悪逆のブラックサーカス団
「そこまでだブラックサーカス団!」
張りのある男の声が周囲に響き、顔を上げると太陽を背に立つ五つの人影が目に写る。
一昔前であればテレビのバラエティー番組でしか見られなかったような肌にピッチリ張り付いたカラフルなコスチューム。色とりどりの姿の五人組はそれぞれ独自のポーズで格好を付けているが……実際に、その目で見てしまうとどうしても感じてしまうシュールな気持ち。呆然と見上げ続ける僕に代わってすぐ隣からは警戒を含んだ鋭い声が上がった。
「な、何者だ!?」
「……え」
「何者なんだぁ!」
「……」
硬く野太いその声に、『嘘でしょ?』とツッコミたくなる本心を僕は必死に堪える。僕のすぐ横に立つ赤い影、視線上のカラフルな五人組に対し雄々しく威嚇するのは我らが『ブラックサーカス団』が誇る蟹の怪人カニ彦さんである。
甲殻類のいかつい顔付きに剣呑な光を放つ鋏腕は何とも心強いが。いちいち見知ったヒーローの登場に毎回同じ反応を返してあげる辺り実はかなりいい人だと思っている。
「また失敗か……はぁ」
五人組の【ヒーロー】。そうヒーロー、いわゆる正義の味方の登場だ。
僕ら悪の秘密結社ブラックサーカス団からすれば真逆に位置する対岸の存在。ここの所やたらとブッキングの多い彼ら五人組は『シャイニングファイブ』を名乗る新進気鋭のヒーローであり目下最大級の僕らの天敵でもある。
リーダーであるシャイニングレッドを筆頭にそれぞれ色の名の付く固有名詞を持ち、青色をしているシャイニングブルー、黄色のシャイニングイエロー、緑色スーツのシャイニンググリーン、黒いシャイニングブラック。
キラキラと光る一体何の素材を用いているのか分からない謎コスチュームの彼ら五人組の中で唯一ブラックだけがかなりの異彩を放っている……直訳すれば『黒の輝き』。そこだけで聞けばいかにも厨二病的な名前であるが如何せん見た目に問題がある。テラテラと怪しく艶めく黒い色は自ら発光する事も相まって何だか脂ぎっているように目に映り、正義の味方という看板を背負っていなければその質感と色合いは正に『G』一人だけ格好いい決めポーズが地面を見つめ腰を屈めている姿である事も合わさり平らになった背中部分が尚更それっぽく見えてしまう。
「我々は、人々の生活と安全を守る正義の味方!」
個人的に、色々と思う所のある僕を置いてきぼりにしヒーロー達はお決まりの前口上を高らかに叫び出す。
「明日を照らす炎の輝き、シャァイニングレェッド!」
「疲れを癒す優しき光、シャイニングブルー」
「未来を夢見る希望の光線、シャイニングイエローッ!」
「緑林がもたらす安息の曙光、シャイニンググリーン」
「黒光り……シャイニングブラック……」
「我ら五人合わせて、とうっ!」
目立ちやすい高い場所から掛け声と共に宙へと飛び立つ五人組、登場シーンに利用されたアーケードアーチの上から真下の地面まではかなりの高さがあり普通に飛び降りてしまえば両足複雑骨折か打ち所が悪ければ帰らぬ人に。しかし自然落下や重力加速度を完全に無視した緩やかな軌道を描き五人は飛び優雅とすら呼べる姿で軽やかに着地する……瞬間、爆発したように湧き上がる観衆の声。多分にサクラが混じっていると黒い噂の絶えない通行人達だが、声高に叫ぶ人々の中には純情そうな子供の姿もありヒーローとして人気がある事は間違いないのだろう。
「シャイニングファァアアイブ! 只・今・見・参!」
「な、なにぃシャイニングファイブだとぉ!?」
「その通り! そこまでだ、ブラックサーカス団!」
「くっ、ふっ……ふふふふ、やはり来たかシャイニングファイブ。我が宿敵よ!」
「悪現れる所に必ずシャイニングファイブの姿有り! お前達ブラックサーカス団の悪事は俺達が許さん、覚悟しろ! ……提供は、アルクリス工学研究所でお送りします」
「おのれー」
「……」
ちゃっかりと所属部署の宣伝まで交えるレッドの言葉に、怪人であるカニ彦さんはむしろノリノリな態度で声を放つ。
『何者だ』と聞いておいて『やはり来たか』と重ねる辺り、やっぱり分かっていたんですよねカニ彦さん。そこまで知った上であえて反応してあげるのは優しさか。
生物の蟹を模した赤黒い甲殻に顔まで蟹そっくりのカニ彦さんは特徴的な右手の鋏をチョキチョキと鳴らし、恐ろしげに凄むその様に周囲の子供達から飛んで来る悲痛な叫びと小石の山。決して少なくない数が甲殻の背の上で跳ねるがカニ彦さんはそんな程度で怒ったりはしない。出来た人だから。
「やるぞお前たち! 今日こそ奴らの息の根を止めて見せる!」
「イーッ!」
「イーーー!」
「い、イー」
