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アルールのブリューエットさん

雑貨屋の娘ブリューエットは今日も一人前を目指して頑張っています

 それは、とある夕暮れのこと。

 わたしはいつものように、店番をしていた。


「いらっしゃいませー!」

「嬢ちゃん、この店に蛇避けの香があるとギルドで聞いたんだが……」

「はい、あります!

 リリアーヌ義姉さーん! 蛇避けの香お願い!」

「はあい!」


 奥から義姉さんを呼んで、お客さんを引き継いで貰う。

 わたしはまだ一人前じゃないから、薬品棚の鍵は触らせて貰えなかった。

 間違えてお客さんに渡せばわたしが怒られるだけじゃなくて、お店の信用が落ちて、お客さんが命を落とす。

 だからちょっと恐いし、いまは頑張って勉強中だった。


「ありがとうございましたー!」

「またのお越しをー!」


 お客さんをお見送りして、ほっと一息。


「ごくろうさま、ブリューエット」

「ありがと、義姉さん」

「じゃあ、もう少しお願いね。

 ギルドに納入する丸薬、あとちょっとで仕上がるの」

「うん、大丈夫だよ」


 リリアーヌ義姉さんは柔らかい笑顔でわたしの頭を撫でて、奥の仕事場に戻っていった。

 ……ジネット姉さんもアレット姉さんも、よくわたしの頭を撫でてくれてたっけ。

 今頃、どうしてるかな。

 少し前に手紙が届いて、二人とも元気だとは知っている。

 でも、たまには会いたいと思う。


「姉ちゃん、ただいまー!」

「たっだいまー!」

「はい、おっかえりー。

 ラザール、ランベール、二人とも義姉さんに挨拶してから、井戸行って来て」

「えー」

「今行って来るよ」

「駄目。挨拶が先」


 やんちゃな弟たちが帰ってきたので、早速仕事を言いつける。

 店番もさせるけど、家のこともやって貰わないとね。躾は大事ってジョルジェット姉さんも言ってたし、家族全員でお店を支えないとうちはやってけない。


「邪魔するぜ」

「い、いらっしゃいませー!」

「おう、錆取り油と麻縄、ついでにタラの干物はあるかい?」

「はい、ありがとうございます!」


 おっとっと、ぼーっとしてちゃ駄目。

 次のお客さんに笑顔を向ける。

 見覚えのない顔だけど、新しくアルールに来たパーティーさんかな?


 後ろに立って視線だけで品揃えを確かめている人は、竪琴を抱えていた。

 たぶん、吟遊詩人さんだ。……きりっとしてて格好いいし。

 もちろん竪琴は大事な商売道具、普段は袋に入れて持ち歩くそうだけど、街の中だと宣伝になるから抜き身で抱えてうろうろするんだって大兄さん───ガスパール兄さんが言ってたっけ。


「錆取り油は小瓶、それとも……」

「ああ、そっちは小瓶でいいぜ。

 代わりに、タラの方は四尾貰おうか。

 名物らしいからな、一人一尾だ」

「はい!

 お買いあげありがとうございます!」

「こいつで足りるかい?」

「えーっと……」


 テストン銀貨じゃなくてグロッシェン銀貨だから銅貨25枚の……あ、15を引いて残りを足せばいいのか。

 流石に姉さん達ほど計算は早くない。追いつきたいけど、なかなかね。

 お釣りを渡してもう一度、ありがとうございます、だ。お礼は大事。


「そうだ嬢ちゃん、今夜暇なら家族揃って『波間のしるべ』亭って酒場に来な。

 うちのリーダーは見ての通り、吟遊詩人でな」

「アルール初お目見え、新曲をひっさげての興業だ。

 ヴィルトールは遥か東の果て、この冬に起きた大事件の物語でな、そうそう、丁度嬢ちゃんぐらいの女の子が……っと、この先は聞いてのお楽しみ!」

「おいレオンハルト、お前も何か言え」

「あー……」

「ただいまー……っと、お客さんだ、失礼失礼。

 いらっしゃいませ!」


 商工組合の会合に出ていた大兄さんが、やれやれ顔で戻ってきた。

 もちろん、お客さんに気付いてすぐ笑顔になる。


「丁度いい、あんたも来いよ」

「えーっと?」

「『波間のしるべ』亭でな、今夜こいつが、『高山の薔薇』のレオンハルトが新曲をやるんだ」

「お、吟遊詩人さんか!」

「おうよ!

 ヴィルトールの東方辺境から順に、護衛を受けながら興業中ってわけだ。

 聞き逃すとエヴルーまで来て貰わなきゃならんぜ?」

「ほう、東方辺境!

 こりゃ奇遇だ」

「どうかしたかい?」

「いやね、うちの妹たちがそのヴィルトールの東方辺境にいるんすよ」

「へえ、どのあたりだい?」

「ダンジョンのある開拓村で、確かシャルパンティエって……」

「へ?」

「シャルパンティエだって!?」


 冒険者のお兄さん達は、目を見開いて驚いていた。


「おい兄ちゃん、レオンハルトの新曲はな、正にそのシャルパンティエの物語なんだよ!」

「ええええっ!?」


 今度は大兄さんが驚いている。

 もちろん、わたしも驚いた。


「あの、じゃあ、ジネット姉さんの……」

「姉さんだ!?」

「こいつは驚いた!

 シャルパンティエ領筆頭家臣のジネット姐さんなら、よーく知ってるぜ!

 もちろん、薬屋のアレットもな!」

「ひ、筆頭家臣!?」


 ジネット姉さんは、東の果てで一体何をやってるんだろう……?

 領主さまから建物を借りて、アレット姉さんと二人で冒険雑貨のお店をやってるのは、手紙で知ってる。

 でも筆頭家臣……って、領主さまの家来!?

 わたしと大兄さんは、ぎぎぎと顔を見合わせた。




 もちろんその日は、家族揃って『波間のしるべ』亭に繰り出したけど……。


 じゃん、じゃららららん。


「おお、ジネット~!

 哀しみの涙は~、その時希望に変わった~!」


「『冒険者の集いしシャルパンティエ!

 なればこそ! なればこそ!

 わたくしは、彼らに望みを託します!』」


「おお、ジネット~!

 金の髪ほつれるも厭わず~、宿に駆け込んだ~!」


 じゃらららん。


 ……。


 ……姉さん、ほんとに何やってるの?

 って言うか、ほんとのほんとにジネット姉さんなの、この歌に出てくる人!?


 歌の中じゃ、アレット姉さんは薬草師のアレット姉さんらしい活躍振りだったけど、ジネット姉さんは……えーっと、その……誰この知らないお姉さん。


 たぶん、わたしの横であんぐりと口を開けている大兄さんと、話を聞いて旦那さんと甥っ子たちを酒場まで連れてきたジョルジェット姉さんも……同じ気持ちのはず。


 今夜中に、シャルパンティエ宛ての手紙を書きたいと、心の底から思った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 本棚を整理していて久しぶりに本編の単行本を見つけ、読んでいなかったこちらの方も見に来ました。 吟遊詩人に歌われるような活躍を、自分の身内がしていると知ったら驚くよね〜(笑)
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