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笑顔のブラックサーカス団


「イタタタタ」


 仮面の下で痛そうに呻き、仰け反った首は前へと戻す。チラリと横に向いた視線は窺うように背後のブラックへ。

「?」

「……」

 気持ちだけ上に持ち上がった黒色のヘルメット、意味不明といった感じに首を傾けた動作はまぁ、当然だろうと自分でも思う。

 決して目に見えない壁。

 それに阻まれて自分は首を仰け反ったのだ……今ならまだ引き返す事が出来るかも知れないがやろうと思ってしまったからには仕方ない。意味のない無駄な事は自分にとって得意分野だ。


「……」

 両手を這わせて前を確認する。見えずとも確かにそこにあるだろう見えない壁は一定距離から先に僕を進ませないように横へと広がっていて、壁に合わせて動く指先は頭の上から足の先までネズミ一匹通る隙間すらもないようだった。

 もしかしたらと試しに指で押してみるが堅牢な壁は微動だにすらせず。硬い感触が手の中へと伝わってくるようだ。


「どうし……」

「……」

「うん?」


 ゆっくりと、立ち上がろうとするブラックの動きを手で制して、上から下に見ようによっては手招きしているようなジェスチャーでそのまま座っている事を促す。

 きっとブラックにとっては謎の挙動と謎の行動だろうが意図したものだけは伝わったようで上げ掛けた腰をそのまま戻してくれた。

 イイ事だ。

 真面目で人が良いのは良い『観客』の証拠。親指と人指し指とで作った輪っかでOKサインを示すとブラックの反応を褒めておく。


「……一体なんなの」

「……」


 耳に聞こえる細い呟きにチクリと胸に刺さるものはあるが、続けよう。最初の掴みこそ「イタイ」と口で言ってしまったが本来『コレ』に言葉は許されない。

 見えない壁を指で擦り、範囲を頭で確認しながら振り上げる腕。形作ったグーの握り拳を振り下ろし壁を殴ってみるがビクともしない。

 正体不明の邪魔者の登場に気分を害した僕はそのまま聞き分けのない子供のように腕を振り上げては下ろし振り上げては下ろし、両手でポカポカとしきりに叩いてみせるが壁に変化ナシ。


「……」

「……」

 ならば、これならどうだろう。短い助走に肩からぶつかっていくタックルをお見舞いしてみるが……これもやはり効果ゼロ。このヤロウと肘打ちを食らわせてやれば逆に返って来た反動と痛みに体は震え。格好を付けて振り回す出来損ないの回し蹴りは壁にぶつかるどころかその場で空回りをする始末。コマのように鋭く数度回転し目を回した僕はそのまま倒れ込む。


「何やって……」

「……」

「バカみたい」

「……」


 ……半ば以上呆れが入ったブラックの口調。

 憤慨する僕は決して諦めない。素早く立ち上がると今度はぶつかるように足をバタつかせてみるが変化はない。その時ふと気付いた地面の上を転がる小さな石、それを拾い上げ壁へと向かって投げてみると不思議な事に石は見えない壁を素通りし、そのまま反対側の瓦礫までぶつかるとコロコロ地面を転がり停止する。


「……辛いのは分かったから落ち着いて」

「……」

「そんな事しても意味ないでしょ」

「……」


 ……おっと石が通った。これは一体どういう事だろう。

 振り返った僕を見てブラックのヘルメットから漏れるのは乾いた溜息とやるせないだろう言葉。しかし謎の壁が無くなったのならいい事だ。意気揚々と再び僕は瓦礫へと向かって歩き出し。


「……」

 数歩進む間もない内に再び現れた見えない壁にぶつかり首を大きく仰け反った。


「……」

 仮面を心配してさする額、更に出現した見えない壁。

 タキシードの袖を軽く捲くり新しい壁へと向かい両手を乱打させていくと、次第に壁が下がっていくのが分かる。

 どうやら今度の壁、これは殴ったら殴った分だけ下がるものらしい。


「……」

「はぁ」


 ならば都合がいいとブラックへと向け力コブを作って見せ、僕は全力で壁に相対して行く。振るう腕が中空でぶつかる度に反動と痛みを感じる振り。




「……」


 本当は――。


「……」


 ――壁なんてない。


「……」

 悪戦苦闘の末に瓦礫までたどり着いた僕は自分を労い一つも流れていない汗を腕で拭く。仮面の隙間から目に入ってくるのは本当の壁から突き出している赤錆びた鉄筋。

 繋がりのない螺旋のような、特徴的な凹凸のある剥き出しの金属部に触れ、しかし決して触らないよう気を付ける。ギリギリで離れているようには見えない距離で手先は止め肩を震わせ声は上げず足は張って腕も張る。

