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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第五章 疾風のクロスオーバー
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力の試練


 鎖が巻き上がる音が、更に続く。

 鉄格子の扉も上へと開き、ユーナたちをアリーナへといざなう。

 メーアが真っ先に駆け出した。鈴の音が響き渡り、その音の広がりで、「闘技場」というものを改めて意識させられる。メーアは高く飛び上がり、手足を綺麗に伸ばして中央へ躍り出た。そして、華麗に一礼する。

 爆発するように歓声が上がり、ユーナは立ち竦んだ。


『さあ、まいりましょう』


 エスタトゥーアが、ユーナの背に触れる。苦笑の響きを含んだそれを聞き、メーアの動きと闘技場の熱気に驚いたのは自分だけではないと、ユーナは少し気持ちを落ち着かせた。一つ頷いて、前に進む。隣には森狼も一緒だ。

 いつのまにか起動していた人形たちも、先に走っていく。メーアの両隣に立つと、彼女と同じように礼をして、周囲に手を振り始めた。ゆっくり歩き、ユーナたちも合流する。背後で、緩められた鎖が落ちていき、鉄格子が落ち、木製の扉も閉められた。

 闘技場は、円形だった。

 見回す限り、階段状になっている観客席にはほぼ人が埋まっていた。中央の、観客席の中でもっとも低い位置にある貴賓席の周囲だけは完全に空白地域である。衛兵が立ち並び、ファーラスの紋章の刻まれた石の真上、貴賓席には彼の男爵の姿があった。隣には薄い金髪の側近もいる。


 その側近が、前に出た。


「これより、力の試練を始める」


 決して声を張り上げているわけではない。以前、仮面の魔術師が使った魔術具と同じような、拡声器を使っていると思われた。しかし、その内容に闘技場から歓声が上がる。一区切りつけ、歓声が落ち着くのを見計らって、側近はことばを続けた。


「挑むは、ファーラスの紋章から見て右手、命の神の祝福を受けし者なり。

 ――対するは、我がファーラスの誉れ高き術師、ヴィーゾフ」


 紹介を受けて、メーアが愛想よく、満面の笑顔であちこちへと手を振って歓声に応える。緊張どころか楽しそうな様子に、ユーナは心底尊敬した。クラスの発表でも緊張するのに、これほどの人前で戦うことになるとは思っていなかった。試練だけに集中することで、何とか動悸を抑えようと……相手を見る。


 術衣の男は、衛兵隊長が告げたものと同じだった。あの時点では、何を指すものなのかはわからなかったが、人名と言われて少し安堵した。何といっても、紅蓮の魔術師ではない。もちろん、その非公式弟子であっても怖いわけだが、その二点において、ユーナは気が楽だった。


『おかしいなー? 何でアレなの?』

『どうやら、高く買ってくれているようですね』


 メーアとエスタトゥーアは、ヴィーゾフがどういう術師なのかをある程度知っているようだ。笑顔のままで不思議そうな声を上げているメーアに、やや溜息交じりにエスタトゥーアが答える。よくわかっていないままエスタトゥーアに視線を向けると、彼女は丁寧に答えてくれた。


『本来ならば、高レベルのお手伝いがこちらにいなければ出てこない召喚術師サマナーです。クエストの難易度が上がっていますね』

『何を喚ぶかわからないからなあ。できれば喚ばせる前に仕留めたいけど、無理だよね』

『ですね』


 どさくさに紛れてメーアが中央まで出たおかげで、ヴィーゾフとの距離はかなり縮められていた。だが、それでも、メーアの敏捷さをもってしてもなお、彼の詠唱を止めることは難しいと思われた。

 メーアには、召喚されることを前提で動くようにという意味を込めて、エスタトゥーアは同意を示す。


「力の試練では、命までは奪われぬ。敗北を悟れば、生命の灯が掻き消える前に降参するがいい。万が一、命尽きて倒れようとも、力の神に仕えし神官が目覚めさせてくれよう。安堵せよ。但し、そなたらと異なり、我らは一つしかない命を生きている。我らが同胞を殺めることがなきよう、ゆめゆめ気をつけられよ。ヴィーゾフが劣勢となった時、それを敗北と見做すか否かはこちらが判断する。

 勝者には転送門を使用できるという栄誉を与え、敗者には命の対価として闘技場ドゥジオンにてマールトの民に丸一日奉仕してもらう。

 ――では、双方……力を示せ!」

『ファーラスの名の下に!』


 先ほどと同じく、今度は力の試練における決まり文句が観客から唱和される。

 同時に、ヴィーゾフは杖を掲げた。召喚陣がアリーナに描かれていく。その頭部が見えた時、エスタトゥーアは忌々しげに呟いた。


『ミノタウロス……』


 巨大な石斧を片手に握った、牛頭の獣人である。その体躯はユーナの倍以上もあった。ギリシャ神話に登場し、ゲーム有史よりボスクラスの魔物として頻繁に出てくる相手でもある。

