ままごと人形(1)
シャルパンティエでも大人達が半袖の服を着はじめた初夏の朝方、いつもの買い物かと思いきや、お客さんの口から飛び出したのは予想外の言葉だった。
「へ!?
お人形?」
「うん。何とかならないかい?」
カウンターの前で頭を掻きながら困った顔をしているのは『荒野の石ころ』のリーダー、モリッツさんだ。
昨日洞窟から帰ってきた『荒野の石ころ』さん、今日は休養日だから明日の用意かなと思ってお迎えしたんだけど、聞けばなんでも近々里帰りするので、姪っ子にお土産の一つでも持って帰りたいらしい。
「ああ、もちろん頼めばすぐ手に入るなんて思っちゃいないけどさ、誰か、注文を聞いてくれそうな人に心当たりはないかな?」
「うーん……」
残念ながら『地竜の瞳』商会は冒険雑貨が専門で、日用品ならともかく、いきなり言われてもお取り寄せになるとしか返事が出来ないし、それはモリッツさんも分かってくれている様子。
シャルパンティエにはうちしかお店がないし、何かと頼られるのも日常になってきたかな。
最近だと、アロイジウスさまの貸家を借りた『怒れる雄牛』さん達から、家具一式の注文があった。
筆頭家臣のお仕事もあるし、時々、うちが何のお店だったか忘れそうになるけれど、かゆいところに手が届くのがいい雑貨屋だとも思うので、あまりにも無茶な注文じゃない限りは受けるようにしている。
「ごめんなさい、わたしも出身はアルールで、こちらに人形師の知り合いはちょっと……。
えーっと、東方に長く住んでる人は……あ、わたしの方からアロイジウスさまか、カールさんに聞いてみましょうか?
それで駄目なら、マテウスさんに手紙を出してみますけど……」
「ああ、こっちこそごめん。最初に言っておけば良かったなあ。
人形師に注文して作って貰うような、上等のが欲しいわけじゃないんだ。
ほら、農家や下町の子供がお人形遊びに使うような、布に綿を入れて顔を描いてある、ぬいぐるみの親戚みたいなやつで……」
「あ、ままごと人形ですね!」
「そうそう、それ!」
わたしが最初に想像したのは、陶器のお顔に彩色が施され、わたしのお出かけ着よりも上等なドレスを着せられた飾り人形だった。……『注文』なんて言われたから、実家と同じ通りにあった人形師のギーさんのお店を思い出してたよ。
モリッツさんが口にしたままごと人形は、衣装も身体も布───主に端切れを縫い合わせて作る、わたしにもなじみ深い方の人形だ。
もちろんままごとだけじゃなくて子供同士でやる人形劇にも大活躍、柔らかいから抱いて寝られるし、買い与えてもそれほど高価じゃない……っていうか大抵は母親の手作りで、裁縫上手なお母さんがいる女の子はそれだけでみんなから羨ましがられた。季節に合わせた衣装まで持ってる子もいたりして、なかなか侮れないんだ。
年頃になると、自分の人形だけでなく妹たちの人形やその衣装を作ったりして、人形遊びよりも小物や手仕事の腕前を競い合うようになっていく。
わたしも最初は父さんに───うちはちょっと変わっていて、母さんは元冒険者で裁縫が大の苦手だった代わりに、父さんは仕事柄、下取りした布製品の修理が出来るぐらい裁縫が上手かった───作って貰ったけれど、手取り足取り教えて貰いながらすり切れた手足や破れた衣装を自分で繕ったりしてるうちに、なんとなくお裁縫の基礎を覚えていったっけ……。
おかげで丸薬を入れる小袋ぐらいなら考え事をしながらでもちょいちょいっと仕上げられるようになったし、飾り紐だって大抵の子より上手に作れる自信はある。
「じゃあ、わたしが作りましょうか?」
「ほんとに!?
助かるよ!」
「あ、どんなのがいいですか?
アルールだと、人気があったのはお転婆マリー姫とかメイドのナタリーとか……」
「そうだなあ……」
人形には幾つか基本の様式があって、マリー姫なら金髪を模した黄色の色糸を使った髪の毛と魔法の杖が、ナタリーなら垂らした三つ編み髪とフリルの着いたエプロンが特徴だ。世代でも流行が少し違うけど、劇や絵物語に出てくる主人公がやっぱり一番人気かな。
「あ、こういうのは出来るかな?」
「それなら、たぶん大丈夫です」
わたしは端切れの残りに柄物の布はどのぐらいあったか思い出しながら、モリッツさんの注文を聞いていった。
▽▽▽
「針仕事ですか、ジネットさん?」
「うん。注文が入ってねー」
次の日からわたしは、店番の傍ら人形作りに精を出していた。
大きい裁縫箱はシャルパンティエへの旅に出るときブリューエットに譲ったから、これだけはと家から持ってきた愛用の指ぬきに、編み針と裁ちばさみ───もちろん、ベルトホルトお爺ちゃんの作───の他は、ヴェルニエで買った物も多い。
中に詰める綿と顔に使う少し上等の布、それから数種類の色糸や毛糸がその他の裁縫小物と一緒に届くのは明後日で、今はまだ端切れを繋いでいくだけの作業だけど、アリアネがじっと見つめている。
「もしかして、領主さまの?」
ちくっ。
「大丈夫ですか!?」
「……これはお客さんの注文だよ」
アリアネにもちろん悪気はない……っていうか、今もきらきらした目でわたしの手元を見ているから、怒るに怒れなかった。
ゲルトルーデが教えてくれたところによれば、アリアネはわたしに憧れているらしい。自分どころか、院長様やシスター・アリーセでさえ手を焼いていた暴れん坊のフランツに言うことを聞かせられるからだそうで……。
そりゃあいくらやんちゃでも、あの時、本気で怒っていた大人のわたしと、身体は他の子より大きくてもまだまだ子供のフランツじゃ、ぜんぜん勝負にならない。……それがわかる頃には、二人とももう子供じゃなくなってるだろうね。
ちなみにフランツはわたしが苦手な代わり……なのかな? ユリウスにとても懐いている。数人の弟分と一緒に朝の鍛錬には欠かさず参加していて、将来が楽しみだってユリウスは笑顔で頷いていた。
「でも、巾着袋? ……にしては形が変ですね?」
「ああ、これはね、まだ形になってないけど……ほら、これが手でこっちは足、ここが胴体のところで……」
「え、人形!?」
「うん」
「ジネットさん、お人形作れるんですか!?」
「豪華なのは無理だけどねー」
「す、すごいですっ!」
「わたしぐらいの腕前だと、あんまり自慢にならないかなあ」
多少の自信はあるけれど、結局ジョルジェット姉さんには勝てなかったんだよね。……もちろん、父さんにも。
子供の頃はともかく、姪っ子が抱いていたままごと人形は大人になったわたしから見ても『あ、いいな……』って思えるほどの出来で、格の違いを思い知らされたよ……。
「そうだ、これを仕上げたら……」
「ジネットさん?」
「アリアネも、ままごと人形作ってみる?」
「え!?」
いや、そんなに驚く事じゃないと思うんだけど……。
ああでも。
……孤児院で人形を持っている子、一人も居なかったっけ。
これは……わたしの出番かな?
「……大丈夫よ。
わたしも最初は全然出来なかったもの」
「じゃ、じゃあ、頑張ります!」
笑顔の中にもやる気十分なアリアネに、わたしもにっこりと微笑んだ。