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黄昏のブラックサーカス団


「今日もお疲れ」

 カニ彦さんの掛けてくれた優しい声に僕は苦い笑みを浮かべて顔を上げる。

「はは、まぁ。疲れましたねハイ」

 本当に、すごく疲れた。

 そう本心から呟きたい所だが目の前の、むしろいっそ清々しいまでにボロッボロにされたカニ彦さんの手前愚痴を零す事にすら気が引ける。軽い動作で掲げられた自慢の鋏は今や半壊、背中の甲殻はヒビだらけ、頭に生えた蟹の触覚片方どこかに消えている……どうやらシャイニングレッド相手に相当痛め付けられたらしいがそれでもヤツの凶刃が僕達一般戦闘員に向かないように身体で食い止めていてくれた結果だろう、そこは素直に感謝をしたい。


「派手にやられちまったもんだな」

「ええ」

「はは、まぁそんなクヨクヨすんな。タバコ、いいだろ? ま生きてさえいれば何度だって挑める」

「はぁ」


 どこからか取り出したタバコを咥え、カニ彦さんは蟹そのものな顔にニヒルな笑み(?)を浮かべて僕を見た。

 表通りから三本奥へと入った暗い路地裏、背中をコンクリート壁に預けた僕ら四人はそれぞれの思いを胸に赤く染まり始めた空を見上げていた。


「……」

 今日の僕らの任務は大手銀行に対する銀行強盗……のはずだった。実はその銀行、裏ではかなりの悪徳高利貸しのような事をやっており払い切れなくなった利息の対価に家の権利書を奪うのなんて日常茶飯事、下手すら家族の命すら担保代わりに貰っていくというちょっとシャレにならない部類の悪徳企業であるが。そんな奴らからならば気兼ねなく金を奪えるぞと銀行強盗が立案され。結果、銀行まで行くどころかその場に辿り着く道中でシャイニングファイブに補足され、命からがら何とか逃げ出したというのが今日の顛末だ。

 悲惨以外の言葉が似合わないこの現状に暗くなりがちだった僕らの雰囲気を察しカニ彦さんは自身の赤い甲羅の奥を漁り始める。少しして取り出されたのは赤色の財布、口を開き抜き出されたくしゃくしゃの諭吉さんを握ると長田さんへと向かって手を伸ばす。


「おい長田、これでちょっと皆でうまいモンでも食ってこい」

「え、ちょっ、カニ彦さん!?」

「釣りはいい、行け。オレも一緒に行きたいとこだがこの顔だ……他の客の飯まで不味くなったら気分悪いだろ」

「い、いやそんなカニ彦さん! 受け取れねっすよオレ!」

「いいから! うだうだ言うなお前」

「カニ彦さん、カニ彦さん!」


 鋏でない方の普通の腕で押し付けられる万札に長田さんは「受け取れねぇっすぅ!」と漢泣きすら浮かべ拒んでいる……カニ彦さんと長田さんの繰り広げる一進一退の激しい攻防、そんな二人の熱いやり取りを気にしながらおっかなびっくりな様子で松井戸くんが手を上げる。


「あの、僕……」

「ん?」

「じゃない、オレ! これから塾があって」

「ああそうか、今日は火曜か」

「そのっ、ホンットすいません! 次は絶対」

「いいって、悪の組織が簡単に謝るんじゃねえよ」


 ほぼ垂直まで腰を折って頭を下げる松井戸くんにカニ彦さんは顔を横に向け、どこか気まずそうに視線をずらす。

 松井戸くん本人は隠しているつもりらしいが彼が本当は現役中学生であり、しかもかなりの名門校に通っている事をこの場に居る全員が知っている。

 一般的にエリートとも言える彼がどうして悪の道を志したのか。初めは思春期のちょっとした好奇心だろうと冷めた目で見ていたカニ彦さんも松井戸くんの悪に対する真摯で前向きな姿勢に次第に心折れて行き、今では二足のワラジを密かに応援するよき理解者となっていた。


「それじゃ今野君は?」

「はい?」

「一緒に飯でもどうだ」

「ああー、そのぉ」

 唐突に呼ばれた今野という名前、これが僕の物だ。

 一般戦闘員第三号。今野と書いて『こんの』と読む……たまに『いまの?』と間違えられるので初対面での説明を欠かせない。それで「今野君は?」と聞かれれば、実の所僕も今日は日が悪い。


「あの、僕もちょっと用事が」

「そうか……」


 申し訳なく思いつつ断ると、カニ彦さんは一瞬だけ悲しい顔(?)を浮かべ、しかし直ぐに表情を引っ込めさせるとややオーバーアクション気味に長田さんの肩を掴み明るい笑い声を口から漏らす。


「よし、なら予定変更だ! 長田これから飲み行くぞ!」

「うっす、お供します!」

「まぁお子様二人がいなくなってむしろ気兼ねなく行けるってもんだ……場所は怪人お断り以外の店な」

「ういーっす!」


 口で笑いながら歩き出すカニ彦さん、その背に続きやや駆け足となった長田さんが後を追う。

 ブラックサーカス団は基本的に任務に失敗した場合現地解散となる、一部の場合任務の責任を取らされ本部まで呼び出されるが今回はマネージャーである大須さんに失敗を連絡し『もう帰ってもいいよ』と言質は取ってあるので問題ない。

 面子の半分が居なくなった人通りのない路地裏で、ちょっとソワソワとしながら松井戸くんの落ち着きない視線が僕を見る。時計を確認し現在時刻【17:43】塾の時間は結構ギリギリらしい。

 半笑いで「行っていいよ」と伝えると彼は礼儀正しくしっかりと腰を下り最後の挨拶を告げると路地裏の奥に消えて行く。

 本当に、育ちはいいんだよね松井戸くん。



「僕も帰ろうか」

 路地裏に一人残され、ふと空を見上げてみれば輝き始めの白い月。

 暗い周囲に漏れ出る空気は先程まであった賑やかなものとは違いどこか冷たく、夕方と夜の境目であるこの時間は何となく寂しい思いを感じさせる。


「……」

 見上げる月に思う……僕らブラックサーカス団は基本的に仲が良い。

 人員不足と資金不足に悩まされる毎日だがそのおかげで特別な改造手術は行われず、普通はやるだろう専門の洗脳教育も講師費用の原因からしていない。

 大手組織ではやられた怪人を使い捨てにし負けると同時に大爆発なんて非エコロジーかつ人道に反する行いをする所もあるらしいがそんな演出に払う金は僕らにはない、爆薬とてタダではない。

 『第一に逃げろ、第二なんてないとにかく逃げろ、生きろ』

 そんな逃走教育が徹底的に行われているおかげか僕らはどれだけ負けてもちょっとした隙に逃げ出す事が出来、日に日に脱兎力ばかりが上昇していくのがブラックサーカス団の強みだ。



「ふぅ」


 このままでいいのかな、最近ふとそう考えてしまう事が多くなった。なし崩し的に悪の組織に居てそれでいいのか、もっと他に出来る事はないのか、したい事はないのか……漠然と程度ならやりたい事があっても具体的なものは何もない。

 そもそもがなし崩しといっても僕にブラックサーカス団を抜けるという選択肢はなかった。カニ彦さん、長田さん、松井戸くん、他の怪人。彼らに対して話せないでいるが僕だけは勝手に抜けていい訳にはいかない。


「まだ夕市に間に合うな。今から近所のスーパーに走って、それで特売品の人参ともやしを買って……」

 ブラックサーカス団、最高幹部にして元首で首領。それが僕の本当の肩書きであり。

「……あ」

 今、財布の中に280円しか入ってない。



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