 開幕、最も早く攻撃を仕掛けたのは、森狼だった。

 ユーナの隣から飛び出し、その鋭い爪をミノタウロスとすれ違いざまに振るい、傷を負わせる。初撃に、闘技場の観客が沸いた。

 痛覚はきちんと存在しているようで、痛みにミノタウロスは怒り、吠えながら石斧を振り回す。重さに任せた動きだったが、体躯に相応の膂力と、意外と素早い動きに、森狼は回避したところを更に追撃され、アリーナの壁にまで弾き飛ばされた。

 その背後に、メーアが走る。下腿目掛けて振り上げられた双つの刃が十字を描き、無残にミノタウロスの脚は引き裂かれた。足を奪われ、ミノタウロスはバランスを崩し、唸りながら地に膝をつく。


『メーアッ!』


 ユーナの制止に、メーアは追撃せず、大きく飛び退った。ミノタウロスがメーアのほうを向くと同時に、石斧が彼女を追いかけて宙を薙いだ。ユーナは、ミノタウロスの開ききった身体の中央を狙い、マルドギールを突き入れ……ミノタウロスの、石斧と反対側の腕にその穂先を振り払われた。だが、そのついでとばかりに、彼女はマルドギールの鉤爪で腕に傷を作る。肉をわずかばかりだが抉られ、ミノタウロスは怒りに吠えた。態勢を整えた森狼がユーナの首筋を咥えて、メーアのとなりまで下がらせる。


 そこに、弦の音が流れた。

 エスタトゥーアの握った弦楽器から、旋律が響き始める。身体に、何かが吹き込まれるような感覚があった。ユーナの視界にあるPTMのステータスに、速度向上の表示が灯る。二体の人形がミノタウロスの周囲をちょこまかと走り回った。ユーナは森狼から離れ、マルドギールを構え直す。逆に、メーアはミノタウロスから離れ、召喚術師に向かって駆け出していた。


「――銀糸断リネア・シュナイデン


 エスタトゥーアの術句ウェルブムにより、銀色の煌きが、二体の人形の間で具現化する。声もなく身体をバラバラにされたミノタウロスの断面をまともに見て、ユーナは息を呑む。ミノタウロスは光に還った。


召喚アンヴォカシオンルフ!」

双華乱舞ラーミナ・フィオーレ!」


 ミノタウロスが敗れると同時に、ヴィーゾフは召喚陣を宙に描いた。新たなる召喚獣が術句ヴェルブムと契約の名によって呼び出される。間髪入れず、迫ったメーアが双剣のスキルを発動させた。シンクエディアが舞い、その刃が召喚術師の全身を斬り刻む。しかし、彼女の背後には、既に大空を舞う魔鳥が姿を見せ、迫っていた。


『――!』


 ミノタウロスと同じ、否、それ以上の大きさを持つ鳥は、メーアの細い体を軽々と掴み、大空へと羽ばたく。その鉤爪がメーアに食い込み、肉を裂いた。悲鳴すら上げることもできず、メーアは薄桃色の目を大きく見開く。エスタトゥーアの演奏が途切れた。高く飛び上がった魔鳥は、しかし闘技場の上空で滞空し――下界を睥睨した。巨大な影が、アリーナに横たわるヴィーゾフに重なる。

 メーアのHPバーが、紅に染まっていく。エスタトゥーアがその名を叫んだ。術が乱れ、人形が力を失う。

 ユーナは振り返った。マルドギールを握りしめ、地に倒れた召喚術師へ走る。そして、今もなお上空を力なく見上げている彼の喉元に、その穂先を突きつけた。


「降参して!」

「……もう、間に合わんよ」


 口から血を垂らしながら、ヴィーゾフは目を細めて嗤う。

 ユーナの中で、何かが弾けた。

 胸の奥から広がるそれに身を任せ、ユーナはマルドギールを引き――手首を返した。


「それまでだ!」


 制止の声など、聞こえなかった。

 意識を刈るために、ユーナはマルドギールの石突で思いっきり召喚術師の頭を打つ。それは顎に当たり、意図したままに彼の意識を奪った。

 上空からふたりを覆っていた黒い影が、消える。


「アルタクス!」


 術者の制御を失った召喚獣は、光となって還っていく。

 上空から重力に従って墜落する舞姫を……主の願い通りに、森狼はその体で受け止めた。跳躍した彼は服にその牙をかけ、己の主にするように勢いを殺して自身の背へと下ろしたのである。


 エスタトゥーアの手から、弦楽器が落ちる。

 その頬を透明な雫が流れていった。

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