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正座のブラックサーカス団


「そこまでだブラックサーカス団!」


 張りのある男の声が周囲に響き、顔を上げると太陽を背に立つ五つの人影が目に写る……外を歩くには少し勇気の要りそうな肌にピッチリ張り付いたカラフルなコスチューム。色とりどりな姿の五人組はそれぞれに特有のポーズを取り上から僕らを見下ろしている。


 もしかして彼らは高い所から登場しないと死んでしまうんだろうか。


「な、何者だ!?」

「……はぁ」

「何者なんだぁ!」

「シャイニングファイブかと」

「……何者だーー!」

「……」


 向こうも向こうならこちらもこちらで飽きもせずに声を張り上げる人が一人。硬く野太い声質のカニ彦さんは鋭い視線で周りを見て、そんなカニ彦さんを見る僕の瞳は反対に冷ややかなものへと変わっていく。


 代わり映えしない日常。

 変えようもない日常。

 いつもの事だと思っても、これから起きる事を思えば漏れ出てくる溜息が止められない。


「また失敗するんでしょ、はぁ」


 悪に対するヒーロー、ブラックサーカスとシャイニングファイブ。

 お互いに全く対岸の位置に存在する間柄だが不思議と彼らはどこからともなく現れ僕達の計画の邪魔をする。


 今日の任務目標はとあるファーストフード店への襲撃。

 金を貰い飲食を提供する店でありながら腐り始めて三日の肉を新鮮肉と偽って差し出しているらしい。……何と、卑劣な行為だろう。人々が汗水流して貯めたお金を、たまの家族の外食として使用するそんな場を食中毒という魔の可能性を秘めた異空間へと変貌させたのだ。人として、言語道断。是非にも俺達で止めなくてはならない……というのが熱いカニ彦さんの談だ。僕個人としては割とどうでもいい。


「というかまだ店に到着してすらいないんですけど」

 

見上げる五人組。

 リーダーであるシャイニングレッドの掛け声とポーズにそれぞれが呼応し、シャイニングブルーが鳥のように空を仰ぎ、シャイニングイエローが腕を斜めへと格好を付けて振り上げ、シャイニンググリーンが長い足を惜し気もなく披露する。残ったシャイニングブラックは……ブラックは……


「うん?」


 ……何故か、何もしていなかった。



「我々は、人々の生活と安全を守る正義の──」

「……」

「ん? あれ、ブラック? まだオレの途中」

「……」

「ブラックー?」

「……」

「ブラックウウ」


 何のポーズも見せないブラックに向かい必死にレッドが話し掛けるが返事はない。それどころか制止するその手を振り払い黒いアイツただ一人が宙へと向かって飛び立った。


 今日の彼らの登場シーンは立ち並ぶビルの中階から。

 普通の一般人が飛び降りてしまえば二度とは目覚めぬこの世との別れを覚悟しなければいけない高さだが。物理法則、ニュートン力学、自然の掟、その全てを完全に無視する緩やかな軌道で黒い姿は空を跳び優雅とすら呼べる姿勢で軽やかに着地をする。

 瞬間、沸き起こる……湧かしてもいいのかなという微妙な判断の元に繰り出される歓声。多分にサクラが混じっているという黒い噂の絶えない通行人達は、互いにひそひそひそひそと相談し合いながらお互いを確認し合い声を上げている。

 純情そうな子供達は状況が分からなくてポカン。

 たまたま通り掛かった近所のご老人が意味が分からなくポカン。

 相対している敵組織のはずの僕らでさえよく分からなくてポカン。

 それでもブラックの前進は続く。


「な、なんだ!?」

「……」

 着地から一転全くの警戒もなく歩み寄ってくるブラックに、僕達の先頭に立っていたカニ彦さんが威嚇の声を上げ、自慢の鋏を振り上げるが……戦うべき敵怪人を完全に無視しブラックは脇へと避けてやり過ごすと歩みを続ける。


「お、お、やるのかコラッ」

「……」


 先頭から二人目、黒のタキシードに白の仮面を付けた長田さんがカニ彦さんを見習い虚空に向かって数度のエアーパンチを切って見せるが……そんな長田さんの奮闘も虚しくブラックはあっさり無視して通り過ぎると振り返りもしない。

