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シアワセなユメの色  作者: 幸せの黄色い鳥
3/8

加賀見美鈴は翌日には出ていくつもりだったが、今や完全に気が変わっていた。いくら筋金入りのオタク男とはいえ、こうまで女として完璧に無視をされたままでは、プライド以前に気持ちがおさまらない。

ごろごろと布団で寝返りを繰り返し、眠れぬ夜を明かした美鈴。案の定、目の下にクマが出来ている。


『これもみ〜んな、あいつのせいよ!!』


逆恨みの極致だが、本人は至って真剣である。

なにしろ、大人の交際を初めてからこの歳まで、モーションをかけて落とせなかった男はいないのだ。


寝癖のついた髪を手ぐしですきながら、朝食が出来たとやかましい男の部屋に入った。


「…おじさん。気が変わったわ。しばらく泊めてもらうことにしたから。」


「ん?なんか、不機嫌そうだな。低血圧なのか?」


「昨日の夜中に、変なおじさんが部屋に忍び込んできたからね。怖くて眠れなかったの〜」


と、当てつけるも。


「なら、お前のデカイ尻に敷かれていた、俺のまよちんに謝れ。」


部屋に入ったことを隠すでもなく、青い髪の美少女の描かれた攻略本を突きつけられる。ホンッとに、ウザいおっさんである。


「まあ、お前が長くいればいるほど、俺は儲かるからいいけどな〜。ほれ」


右手を差し出す。美鈴はため息をついてから、財布から千円札を三枚取り出して、零の手にのせた。


「まいどありー。ちょっと待てよ。お釣り渡すから。」

「いらないわよ。五百円くらい」


「アホ!!その五百円稼ぐのに、三十分は働かなきゃならんのだぞ。んじゃ、これな」


五十円玉がジャラジャラ混じったお釣りが、美鈴のもののあはれを誘う。

零はというと、これで新しいゲームが買えると上機嫌であった。


ちなみに朝食のメニューはパンとバナナとコーヒーである。昨日の夕食よりまともに見えるあたりが、一層にビンボーさを感じる。


「あのさ。今日からコンビニでお惣菜くらい買わない?」


「俺はいらん。金がもったいない」


口をへの字にして拒否する零。


「…奢ってあげるわよ、それくらい」


「マジか!?そんじゃ、肉が食いたい、肉!!唐揚げ!!」


「はいはい…」


小さい子どもをあやすような口調で答えながら、美鈴は朝食のパンをかじった(ちなみにちょっと焦げていた)。


朝食を終えると、昨日お風呂に入っていなかったことを思い出した。


「シャワーなら、突き当たりの左の部屋だぞ。ただし…。」


「…まさか、シャワー料金が別にいるとか言うんじゃないでしょうね?」


「俺がそんなあこぎな男に見えるのか、ええ?」


「じゃあ、借りるわね。ちょっとくらいなら、覗いてもいいよ」


後ろ姿のまま、スカートからちらりと下着を見せて、魅惑たっぷりのウインクを零に送るが、予想通り無反応である。鼻をほじってさえいる。


『まあ、勝負はこれからよ』


ひそかに闘志?を燃やしながら、美鈴はシャワールームに入った。


「…直後、ブタが鳴くような悲鳴が。」


「きゃあーっ!!きゃーっっ!!」


零の呟きと共に、美鈴がシャワールームから飛び出してきた。もちろん、素っ裸である。


「ち、血がぁ!!シャワーから血が出てきたのおぉっ!!」


全身を赤っぽい液体で染めた美鈴が、パニック状態で零に抱きつく。


「そうそう。自殺者が出たシャワールームだから、この御守り持ってったほうがいいぞって言うのを忘れてたわな」


「…………」


美鈴がゆっくり白眼を剥いて気絶しかける寸前に、零はネタばらし。


「な〜んてな。単に赤い錆の混じったお湯が、最初は出るだけだよ。わっはっはっは。」


怒怒怒怒怒!!