ボスである怪人の言葉に僕ら黒のタキシードに白の仮面を被った一般戦闘員達も声を上げて応える。上から最古参の長田さん、二番目に普段は気の弱い松井戸くん、そして三番目にこの僕だ。
「イー……」
……うん。全戦闘員含めてこの三人しかいない。カニ彦さんを含めて全部で四人、数の上ですらヒーローに負けるこの始末。
有名所である大手悪役組織ならまだしも弱小秘密結社である僕らブラックサーカス団には大量の人員投与が出来る力は無い。足りない数を量より質だと言い張って戦闘員服にはそれなりの予算を割いているが、それでも謎技術の結晶であるシャイニングファイブスーツに比べたら月とスッポン、ダイヤとガラス。
社会のやるせなさと財力と人気の格差を痛感しつつも戦闘態勢に入る僕らを目にし、シャイニングファイブ五人の面子もそれぞれにやる気を匂わせる。
大ボスであるカニ彦さんの前に立つのは当然敵側のリーダーであるシャイニングレッド、抜き放つレッドの赤い大剣とカニ彦さんの凶悪な鋏。ボス同士の対面にこの組み合わせが当たり前と言えば当たり前だが僕は実はこの采配もカニ彦さんの深い思いあってのことだと知っている。
任務開始前にタバコを吹かしていたカニ彦さんは静かに漏らしていた『出来るだけお前達一般戦闘員に怪我させたくねぇんだ。痛いのなんてさ、嫌だろ?』……独り身体を張って敵リーダーを迎え撃つカニ彦さん、レッドの振り下ろす剣とカニ彦さんの鋏とが交錯し派手な火花が宙に飛ぶ。
「イーッ! イオオオオオオオッ!!」
戦闘員指定の掛け声を上げ隠し切れない怨嗟と共にブルーに突貫していくのは長田さん。『イケメン滅しろ』と公然と叫ぶあの人にとって素顔が人気ミュージシャンらしいシャイニングブルーは正に親の仇と言っても間違いのない存在だ。
嫉妬と怨念を力に変えて、今日も長田さんは頑張っている。
「イ、イヒヒ、イーヒヒヒーーーーー!」
若干どころでなく掛け声が崩れてしまっているのは普段は気の弱い松井戸くん。
単なる一般戦闘員に過ぎない彼だがいざ戦闘になると途端にやる気を見せ何と驚きのシャイニングイエロー&シャイニンググリーンの二人同時を相手にする……特別に彼が強いからとか何か策があるからとかそういう理由ではない、松井戸くんは自らの意思で志願をし危険と分かった上で二人同時を相手にしているのだ。その悪役スピリット溢れる行動に本来なら流れる涙も禁じ得ないが、僕は松井戸くんの本心を知っている。
シャイニングイエロー、シャイニンググリーン……実はこの二人、女性なのだ。
他の三人と違いコスチュームの上から見ても分かるふっくらと張りのある女性の象徴。二種の双丘を前に怪しい掛け声を上げて飛び掛かる戦闘員、ワキワキと蠢く指……松井戸くんが、一体何を欲しているのかは推して知るべし所だろう。
数秒も待てば願い叶わず地面を転がる彼の悲しい叫び声がこだまするがそれでも松井戸くんは決して折れない。何度倒れようとも何度屈しようとも諦めず立ち止まらず何度でも立ち上がるその様はむしろ彼こそが本物のヒーローではないかと僕らの胸を熱くさせるが……それもまぁ、あくまで事情を知らなければの話しだ。
「えっと」
「……」
「ははは、どうも」
必然的、僕の目の前に残るのは黒光りするアイツしかいなかった。
僕とて一応は悪の組織の一員、わざわざ敵の前口上を遮ろうなんてそんな無粋な事は考えないが『黒光り、シャイニングブラック』なんて名乗り上げ、むしろ遮ってあげた方が本人の為じゃないのかとすら思う。
すぐ目の前に立つテラテラと輝くブラックボディー、いやでも連想される主婦層の大敵。実際に近くまで寄るとその質感はいよいよ本物であり、抑えようにも勝手に沸き立つ鳥肌が止められない。
「その、よろしくお願いします」
「……うん」
「あ、その、あんまりアップで来ないでください。ちょっと心の準備が」
「そんなに怖がらなくていい」
頭部を保護するブラックサイバーのヘルメット越しに聞こえてくるのはボイスチェンジャーを通した加工された人の声。黒いマスクのその下で、ブラックが一体どんな表情を浮かべているか分からないがこれでも幾度か対峙してきて。その人となりが実は礼儀正しい事も分かっている、本当は優しい人間なんじゃないかという事も何となく分かってる。
「大丈夫だ」
「……」
「一瞬で、終わらせる」
「デスヨネ」
……しかし、こと戦闘になるとそんな気遣い何の意味も持たなかった。
一瞬で、振り上げた事すら分からない早さによって目前に迫る握り固められた拳。
インパクトの衝撃にコンマ数秒後には僕の体はその場を高速で射出され、道路の上をまるでゴムまりのように何度も何度も跳ね回った後でようやく停止した。