ままごと人形(2)
数日して綿と布が届いた頃には、モリッツさんから注文を受けたままごと人形の胴体部分とスカートが出来上がっていた。
……まだまだお客さんが少ないから、朝昼が暇なせいもあるけどね。
「ほう、器用なものだな」
「そりゃあ、ね。たくさん練習したもの」
お茶を飲みに来たユリウスが、カウンターの向こうからこちらをのぞき込んで目を丸くしている。
今作っているのはままごと人形に持たせる小物で、あるとなしじゃ遊びの幅が変わってくるし、最初に見たときの印象は、人形の『性格』まで決めちゃう大事な部分だからおろそかには出来ない。
「ふふっ。ユリウスも欲しい?」
「いや、欲しくはないが……」
「あら残念。……よいしょ、っと」
袋縫いした手足や胴体に綿を詰めていくのは、結構骨が折れるし頭も使う。少ないとすぐにへたるし、多すぎるとほつれやすくなるもんね。
「……これが出来上がったらね」
「うむ?」
「アリアネにも、本格的に教えるんだ」
アリアネを通してわたしが人形を作っていることが孤児院の子供達に知れると、女の子たちのほぼ全員が入れ替わり立ち替わり見に来た。
でも。
誰一人、それを欲しいと口にしなかったところが、わたしには哀しくて、寂しくて……。
その話をユリウスにすると、彼も眉根を寄せて暗い顔になった。
「それでね、アリアネが覚えて、次に他の子も覚えて、そのまた次の子が……って、『お姉ちゃん』が『妹』に作っていけば、何年経っても人形は作り方と一緒に受け継がれていくと思うの」
宿のユーリエさんとギルドのウルスラも協力してくれることになったけど、わたし達だけじゃ一度に女の子達全員の分を作るのはちょっと無理だし、出来上がってから贈るにしてもちょっと時間が掛かり過ぎちゃうしで、色々考えた末に自分たちで作って貰うことにしたんだ。
「ね、どうかなあ?
ほら、針仕事の練習にもなるし、いいこと尽くめだよ」
ディートリンデさんとアレットは、裁縫なんて無理無理の無理、ごめんなさいと逃げ出していた。
代わりに、冒険者になりたい女の子が現れたときは私たちの出番ってしっかり頷いてくれたから、そっちはお任せしようと思う。
……ちなみに『元』冒険者のパウリーネさまには、恐くて聞けないでいる。
うちの母さん、ディートリンデさん、アレットと、冒険に出ている人は皆、たぶん針仕事が苦手……なんだろうなあって、何となく想像がついた。
「そうだな。
……ああ、材料費ぐらいは、俺に出させて貰えないか?
田舎暮らしを強いることになったことも含め、連れてきた責任があるからな」
「ありがと。
でも、ユリウスには別のお願いもあるんだ」
「うむ?」
「ほら、女の子だけ特別扱いだと、不公平でしょ。
贈り物じゃなくてもいいから、男の子達にも何かないかなって考えたんだけど、いいのが思いつかなくて……」
かりかりっ。からん。
あ、フリーデンが帰ってきたかな。
「ちょっと待ってね」
「いや、俺が開けよう」
「じゃあ、お願い」
うちのお店は雪に耐える造りで隙間もないし、昼間なら扉の上にある戸鐘をからんと鳴らすか、夜なら2階の窓をぺちぺち叩くかしないとフリーデンは中に入れない。……ネズミはどこからか入って来るのにね。
ふぃー。
「おかえり、フリーデン」
「ご苦労だったな、フリーデン」
ふぃっ!
