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シアワセなユメの色  作者: 幸せの黄色い鳥
1/8

この物語は西暦1999年7月。世紀の大法螺が証明された時系列に起こった、些細な事件のお話。





親を尊敬できない人間は信じられないと、ある先生は言った。


「それはアンタの親が立派だからでしょ」


加賀見美鈴(かがみ・みすず)は吐き捨てるように呟いた。


18歳。高校中退。容姿は可愛い部類に入る。スタイルは胸が大きくて、いわゆるボンッ、キュッ、ボンッのナイスバディ(死語)。


現在はわけあって家出中の身である。


幸い、しばらく生活には困らないだけの金はある。中学の時からやっていた、大人の交際で稼いだお金が120万円ほど。

いちいち覚えていないが、この若さで彼女の男性経験は確実に5、60人を超えているはずだ。


貞操とか道徳とか、そんな言葉に彼女は無縁である。なぜかと言えば、それこそ両親が原因。そして最も思い出したくもない過去。


「あーもうっ!!」


7月の暑さと不快な過去のダブルパンチ!!


公園のベンチに座っていた美鈴は、足元に転がっていた空きカンを音高く蹴り飛ばした。


空きカンは放物線を描いて飛び、水飲み場へとニュートンの法則で落下する。


そこに、たまたま水を飲んでいた中年男がいた。真夏日だというのに、白い長袖シャツに手袋までしている暑苦しい男だ。


そして缶は見事に男の後頭部に命中した。


くわんっ!!