美鈴は零を、それはもう思いっきり睨み付けた。全身に赤い液体を浴びているので、まるでホラー映画のようである。


「どうでもいいが、風邪引くぞ。お前、すっぽんぽん」


「え!?きゃあああっ!!スケベ!!変態!!」


美鈴は慌ててシャワールームに駆け込んだ。


「お湯を1分くらい流しっぱなしにしとけば、普通の湯が出るぞ〜」


「うるさいっ!!ドスケベ!!あっち行って!!」


零の言葉に美鈴は怒鳴り返す。シャワールームの外でケタケタ笑う零の声。


『ホンッとにムカつく〜っ!!』


プンプン怒りながらも、美鈴はようやく透明になったお湯で、体についた赤い汚れを洗い流した。それが血でないことは少し注意すれば分かることだ。

薄暗い不気味なシャワールームだったから怖くて、妙な想像をしてしまった。


「お〜い、バスタオル置いとくぞん」


「………」


「あれま。無視されたよ。そんなに怒るなよ〜。お前の体なんか見てないし、全く興味もないからさ。安心しろ。」


「…あんまり、おちょくると夕食にお肉を奢るのやめるわよ」


「げげ!!」


途端に慌てだす零。それは今まで聞いたこともない慌て声だった。


「き、汚いぞ。一回奢ると言ったものを撤回するとはお前それでも人間か!!信無くば立たずという言葉を知らんのか!!」


などと、美鈴には馴染みの薄い言葉が飛び出す。なおも無言でいると。


「わ、分かった。俺が悪かった。このとーりだ。キミはとっても美人でグラマーで、目ん玉潰れるくらいの魅力の持ち主だ。こんな美少女見たことないよ。楊貴妃かクレオパトラかビーナスでも、キミの美しさの前には輝きを失うであろう。まことキミの美は罪深い。」


必死である。それはもう必死必殺の褒め称え。


「ぷっ…くくっ…」


思わず吹き出してしまう美鈴。そこまでして唐揚げが食べたいのだろうか。


脱衣場で体を拭いて外に出てみると、なんとこの男、土下座までしていた。


「おじさん」


「このとーり!!無礼はわびまするゆえに…」


言うことがいちいち時代劇みたいなのは、読んでいるお堅い小説のせいだろう。

そこで美鈴はこらえきれずに爆笑した。


「もう、やめてよ〜。許してあげるから。でも、なんで唐揚げ一つにそこまで必死になるのよ。」


「いや今月は新刊やら新作ゲームが出まくるから、出来るだけ自分の金は使いたくないだけだ」


途端にでかい態度に戻る。男のプライドとかないのだろうか?


「あるわい。それより、ゲームと漫画と本が大事なだけだ」


まただ。美鈴の考えを読んだかのように、答えが返ってくる。あの時は偶然としか思わなかったが、こうも続くと流石に不思議になってくる。


「ねえ、おじさん…」


ピピピピッ!!


その時、不意に携帯電話の電子音が響いた。零が携帯を開いて電話に出る。


「はい、俺だ。…そうか、やっぱり無理だったか。いや、いいんだ。」


零は、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気など微塵もない声で、受話器の向こうの誰かと話をしていた。顔つきも真剣で、ちょっとカッコいいと美鈴は思ってしまった。


「分かった。すぐ行く。待っててくれ」


零は電話を切ると、面倒くさそうにため息をついた。その物憂げな横顔に、少しドキッとする美鈴。

「どうしたの?何か、お仕事?」


「いや、新作ゲームを予約してたんだが、手違いで売れちゃったらしいんだわ。はぁ〜残念」


関西人なら間違いなくズッコケながら、ツッコミを入れるところだ。ちょっとでもカッコいいと思った自分がバカだった。美鈴は軽く頭を振った。


「けど、別の店にあるのを教えてもらったから、これから買いに行ってくるわ。留守番頼むな。鍵は渡しとく」


「え?ちょっと…」


零はあの暑苦しい長袖長ズボンの服装で、そそくさと出ていった。


「私が盗みとかをやる悪い子だったら、どうする気なのよ。」


と考えて、美鈴は苦笑する。

そもそも金目の物といえばゲーム機とソフトと漫画くらいしかないのだ。

まあ、それを盗られたら別の意味で零は寝込むかもしれないが。


「唐揚げだけ買ってきてあげようかしら。あんなに楽しみにしてるんだから」


美鈴は近所のコンビニに出かけて、零のリクエストのお惣菜を買った。

ゲームを買うだけなら、そんなに時間はかからないだろう。お昼に出してあげれば、きっと喜ぶ。その顔を想像すると、なんだか胸がふんわりと温かくなるのはなぜだろう。そんなことを考えながら、美鈴は零の帰りを待った。


…だが、正午が過ぎ、夕方になり、夜が来て、ついに日付けが変わっても零は帰ってこなかった。

待ち疲れた美鈴は、零の部屋に布団を持ち込んで、そこで眠った。あてがわれた部屋は、一人きりだと何となく怖くて眠る気になれなかったのだ。


「帰ってきたら…もんく…言ってやるんだから…」


美鈴は、零がいつも枕にしている座布団の端を握って眠りについたのである。



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