 一挙手一投足その全てに全力で鉄筋を引き抜こうとする感じを匂わせて、虚空に向かって込められる本物の力はどこにもない。


「……なんなの、もう」

「……」


 ブラックの呆れた視線を背中に感じた……ふふふ呆れろ、存分に呆れるがいい、好きなだけ僕を笑い、罵るがいいさ……罵った分だけ傷付くが、罵るがいいさ。

 ポーズを変え、格好を変え、位置を変え、やり方を変え。時には疲れ切ったように地面に座り。時には癇癪を起こしたように地団駄を踏み。瓦礫を撤去しようとする行動は全てが情けなく空回る。


 必殺技っぽい挙動と動作……意味ありげに突き出された拳は瓦礫に当たる寸前で止まり、しかし反動と痛みだけは感じたようにその場でうずくまり身悶えする。

 軽く距離を空けて繰り出される飛び膝蹴り……見事に外れ地面にコケた。

 このヤロウこのヤロウと両腕をぐるぐる回して突貫すれば……三度現れた見えない壁に阻まれ衝突する首が後ろに下がる。


「……」


 【パントマイム】という名前の技術がある。

 本当の意味ではそこに無く、しかしこの場にあるように見せる見せ掛けの動き。

 実際にブラックの凶行により瓦礫の壁は崩壊寸前で些細な衝撃であっても上部に伝わりそのまま崩れてしまいそうで……元から大した力のない僕にとって出来る事は何もなかったが無駄な事は得意分野だ。


「……はぁ」

「……」


 顔の見えないブラックの様子は呆れから途中で諦めに変わり、次に僕の頭に対する心配に変わり、もう一度呆れに戻り、今はやる気なく僕の姿を背後から傍観している……暗い呟きはもう聞こえてこない。

 両膝の間に隠れていた顔は完全に抜け出し、反省中の猿のようだった体育座りからヒーローにしては少しなよなよしい女の子座りに。時折耳に聞こえて来るのはありとあらゆる期待の抜け落ちたような小バカにするような声で、多少……胸に刺さるものはあるが我慢する。


「……」


 外から聞こえて来る爆発音が少し遠くなった。主戦場が遠くに移ったのか……だとすれば時間的にそろそろだろう。

 ここに来て僕は何かを思い出したように両手を打ちタキシードの内部を漁り出す。

 見た目からはそこまで収容力のなさそうに見える衣服だが実際にはその中には驚く程の収納スペースがあり様々な物が詰まっている。目的物をゴソゴソと探しながらも次から次に顔を出す変なもの。

 ゴム頭のトンカチが床に転がり、幅の短い縄跳び縄が宙を飛ぶ、十円玉サイズのカラフルなプラスチックの玉が大量にポケットから流れ出し、何故か飛び出した絵の具筆に出した僕自身すらも首を捻った。


「……」

「なっ!?」

 長い捜索の果て、目的物だった物を取り出すと僕は満足し反対にブラックは慌てたように座った状態から立ち上がる……ブラックサーカス団謹製のこの品にもしかしたら見覚えでもあるのだろうか。手の平サイズの楕円形をした小さな塊、見た目の色や大きさは果物のキウィに酷似するが実際は全く別種のフルーツの名前が付いている。

 曰く『パイナップル』。

 とても実物に見合わないその名前だが、実際に果物という訳ではなく通常は中に詰められているのは火薬と鉄片、強烈な爆発力と飛散物によって敵にダメージを与える凶悪な武器である。正式名称は確か手投げ弾といったか……。


「待て、そんな」

「待てない」

「おいっ」


 止めに入ろうとする駆け出すブラックの言葉に僕は無声をやめ、短く楽しく呟くと通称パイナップル見た目キウィの起動ピンを引き抜き、何の躊躇も挟まずノータイムで瓦礫へと向かって投げる。

 放たれる緩やかな軌道、宙舞う手投げ弾とは反対に目を張る早さで迫ったブラックは投げられた物ではなく僕へと向かって突進すると広げた両手で抱き付いて来た。

 壁にでもするつもりかと思ったが実際は逆で瞬時に入れ替えられる立ち位置。これから来るであろう爆発から我が身をもって僕すら守ろうというのか……まさにヒーローの鑑とも言える行動だ。


