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廊下のブラックサーカス団


「あ、ふああぁ」


「……眠そうだな今野」


「い゛っ」


 授業中。無意識に漏らしてしまった欠伸を敏感に察知し社会科担当桃城教諭はその顔にドス黒い笑みを浮かべてこちらを見る。

 ……なんでよりによってこの人の時に油断をしてしまったのか。助けを求めて周りを見るが目の合ったクラスメイト達は軒並みサッと目を反らしていき、救いの手を差し伸べようという者は現れない。

 


「なあ今野」

「ハイ」


 獣が、すぐ目の前までやってきた。


「……私はね、色々あって、今すっごく気分悪いの。分かる?」

「ああ、やっぱりうまくいか……いえ、ハイ」

「……だからね、何か憂さ晴らしをしたいんだけど。伝説的お仕置き『廊下に立ってろ』と今すぐ教壇の前まで来て盛った犬のマネ。どっちがいい?」

「……廊下で」

「OK、行ってらっしゃい」

「……」


 憂さ晴らし、今憂さ晴らしって言ったよねこの人。

 なんでこの人教師なんだろうとたまに真剣に思ってしまう……。



「……はあ」

 一人のこのこと教室を抜け出しスライド式の教室扉を閉めると僕は溜息を吐き出す。

 時間は昼に差し掛かる少し前。当然と言えば当然のことだがこの時間の学校の廊下に人影は全く無く『廊下に立っとれ!』をされるようなレアな学生も居やしない。寝不足の目に眩しい黄色の太陽光が窓からサンサンと注ぎ込む中次々に量産されていく欠伸を噛み殺す。


「うぅ……全くもう」

 自分がこんなに人眠いのも、全ては昨夜帰ってからの事が原因だ。

 

 辛くもカニ彦さんに救出された僕らはシャイニングブラックを残しさっさとその場を脱出する事に成功し、見事に全員無事で生還を果たしたが問題はその後。

 事の顛末と失敗を本部に伝えると急遽本部まで出頭するように命じられ……僕は一人内密に実家に顔を出した。


 少なくない嫌な予感を感じながら家まで赴いた僕を迎えてくれたのは家族総出の熱い出迎え。


 現大幹部の父からは首領として自覚が足りないと怒られ。誰もが頭の上がらない祖母からはどうして敵を道連れにしなかったのかと怒られた。

 家族ではないが作戦立案に関わったマネージャーからは平身低頭、読みが甘かったと逆に謝られ。マッドな母親はどうせなら大怪我してくれば改造出来たのにと意味深な一言を吐き出した。


 祖父、可愛い顔に傷でも付いたらどうするんじゃと暴れる。

 妹、兄様から何故か女の匂いがしますと叱責を受ける、結果暴れる。


「……」

 

 ……なんだろう。ほとんど言い掛かりで怒られた気しかしない。

 結局家の人間が入れ替わり立ち替わりで何か言いに来るおかげですっかり寝不足となり、今は目を擦っている。



「うぅ」


 落ち掛ける意識を保つ為に、僕はこっそりと持ってきた携帯を手で操作する。


 操作前の警戒に注意を教室の中に、桃城教師がこちらを見ていないかと探ったが何故か聞こえてきたのは黄田の悲鳴……既に標的は新たな獲物に移ったらしい。


「……ご愁傷」


 半ば安心して手のひらサイズの小さな液晶に目を落とすと見えるのは賑やかなサーカスのワンシーン……それはそれで勿論良いんだが今気になるのは別のもの。

 初期状態の待ち受けから携帯のメモリフォルダを開き撮影した画像をチェックする。

 ズラリと並んだ日常風景の切り抜きとブラックサーカス団内内部の集合写真。それらの中から最も最近のものを表示させると画面一杯に黒いアイツの姿が写し出された。


 ……相変わらずちょっと見た目がアレなブラックだが写真越しに見ると多少はマシで不細工な花飾りを両手で持ち黒色のヘルメットがこちらを見上げている。


「ううん……」


 この瞬間はまだマシと思ったが改めて見ると花飾りは酷い出来。単価10円辺りで売ってそうな粗悪な品を包み込むように手で持っているブラックの姿はシュールな笑いを誘う。


 目元の見えないサイバーの奥では一体どんな表情を浮かべているのか。男だと思うがどんなヤツなのか。恐らく悪感情の顔は浮かべていないと思うが、予想外の事に惚けた表情か、あるいは助かった事に安堵した笑みか……その事を考えると少しだけ楽しくなってくる。



「ん?」

 廊下で一人不気味な含み笑いを噛み殺していると隣のクラスから小さな物音が上がる。


 横へと開くドア、軽い足取り。



「失礼します」



 耳障りの良い高めの声に顔を上げると一人の女生徒が隣のクラスから出て来た所だった。

 まだ授業中の時間のはずが……まさか自分と同じく『廊下に立ってろ』状態じゃないだろう。桃城教師のような人はウチの学校に二人といない。


 気分が悪くなったか体調でも悪いのか、あるいはトイレ。


 知ってる顔でもなかったので気にする事は止めたが向こうの方はそうとはいかず、不審そうに見る視線を向けてくる。

 ……本来の授業時間にこんな所で立っていたらそれは怪しいが。



「……」


 整った小ぶりな顔、やや釣り目な二つの瞳がこちらを睨むのでボクハワルクナイヨと曖昧な笑みを浮かべてみるが効果ナシ。



「まあいいけど」


 相手には聞こえない程度に呟くと視線は手元の携帯に固定。保健室であってもトイレであっても位置的にこちらにあるので必然的に女生徒はこちらに向かって歩き出す。


 無視。無視。無視だ。気にしちゃいけない。


 歩き出す女生徒の足並みに合わせて一つに括った長い黒髪が左右に揺れる。


 携帯画面に映るのは目一杯のブラックの姿。

 長く見るものでもないだろうが女生徒がどこかに行くまでの短い間とりあえず表示はさせておく。


 黙ってすれ違うのを待ち、後は授業が終わるまで立ち呆ける……そうか自分も体調が悪いことにして保健室まで行けばいいのか。

 浮かんだ名案に満足して頷いている間に女生徒は通り過ぎ





「え」


 ……そして、不意に立ち止まるとこちらを振り返る。


「ん?」


 何かあったのか、怪しい相手を見る視線は大きく見開き手で口を抑えて僕を見る……正確には僕と手にした携帯とを交互に見て僅かに足は後退り。



 ……もしかして僕が忘れてるだけで知り合いだったのか。見た目が清楚というか可愛らしい感じなので出会っていれば覚えてるはずだが……見た目は可愛いのに頭に付けている変な形の花飾りがマイナスと言えばマイナスだ。



「な、な、な……っ」

「何か?」



 ──この時僕はまだ気付いていなかった。

 この瞬間がヒーローにとっても、悪にとっても最大の弱点となり得るものであり。


 『身バレ』という非常に厄介なものの瞬間である事を。




ウワー誰ダロ(棒

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