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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第五章 疾風のクロスオーバー
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挑む理由

 

 そのひとことで、場の空気が凍てつく。

 遠ざかっていた衛兵の穂先が下がる。その銀色の煌きに、ユーナはそれでも引く気はなかった。

 マルドギールを握りしめるユーナの姿に、覚悟を見出して……メーアは深々と溜息をついた。


『気持ちはわかるけど、それ、今言う?』

『ふふ、黙っていたら、きっと連れて行かれますよ』

『それはまあ、そうだけど……』


 PTチャットでのやりとりは、他には聞こえない。

 エスタトゥーアの楽しげな声音に、メーアは天を仰いだ。その腕が振り上げられる。


 ――シャンッ!


 鋭い鈴の音が、発された。

 

「申し訳ございません、ファーラス男爵。その娘はまだ新入りでして、男爵の御前で緊張してしまったようです。このような大舞台で舞うことなど、そうそうございませんので。

 私どもの楽をお気に召されましたならば、平にご容赦いただけますよう……」


 シャラララ……と礼に合わせて鈴を震わせた。

 美しい舞姫の礼は、舞台めいた流れを生んだ。上に立つ者の度量を問う口上に、男爵は鼻を鳴らす。


「……まあ、よかろう。そのほうの顔を立ててやる。犬臭い娘など、夜伽にもならん」

『犬じゃないです』

『ユーナ、黙っててよ。聞こえないけどさー』


 間髪入れずにPTチャットでツッコミを入れるユーナに、さすがに笑顔をひきつらせるメーアだった。そして「ていうか、ツッコミどころそっちでいいの?」という問いかけは流石に押し込み、まずは何とか誤魔化せたと胸を撫で下ろす。


「やはり、そなたたちも転送門開放を望むのか?」


 つまらなさげに男爵が口にした内容は、まさに本題だった。

 弾かれたように目を瞠るユーナに対して、エスタトゥーアとメーアは無言で頭を下げた。


「命の神の祝福を受けし者は、目通りを許せば同じことしか望まぬ。

 そなたたちは、いったい転送門アレを何だと思っているのか……」


 単なる、メインクエストとしか思っていなかった。

 苛立ちの混ざった声音で言い放たれた男爵の台詞に、ユーナの胸に確かな疑問が浮かぶ。


 ゲームだから、クエストをこなす。

 そして、レベルを上げながら、前に進む。ボスを倒せばクリアになる。

 ユーナにとっては、とても馴染み深いシステムだ。

 転送門開放クエストという形は、とてもわかりやすく旅行者プレイヤーに道筋を示してきた。最初にクエストボスを討伐した者に与えられる特別な戦利品スーパー・レア・ドロップは、レイドボスの初回撃破時と同様に唯一のものである。攻略組の多くが狙うのは、その特別な戦利品スーパー・レア・ドロップだ。

 これを、幻界ヴェルト・ラーイではメインクエストに位置付けている。ギルドやスキルに関するクエストはそれに付随するものと、ユーナも認識していた。


 どうして(・・・・)転送門を開放する必要があるのだろうか。


 ただ街道を行く、そういう道筋があってもおかしくはない。むしろ、それを選んでいる者も、ひょっとしたらいるのかもしれない。転送門というわかりやすい指標が、かえって旅行者プレイヤーの旅路を滞らせている。

 そして今、旅路自体に重石が置かれ……ユヌヤと王都イウリオスの間には、フィールドボスが鎮座し、行く手を阻む。

 このことは、旅行者プレイヤーには「先へ行くのはちょっと待って」的強制イベントのように受け取られていた。だが、転送門を本来開放する必要がない前提に立てば、ただの攻略抑制というだけではない理由が見えてくる気がする。

 エネロの村長が口にした不安も、その一つではないか。


「まあ、いい。しきたりは守らなければならない。その上、褒賞も、闘士を雇う金も省ける話だ。俺がどう思ったところで変えられるものではない。

 ファーラス男爵家は古来より武門の家柄であり、強い者を好む。しきたりでは、転送門はファーラス男爵家にとって価値のある、力ある者にのみ開放することになっている。

 よって――汝ら、力を示せ!」


 男爵が腕を大きく右へ振るい、力強く命じる。

 それを合図に、衛兵が、一斉に槍の石突で石畳を打つ。


『ファーラスに力の神の祝福あれ!』


 唱和された祈りの声を背に、男爵は身を翻した。





 城の門前から引き返し、ユーナたちは貴族門側から闘技場の中へと通された。

 「力を示せ」と言われて真っ先に思いつく内容ではあるが、露骨すぎて溜息も出ない。

 アーチ型の石組はそのまま出入り口になっており、こちら側からは出入り自由となっているようだ。貴族門側だからだろう。一階を進んでいくと、アーチに対してかなり小さめの扉がつけられている一角があり、そこには二人も衛兵が立っていた。

