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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第二部 第六巻 神(エリ)杯(クシール) (12話+2) 闇の章

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第04話 研究室へ

 錬金術学校に通っておよそ半年。

 9月に前期試験が行われ、その試験結果がついに出た。同時に所属を希望した研究室に入れたかどうかも貼り出され、学生たちは自信の不足度合いに応じて祈りながら結果を見に集っていた。

 4つある研究室ごとに結果が出るため、一つの研究室に希望者が殺到すればその研究室に入れる条件は当然厳しくなる。

 錬金術である『属性鉱石の製錬』『輝石の精錬』『特殊繊維の精練』『マナ抽出と調合』の4教科の配点がそれぞれ100点満点で、それに付随する5教科『地学』『鉱物学』『水質額』『植物学』『生物学』の配点がそれぞれ40点。すなわち『錬金術2:付随学問1』の割合で600点満点である。

 そして各研究室に所属できるのは『①第一希望者の中で総合成績の高かった者5人』『②第一希望の単独教科の成績が高かった者5人』『③その研究室の錬金術師が選んだ者5人』だ。


 例えば、①の条件である者が総合成績で200人の学生中6位であったとしても、その上の1~5位が同じ研究室を希望していれば6位の者は落ちる。

 その時、②の条件で6位の者が単独教科で95点を取っていたとしても、単独教科の成績だけが高い96点以上の者が5人希望していればさらに落ちる。

 すると、③の条件で錬金術師に拾ってもらわなければならなくなるのだが、こちらは錬金術師がどういう選択の仕方をするか明確に表示されていない。

 講義中に最前列に座って熱心に話を聞く振りをする学生が多かったのは、主に③を狙っていたからだ。だが③は主に大人の事情による融通を利かせる為の枠であって、最前列に座っていたからといって教師に気に入られて受かる訳ではない。


 輝石精錬の研究室への合格者15名の中に、ドリー・オードランの名前はもちろん明記されていた。

 莫大な富を生むこの技術を会得出来れば、生涯に渡って食べて行くのに困らない。だから希望者は沢山居たのだが、ドリーには落ちない理由があった。


 ドリーはこれを以って全ての自由選択授業が研究室での輝石の精練研究へと切り替わる。

 輝石精錬の研究室の為に1棟丸ごと用意された研究棟、閲覧できるようになったディボー王国の指南書、精練出来るようになった設備と資器材と輝石の数々、実験用のネズミ、増額された生活費補助。

 ドリーは特待生となり、一般生徒に比べて圧倒的に優遇されるようになった。そして、もう一つ大きな成果があった。


 錬金術師アルマン・ブルーンス

 研究分野は輝石の精錬・変質

 グレーの髪に褐色の肌。一重に鋭い目つきが印象的な三十路の教師。

 王都ベレオンで輝石を研究する錬金術師リディオ・ジェルミが理論に基づく研究を重ねる学者肌だとすれば、アルマン・ブルーンスは徹底的な実践を好む。だが実践の前には十全の理解があった。


「ブルーンス先生。輝石のエネルギー放出量を上げるために用いる研磨剤には、研磨の効果を高めるために特別な溶解剤を混ぜていますよね」

「そうだ。具現化の性質がある紫の輝石を研磨剤に混ぜて、輝石のエネルギー放出量を増して輝石の効果を高める。表面積は同じでも放出量が上がる訳だ。この技術が上がれば高度な調整を行う事が出来るようになり、輝石の応用範囲が劇的に広がる」


 研究室に入ったドリーは、ついに目的の技術を得ることが出来た。

 その他にも輝石の属性や大きさや形や濃度や周囲のマナ環境、それに研磨剤と紫の輝石との比率、加工につかう道具や技術など、独学では到達不可能な何百年、何千人が積み重ねた知識が次々とドリーの手元に入って来た。

 ドリーは研究室で錬金術師ブルーンスや同じ研究室の生徒たちと共に実験や検証を行い、その合間に竜核の液体化、分離、抽出、結合などの実験を行い続けた。







 Ep06-04






 前期試験の結果が出た翌日の土曜日。試験勉強を共に行ったレナエル、アニー、タニア、キスト、トトの5人は全員合格祝勝会を行う事にした。

 アニーを除く4人は抽出・調合の錬金術師バランドの研究室に、アニーは輝石精錬の錬金術師ブルーンスの研究室に入る事になったのだ。これはお祝いしない訳にはいかなかった。

