表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シアワセなユメの色  作者: 幸せの黄色い鳥
2/8

木造二階建て。築年数は不明の超低級アパート。一階二階共に六部屋ずつ。うち一部屋はシャワールーム。洗濯機は外置きで共同。トイレも一、二階にそれぞれあり、これも共同である。


加賀見美鈴(かがみみすず)は年代物の黒っぽい木造の壁をしみじみと見上げて、謎の中年男、鏡零(かがみ・れい)に話しかけた。


「あのさ〜おじさん」


「なんだ?」


「これで2500円取る気なの?」


それを聞いた零はフンと鼻を鳴らした。


「腐れ警察に職質されず、クソ親にも見つからずに潜伏できるんだ。安いもんだろう。トイレは共同だが、なんと各階にシャワー室があるんだぞ」


「…へ〜」


もはや突っ込みを入れる気にもならない。

カプセルホテルのほうがマシな気もするが、今さら宿を探すのも面倒だ。それに確かに警察に補導されるのもウザったい。第一、今日は疲れた。一晩くらいなら我慢できるだろう。


そう思って中に入ったのだが…。


「へえ。中はわりと普通なのね。」


古い建物だが、それなりに綺麗に掃除はされていた。ただ、人の気配がまるでない。


「住んでる人いないの?」


「ああ。俺だけ」


「ふうん」


美鈴はちょっと考えた。

やっぱりやめようかな〜。いや、こいつが変質者だったら、すぐに逃げたらいいだけのことか。バカそうだから、いくらでも騙しはききそうだし。


「…おい。」


「へ?」


「誰が変質者だって?」


「なんで考えたことが分かるの!?」


「やっぱりそうか、このクソガキめ。お前の目がそう言ってるんだよ」


「…………」


またカマかけに引っ掛かった美鈴は、憮然たる顔である。それを見て零はまたけらけら笑った。


『も〜、許さない。ぜえったいに私にメロメロにさせて、色々むしってやるんだから。』


美鈴は固く誓いながら、階段を上がって、すぐ右にある男の部屋に入った。四畳半一間の畳の和室だ。向かって正面には窓があり、台所兼洗面所になっている。

左には押し入れ。そして2ドア冷蔵庫。折り畳みテーブルが右の壁際にあり、古そうなテレビとゲーム機が置いてあった。

後は部屋の右奥の本棚に、たくさんの漫画やゲームの攻略本。モロにオタクである。まあ、ファッションからなんとなく予想はしていたが…。


それはともかく、ちゃんとエアコンまでついているのが意外だった。


「向かいの部屋も同じ間取りで、エアコンもついているから、そこを好きに使え。布団は新品のが転がってる」


「別におじさんと一緒でもいいんだけど〜」


甘えた声ですりよるも、


「えーい暑苦しいから寄るでないわ」


などと、すげなくあしらわれた。


『ほんと、コイツおかしいわ。もしかして、ゲイなのかしら?』


また読まれるかもと思ったら、どんぴしゃ。


「いいや。女は好きだぞ。ただし」


零は壁に貼られたゲームキャラのポスターをビシッと指さした。青い髪をした女子高生の美少女キャラが微笑んでいる。


「二次元にしか興味がないだけだ。まよちん、サイコー」


「あっそ…」


美鈴は納得した。そりゃ、生身の自分がいくら誘惑しても乗らないわけだ。


とりあえず美鈴は、向かいの部屋に入った。

掃除はしてあり、思ったよりも綺麗。ただ、ゲームの攻略本や漫画が部屋の隅に山と積まれている。

…中には、エッチな漫画なども。


「こんなの見るくらいなら、ホントの女の子と付き合えばいいのに」


パラパラとページをめくっていると、ガラッと引き戸が開いて、エッチな漫画をひったくられた。


「こらっ。子供が見るもんじゃない」


そして零は、本の山に隠してあったエッチな本をこそこそと全て回収して、出ていった。


「変な男だなぁ…」


美鈴はころんと畳に寝転がって、エアコンをつけた。音は少し大きいが、ちゃんと涼しい。

そして山のようにある漫画から、適当に一冊を取り出して読み始めた。3つ目の不老不死の女の子が主人公の漫画だった。三冊あたりで寝てしまった。







「お〜い。メシ食わんのか〜」


ドアの外からバカっぽい男の声が聞こえて、美鈴は目を覚ました。もう、部屋は真っ暗だ。昭和チックな照明をつけて、欠伸を一つ。そういえば、お腹が空いているのに気づいた。