「あいた!!」


彼にとって不幸なことに、それはアルミ缶ではなくスチール缶だった。

ついでに言えば、中身のコーヒーも残っており、白いシャツにベッタリと中身がついてしまった。


「やば!」


美鈴は慌ててスタコラと逃げ出した。距離は10メートルはあるし、男は後ろを向いていた。分かるはずがない。


しばらく走って公園から離れた場所で、美鈴はようやく一息ついた。


「あ〜ついてない。あんな変なオヤジにぶつけちゃうなんてさ」


両手で顔を扇ぎながらぼやいていると。


「おい」


「きゃあああっ!!」


いきなり背中から聞こえたネクラそうな声に、美鈴は飛び上がった。

慌てて振り返ると、先ほどの暑苦しい長袖シャツの中年男が憮然たる顔で立っている。


「人にカンカンをぶつけといて、謝りもしないで逃げ出すとは、お前さんどーゆー教育受けてんだ?」


「あ、あたしがやったって証拠があるの!?」


「ほれ」


男は携帯の写真を見せた。そこには、逃げ去る美鈴の後ろ姿がバッチリと写っていたのである。


「うしろ暗いことがあるから逃げるんだろ。それにあの公園にいた親子も、お前さんが缶をぶつけたと言っていた。どーだ、まいったか?」


胸をはる中年男。


『うわ、ウザいオヤジ…。』


そこで初めて美鈴は中年男をまともに見たのである。歳は30半ばくらいだろうか。

中肉中背、よく見れば顔もそんなに悪くない。…ファッションセンスはダメダメだが。

まあ、ギリチョンで大人の交際をしてあげてもいいレベルではある。


『作戦変更。なんかバカそうだし、色仕掛けでこいつの家に転がりこもっと。ホテル代も節約できるしね。』


決めたら即行動が美鈴のモットーだ。急に甘ったるい声を作って男の右手にしがみつく。もちろん、胸がちゃんと当たるように計算して。


あれ、こいつ。けっこう固い腕だな…。


そんなことをチラリと考えながらも作戦決行。


「ゴメンね〜、おじさん。悪気はなかったのよ。あ、シャツが染みになっちゃうね。」


「おいおい」


有無を言わさず中年男を公園に引っ張っていく。

そして水に濡らしたハンカチで、男の背中についたコーヒーの染みを丁寧に拭った。


「ほら、だいぶ落ちた。後は漂白剤つけて洗濯すれば大丈夫よ。てへっ」


下から見上げて、軽く舌を出す。いわゆるテヘペロ(これまた死語)だ。ついでに胸の谷間をのぞかせるのがポイント。

大概の男はこれでニヤけるのだが、この中年男の顔は何の変化もない。


「そりゃどーも。これからは気をつけてカンカン蹴飛ばすんだぞ。んじゃな」


軽く右手を上げて、すたすたと歩き去る中年男。

一瞬あっけにとられ、続いて美鈴は色仕掛けが通じなかったことに猛烈にプライドを傷つけられた。


「ち、ちょっと待ちなさいよ!!」


追いかけて回り込み、男の進路をふさぐ。

男は怪訝そうな顔をしていた。


「なんだ?謝ってもらったから、もう用は無いぞ」


「う…」


正論である。そもそも、この作戦は男がスケベ心を起こさなければ意味がない。


『よし。なら、第2案に変更よ!』


切り換えの早さも美鈴の長所だ。一時期、六股などという複雑な?男女関係を切り抜けたこともある。その小賢しさは折り紙つきだ。


「あのさ、おじさん。あたし、家出してきたの」


「ほ〜。大変だな」


まったく興味なさそうな反応に、カチンとくる。

こんな変な男に媚びを売るのがバカバカしいという思いと、自分の魅力を無視された怒りがぶつかり合い、…後者が勝った。この男、絶対に私の魅力で骨抜きにしてやる。


「家出なんてやめて、さっさと帰ったほうがいいぞ。親も心配してるだろ」


「あいつらが心配なんかするもんか!」


思わず本音で叫んでしまう美鈴。慌てて口元を押さえが、中年男の表情に変化はない。こいつの顔は鉄で出来てるのか?


「とにかくさ。あたし、行くところないんだ。だから迷惑だと思うけど、今夜だけでいいから、おじさんのとこに泊めてくれないかなぁ?」


とにかく転がり込めば、こっちのものである。美鈴は鼻にかかるような甘え声でおねだりしたのだが。


「だが断る」


「…………」


ミーンミンミン…。


鳴り響くセミの声が虚しい。男の台詞は超有名漫画のパクりなのだが、むろんリア充の美鈴は知らない。


じゃなくて!!


「あのね、おじさん。かわいそうとか思わないわけ?うら若い女の子が、家出してて泊まるところもないのよ」


「お前さんな。客観的に自分の行動をよく考えろ。善良な市民にカンカンぶつけて逃げ出すガキのどこらが可哀想だ?んで、捕まえたら、自分は家出少女だから家に泊めて下さいな〜ってか。ムシが良すぎるわ、怪しさ大爆発だわ、ツッコミどころ満載なんだよ。」


「あ、アハハハハ…」


第2案も失敗。よくよく考えたら、これも色仕掛けが前提だった。それに出会いが最悪すぎる。

まあ、いっか。よく考えたら、この男にそこまでこだわる必要はないし。


と思っていたら。


「歳は?」


「え?」


「淫行なんかで捕まりたくないからな。歳はいくつか聞いてるんだが」


「18だけど…」


答えながら、どういう風の吹き回しだろうと美鈴は考えた。男の顔をじっと見つめたが、別にスケベ心があるように見えない。長年?の大人の交際から、そういうカンは鋭いのだ。


『それじゃ同情心?ひょっとしてコイツ、いいヤツ?』


なんて甘い期待は、次の言葉で木っ端微塵に。


「宿代は一泊2000円。食費光熱費は折半。それでいいなら泊めてもいいが。」


「お金とる気!?」


これまで男と一緒にいて、お金をもらったことは数えきれないが、逆はない。


「当たり前だろ。なんで自分より金持ちを養ってやる必要がある」


と、うそぶく男。


『ホント、ムカつくオヤジね〜。いや、待って…』


なぜ、自分が金を持っていると知っているのだ?

美鈴は男から距離をとり、持っていたリュックの中身を確認した。


ある。


二重の封筒の中に、男が知るはずのない金が、ちゃんと120万。


『あ〜よかった。落としたかと思った』


美鈴にとって信用できるのは親でも友人でもなく、現金だけである。


「ほ〜。ガキのくせに金持ちなんだな」


「きゃあああっ!!って、いきなり後ろに立つのはやめてよ!!」

「こりゃ失礼」


男は素直に一歩下がる。


「2500円に値上げな。そんなに金持ちなら。」


値上げ幅がビミョーにセコい。


「…カマかけたわけね」


「ひっかかるのが悪い。子供よのう」


けらけら笑う姿が、またウザいことこの上ない。

コイツ絶対に虜にして、なんやかやと貢がせてやる。美鈴はメラメラと炎をまといながら決意した。


「そういや、おじさん。名前は?」


鏡零(かがみ・れい)


「思いっきり偽名でしょ。」


「おお。今、考えた。ちなみに漢字は鏡のほうな」


「………」


まあ、いっか。別にコイツの本名なんかに興味もないし。

そんなわけで加賀見美鈴という少女は、鏡零なる中年男の元へ転がり込むことになったのである。



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