 会の場所はベイル王国が家政婦付きで錬金術師グラート・バランドに提供した邸で、要するにレナエルの住んでいる学校近くの家である。


「えへへレナエル~このお酒美味しいですね~」

「アニー、これはりんご酒ですよ。りんごとレモンと砂糖と蒸留酒を素材に調合すると出来上がりです。錬金術っぽいですね」

「そっかぁ、錬金術かぁ、あたしたち、錬金術学校の生徒だもんね~。えへへへ」


 レナエルの誕生日は8月5日で、彼女は既に15歳となっている。15歳は結婚もできる成人年齢で、ベイル王国法によって飲酒も認められていた。


「どうしてこうなったのかしら」

「タニアさん、どうしましょうか」

「ははははっ、安心したまえ。アルコールの血中濃度を下げれば解決だ。僕の開発したアルコール分解薬を提供しよう」

「やめろ。まず薬の成分表を出せ」


 レナエルはマナ抽出と調合の専門で、アニーは属性鉱石と特殊繊維に精通していた。二人ともその分野では他の生徒を抜きん出ており、輝石の精錬に関しても1位と2位を占領している。

 つまり錬金術の試験勉強に持って来いのペアで、入試が93点だったトトはもちろんのこと、80点だったタニアも総合成績でマナ抽出・調合の研究室に入れている。入試が63点だったキストはマナ抽出の単独教科に絞ってギリギリ合格した。

 ちなみにアニーはレナエルからマナ抽出・調合を学んで専門外の分野を見事に習得し、名前を書き漏らすなどと言った古典的なドジを踏まなかった前期試験の総合成績で、見事最優秀生徒に輝いた。

 一方レナエルもアニーから属性鉱石と特殊繊維について学び、マナ抽出の研究室希望者の中では総合成績で1位になっている。

 一度入ってしまえばこっちのものなのだ。


「聞こえているかどうか分からないけど、二人ともありがとう。おかげで合格出来たわ」

「えっ、りんご酒美味しいですよね。えへへへ」

「タニアもどうぞ。素材は第五宝珠都市の果実と、純度の高い氷砂糖と、わりと良い焼酎です。本当に美味しいですよ」

「へぇ、それなら少しもらおうかしら」

「くっ、タニアさん危険ですよ」

「ははははっ、安心安心」


 タニアは落ち着いて見えるが、それはタニアの周囲に居る相手がレナエルとアニーだからである。錬金術マニアのレナエルとおっちょこちょいのアニーが傍に居れば、誰でも落ちついて見えてしまう。実はタニアは、お茶目で新しい物好きなのだ。それにジャニー商会に大恩のあるキストが傍に居ると言う安心感もあった。

 一方キストは、場所が錬金術学校の教師の家で翌日が日曜日と言う2つの点で安心しつつも、隣に危険人物がいる点でかなり不安だった。


「どうしたんだい。キスト君も飲めば良いじゃないか。むしろ我々は、調合を学ぶ生徒としてこの酒を自ら率先して飲まなければならない。人類の発展の為に」

「トト、お前既に飲んだだろ」

「とても美味しいわ」


 大商会の娘タニアは幼少の頃から一般人が稀にしか飲食出来ない一流の物を食べ、それなりに舌が肥えている。

 だが自家製の食糧品は、商品として利益を求めて出す品とは調理に掛ける手間暇が違い、その味わいは家庭ごとに全く異なる。

 タニアはこれまでに飲んだ事のない新しい味のりんご酒を気に入った。それは沢山飲むと言う事だ。


「もしかして、他にもあるのかしら」

「ありますよ。りんご酒もそれ以外も。お父さん良く飲むし、それにここは、季節に関係なく沢山の食べ物が得られる第五宝珠都市ですから」

「えへへへ。レナエル、じゃんじゃんいきましょう」

「くっ、理性のある人間が俺だけになってしまった」

「いやいやキストくん、考えてもみたまえ。りんご酒なんてりんごジュースと同じじゃないか」


 マナ抽出・調合希望者の総合成績で2位につけたトトによるストレートな嘘に対して、単独教科の成績で4位のギリギリ合格を果たしたキストは、天才とはアホであるとの結論を下した。

 つまりみんなアホである。理性のある人間なんていなかった。ベイル王国の錬金術による輝かしい未来は死んだのだ。


「……まあいいか」


 折れたとは沢山の状況に用いられる言葉である。

 例えば妥協したと言う意味、あるいは心が折れたと言う意味。そしてその二つの意味を合わせ持つ言葉を「まあいいか」と言う。キストも折れ、そして杯へと手を伸ばした。

 なにせ今日は祝勝会で、キスト以外は受かって当然の状況だったのだ。一番危ぶまれていたキストが受かった事を祝う度合いは決して小さくない。

 それを考えたキストは飲み始め、その2時間後には5人中最大の酔っ払いと化した。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 バダンテール歴1260年9月。