 すれ違ったその一瞬に、全く相手にされなかった事から少しだけ肩を落とした永田さんが不憫だった。


「ど、どうぞー」

「……」


 三人目、松井戸くん。元から余り期待はしていない。

 保身に走るかと思った彼はしかしその奇策を以てして僕に対して道を示してくれた。進み来るブラックに対してあえて自分から道を譲るというその英断。

 若干、悪の組織として情けないとも思ったけれど。これしかないと天啓を得た僕は松井戸くんへと習って道を明ける。


「どうぞ!」


 三歩下がって、手で示し。先にどうぞと出来るだけの低姿勢でブラックに対して道を譲るが


「……」


 迫るブラックも綺麗に同じように綺麗に三歩、自分と全く同じ位置へと軌道を修正すると歩いて来る。

 僅かな悪寒を発生させるその姿は何事もなかったかのように僕のすぐ目前へと迫ると立ち止まり、機械的で特徴のある音声がヘルメットから響いてくる。

 ボイスチェンジャーのようなその音は本当に声音を変える為だけのものであり、ブラック本人は女の子……知りたくもないのに知ってしまい、本名は黒川というらしい。

 ブラック(黒川)は僕の前に立ち仁王立ちに両腕を組み合わせると声を上げる。


「まだ……そんな戦闘員なんてやって……」

「え?」

「やめてって、言ったよね」

「え、あ、いや、これは家業のようなも――」

「正座」

「……え?」

「正座して」

「あ、いやちょっと何言ってるか分か──」

「早く!」

「…………はい」



 こうして今日も悪の組織と正義のヒーローとの熾烈な戦いが幕を開けた。




「おのれぇええレッドオオオ」

「来いっ!」


「……」


 遠く視界の向こうで繰り広げられるシャイニングレッドとカニ彦さんとの壮絶な戦い。敵怪人とヒーローとの戦闘はやはり絵になるものがあり、巨大な赤い剣と鋭く赤黒い鋏とが交錯し合い派手な火花を散らせる様は見ていてドキドキとしてくる。



「滅しろ、滅しろ、滅しろおおお!」

「ダサッ、キモッ、離れてくんね?」

「う、うわあああああ!」

「うわぁ……」


「……」


 カニ彦さんとは対照的。人の持つ、あらゆる怨念を形にしたようにドス黒いオーラを纏った長田さんがシャイニングブルーへと特攻する。

 振るう腕、繰り出す足。その全ては華麗にかわされ、シャイニングブルーが避ける事に成功する度に観衆から上がる黄色い声援(主に女性)。ブルーを褒め称える美辞麗句が辺りに響けば明らかな歯軋りの音が長田さんから漏れ、振るう手足が更にドス黒くオーラを纏っていく。

 頑張って、長田さん。



「いっイエローさーん!」

「いやああっ」

「ぶべぶっ」


「……」


 妙な叫び声と共に松井戸くんが空を飛び、地に落ちた……硬いコンクリートの上へと墜落し鳴り響いた嫌な音に眉根を潜めたが、それでも松井戸くんは立ち上がり不死身のヒーローのように敵へと向かっていく。


「へ、へへへ、痛い……グリーンすぁああーー」

「来るなぁ!」

「いやぷっ」


 グリーンに蹴り飛ばされ松井戸くんが地を滑り、動かなくなった……最早これまでかと思ったその先で、彼はスクッと立ち上がり白い仮面の下からは不気味な笑い声が漏れ……あっちは精神衛生上よろしくないので見ない事にしよう。


「……」

 何せ人の心配をしている余裕もなく、僕も絶賛舌戦という名の戦闘中である。俄然有利なのはブラックの方……というより一方的に向こうしか喋っておらず僕は地面の上へと直に正座してたまにちょっと声を上げるばかり。

 こんこんこんこんと終わりのない演説のような言葉が数珠繋がりに続いていく。


「何で分からないんですか! 悪の組織の一員になったからって将来的に良い事なんて何もないでしょう! いつか社会に出て企業に就職しようとした時、学生時代の活動をどう説明するつもりですか? 『私は悪の組織で働いていました』『一般戦闘員の一人でした』そんな事言って雇ってくれる所なんてどこにもないでしょう。お金が必要だというなら他にだってアルバイトはあるんですし何もこんな所に居なくても」

