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シアワセなユメの色  作者: 幸せの黄色い鳥
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「お前、座布団フェチだったのか?なんで俺の部屋で寝てるんだよ」


それが早朝に加賀見美鈴(かがみ・みすず)が聞いた一声だった。寝ぼけまなこで起き上がると、鏡零(かがみ・れい)が中腰のまま自分を見つめている。

その何事もなかったかのような顔を見ると、唐突に怒りがわいてきて。


「おそ〜いっ!!なんでゲームを買うだけで、午前様になるのよ!!」


握っていた座布団を顔面に投げつけた。すると、零は事も無げにその端だけを掴んで、くるりと回し、床に丁寧に置いた。その一連の動作はなめらかで優美でさえあったが、寝ぼけていた美鈴は気づかなかった。


「なんだ。心配してくれたのか。」


「誰が。家主が行方不明になったら、警察沙汰になって私が困るからよ。まったく…」


低血圧も手伝って、美鈴はたいそう不機嫌だった。これまで男をジラす為に待たせたことは多々あるが、待った経験はない。

それに心配していたのも事実だから、余計に腹がたった。


「あれ。どうしたの、そのケガ?」


零の顔を正面から見た美鈴は少し顔色を変える。その右頬に一直線の切り傷があるのに気づいたからだ。浅いが、何か鋭利な刃物で切られたものだ。

なぜ、そんなことが分かるかというと、昔に付き合っていた彼氏の一人(名前は忘れた)がいわゆるヤンキーで、頻繁にケンカをしてはケガをしていたからである。そのケガの中には、刃物によるものも含まれていた。