 案内をしてきた衛兵の偉い手……衛兵隊長と緑色の名前がついている彼が、その前で連絡事項を通知する。


「アルテア様のご命令で、力の試練を行なう。ヴィーゾフを出せ」

「――か、かしこまりました!」


 上ずった声で衛兵が応え、一人が扉とは反対側へと走っていく。残されたもう一人の衛兵が、扉の叩き金(ノッカー)をリズミカルに打ちつけた。対して、扉の向こう側からも叩き金(ノッカー)の音が返される。どちらも違う叩き方で、何かの合図になっているようだ。


『なるほど、あっちとこっちで勝手に出入りできないようになってるんだね』

『符牒が合わなければ、槍がお出迎えしてくれるようですね』


 やがて扉は開かれた。衛兵隊長に引き連れられ、ユーナたちも中に入る。内側にも二人、衛兵が立っていた。槍の石突を床に打ちつけ、左手で拳を握り、肘を真横に引く。間近で見ると、衛兵も衛兵隊長もお互いが礼を返しているのがわかった。門では闘技場のほうにばかり意識が向いていて、気づかなかったことである。

 そのうちの一人が、衛兵隊長の前に立って先導した。

 市民門側とメーアが指し示した方角ではあったが、他に人影はない。「力の試練」を受ける者だけの特別な通路なのかもしれない。少し湾曲した通路の先にまた扉があり、衛兵は扉を開けるだけで、その場に残った。

 衛兵隊長は中に入り、ユーナたちも続く。

 まず、正面に、鉄格子の巻き上げ式の扉と、その向こうに男爵の紋章の刻まれた木製の大扉が見えた。そのすぐ隣にやや細めの鉄格子のはめられたアーチ型の窓があり……今は木戸が開かれて、鉄格子の隙間から闘技場のアリーナが見えていた。

 やや広めの室内には木製の長テーブルが置かれ、そこに布張りの長椅子があり、十人以上は座れるほどゆったりした作りになっている。その反対側の壁際にはシーツの敷かれた寝台が五つも並んでいた。

 テーブルには水差しと、複数のコップが「どうぞご自由に」と言わんばかりに載っていた。衛兵隊長は水差しからコップへと水を注ぎ、立ったまま一気に飲み干す。空の器をテーブルの上に音を立てて置き、ユーナたちを見た。


「毒などは入れておらぬ。準備ができ次第、大扉は開く。それまでこちらでゆるりと休むがいい」


 言い置いて、ユーナたちとすれ違いながらそそくさと部屋を出るべく歩いていく。

 慌てて、メーアがその後ろ姿に尋ねた。


「あの、勝利条件とかはあるんでしょうか?」

「……説明は、大扉が開いてからだ」


 振り返ることすらなく、衛兵隊長は部屋を出る。扉は閉じ、そして、閂のかかる音が響いた。……閉じ込められた、というわけだ。

 エスタトゥーアは長椅子に腰を下ろし、自身のとなりを軽く叩いた。メーアは小さく溜息をついて、その場所に向かう。ユーナは反対側に座った。真後ろに森狼が腰を落とす。


『あまり時間はないと思われますので、手短に。お互い、マールトの推奨レベルを越えているので、油断しなければクエストボスは倒せると思います』

『……クエストボスですか!?』


 エスタトゥーアの話し出した内容に、ユーナは目を剥く。確か約束が、とフレンドリストに意識が向いたが、ウィンドウは開いたものの大きな赤い文字で「使用禁止区域」という表示が重ねられていた。衝撃のあまり、頭を抱える。


『がーーーん……』

『驚くよねえ。まあ、本来は男爵から呼び出されるまでに、結構時間食うんだけどさ。そこはそれ、商売柄早く済んだってわけ』


 驚いている対象が微妙に違っているが、メーアの言は確かにその通りであった。ユーナ一人ではここまで早く到達することなどできなかった。実際、メーアのとりなしがなければ、あの場からつまみ出されていたか、最悪森狼を捕らえられて、自分は牢屋行きだったかもしれない。


