひとのことは決して言えないが、結名は頬を染めながら名乗る詩織を見て、自分の友人の可愛らしさに口元を緩ませるのだった。

 渡辺さんも送って行こうか?という皓星の提案に、すごく残念そうに詩織は辞退した。部活の見学の申し込みを済ませているらしい。結名はわざわざ時間を割かせたことを詫びて、別れた。


 結名は後部座席に座り、しっかりとシートベルトを締める。教習通りの手順を踏んで、皓星は車を出した。いきなりスピード狂になるわけでもなく、赤信号で停止しても衝撃を感じることもなく、短いドライブは順調に始まる。

 それでも、走り始めてしばらくは、会話がなかった。今日の今日免許取り立てなのだから、相当緊張しているのだろう。


「――シャンレン、何か言ってた?」


 開口一番、話題はそれだった。

 移り変わる窓の風景から、結名は皓星の後頭部へと視線を向ける。彼はまっすぐ前を見て、両手でハンドルを握りしめていた。手に汗握っているのかもしれない。


「オフのこと?」

「そ」

「少しは聞いたけど」

「オフ会って言うよりさ……俺と結名と小川でさ、普通に会わない?」


 皓星と、自分と、拓海。

 その言い方だと、そのまま現実の人間関係で、確かに「オフ会」という響きからは多少遠ざかる。「オフ会」でもあるが、もともとリアルの親戚&交友関係なのだから、どうとでも言える、というか。


 それなら怒られない、かも。

 ……でも。


 結名は視線を泳がせた。

 やはり、アシュアに会えるのなら、会ってみたい、というのも本音なのだ。


「母さんにも叔母さんにもめっちゃ叱られたんだよなあ。さすがに黙ってどーのこーのはもうできないし。結名に何かあったらマジでネット回線切るとか言われたし……」


 皓星にしてみると死活問題である。

 心底参った、というように語る彼の様子に、結名は溜息をついた。もともと、親の大反対を受けてもなお、反発するようなことはしたくないし、できない。それはわかっていたのだ。わかっていたけど、会ってみたかった。ワガママだけど。


「――わかった」

「お?」

「でも、わたしに黙って勝手にオフ会しないでね? 絶対だよ?」

「うんうん」


 結名の念押しに、機嫌よく皓星は頷いた。

 その軽さに、結名のまなざしがすぅっと細くなる。何となく、こういう適当な返事をする時の従兄は、悪巧みをしているような気がするのだ。ただ、そこをツッコむと揉めることもわかっていたので、結名は頬を膨らませるだけにしておいた。


 ――あー……会いたかったなぁ……。


 彼の神官殿が参加するかどうかなど、全くの白紙であると知っていても。

 シャンレンに会った時の気持ちと同じような、あのうれしさが間違いなく得られると知っていたから。

 結名はあきらめを胸に落としながら、朱色の橋の欄干を、その向こうに流れる皇海川を見た。まだ、陽は陰っておらず……空は青く、雲はひとつも見えない晴天だった。川の先には、海がある。彼女の色に、続いている――。

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