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チェーン

作者: 篠宮ほがら
掲載日:2014/01/17

 温かい珈琲をお願い、といわれたので寒い中をわざわざコンビニエンスストアへいった。

 なかった。

 コンビニエンスストアを出て家とは逆方向にある自動販売機に向かう。

 自動販売機の表示は赤かった。温かい、がある。珈琲もある。

 スイッチに触れようとしたが、果たしてこの缶珈琲で許してもらえるだろうか。カフェオレでも微糖でもなくてブラックと恰好よく聞こえるが、無糖だ。

 指令した人は、珈琲を砂糖も入れずに飲んでいたか。

 飲んでいた筈だ。

 本当か?

 見過ごしたのではなかろうか。カップに注いだのは私だ。湯気とともに香りが鼻をくすぐった。

 だが、その後でテレビを眺めたり風呂に入ったり、私はいつまでも彼女のカップを見ていた訳ではない。

 家にインスタント珈琲がなかっただろうか、彼女がいっていたのは、その珈琲のことだろうか。

 残りはあった気がするし、ない気もする。

 ポケットを探った。携帯電話は家に置き忘れたらしい。

 一度、戻ろうか。

「何をやってるんですか」

 振り返ると、少女がいた。全部が、白かった。

 いや、廻りが暗いのだ。明かりは背後の自動販売機だけで、他の街路燈は遠い。

 白い少女は訝しい目になった。

「買わないんですか」

 いわれて今更に想う。確かに自動販売機で右往左往していては怪しかろう。

 だが、私は迷う派だ。

「どれにしようかなって」

「珈琲しかないじゃないですか」

 え、と自動販売機をもう一度見た。

 赤く、売り切れ、と表示されている。

 厭な汗が頬を伝った。

「財布を忘れてきたらしくて」

 いい訳がましいが、どうか。

「チェーン出てますよ」

 少女が指差す先に、私の腿の辺りに目を遣ると、チェーンがだらしなく下がっていた。いつも財布に括りつけているものだ。自動販売機の照明で躰を動かす度に、光ったり陰ったりしている。

「うっかりしてた」

「あったからいいものの、財布もなしに、なんできたんですか」

 少女に訊くべきだろうか。

 珈琲を頼むとしたら自動販売機のとインスタントの、どっちがいい?

 莫迦らしい。

 自動販売機に小銭を挿入した。赤いスイッチが紅く点った。手がスイッチに触れる。

 ――押すのか?

