04
走って、走って、走った先に階段が見えてきた。その横にはエレベーターもある。
そういえばここは何階なのだろうか?
連れられてきた時はエレベーターや階段を何度も使われたうえに、エレベーター内には階を表示するランプなどなく、体の影でボタンを押されてしまえば確かめるすべはなかった。何より、あの時の俺にそんなことを気にする余裕などなかった。
もしかしたら田中のあの奇抜な格好はこちらの警戒心を自分だけに向けるためのものだったのだろうか。だとしたら思ったよりも厄介な相手のようだ。
辺りを見回すが、階を示すものは何もなかった。
おそらくこういった脱走対策のひとつなのだろう。
「リーダー、上と下どっちに行く?」
山本がたるんだ下顎を震わせながら訊ねる。
「おそらくここは地下だと思うんだが…」
「あたしも同感よ」
「決まりだな」
全員上へ向かうことに異論はないようだ。さすがにエレベーターを使いたい誘惑に駆られるが、誰もわがままは言わなかった。エレベーターを監視されていて降りた途端に蜂の巣など勘弁だ。
狭い階段は挟まれたら一網打尽にされるだろう。ここでは走らず、前後を警戒しながら慎重に登って行く。
決して階段を走るのがしんどいからなどではない。
俺と川原が前を警戒しながら慎重に進み山本はグレネードを片手に下を警戒する。
西村は全体を俯瞰し、俺たちの疲労度に応じ途中でわずかながら休憩などを入れさせる。
このフォーメーションも事前に考えていたものだ。川原はいわゆるミリオタと呼ばれる軍事系のオタクであったため、こういったフォーメーションや兵士たちの持つアサルトライフルなんかにも詳しかったのだ。おかげで大した戸惑いもなく銃を扱えているというわけだ。まあ、銃の反動を念動力で抑えられるというのも大きな要因の一つであろうが。
金属の階段を上る四人分の靴音だけが鳴る。
全員、緊張と運動したこと、そしてやけに蒸し暑い気温のせいで脂ぎった肌に汗を滴らせる。
やばい。喉の渇きが尋常じゃない。
「どこかで飲み物を補給しないとやばいな」
俺の野太くかすれた声に皆賛同する。
これは脂肪を蓄えたことによる数少ない弊害の一つだった。燃費が異様に悪い。この体になってからとにかく腹が減り、喉が水を求める。
仕方なしにまだ階段は続くが一度逸れ、どこかの階に侵入する。
「どこかに飲み物があるはずだ。慎重に探すぞ」
「うす」
「ああ」
「わかったわ」
§§§§§
飲み物を探すのに随分と時間をかけてしまった。幸い研究者たちは皆脱出したらしく、この階には兵士もいなかったため戦闘もなく見つけられた。
ドリンクサーバーを見つけ、我先にとコーラを喉に流し込む。数年ぶりのコーラ、というかジュース。渇いたのどにはじける炭酸が最高だった。ややぬるいがそんなことが気にならないくらいうまい。やばい。止まらない。ゲフッ。コーラってこんなにうまかったのか。幸せというのは失ってから初めて気付くというが、その通りだ。かつての俺はコーラなんてベタベタしていて甘すぎるしうまくなんてないと思っていた。飲んでいる人を見て、うわデブ薬飲んでるよ、とか言いながら笑っていた。死ねよ過去の俺。何のために生きているのかなんて考え、幸せも知らなかった、知ろうとしなかったあの頃の俺をぶん殴ってやりたい。コーラ(幸せ)なんてすぐそこにあったんだ。決めた。帰ったら死ぬほどコーラを飲んでやる。絶対にだ。これまではただ死にたくなくて必死だったが、これからの俺は違う。生きて帰り、コーラを飲むために帰るのだ。死にたくないなんて消極的な考えじゃなく、明確な目的ができた俺の心は今、熱く滾っていた。
ちなみにコーラを選んだのはもうずっと飲んでいなかった炭酸に我慢できなかったのと、次にいつ飯が食えるか分からないため、少しでも燃料を補給しておきたかったからだ。
ドリンクサーバーにはコーラの他にコーヒー、オレンジジュースくらいしかなく、全て英語で書かれていた。うすうす感じていたがここはもしかすると海外なのではないだろうか。
あの田中と名乗った二人の仮面をつけた研究者以外、外国の人間がやけに多かったのだ。その田中にしても、そう名乗っているだけで本当に日本人だとは思えない。
殆どは日本語が話せたため、研究所とはそういうものなのかもしれないという気もしたため確信が持てなかったのだ。
おそらく誘拐された時に眠っているうちに運び出されたのだろう。
そうなると途端に逃げ切るのが困難になる。
せめてアメリカとかの大きな街の近くだといいんだが…
「やっぱりここって外国なのかしら…」
「考えたくはねえがそうなんだろう」
「ッチ。ここから逃げられても一苦労かよ」
「だがここに捕まっていて、無理矢理セックスさせられ続けるよりはましでしょう」
「そうだけどよ」
「飲み物も手に入れたしさっさと逃げましょう」
「だな」
ドリンクサーバーのボトル部分は意外にも大きくなかった。さほど飲む人がいなくて、駄目にしないためだろうか。コーラは二つあったボトル全てを飲み干してしまったが、残っていたオレンジジュースのボトルをありがたく一本拝借し階段へと戻っていく。
だが階段の前まで戻ったところでエレベーターの着いた音がする。ゆっくりと開いたドアの中には強化ヘルメットに頭を包む小さな、小学生くらいの女の子がこちらに拳銃を向け立っていた。
「避けろぉォッ!」
私はコーラあまり好きじゃないんですけどね(笑)