『どこかのトゲで引っかいたんだ。』


などと月並みな言い訳を零は言わない。


「ふっ。ちょっとチンピラ10人を相手に、大立ち回りをしてしまってな。まあ、美人を守る為の名誉の負傷というやつだ」


長めの前髪をかきあげながら、格好をつける。

美鈴は冷静に一言。


「そういえば、玄関付近の通路、なんか金属片が飛び出してるから気をつけろとか言ってたわね」


ぎくっ、とたじろぐ零。


「そんなことだろうと思ったわ。自分でケガしてどうするのよ。」


美鈴は水に濡らしたティッシュを、零に渡した。


「…をい。手当てしてくれんのか?普通、こういう流れだと、丁寧に手当てして絆創膏を貼り、優しく微笑むのが正しいヒロインの姿だろう」


「そんなもの、ツバつけとけば治るわよ。ほら、これで拭いて、自分で絆創膏を貼りなさい」


「ちっ。なんと薄情なガキだ。」


零はぶつぶつ言いながら、濡れティッシュで頬を拭いている。その様子を見ていた美鈴は、また違和感に気づいた。


『あれ…。血が固まってるじゃない。さっきケガしたんじゃないの?』


だが、それを確認する前に零はさっさと絆創膏を貼り終えてしまう。


「あ〜腹減った」


「私も」


それきり数秒間、無言の2人。


「お前、パンくらい焼こうとは思わんのか?」


「だって私、焼き方知らないし。」


朝食はいつもコンビニで買ってきたパンだった。


「まったく、昨今の家庭はどうなっておるのじゃ…。」


零は、ぼやきながらもパンの焼き方を美鈴に教えた。ついでに、米の洗い方と仕込み方も教えておいた。


「とりあえず、メシさえ炊けたら、後はどうにでもなる。醤油ちょっとかけて食ってもいいし、マヨネーズご飯もうまいぞ」


「い〜や〜っ!!なんか、もの悲しくなるからやめて〜。」


ハニワのように耳をふさいでクネクネする美鈴。


「何が悲しいんじゃい。白いメシが食えるだけで、ありがたいと思え」


どこまでもマイペースな零は、米が炊き上がるのを待って、猛然と食べ始めた。おかずは、昨日、美鈴が買ってきた唐揚げやポテトサラダだ。


「うまーっ!!ウマウマウマ。うまいぞう!!」


それはもう満面の笑顔でコンビニの唐揚げを頬張っている。


「そう。よかったね。それ全部食べてもいいよ。私はダイエットしてるから」


「マジか!?お前、いいやつだな〜。この恩は絶対に返す。ウッマうま〜」


「ふふふっ…。」


美鈴は微笑ましい思いで、それを眺めていたが、10分後に後悔する。


「…ねえ。私のぶんのご飯は?」


「ん?みんな食っちまったぞ。」


「信じらんない!!おかずはともかく、ご飯一杯分は残すのがマナーでしょ。だいたい、五合炊きのご飯、全部食べる?普通!?」


「ケチ臭いやつだな〜。もう一回、メシを炊けばいいじゃないか」


零は爪楊枝でシーシーやりながらうそぶく。

ぷちっとキレた美鈴は、切り札を使う。


「あっそ…。もう二度と奢ってやんないからね」


途端に跳ね起きる零。


「ご、5分。いや3分待ってくれ!!したら、米を仕込むから。今は腹が突っ張って動けん。おえっぷ」


ふくれた腹をさすりながら哀願してくる。その様子がコミカルで、美鈴はまた笑ってしまった。


「冗談よ。私はパンでも食べるから、そのまま寝て牛になっちゃいなさい」


「お前は俺のお母さんか。しょうもない俗説だけは知っているな」


零は言われた通りに座布団を枕にして横になった。

2分後には寝息が聞こえてくる。どうやら昨日は徹夜だったらしい。


「しょうがないわね〜」


美鈴は苦笑しながらその体に、自分が寝ていた布団をかけてやる。

ちなみに他の男にそうしてやった記憶はあまりない。しょせんお金だけの関係であり、その男が風邪を引こうがどうしようが、美鈴の知ったことではないから。だが、今の美鈴は今まで感じたことのない温かな思いに包まれていた。


『ホント、変な男だなぁ。だけど、なんだろ…。胸がきゅ〜んとする。』


もしかして、これが恋?


『ないない。全然好みじゃないもん。』


美鈴は自問自答して苦笑した。なお彼女の好みの男性像は、月並みだが有名アイドルグループの一人。中性的な顔立ちをした男の子である。


そして焼き上がったパンにバターを塗ってかじっていると、先ほどの零の言葉が思い出された。


『お前は俺のお母さんか。お母さんか〜…お母さんか〜…』


リフレインする零のバカっぽい声。


それだ!!


いわゆる母性本能というやつ!!

美鈴には無縁のものだと思っていたので、まったく気づかなかった。

あまりにビンボーで頼りなくて子供っぽい零に、庇護意識をかき立てられていたのだ。


「しかし、この人、今までどうやって生きてきたんだろ?」


謎である。米を仕込んだり節約したりするのは得意そうだが、肝心のお金を稼ぐ手段を持っているようには見えない。あの性格だと接客業とか論外だろう。


『製造業とかかしら?』


社会人経験のまったく無い美鈴には、それくらいしか思いつかない。

あるいは、親から遺産を受け継いでいるとか。


『まあ、いいわ。考えても仕方ないし。悪い人じゃないのが分かっていたら十分よ』


ほどなく朝食を食べ終えた美鈴は、テレビをつけようとして、…止めた。


『起こしちゃ、かわいそうだもんね』


風邪を引かないように、エアコンを緩めに設定してから、美鈴は零の部屋を出たのだった。






その日の夕方頃になって、ようやく零は目を覚ましたらしい。


「あ〜よく寝た。って、なんだ、このミルクみたいな匂いのする布団は?ああ、あいつの布団か。道理で乳くさいわけだ。ふわ〜あ。」


などと、ぶっ飛ばしたくなるような独り言が聞こえてきたからだ。

とりあえず、手近にあったハードカバーの小説を後ろ手に隠して、零の部屋に入る。


「…お・は・よ(今度何か言ったら、ぶっ叩く!!)」


「おお、おはよう。唐揚げうまかったよ。それから布団かけてくれて、ありがとうな。」


「う…」


素直な感謝の言葉と笑顔の不意打ち。美鈴は怒りの矛先を外されて、まごついてしまう。

また、胸がキュッと締めつけられた。


「さてと」


着替えを持って零は部屋を出ていこうとする。


「シャワー使うの?」


「ああ。悪党どもの返り血を洗い流さねばならぬのでな。フッ…」


まだ言ってるよ、この男。美鈴はあきれた目を向けたが、もちろん零がこたえるはずもない。

それならと美鈴は戦法を変えた。


「一緒に入ってもいい?洗いっこしようよ〜」


鼻にかかる甘い声で囁きながら、胸元をちらりとのぞかせる。

だが、零は股間を押さえて後ずさった。


「お、お前は俺の体が目的で近づいたのか?そうなんだな!?きゃーっ、おまわりさ〜ん!!」


「…………」


美鈴はあっけにとられて、口をポカンと開けた。

ダメだ。どうやっても、ことごとく打ち負ける。どうも役者が違うようだ。

そのまま、零は股間を押さえて走り去った。その口元が笑っているのを見て、美鈴はおちょくられたことを知った。

だが、もはや怒る気にもなれない。それに、零が自分の誘いに乗らないのがなぜか無性に嬉しかった。


一方、零はシャワールームで熱い湯を浴びながら、ため息をついていた。


「…やれやれ。ボロいアパートのおかげで助かった。」


その独り言はシャワー音にかき消され、外に届くことはなかった。



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