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幻界のクロスオーバー  作者: KAYA
第五章 疾風のクロスオーバー
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また、会う日まで


「あのっ、ふ、フレンドいいかな……?」


 水妖ロ・モンストルエイテン撃破後。

 来た道を戻る形で、旧地下水道からアンテステリオンに帰還した。ごろつきの殲滅と水妖の討伐を町長に報告してアンテステリオンの転送門も無事開放でき、希少な戦利品(レア・ドロップ)の宝珠を鑑定してもらうため、一足先に紅蓮の魔術師は転送門を使う、と言い出したところだった。ついでに、シャンレンに頼んで今回の戦利品ドロップも換金しておいてくれるそうだ。ごろつきの財布に入っていた硬貨だけは、既に頭数で割って配っていた。もちろん、ソルシエールはその頭数に含まれていない。

 あたしもあたしも行きますっ、と誰も訊いていないのに手を挙げるとんがり帽子の魔女(ソルシエール)に、仮面の魔術師は「好きにしろ」と返す。


 その時。

 後ろから、フィニア・フィニスが恐る恐る、紅蓮の魔術師に尋ねた。


 帰路、フィニア・フィニスの様子がいつもと異なることに、おそらく誰もが気付いていた。セルウスに話しかけられても適当に返しているのは標準だとしても、フィニア・フィニスから誰かに話しかけるこということがなかったため、ユーナも少し気になっていたのだ。邪魔だと言い放った相手であるソルシエールが同行しているせいかとも思っていたが、別段、彼女を気にしている様子もない。

 その疑問が、ようやく晴れた。


 問いかけに対して、彼は行動で答えを示した。紅蓮の魔術師の指先が宙を舞い……一瞬で、フィニア・フィニスが破顔した。続いて、セルウスも目を瞠る。ふたりにフレンド登録の申請を出したのが、一目でわかった。


「うわー、ラッキー……よろしくお願いします!」

「よろしく」


 すぐさまフレンド登録を承諾したセルウスと、紅蓮の魔術師のあいだであいさつが交わされる。しかし、言い出した側のフィニア・フィニスのまなざしは何故か揺らいでいて、その右手は宙を叩くのをためらっている。


「え、ほんとに……いいの?」


 とても喜んでいるのが表情からもわかるのに、不思議と遠慮している様子に、今度こそ仮面の魔術師は首を傾げる。


「何か問題でもあるのか? フレンドリストならガラガラだが」


 トモダチ百人できるかな、ではないが、幻界ヴェルト・ラーイにおけるフレンドリストの登録限界人数は千人である。さすがに正式オープンして一週間経たず、満員になるとはふつう、誰も考えない。「フレンドリストがいっぱいじゃないの?」的心配をされたと誤解したペルソナに、フィニア・フィニスはあわてて首を横に振った。そして、指先が宙を打つ。


「よ、よろしくお願いします」

「よろしく」


 フィニア・フィニスがぎこちなく頭を下げると、ペルソナは面白そうにあいさつを返した。その声に、フィニア・フィニスはその面妖な赤い仮面の奥、朱殷の瞳を見上げた。両手を固く握りしめ、体の真横に下ろして小さな声で呟く。


「その……いろいろ、失礼なこと言って、ごめん」

「いや? 楽しかった」


 仮面の魔術師の、本心からのことばだと、ユーナにもわかった。

 淡々とした口調でも、よく聞いていると彼の声音はだいぶ違うのだ。今も、初めてもらった「レベルアップおめでとう」のあたたかさを、おぼえている……。


 フィニア・フィニスの様子からようやく事情を察し、セルウスが指摘する。


「ああ、姫、今頃気づいたんですか? 自分よりすんごくレベルの高い攻略組に、超エラそうな物言いしてたの」

「オマエ黙ってろよ!」


 図星らしい。

 顔を真っ赤にしたフィニア・フィニスが、思いっきりセルウスの足を踏みつけた。ぴょんぴょん飛び跳ねている彼を放置し、フィニア・フィニスは視線を泳がせる。

 「紅蓮の魔術師」の二つ名を知っていても、ヴェール戦ではその火力を見ることはなかった。同じPTで戦って、ごろつきを焼き尽くしたり、PTMまで燃やさないように火炎魔術を放つ姿を見て、ようやく彼がその名で呼ばれる所以を真に理解したのだろう。


「――攻略組、なんてもてはやされていても、ただレベルが高いだけなら役には立たない。

 幻界ヴェルト・ラーイではそれよりも、立ち回りのほうが遥かに重要だと思う。

 実際に、ボス戦でその攻撃対象(ターゲット)を予測して引き離したり、時間を稼いでできるだけ無駄に動き回らせたり、攻撃間隔を開けることでこちらの態勢を整えるという戦い方は、攻略組()のほうにいてもなかなかできるやつがいない。まあ、支援回復職がいるから、加護や癒しに期待するんだろうがな。