 錬金術学校で前期試験の結果が出た頃、冒険者ロラン・エグバードに出された依頼の一つも完了しようとしていた。

 とは言っても8月中旬の時点で約束の100個は既に集め終わって納品も完了している。

 まとまった募集数で作業が効率化できた点、報酬金額を高めに設定した点、冒険者協会への調整依頼料が高かった点、偽物対策の費用という予備費を用意した点など、冒険者協会が優先順位を上げて組織的に動くには充分な状況であった。

 それに、ロランがアクス侯爵から魔族退治で表彰を受けていると言う点も考慮された。

 人類初の獣人軍団長撃破を成した救世主アクス侯爵が表彰する事にどれだけの価値があるのか、当事者であるロランは正確には理解していない。ロランの名前で依頼を出せば、どんなに控え目に言っても他の依頼に比べて優先順位が上がる。

 今回は20万Gを使った追加発注40個で、こちらの納期は11月末までとなっている。冒険者協会は9月末に40個を集め切ってしまった。


「しかしボウズも、夢いっぱいじゃの」


 40個の竜核を用意した冒険者協会長は、それを鑑定書と共にロランへ渡しつつそう呟いた。


「夢一杯って言うか、夢はハーレムなんだけどね」

「ほうほう、男の夢じゃのう」


 老人の域に達している冒険者協会長は、実は追加発注が出た時点でさり気無くアクス家にロランの依頼についての報告を行っていた。

 依頼主の情報を第3者に漏らすのはご法度だが、アクス家ならアクス領の治安を守る領主だ。急ぐにしても依頼金額の設定が高すぎ、また錬金術学校の創設もあり念の為にと行ったのだが、アクス家からの回答は「問題無し」「調査不要」であった。

 これはレナエルが竜核を使った瘴気を払う薬を開発しており、その研究継続を宰相代理が内々に依頼していると言う点から、レナエルの婚約者候補である冒険者ロランが竜核を集めるのは国家方針に沿っていると認識されたためである。

 調査して国のお墨付きが出た以上、冒険者協会が阻害していると見做される事は出来ない。ロランの依頼を遅滞する事すら許されなくなった。

 冒険者協会長は調査した事自体シラを切りつつ、手すきの冒険者達を使いながら目標数を素早く集めた。40個全て鑑定書付きの本物で、その仕事振りには誰にもケチのつけようが無い。

 それでも世間話をしているのはロランの人格を見るためである。老人は暇を持て余しているのだ。


「でも同一都市に妻は1人までっていう決まりがあるからなぁ。普通定期便で都市間を3日だと、会いに行くのも大変だよね」

「そうさのぅ。裏技はどの都市にでも無期限で滞在できる冒険者の妻を得る事じゃの」

「そっかぁ。一般人で、2人目で、同一都市とか出来ないかなぁ」

「うむ。難民が例外的に認められたが、もう無理じゃな」


 会話をしながら冒険者協会長はロランに対して「名誉に捕らわれている俗物ではなく、在り来たりの夢を持つ若者である」と結論付けた。

 急激に祝福を上げたようだが、目標値が低かったようで「このペースで大祝福2になってやるぜ」という気概を持っている訳でもない。その分落ち着いているようである。

 また、ハーレムを形成したいと言う割にはさほど金に執着しているようでも無い。アクス家からの魔族退治の報奨金額が充分であったと言う点もあるのであろう。

 これら満たされた状況の中で、自ら率先して犯罪を起こす理由は無い。ようするにロランは無害で危険性が低いと冒険者協会長に見做された。

 ちなみに女好きは男なら当然のことである。と、冒険者協会長は自らの豊富な経験から断じた。全く正常。何も問題ない。実に分かり易い。


「時々しか会えぬから愛しいと思う事もあるじゃろうて」

「そんなものかなぁ」

「そうじゃ。それに女同士は怖いぞ。一緒に暮らさせるなど、同じ檻の中に種類の違う肉食獣を二匹入れるようなものじゃ。隙を見せるとやられる」

「………………」


 ロランに対する結論を出した冒険者協会長は、警戒を解いて豊富な経験に基づく自説を語り始めた。

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