「あ――」

「そもそも、家族の人は知ってるんですか。自分の子供が悪の手先になったと知って喜ぶ親なんて居るはずありません。もし居たとしたらそんな人達とは今すぐ縁を切ってください! 大丈夫です、安心して、先生や学校の友人にだって話せば分かってくれる人は居ますし、一人の学友として私だって」

「そ──」

「そ、そうですよね、それはまぁ。好きな……そ、尊敬しているヒーロー相手に話し辛い事もあるかも知れませんがあくまで学校は学校です公私混同なんてしませんから、一人の同級生として私は心配しているんです。知らない仲でもない相手が影ではこんな事をしているなんて。大丈夫です、まだ間に合います、これから一緒に更正をしてそして真人間となって、それから……」

「いや……」


 ……大して知らない仲なんですが。


 シャイニングブラックの中の人……黒川さんは実は僕と同じ学生であり何の奇縁か隣のクラスの人間だった。別に特別に親しいという事はない、一目見て名前も出て来ないような間柄であり接点さえ無ければ一生無縁だったかも知れないが。

 ……全ての元凶はあの瓦礫の下での出来事のせい。

 元気付ける為だけに渡した変な飾りを何をトチ狂ったのか翌日黒川さんは頭に付けて登校し、そして運悪く廊下に立たされるというレアな体験をしていた僕がその時の写真を見ていた……それだけの関係。

 言葉にすれば実に単純な縁だったがそれ以降黒川さんは何かと更正しろと迫ってくるようになり、下手に周りにバラされても困るので扱いに困り……今に至る。

 尤もバラされて困るのは彼女も一緒のはずだが、その辺りはまだ上手く話し合えていない。


「だから、何度も言ってますが――」

「ふうむ」


 それと、ついでに一つ。

 敵として何度も相対したブラックだったがその正体が分かった今でも小さな謎が一つ残っている。シャイニングファイブの面々はそれぞれ『肌にピッチリの』コスチュームを着ているので見た目のフォルムが丸分かりのはずだが……どう見てもブラックの姿は男のそれとしか見えない。

 まぁつまり、女性的な象徴が少ないのだ。


「だから将来的な事を考えれば、むしろ正義の味方の一員として活動していた方が貴方の為にも……」

「……ふむ」

「だからね、こん……うん?」

「むぅ」


 目線をブラックのヘルメットから下に、胸元へと向ける。


 ツルンと、そんな擬音が聞こえてきそうだった。


「……はあ」

「ぁ?」


 漏れ出る溜息も仕方ないだろう。


 ……天は人に二物を与えないとよく聞くけど正にその通りで、正義の味方といってもやっぱり弱点はあるのか。それはむしろ完璧過ぎる英雄像などより余程親近感を感じさせ、個人的にもブラックもやはり人であったかなんて実感出来る。

 思わずウンウンと頷く僕の視線はブラックの『壁』へと固定され。


「今野……君? ドコ見てるの?」

「……ハッ」

 頭上から、機械音声の冷たい声が降りて来た。

 正体を紛らわせるボイスチェンジャー越しでもハッキリと分かる怒りの感情。向けていた視線の先が何かを考え、僕はなるべく取り留めなく、何でもないという様子を装ってブラックを見上げる。

 考え過ぎなんだ、怒るのは筋違いでむしろ僕は親近感を持てていた、そう伝える為の言葉を!


「その、未来への、淡き希望を見てい――」

「ふん!」

「ブッ」


 頭上から問答無用のチョップが落ちてきた。



「イ、ツツ」

 ――僕は、こう見えて悪の組織の首領だ。特別な能力も改造もされていないが確かに首領だった。

「当然です!」


 ――それは全て、望むと望まないとに関わらず降って湧いて出て押し付けられたようなもの。その中に僕自身の力はなく。その中に僕自身の意思はない。




 遠くからシャイニングレッドの掛け声が響く。

「くうらえええ」

 対して受けるカニ彦さんの悲痛な言葉。

「うおおおおお」


 正義の必殺技が炸裂し、悪の組織が悲鳴を上げる日常。

 その中においてただ居るというだけの人間に出来る事もなければやりたい事もないと、そう思っていた。


「……」


『アハハハ』


 見守る観衆から小さく笑い声が上がった。聞こえて来たのは高い音色の子供の笑い声で、一体誰を見て笑っているのか。

 レッドVSカニ彦さんのそれらしい戦いか、ブルーVS長田さんの怨念じみた戦いか、イエロー&グリーンVS松井戸くんの教育に悪い戦いか……もしくは悪の首領であるのに正義の味方に正座させられている僕自身を見てか。