最近では、朝と夕方と夜の一日三回、フリーデンはシャルパンティエを見回ってくれる。
特にね、うちはフリーデンの住処でにおいがしっかり着いてるからいいけど、食べ物を扱う『魔晶石のかけら』亭と『猫の足跡』亭は念入りに見回りしないと、すぐにネズミが居着いてしまう。
もう一匹の期待の『戦力』、教会のクラリスはまだ仔猫で、今はそっちもフリーデンの縄張りだった。うちの子もまだまだ子供だけど、お互いちっこいのに、狩りの練習なのか、クラリスのところへ弱ったネズミを持っていってたりもして、なんだかお兄さん風を吹かせてるみたいで微笑ましい。
でもギプフェルには一歩引いてるかな。ギプフェルもまだ仔犬だけど、かなりおっきいからね。
……の割にはディートリンデさんのキルシュにはいつも喧嘩腰で、『きゅわー!』『ふぃあー!』って屋根の上と下でにらみ合ってたりする。
そして使い魔じゃないけれど、シャルパンティエの動物達の王様はユリウスのメテオール号だった。
お喋りが出来ないから正しいところはわからないけれど、フリーデンもキルシュも、メテオール号のそばでは喧嘩しない。
「どうだった、フリーデン?」
ふぃ、ふぃ。
「わ、2匹かあ。ご苦労様」
「やはり見かけないようでいて多いのだな。
山里の、それも開村したばかりのこちらではもっと少ないだろうと思っていたが……」
「ネズミとハエはしょうがないよね」
ユリウスが伸ばした手に、フリーデンはてってってと登っていった。
わたしが針仕事をしている時は、針やはさみを踏みつけると危ないから近づいちゃ駄目って教えてある。甘えてくれるのは嬉しいけど、怪我なんてさせたくないもんね。
「これ縫い上げたら休憩にするから、お昼はもう少し待ってね」
ふぃ。
「うむ」
一人と一匹は、同じように頷いた。
更に数日。
ままごと人形は無事に出来上がった。
小物がちょっと大変だったけど、これまでで一番いい仕上がりかも。
どうかなと、出来上がりをアリアネに見せてみる。
「わ、かわいい!」
「基本のマリー姫なら、わたしも作り慣れてるからねー」
毛糸で出来た金色の髪に小さな宝冠、手には魔法の杖があって、ひらひらしたドレスはちょっと苦労したけど、いつものように表地だけは同じ柄のものを組み合わせて、何とか見栄えよくしてある。
慣れるほどの数を作ったのは、ジョルジェット姉さんに裁縫の腕が追いつけるように頑張ったからだけどね。
ちなみに沢山のマリー姫やナタリーは、実家と同じジャン・マチアス通りの家々───同じ通りに住む少し年上の女性はみんな『姉さん』で、年下の子たちは妹同然───に貰われていったから、無駄にはなっていない。
「そして……じゃーん!」
「え、剣!?」
「うん。
それからこっちは盾とマント。
鎧は紐結びだから、着せ替えもできるよ」
このマリー姫はモリッツさんの注文通り、冒険者風の『装備』を身につけることが出来る特別製だ。
剣も盾も布に綿を入れて作ったし、ボタンが付いているから杖と交換して手に『持てる』。
鎧はなんと、中古のマントを補修するのに仕入れた皮の切れ端、つまりは本物の皮をラルスホルトくんに裁断して貰った。
もちろん、ドレスを織り込んで鎧に隠してから兜を被れば宝冠も見えなくなるから、ちゃんと冒険者に早変わり出来る。
「モリッツさんの姪っ子さん、この子を気に入ってくれるといいなあ……」
「大丈夫ですよ!
こんなにかわいいんですもん」
うん、そうだね。
本物のマリー姫───アルールの初代国王陛下の一の姫───は愛嬌のある美人でとても気さくなお方だったそうだけど、このままごと人形のマリー姫も笑顔が素敵だ。
……ただしそのマリー姫、自分で騎士団を率いて魔族退治に行っちゃうようなお転婆……おほん、正義感の強いお姫さまだったのも間違いないようで、絵物語どころか歴史書にその名前と業績が刻まれている。
……この子は持ち主の手に渡った後、どんな物語を紡ぐんだろう。
一流の冒険者、それとも、お姫様だから女騎士?
ままごとなら料理上手の若奥様かもしれないし、お店屋さんごっこならわたしと同じ商人になることも出来る。
わたしも子供の頃のことを少し思い出しながら、アリアネと二人、夕方のお客さんがくる時間まで『この』マリー姫のことを話し続けた。