 先程いったコンビニエンスストアにインスタント珈琲はあったのではなかろうか。あれば、空き缶を出さずに済む。

 なかったら、買えばいい。

 私は中止のボタンを押した。小銭が落ち、拾って財布に戻す。

「買わないんですか」

 少女は首を傾げた。

「インスタントを家で作ろうかなって」

 はぁ、と納得しただろう彼女の横を過ぎる。

 コンビニエンスストアの前に戻った。

 駐車場には一台のバイクが止まっている。

 入ろうとした脚を、止めた。

 先程きて何も買わなかったのに、また入って変に見られないだろうか。バイクはあの時もあった気がする。アルバイトの店員は私に目を向けていただろうか。

 いこう。

 硝子の自動ドアが開き、私は入った。

 雑誌コーナーの前を通過し、インスタント珈琲などが並べられた棚へ。

 あった。袋詰めにされたタイプを手に取った。

 レジへ向かう。

 何ということだ。営業時間は年中無休にもかかわらず、店員がいなかった。奥の部屋にでも入ってしまったのだろうか。

 レジから顔を出して覗き込んだ。店員は中に入ってしまったのか。これでは呼んでも聞こえないだろう。

 店内には――客もいないことだし、待った。

「大変申し訳ございません」

 アルバイトらしき若い男性が奥から青白い顔でやってきた。

 インスタント珈琲の袋を台に置く。

 男性は慣れない手つきでバーコードをピッとやって料金をいい、私は払った。

 男性は苦虫を噛み潰すように私を見た。

「あの、何か」

 レジ袋に入れてもらえてなかったのだが、このコンビニエンスストアでは普通なのだろうか。

「袋は……」

 男は呆然とした。

「失礼しました」

 男性は慌ててレジ袋に仕舞う。

 私はレジから離れなかった。

 ほっとしていた顔の男は、おどおどと訊いた。

「まだ何か」

「レシートは?」

「はい」

 精算機からペロッと出ている白い領収書を男は掴み、私へ渡した。

 財布にレシートを入れ、出口へ向かう。

 自動ドアの少し横にバイクが置いてあるのを硝子越しに見た瞬間、頭に鋭い痛みが走った。視界が明滅した私は床に倒れた。

 脚を引っ張られている。

 背中が地面を這っている。

 誰だ?

 あの、店員だった。

「たくよー、何だって俺がバイトの振りなんてしなきゃなんねぇんだよ」

 暗い部屋に入った。蛍光灯の位置からレジの奥の部屋だと解った。男は手を離した。顔を横に向けると、店員の服を着た女がいる。出られない筈だ。猿轡がなされていた。

「そもそもよぉ、なんで金庫に金が入ってねぇんだよ」

 男は女の口を塞ぐ縄を外した。女はプハッと息を吐き、吊り上がった目を男に向ける。

「だからいってるじゃない。ないものはないのよ」

「ふざけんなよ。どうしてねぇんだよ」

「知らないわよ。店員が勝手に持っていったんじゃない?」

「店員なのに知らねぇのか」

 女はちらっと私を見た気がした。

「だったら、作れよ」

「偽造になるから無理よ」

「作れんのかよ!」

 男が女性店員に突っ込みを入れて私は笑いそうになった。

「何だ、何を笑ってやがんだ」

 気づかれた。男がこちらを睨み、女性も脇で私を見ていた。私は自分の立場を気づくのに時間がかかった。

「お前、財布あるか? この女、ぼろくそな袋しか持ってなくってよ」

「ないです」

「チェーン出てるじゃねぇか」

 男は私のジーンズのポケットから財布を取り出した。

「全然ねぇな、畜生」

 男は二枚の紙幣を抜き、手から財布を放した。チェーンにびよんと引き戻される。私は拾い、ポケットに仕舞った。

 ピンポーン。自動ドアの開閉音だ。

 男はドアに目を向けた。

「おとなしくしてろよ」

 男は部屋から出た。

 ――どうしようか?

 手足は縛られていないから、動き回れる。女がごそごそと寄ってきた。

「これ解いてよ」

「でもおとなくしてろって」

「莫迦じゃないの。今のうちじゃない」

 確かに。

 猿轡はきつかった。女性に失礼だろうと縄を解いてから、男のいった方を睨んだ。女は立ち上がって手首を鳴らしている。

 銃声だ。私は震えた。女がきゃっと抱き着いてくる。

 強盗がレジの内側に倒れた。床に血が散っていた。

「何が、あったの」

 私の肩に女の手が載ってきた。

 レジから、跫が近づいてくる。

 息を、飲んだ。

 黒いマスクを被った男が佇んでいた。

「おい」

 彼はいった。拳銃だ。銃口が、こちらに向いた。

「金庫に金、あるか」

「ないです」

 傍らの女が答えた。

「そうか。だったらいい」

 女に一瞥くれると、マスク男は拳銃を下ろし、レジから自動ドアへ消えた。

 しん、とした。

「助かった、のか」

 部屋から出る。

 レジには強盗が俯せに倒れていた。私はその上を跨がり、重そうな袋を持った女の手を引いた。

「何だそれ」

「荷物よ」

 男に握り締められていた二枚の紙幣を取り戻したかったが、血に塗れていて手を伸ばそうとしたが、やめた。

 コンビニエンスストアから出た。寒い風が吹きつけた。駐車場にバイクが止まっている。

 私はレジ袋を片手に夜道を歩いた。信号機が赤だったので止まった。

 街路燈は仄かに暗い。

 静寂の夜に、バイクの騒音が淋しく聴こえた。

 ポケットに手をやった。だらしなく下がったチェーンに財布は、ある。

 バイクの音は、遠ざかる。


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