「よっと」


 目の前のブラックの隙を見計らい小さく短く腕を縦に振る。反動にタキシードの袖から飛び出して来たのは自分の携帯。手に取り一面真っ黒のスリープモードを指で弾くと画面一杯に広がる憧れの景色。

 眩しいスポットライトの光。

 演技者達の自然な表情。

 礼をする団長の姿。

 目を張る曲芸達。


「……」

 それは、とても素晴らしい場面だと思うが如何せん舞台全体が見えるように撮ってしまったからだろう。写真の中に客席で笑う人々(お客)の姿はない。それを考えると少しだけ寂しく思え、ならば跡取りである僕にはこの写真を補う必要があるのでは。


「ハ」

 仮面の下で微かに笑う顔。正直な本心を言えばそれが本当に僕自身のやりたい事かは分からず、出来る保証も何もないが、少なくとも目標になる事は間違いない。


「なぁ『黒川』さん」

「だから……え?」

「今笑ってる?」


 パシャリ、と。

 小さな音と共に人工的な光が踊りブラックの被るヘルメットのサイバーに反射して照り返した。

 今は目の前にこの子しかいないので仕方ないけど……でもいつか、本当にいつか。倉の底から見付けてきたこのサーカスと対を為せる写真を見る事が出来れば僕は満足出来るんじゃないか。


 力は無く、与えられてばかりのこの日常に。


 そう、思――


「何、ふざけてるの」

「……え?」

「人が、真剣に話しをしているんですよ!」

「え、ちょっと待っ」

「ちゃんと聞きなさいっ」

「あああああ」


 ……握り固められたブラックの鉄拳が迫り、地面の上へと正座していた僕の両足は簡単に宙へと浮いた。

 ゆっくりと停滞して流れる時間、目に見えるのは沸き立つ観客と歓声を上げる敵、叫びを上げる仲間、自分の声。


 結局今日も失敗であるが、それもいいかも知れない。だって




【悪の組織サーカスは泣かせない】

 巻末特別付録


『これが、ブラックサーカス団の全貌だ!(ブラックサーカス団内キャラ紹介・本編未登場キャラ有り)』



〇首領

 一部の人間の前にしか姿を現さないというブラックサーカス団最高幹部、その素性を知る者は誰も居ない。学生らしいよって噂もあるが誰も知らない。


〇ブラック大団長(今野祖父)

 トップ不在を支える首領代行、孫ラブ


〇大幹部(今野父)

 幹部を束ねる長、マジックが得意な婿養子


〇幹部(今野祖母)

 泣く子も失神する鬼で悪魔な猛獣使い、誰も頭が上がらない。


幹部マネージャー

 ブラックサーカス団唯一のブレイン、この人が居ないと三日で破産すると噂


〇幹部(今野母)

 改造大好きな自称マッドサイエンティスト、しかしその改造手術をマトモに見た者はいない。


〇幹部候補(今野妹)

 超能力魔法少女的何か


〇所属怪人1(カニ彦)

 硬さと人情は団内一位の蟹型怪人


〇所属怪人2(うさぴょん)

 逃げ足最強、スプリント派な兎型怪人


〇所属怪人3(スネー子)

 怪人枠の紅一点、しかし見た目が怖い蛇型怪人



一般戦闘員1(長)

一般戦闘員2(松)

一般戦闘員3(今)


 総勢12名の悪役がお待ちしております。非常にアットホームな職場ですので是非一度お立ち寄りください。敬具




ここまでお読み頂きありがとうございました、やはりヒーローものっていいですね(主人公がヒーローでも悪の怪人でもないですが)

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