「まぁ」

 ……意味はないけれど。


 数秒も無く放たれたパイナップルが瓦礫に触れる音、すぐ目の前にあるブラックのヘルメットに向かい僕は仮面の下に微かな笑みを浮かべる。

 着弾の瞬間、武器の効果はいかん無く発揮され、火薬の乾いた炸裂音が閉じた空間にこだました。




 音にすればポンッという。

「え?」

 非常に軽やかで軽い炸裂音。


 四方に弾けるのは火薬でも鉄片でもなく視界を埋め尽くす程のカラフルなカラーテープと紙吹雪。

 赤白青黄の鮮やかな色で染められていく宙の下で抱き止めてくるブラックの腕を軽く退け、本当の意味でタキシードの底から探しておいた別の物を取り出してみせる。


「さあ、お立ち台」

「は?」


 ――僕の実家は、かつて本物のサーカスだったという。

 気分は正にそれに近く衆目を前にした見せ物屋の頭首。


 取り出したるは白と黒のハンカチ。ブラックの目の前で躍らせるように軽く見せ、空中で素早く重ね合わせるとカッターの刃を入れていく。

 軽く口ずさむのは運動会の徒競走でよく流れるテーマソング。切れ目の入った布を手で重ね、テグスと解いたヘアピンで形を固定。寂しい見た目を補う為に、先程垂れ流したプラスチックボールの一つ、赤い玉を手で拾い作りかけの中心部に瞬間接着剤で繋ぎ止める。


「とぅったらたった」


 ……見た目が、結構ひどい。しかし今大切なのはとにかく早さだ。世に聞くシンデレラのカボチャ馬車だって魔法の時間が過ぎたならただの硬いだけが取り柄の野菜に変わる。


「たったった、たったらた」

「……」


 手早く素早く作成する粗末な物、せめてお披露目の瞬間だけは盛大に。早くも地面へと落ちてしまっていたカラーテープと紙吹雪とを手動で拾い上げ宙へと向かって放ちながら観客に向かって手を差し出す。


「ったん! ……さあどうぞ」

「……」


 上へと向けて開いた僕の手に乗るのは急ごしらえの花飾り。

 白と黒のハンカチを切り取った花弁を開き、中央で自動販売機のちっぽけな光を吸い込み光る赤いプラスチックボール……時間が足りなかった為、骨組みの補強が今ひとつでうまく見せないと花弁が下へとよれてしまう粗悪な品。

 全てを補うのは時間と場所、後は適当に小手先だけの言葉を並べブラックへと向け仮面で見えない笑みで語り掛ける。


「大丈夫。心配しなくても、アンタは何も悪くない」

「……」

「誰もアンタのせいって思ってないからさ、な?」

「……」

「ああ、いやほら……ブラック、好きだよ僕」

「ッ!」


 ……この辺りから盛り上げに若干の無理が入り始めた。


「う、うわー、ブラックサン素敵デスねー、尊敬シチャイマス」

「……む」

「ダイジョブ、大丈夫。全然問題ないさ、問題ないさー!」

「……」

「あ、あーほらーいい子だねー、これあげるから元気出そうねー?」

「……っ!」

「うぉ!?」


 瞬間、ブラックの固めた拳が目の前を通り過ぎ間一髪で躱した拍子に手の中のエセ花飾りが宙へと舞ってしまう。その事に慌てたのは僕だけでなくブラックも同じ、いち早く体勢を立て直した黒い影は素早い手刀で空を切り中空にあった飾りを綺麗にもぎ取って行くと後ろに下がる。


「は、はは」

「……」


 掠れた僕の笑い声が漏れる中、突然生き埋めの空間を大きな振動が伝わった。

 別に僕達が何かをした訳じゃない。大きな爆発音と衝撃に瓦礫の上部の残骸が吹き飛び中からピンクの光が……漏れ、それと同色の煙が空へと向かって昇っていく。

「ふぅ」

 久しぶりに感じる流れる風が服を打ち、取り除かれた瓦礫の上。

 壊れた工場の天井部の向こうに暗い夜空が目に見えた。


「大丈夫だったろ?」

「……」


 軽くブラックに語り掛けるが正直な事を言えば僕は最初から何も心配はしていない。

 そりゃブラックに倒されてしまうとか、ブラックのせいで生き埋めになってしまうとか、ブラックの暗い空気のせいでこちらまで暗くなるといったそんな心配は沢山あったが、このまま助からないという不安は全くなかった。


 だって僕達ブラックサーカス団は


「おおおいいいーー今野くーーーーん」

「今野ーー!」

「今野さーーん!」


「ハイ! ……あと本名言わないでください」


 基本的に仲が良い。




「はは……なぁ」

 へたり込み呆然とこちらを見上げてくるブラックに僕はタキシードの胸ポケットから自前の携帯を取り出す。スリープ状態の黒い画面から起こせば液晶一杯に広がる憧れの写真。

 惜しい気持ちは感じながらも素早く操作し準備を終えると改めてブラックへと向け掲げる。


「今笑ってる?」


 『人を笑顔にするのはいいものだぞ』と祖父は言った。


 パシャリと人工的に漏れる光を受けブラックの手の中にある不出来な花は赤い光を僅かに照り返した。


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