『ありがとうね、助けてくれて』


 頭から手を下ろし、ユーナはメーアに向き直って礼を言った。メーアはふんわりと笑みを浮かべる。


『ん、こっちも巻き込んじゃったからねえ。結果オーライってことで』

『そうですね。戦力としても申し分なさげですから、かえってこちらが助かることになりそうです』


 一つ頷いて、エスタトゥーアは二体の人形をテーブルに並べた。ルーキスとオルトゥスは、今はまだPTにはいない。男爵が去ってすぐ、また彼女の腰帯に戻っていた。


『わたくしはご覧の通り、人形遣いです。ただ、まだ未熟なもので、この子たちの攻撃力は微々たるものだとお考え下さい』

『基本、魔術師と同じようなものって思っててほしい。エスタは後衛から私たちを支援してくれるから、絶対通さないで……って、ユーナは前衛でいいのかな? そっちの狼くんは前衛だよね、バリバリ』


 ユーナは頷いた。


『アルタクスは前衛で大丈夫。わたしは……アルタクスと組んで動くつもりだから、同じ前衛でいいのかな? でも、槍のスキルマスタリーはまだ持ってなくて』

『あー、従魔系にスキル振り? わかるわかる。取っておきたいよねえ』


 歌って踊れるメーアや、人形遣いのエスタトゥーアならばわかってくれる気がしたが、ふたりとも揃って大きく頷いてくれたことが、ユーナにはとてもうれしかった。やはり、百%攻撃職や攻略組には少しわかってもらえないつらさがあるのかもしれない。


『私は、歌も踊りもスキルマスタリー取ったけど、そっちはあんまり振ってなくて……本職はこっち』


 しかし、メーアはにこやかにユーナの予想を否定した。そして、差し出された武器を見て、ユーナは絶句する。

 そこには――二本の短剣があった。

 表示された名はシンクエディア、刀身に複数の溝が彫られた、幅広の短剣だ。その刃は美しく磨き抜かれ、メーアの両手に逆手に握られている様子からも、使い込まれていることがわかった。

 かつてユーナの思い描いた、戦闘スタイルである。


『双剣士……』

『そ。これが効く相手ならいいんだけど』


 ユーナの指摘に頷いて、メーアは腰へと双剣を戻した。道具袋インベントリのポーチの上、ひらひらした帯の隙間に鞘を隠しているようだ。知らなければ気づくこともないような場所である。

 エスタトゥーアは水筒を出し、一口飲んでから、メーアに差し出す。一言礼を言って、メーアはそれを受け取り、口元で傾けた。やはり毒は入っていないと証明されても、テーブルの水には口をつけるものではないのだろう。これがサスペンス系なら、コップに毒が、はお約束である。もっとも、力の試練で毒を盛るような真似をするとも思えなくもない。ユーナはいろいろ考えながら、自分もまた自身の水筒から水を飲み……森狼には、自分の手に水を少し傾けて差し出す。ほんの少しではあったが、アルタクスもうれしそうに飲んでいた。


『今のところ、これ以上打ち合わせることは難しそうですね。敵が何なのか……魔物なのか、兵士なのか、同じ旅行者プレイヤーなのか、それすらわかりませんし』


 エスタトゥーアの指摘に、ユーナは血相を変えて問う。


旅行者プレイヤー同士って、あり得るんですか?』


 脳裏に過ぎるのは、紅蓮の魔術師たちだ。あんなのが出てきたらもう白旗を上げて森狼ともどもおなかを見せて転がるしかない。無理。

 慌てた様子を見せるユーナに、メーアは口元を手の甲で拭いながら首を傾げた。


『それはほら、貴族の承認クエのほうじゃない?』

『可能性のお話ですよ』


 ふふ、と紅を佩いた口元を綻ばせて、エスタトゥーアが笑う。まったく緊張をしていない様子を見て、ユーナはうらやましくなった。レベル的にはエスタトゥーアが二十一、メーアが二十二で、ユーナは二十、アルタクスが十三である。戦闘経験の回数自体は、エスタトゥーアたちのほうが圧倒的に多いと思われた。



 鐘の音が、響いた。

 三の鐘だと気づいた時、金属音と共に、大扉が外側に開き始める。鉄格子の扉の向こうにはアリーナが広がり、そこには一人、術衣姿の人物が立っていた――。

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