エピローグ 人の歩み
「あたしならこれ1本で充分だけどね」
レギナさんは、軽量化ツヴァイハンダーの尖端を光らせ始めた。
伝導率が高い複合属性の製錬金属に輝石の力が伝わって化学反応を起こしているのだ。
レギナさんのツヴァイハンダーは熱を放ち、硬化し、冷気を発し、竜巻を起こし、稲妻を走らせる。高度な錬金術の技術の結晶。
単に輝石を使って化学反応を起こす程度ならば人は何百年も、下手をすると何千年も昔から出来ている。
そこから各技術が発展した人は、火力、地力、水力、電力、風力を自在に操ることで文明を飛躍的に向上させた。
俺たちは、先人が長きに渡って積み重ねてきた技術の恩恵を享受して豊かに暮らしている。
だが、現在の技術を生み出す過程では沢山の犠牲が積み重ねられてきた。
例えばお米国の江時損。
彼は技術を躍進させる画期的な発明をいくつも行ったが、相応の失敗もしている。
彼が小学生の時に友人に二輝石を混ぜて吸わせた出来事は、その友人を死なせていれば彼が発明家ではなく単なる犯罪者になっていたであろう事を容易に連想させ、人体実験の危険性や技術発展の日陰部分を示して彼の後に続く技術者に警鐘を鳴らし続けている。
彼は生み出せたであろういくつかの技術を人命に関わるとして構想のみで断念したが、彼を知れば知る程に「彼の経験を踏まえれば無理も無い」と考える者も多い。
彼の功績は単に発明に留まらず、失敗の体験談に基づいて人々に安易な実験行為の危険性を教え、倫理観を持たせた事にある。
自らが生み出した技術に対する人々の評価に苦悩した者もいる。
巣楽園の農鐘。
彼が生み出した各種の爆発物は工事現場の作業を画期的に早める事が出来た。トンネル工事や採掘現場で役立ち、発展に大いに寄与した。だが、画期的な兵器としても利用され、彼の評価は死の商人であった。
彼は大量殺戮兵器を作って人を殺したかったわけではないが、生み出された技術がどのように用いられるかは、生み出した本人が意思決定出来る訳ではない。彼は遺言にて、遺産で基金を作り、人類に貢献した者へ継続して贈ると記した。
多くの人々の失敗、犠牲、苦悩を積み重ね、人類の技術は時に軌道修正や後戻りをしながら少しずつ前へと進んで来た。
確立した技術には、それが生み出されるまでに相応の失敗と試行錯誤の積み重ねがある。
「坊や、見て御覧」
レギナさんの指差す先には、天へと真っ直ぐに昇っていく大型飛行艇が見てとれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バダンテール歴1261年4月6日。
アクス錬金術学校の第二回生に対する入学式は恙無く進行し、やがて学校長の式辞へと入った。紹介を受けた学校長が登壇し、名乗りを上げた。
『私が学校長のローデリヒ・ベルガーだ。賢明なる諸君、私はエアーエコーによる声量拡大魔法を用いていない。さて、諸君らはこの技術をどう扱うだろうか』
講堂に響き渡った学校長ベルガーの最初の問いかけに、生徒たちは即答できなかった。一年前とは内容が変化した言葉を掛けたベルガーは、生徒らをゆっくりと見渡しながら言葉を続ける。
『諸君らの中には、この技術を魔物出現時の緊急報告に、犯罪発生時の救援要請に、あるいは工事現場での伝達に利用できるのではないかと考えた者もいるだろう。むろん、それらの全てが正解である』
ベルガー校長は口角を上げ、わずかに微笑んだ。
『錬金術とは万物を創り出す術である。だが、であればこそ諸君らは創り出した技術が何を齎すのかも同時に考えなければならない。失敗を恐れない事と、結果を考えない事とは全く別である』
ベルガー校長は口角を上げ、わずかに微笑んだ。
そして右手で素早く剣を抜き放ち、壇上から天へと高く掲げた。ベルガーの掲げた剣の刀身は光を反射し、白く輝いている。
『諸君らは、錬金術という名の剣を持つ事になるだろう。扱い方を誤れば人を傷つけ、正しく扱えば人を守る事が出来る。錬金術が生み出す物や現象は、あくまで物や現象でしか無い。それらをどう扱うのかは、諸君ら次第だ』
演説する学校長ベルガーは来賓のアクス侯爵よりも若く見える。
白い肌が線の細さを強調するが、狐のように鋭い目つきは深く陰を帯びていた。艶々とした黒髪は長く伸びていて、緑色の紐で後ろに一つで束ねている。
服装は礼服の他にも、その身に様々な錬金術の装飾品を纏っていた。
『教師を紹介しよう。錬金術師4名と、その下地となる教科の教師5名。そして技術の正しい扱い方を教える教師3名だ』
開校から二年目となるアクス錬金術学校に、新しい教科を教える教師が3名増えていた。
教師ハバルト・カルデナス
担当教科は法学
彼は法務省で現行法の検証を行ってきた役人で、王国が生徒達に罪と罰とを教えるべく錬金術学校へ出向してきた。
教師バジル・ブルトン
担当教科は倫理学
彼は王国軍の元副団長で、力を持った騎士達に倫理を教えて自己を厳しく律しさせてきた。生徒達の心に戒めを持たせる事を依頼されている。
教師アンスガー・エクハルト
担当教科は神学
彼はアルテナ神殿の神官で、治癒活動に20年間従事して来た。彼には自身の体験談を話して生徒達へ豊かな心を養わせる事が求められている。
王都ベレオンや都市ブレッヒの錬金術学校も含めた3校すべてにこれらの3教科が追加された。
教師は法務省の役人、元騎士団の指導者、アルテナ神殿の神官の3名ずつであり、生徒達に事前に様々な世界を学ばせる事によって、物事を考える力や、行動の先を想像する力を身に付けさせる事を目的としている。
ベイル王国はドリー事件から手痛い失敗を経験し、1年前に比べて少しだけ前へと進んでいた。
あとがき
6巻をお読み頂きありがとうございました。
そしてドリーさんをご紹介下さったしろみかんさん、ありがとうございました。
細かい設定に付いては次話を更新しました。




























