01
パチンッパチンッ!という肉のぶつかり合う音が薄汚れた部屋の中に響く。
部屋には数人の男女が裸になって乱交をしていた。
その部屋は外から厳重に鍵が掛けられ、薄っぺらな毛布が人数分と後は食いカスがあるのみであった。
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20XX年、超能力を使える人類が現れた。
何の前振りもなく、昨日までただの一般人だった人間に突如として念動力を使える者が現れたのだ。
念動力とは離れたところにある物を触れずに動かせるといったフィクションやマジックでは定番のものではあったが、実際に使われると物理法則を無視した馬鹿げた力であることがわかる。
もちろん世界は混乱に包まれた。誰が念動力を使えるかわからず、犯罪にも使われた。
ようやく念動力が使えるか調べる機械が開発された時にはかなりの数の念動力者が迫害や拉致の対象となった。
それでも人間とは慣れる生き物であって次第に社会でも彼らを当たり前に受け入れられる時代がやって来た。
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その日も俺は工場で働いていた。自動車のパーツを作る下請けの小さな会社だ。なりたいものが有ったわけでもなく、やりたい事も、叶えたい夢もなかった。
日々を何となくの惰性で生き、これからの事など一切考えずに生きてきた。学生時代は違ったと思う。夢はなくとも、負けず嫌いの俺は誰にも負けないようそれなりに真面目に勉強したし、部活だって必死にやった。でも、そんなものは社会では何の役にも立たなかった。
何のために俺は生きているんだろう。
そんなことをつらつらと考えてしまうのは、どんよりとした分厚い雲のせいに違いない。
決められたことを淡々と繰り返す。
そんな毎日を送っていたとき、何の予兆もなければ実感もないままに念動力が身に付いた。
ただ落ちたペンを拾うのを億劫に思いながら腰を屈めたら、ペンが浮き上がり俺の手に収まった。
その時の気分は最高だった。念動力という力を身に付ける人間が現れるのは知っていたが、こんなにも唐突に現れるものだったのか。
それからはひたすらに念動力の練習をした。
離れたところに力を働かせることができる。これは見えない手をイメージするよりも、持ち上げるなら下に力点を作りそこから押すように見えない力を加えるイメージで行うと上手くいった。
実際に使える者でなければ実感しにくいが使えるようになったら自然と見えない力を意識できるようになった。力を伸ばせる距離は30メートルくらい。
また、持ち上げることができるのは合計で自分の体重までらしい。これは自分を持ち上げたら空を飛べるんじゃ?と思って試してみたからわかった。
結果としては失敗だった。ジャンプしてゆっくり着地するくらいが精々で、後少しで持ち上がりそうなのに出来ない感覚があった。
合計で、というのは練習では腕から力点を飛ばすイメージをしていたので両腕で試してみたら少しずつ力点を2つに分けることができるようになった。
さて、これだけ練習していたわけだが実は念動力者になったことは誰にも言っていない。
親しい友人などがいないのも要因の一つだが、念動力者の差別は有名な話だ。
何より普段力を隠していて、女のピンチに颯爽と駆けつけ助けるとかダークヒーローっぽくて格好良くね?
とか考えていたが、現実の社会でそんな機会が訪れることはなく燻っていた。
いつもなら自分の部屋でしかしない練習を人のいない河原でやったのが間違いだった。直接空は飛べなくても、ジャンプの拍子に下から力を加えればめっちゃ高くまで跳べるかと思い試したのだ。
失敗しまくりどろどろのへとへとになりながらもなんとか形になり、にやにやしながら誰もいない自宅に帰った。
それから暫くしてネットで話題になっている動画があった。タイトルは「ジャンピングおじさん」。
俺が河原で練習している様子を撮られていたらしく、勝手にネットに投稿されていた。せめてもの救いは申し訳程度のモザイクで顔を隠してあるところか。
幸いにも俺だと気付かれることもなく過ごせていた。
いや、気付かれていないと思っていた。だがそれは間違いだった。
変わった念動力の使い方をしていた俺は奴等に眼を付けられてしまったのだった。
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気が付けば俺は車の中にいるようだった。ようだったというのは目隠しをされているらしく、音や揺れでしか判断できないからだ。
ただ、やけに腹が減り、喉も乾いていた。緊張のためだろうか。
手足は手錠か何かで拘束されている。
どうやら周りにも何人か同じような者がいるらしく、うめき声のようなものが聞こえる。
俺はこっそりと念動力を使い目隠しをずらす。
するとそこには俺と同じように倒れている人間が2、3人に、日本じゃ御目にかかることはまずないアサルトライフルを持った兵士が数人こちらを監視していた。
慌ててばれないように目隠しを戻す。
さすがに念動力でもあの人数の銃器を持つ人間相手にどうこうできるとは思えない。相手の目的がわからないうちは大人しくしているより他ないだろう。
ほどなくして目隠しを外されると、そこは大型トラックのコンテナの中だった。
どうやら俺の他に捕まっているのは若い女が二人だけのようで怯えたように座り込んでいる。
兵士が内側からコンテナを開けると、そこには仮面をつけた男が両手を開いて出迎えていた。
「皆さんよくおいでくださいました。ワタクシここの所長をしております田中太郎と申します。お気軽に太郎さんとお呼びください。ああ、ここというのは念動力者(PK)製造(P)研究所のことです。詳しいことは中で担当の者が話しますのでそちらで伺いください」
ひょろ長いいかにも研究者といった背格好に真っ白な白衣、見た目にそぐわない甲高い声、そして顔を覆うのは真っ白な顔にニヤニヤ笑いを浮かべた仮面。そこから見える名前にそぐわない金髪。
俺たちを出迎えたのはそんな吐き気がするような白い男だった。