 あの場で、この人数で、あれだけの立ち回りができたのは、大したものだ……そう、思うが?」


 彼が語ったことは、ただの事実だった。

 だが、仮面の魔術師のことばであることが、何よりも重要だった。


 フィニア・フィニスは何かを言いかけて、口元を引き結び、俯いて、ただ、頷いた。

 火力面で、本来ならば活躍しなければならないはずの後衛のフィニア・フィニスは、今回ほぼ役立たずだったことを悔いていたのだ。どれだけ十字弓クロスボウを撃っても、致命傷に至らない。少しずつ削ることしかできなかった。レイドボスなのだから当然だが、加護を得た森狼やユーナの攻撃だけでなく、魔術の大火力を前に、歯がゆい思いをしていたのだろう。


「だから、また組もう。

 ――待っている」


 続いたことばに、フィニア・フィニスはもう顔を上げられなかった。もう一度、頷くのが精いっぱいだった――。





 PTを解散して、紅蓮の魔術師ととんがり帽子の魔女が、転送門へ消えてすぐ。

 手近な食事処に入って、食べながらマールトへの道中の打ち合わせをと、ユーナは考えていた。アンテステリオンからマールトまでは、歩いて半日程度の距離にある。それほど遠くはない。食事を終えてから出ても、急げばぎりぎり閉門に間に合うのではないかと思われた。

 しかし、フィニア・フィニスはユーナに向き直り、こう告げた。


「悪いけど……ボクは、まだマールトには行かない」

「えっ……」


 少し苦笑して、フィニア・フィニスはセルウスを見る。ユーナが驚くのと対照的に、セルウスは落ち着いて肩を竦めていた。


「あー……何となく、そんな気がしていました。姫、結構負けず嫌いですよね」

「うるさい。オマエ、先に行っていいから――」

「はあ? 何言ってるんですか? 僕の居場所は姫のいらっしゃるところですよ。他にはどこにもありません」


 最後まで言わせることなく、セルウスは断言する。

 深々と、フィニア・フィニスは溜息をついた。


「バカだろ、オマエ」

「お傍に置いていただけないと泣きます」

「……泣かれるのは、うっとうしいな……」


 本心からの呟きは、許容に聞こえた。セルウスは己の主の前に跪く。不思議と手馴れているように見えるのは何故だろう。真摯にフィニア・フィニスを見上げる彼を、ユーナは不思議な気持ちで見つめていた。


「僕は、あなたの盾です。どこまでも、ご一緒させて下さい」


 その静かな願いに対して、フィニア・フィニスは簡潔に答えた。


「壁ならいいよ」

「――Yes,Your Majesty」


 涙を流し震えながら喜んでいるセルウスから、ユーナはそっと視線を逸らした。見てはいけないものを見てしまった感がすごい。


「結局泣いてんじゃん……まあいいや。だからさ、ユーナは先に行けよ」


 この上もなくどうでもよさそうに言い放ち、フィニア・フィニスはユーナへと先を急ぐよう促した。森狼を見て、口元を緩める。


森狼そいつがいるんだから、ボクたちがいなかったら、もっと早くマールトに着くはずだ。実際、アンファングからここまで、かなり早かったみたいだしな」

「フィニ、まさかそのために?」


 移動に時間がかかるから、残ると言い出したのかと問えば、あっさり首を横に振る。


「ああ? んなわけないだろ。そうじゃなくってさ……推奨レベルがボクだけ足りないの、知ってるだろ? 実際ボス戦でダメージもろくに通らなかったし。

 今のまま、ただついていったところで、おんぶにだっこで何の役にも立てない。死に戻ったり、ボクを守るために余計な支援をしなくちゃならなくなったりして、邪魔になるかもしれない。そんなのつまんないじゃないか。

 まあ、このあたりでちょっと、改めて戦い方を考え直したいんだよ。スキルポイントも余ったままだし、セルが残るなら、もう少しこの辺でレベル上げしてもいいし」

「壁はお任せを!」

「ああ、うん……オマエちょっと黙ってろ。

 実際、ユーナと森狼そいつは、今までの旅行者プレイヤーの中でも相当特殊だと思う。戦闘中の回避っていう意味でも、攻撃の連携でも……たぶん、ユヌヤにたどりつくことさえできれば、レベルが低かったって役に立つんじゃないかな。ほら、さっき……ペルソナ、ああ言ってくれてたし」


 だから、とっとと行け、とフィニア・フィニスは言う。

 ユーナの紫の瞳に、迷いが浮かぶ。胸に去来するのは二つの約束だが、今、目の前にいるのは……かけがえのない、仲間だった。

 その色合いを見て、フィニア・フィニスは微笑んだ。

 金色の髪が、ふわりと風に揺れる。その美しい容貌は愛らしく輝いていたが、ユーナはもう、その中に在る強さのほうがよほど眩しいと知っていた。

 空色の眼差しが、紫と交わる。


「後から行くから。

 早く青の神官(あのひと)のところに……せめてユーナだけでも、先に、行ってほしいんだ。

 きっと、待ってると思う。ユーナにしか、今はできないことだからさ」


 頼むよ、と続けられて。

 頼む形で背中を押されて。


 ユーナは、ふたりの仲間に、別れを告げた。

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