向かいの男の部屋に入ってみると、ちゃぶ台の上にシーチキンの缶詰めが2つ。後はパックのメカブが2つ並んでいる。


「…ナニコレ?」


「今日の晩飯のおかずだ。シーチキンにマヨネーズをかけると、ドンブリ二杯はいけるぞ」


五合炊きの電子ジャーからご飯を大盛りにして、せかせかと食べ始める男。


「心配するな。ちゃんと飯代込みの家賃にしてやる。白いご飯は食い放題だぞ、はっはっは」


「ちょ、ご飯つぶが飛んだじゃない!!」


ほっぺを押さえて、美鈴は抗議する。


「おお、すまん」


「まったく…。」


美鈴は、ぱくっとそのご飯つぶを食べた。零は意外そうな顔で見ている。


『しまった!?つい、いつもの癖で。』


ほら、よくあるだろう。女の子が好きな男の子のご飯つぶをとってあげて、食べるシーン。メジャーだが、好感度アップには効果的なので、美鈴は大人の交際の時にもこの作戦を多用していた。


美鈴はちらりと零の顔をうかがった。だが、零は別に喜ぶ様子もなく、飯を食うのを再開する。


『ほんっとに、生身には興味ないのね』


そして美鈴は、用意された茶碗に自分もご飯をよそって食べ始めた。


「あっちの部屋で食ってもいいぞ。差し向かいで食うと気を使うだろ」


「いいよ。私は慣れてるから」


「いや、俺が気を使うんだが…」


ぷちっとキレる美鈴。


「男のクセにいちいち、うるさいわね!!」


「どわ!!ご飯つぶ飛んだあっ!!」


しばしドタバタ。しかるのちに落ち着いて食事再開。


「…おじさん、料理できないの?」


「焦げた卵焼きくらいしか作れん。お前は?」


「できるわけないじゃない…。コンビニ弁当で育ったのよ、私」


「ほ〜豪勢だな」


「どこがよ!!」


どんだけ貧乏っちいのだろう、この男は。などと考えると、やはりすぐに答えが返ってきた。


「飯に使う金があるなら漫画とゲームに使うわい」


「はいはい、そうでしょうね〜。おかわり」


「自分でつげ、アホ!!」


「あははははっ」


美鈴は笑った。作り笑いじゃなくて、素直に笑ったのなんかいつ以来だろう?

たぶん、ここ数年では初めてだと思う。

…こんな珍しい献立?の夕食も初めてだが。そして粗末ながら楽しい夕食は終わった。

何やら零が右手をブラブラさせて、準備運動している。


「何やってんの?」


「ほい、ジャンケンだ」


「え?」


「負けた方が食器を洗う。勝ったら、それを眺めながら優雅に麦茶を飲めるぞ。」


「いいよ。私が洗うからさ。」


美鈴は笑って、食器を小さな流し台に運んで洗い始めた。


「なんだ、つまらん。お前が悔しがるのを見たかったのに」


「…おじさんさ。女にウザいとか言われたことない?」


「頻繁にある。世の中、変な女が多いからな」


零は穴の開いたザブトンを枕にして、テレビを見ている。典型的なダメ男の図である。


美鈴は、ほどなく食器を洗い終わり、零の隣スレスレをわざと歩いた。スカートの中がチラリと見える微妙な角度だ。大抵の男はこれに引っかかる。

思い通り、零はひょいと顔を向けた。


悩殺チャンス!!


美鈴は扇風機の風にふわりとスカートを舞わせた。

チラリとピンクの下着が見えたはずだ。


「おい」


「なぁに?」


艶っぽい(と本人は思っている)笑みを零に向ける。実際、これで落とした男は十人は下らない。


だが、しかし。


「扇風機の風が当たらんからどいてくれ」


「……ああ、そう!!」


美鈴は足音も荒く零の部屋を出たのだった。

この時点で、ほぼ見切りを付けていたのだが、その日の深夜の事。


「…………」


何となく眠れずに天井を眺めていると、美鈴の部屋のドアがそっと開けられたのである。


「…っ!?」


正直、美鈴は驚いた。泥棒かと思ったが、足音はごく短かった。つまり、侵入者は前の部屋からやって来たのだ。


それが意味するのは。


『な〜んだ…。やっぱりコイツも他の男とおんなじか…。』


美鈴は近づいてくる零の気配を感じながら、妙に冷めた気分を味わっていた。


目論見が成功した達成感はある。だが、何となく、来て欲しくない思いが頭のどこかにあった。その日の夕食は、久しぶりに本音で笑えたから。


『ま、いっか…。そのお礼ってことで、一回くらいはさせてあげても。別にこの人、嫌いじゃないし』


それでも、なぜか寂しい気持ちは拭えなかった。


そして零の手が布団にかかるのが分かった。

…ただし、上ではなく下の布団に。


『なに?』


美鈴が寝たフリをしていると、零は敷き布団をゆっくりと引きずった。


「よっこらしょと。重てぇガキだな、おい。お〜あったあった。まよちん、ごめんな〜。こんなデカイ尻に敷かれて可哀想に」


何やら一冊の本を布団の下から引っ張り出して、頬擦りをしながら出ていってしまった。


『なっ、なんなのよ、あの男はーーっっ!!』


美鈴は心の中で絶叫するのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