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シアワセなユメの色  作者: 幸せの黄色い鳥
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7 零の正体?

「………」


加賀見美鈴(かがみみすず)は、階段を上がってくる鏡零(かがみれい)を無言で待ち受けていた。


「なんだ。起きてたのか。お前の阿呆な親が来てたから、ニセ札束渡して、だまくらかしておいたぞ。はっはっは。」


いつものようなバカ笑い。


「…ウソよね」


ポツリと呟く美鈴の声は真剣だった。


「あれ、本物でしょ」


「んなわけないだろ。カラーコピーで…」


「そうじゃなくて、あのコンクリートブロック。私、昨日洗濯する時に邪魔だから動かしたもん。」


それは美鈴の細腕には相当に重く、あんなに簡単に砕けるシロモノでは絶対にない。ましてや、2つ重ねたブロックを踏み砕くなんて、普通の人間に出来るはずがない。

その事を冷静に伝えると。


「………」


零の表情が変わった。これまで見たこともないような鋭い瞳が、前髪の間からのぞいていた。


「零。あなた、何をしてる人なの?どうして私を庇ってくれたの?」


美鈴の真剣な問いかけに、零は少し間を置いた後、一つため息をつく。そして、はっきりと答えた。


「…俺はな。この世のゴミどもを闇で狩る暗殺者だ。お前を助けたのは、ただの気まぐれ。これで納得したか」


「………」


予想はしていたが、改めて零の口から事実を聞くと、やはり驚いた。と、同時に納得もした。自分が時折感じていた違和感は正しかったのだ。


「そして俺の正体を知られた以上、お前を生かしておくわけにはいかない。…悪いが消えてもらう」


零の前髪から見える瞳が冷たい光を放つ。肌寒さを感じるような殺気が、空気を張りつめさせた。これまで不良や暴力団絡みの人間に幾度か出会ったが、こんな重圧感を覚えたことはなかった。

零は明らかに本気で自分を殺そうとしている。


「…いいよ」


美鈴は微笑んだ。ここで零に殺されても、何の悔いもない。そう、本気で思ったからだ。

この数日の零との生活は、本当に幸せで、暖かくて、楽しかったから。


「でも、せめて痛くはしないでね。それから、楽しかったよ。私のお金はあなたにあげる。ほんとにありがと…」


静かに目を閉じる美鈴。

零の気配が近づいてくるのが分かった。覚悟は決めたものの、やはり怖いものは怖い。美鈴の体は微かに震えていた。

だが、零は美鈴のそばに立ったまま、何もしようとはしない。その状態が10分ほども続いただろうか。

と、そこで。


「あの〜…、まいったな。ほんの冗談のつもりだったんだが…。」


いつもの間延びした零の声が響く。ビクッとしながら目を開けると、困ったような零の顔があった。

あの、いつもの少し間の抜けた飄々とした顔だ。


「こないだ見た漫画の台詞をまるまる使っただけなんだが、まさか信じるとは思わんかった。けっこう純真なヤツだな」


美鈴は一気に脱力し、床に尻餅をついてしまった。

だが、そんなことで騙されはしなかった。


「あのね、零。ウソつかないで。あのコンクリートブロックは…」


「元から亀裂を入れてたヤツだよ。ガキが踏んでも壊れる。ほれ、ついてこい。」


零は美鈴の手を引いて、外へ連れ出した。

そしてあの壊れたブロックと同じものを、零はアパートの裏から引っ張り出してくる。そのうちの1つを地面に置いた。


「ちょっと踏んでみろ」


「え?うん…」


美鈴は言われるがままに、それに軽く足を置いた。


カシャッ…


それはもう簡単に、コンクリートブロックは真っぷたつに砕けてしまった。

唖然とする美鈴。


「面白いだろ。空手の試し割りに使うヤツに亀裂を入れておくと、こんなに簡単に割れるんだ」


「…で?なんで、こんなものを用意する必要があるのよ」


「さっきみたいな、うっとうしい来客を追い払う為にだよ。まあ、俺の場合、年中押しかけてくる借金取り対策だな。はっはっは」


「…………」


明らかにウソを言っているのは、美鈴には分かっていた。二度までも零の神技を見ているからだ。

あの目にも止まらぬ手刀や蹴りの速度は本物。ガラスのビンを手刀で切断し、コンクリートブロックを2つまとめて軽々と踏み砕く力があるのも間違いない。これは、その常識はずれの実力を隠すための小道具なのだろう。


『だけど…どうして強いのを隠すのかしら?もしかして、さっきのは冗談じゃなくて、本当にヤバイ仕事をしているの?』


美鈴には分からない。

だが、零が自分を、あの西川という男や、ろくでもない両親から庇ってくれた事実に変わりはない。そしてこんな小道具を使ってまで強さを隠すからには、よほど知られたくない事情があるのに違いない。

聞かないであげるのが、自分に出来る誠意だと美鈴は思った。


「………」


その時、美鈴は零が微笑んでいることに気づいた。


「やっぱりお前さん、けっこういいヤツだな。」


「え?」


それは、いつもの間の抜けた笑顔ではなく、穏やかな優しい微笑み。それを見た美鈴の胸がキュッと締め付けられる。


『やだ…。なんで、こんなに胸が苦しいの?どきどきするの?おかしいわ、私。』


だが、その甘美な思いが崩壊するのに半秒もかからなかった。


「…それより、晩のエサを買いに行きませぬか、美鈴姫。ご機嫌は直らしゃりましたのやろ?」


訳のわからない雅やかな言葉遣いで、卑屈に腰をかがめながら手もみをする零。その姿に、先ほどのかっこよさの面影は微塵もない。いつもの零だ。

でも、美鈴はそれがなんだか嬉しかった。


「はいはい。零の好きなお肉を買ってあげるから、ついてらっしゃい」


「うはは!肉だ肉!」


美鈴は、バカみたいにはしゃぐ零の手を引きながら、コンビニへと向かう。そのさくら色の唇には微笑みが浮かんでいた。


『なんか、かわいい…。子どもみたい』


彼女の心は、幸せな気持ちであふれていた。また、零との面白おかしい生活を続けられるのだから。


「………」


先行していた美鈴は気づかなかった。後ろを歩いていた零が、アパートの影に送った目配せに。そして華奢な人影が、音もなく走り去るのを。

その人影が、先ほどの小細工の仕掛人だったことを、後に美鈴は知る。


…ところで零が美鈴に語った内容で、本当のことが一つだけあった。美鈴の両親に渡した金が、正真正銘?のニセ札だったことだ。数日後、地方紙にニセ札を使って、ブランド品を買った疑いにより、ある夫婦が逮捕された記事が載ることになる。だが、このアパートに新聞はなく、テレビはほとんど零がゲームに使っている為に、美鈴がそれを知ることはなかった。



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