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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第二部 第六巻 神(エリ)杯(クシール) (12話+2) 闇の章

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第03話 芽生え

 大ホールの白壁を彩る美しい彫刻の燭台から零れる炎、頭上を見上げれば光を反射して宝石のようにキラキラと輝く絢爛豪華なシャンデリア、そして色鮮やかなステンドグラスから零れる月明かりが会場を鮮やかに染め上げていた。

 豪華な大理石の柱と、雄々しく優雅な彫刻の数々。異国の情景へと誘ってくれる高名な名画。周囲のテーブルには名酒や様々な料理が並べられ、沢山の使用人たちが壁に同化しあるいは客たちの意のままに動いていた。

 主賓たちは煌びやかなドレスを身に纏った高貴な身分の婦人令嬢たち、そして貴族服を纏ったそれに釣り合う高貴なる者達だ。

 あるいはアルテナ教会の神殿長や大祝福1を越える治癒師祈祷系、王国の将軍や騎士団長、複数の都市に跨って活躍する大商会のトップなど、いずれも単独で国家に大きな影響を与えられる人物ばかりである。

 出席者の格で関係者をどの程度まで呼べるかも定まっている。貴族なら一族の者を、神殿長や将軍ならその子供まで、騎士団長や上級の治癒師なら奥方までと言った具合だ。

 今日は第四格の転生竜に対する勝利の宴が執り行なわれる。


 貴族には貴族の付き合いと言う物がある。

 これまでベイル王国は戦時中であった事もあり、国王の不興を買わぬように催しの数を抑えていた。だが金狼のガスパール打倒後にそれは解禁されていき、無敗のグウィードを打倒した辺りからは積極的に行われるようになった。

 本日の主催者はもちろんメルネス・アクス侯爵である。

 バダンテール暦1260年4月8日の第四格の中位転生竜打倒後、1都市を2日で駆ける軍の都市間巡回部隊を使って6都市北西のマイアス、5都市北東のイグクス、3都市東のミネースまでの12貴族家に祝勝会の招待状を出した。

 王国のどこにも明文化されていないが、王国西部のメルネスが招待状を出した21宝珠格・105万人規模・13貴族家(アクス侯爵家含む)は、メルネス・アクス侯爵が取り纏め役を受け持っている。

 王国東部の大河東側にある北のアルバレスから南のフォルシウスまでの21宝珠格・105万人規模・13貴族家(ハーヴェ侯爵家含む)は、アドルフォ・ハーヴェ侯爵を通せば王家に直訴するよりも要望が通りやすくなっている。

 残る27宝珠格・135万人規模・17貴族家は、王家が管理している。こちらは金狼の侵攻で被害を受けた北の全ての都市が含まれており、オルコット侯爵領もある。オルコット侯に一部を任せて政治的配慮をしつつ、国家主導で急速復興させている形だ。

 有り体に言えば、悪の宰相代理閣下がコントロール可能な派閥を意図的に作って貴族をまとめたのだ。メルネスは名門中の名門であるし、アドルフォは東側の都市の主要産業の大半を支配している。

 元々受け持ち範囲の長となる実力があった所に第五宝珠都市の領土と侯爵位が加わった。ハインツはわざわざ二人の影響力が大きいエリアを選んで同程度の勢力をまとめさせたのだ。

 派閥のトップ同士の仲が良いので派閥間の争いも起きない。単に我の強い貴族たちが領土別に上手くまとまり、誰かにとって非常に統制し易くなっただけだ。


 そんな一派閥の長であるアクス侯爵が受け持つ範囲で最も遠方の都市マイアスに連絡が届くのは4月20日であり、宴はそれから1ヵ月後の5月20日から21日までの2日間と定められた。当然マイアス男爵も宴の席に参列した。

 王侯貴族が治める国家においては、こう言った宴の席で政治方針が定まる事も少なくない。いや、議会など無いのでむしろ宴の場が意思決定の場と言える。そもそも宴には決定権を持つ者ばかりが集っている。

 つまりこれは貴族にとって最大の政治活動の場である。欠席すれば主張の機会を失い、領土の不利益になる決定にまで委任状を出すに等しいので宴に出ない訳にはいかない。ましてアクス侯爵は、貴族の要望を宰相代理に伝えて政治方針を調整してくれる筆頭だ。

 アルテナ神殿の神殿長も支障が無ければ行くし、いずれ神殿長になろうかと思う治癒師祈祷系の大祝福1以上など、声を掛けられに行くようなものだ。将軍や騎士団長も自分や部下の為に出席する。大商人は呼ばれれば商会の格が上がる。

 但し主催者のアクス侯が自らもてなすのは、主賓の貴族家当主のみである。


「アクス侯爵閣下。ご無沙汰しておりました」

「やあミネース男爵、貴公とは半年振りになるかな。遠路遥々すまなかったね」

「何、マイアス男爵やイグクス男爵に比べれば大した距離でもありません。それに、全行程に2個騎士隊の護衛も付けて頂きましたしな」

「うん、貴族の屋敷を騎士や治安騎士が警備するのは当然として、都市間移動を守るのも全て王国の方針だ。イルクナー宰相代理は平民出身とはいえ、僕たちの権利と権威を最大限保障してくれる。気が付いた事があれば僕が調整するよ」


 メルネス・アクス侯爵がそう伝えると、ノルベルト・ミネース男爵は数瞬沈黙し、少し困ったような眼でアクス侯爵を見返した。

 それに対してアクス侯爵は、今にも笑いだしそうな表情を返した。


「宰相代理はやり手です。獣人2個軍団の撃破、狡猾なディボー王の撃退、経済再建と急速発展、それらは全て認めましょう。しかし政策が中央集権に過ぎます。今は良いが、いずれ距離の離れた各都市を統制できなくなるでしょう。さらに今の巨大権力のままで世代が移ると、いずれ愚王によって国が滅びかねません」

「流石ミネース男爵。僕も同じ懸念を持った事がある。改革期には偉人が必要だが、安定期に偉人は危険だ。継承者が先人を模倣できずに組織や制度が壊れる元となる。さらに愚王が大権を握れば、国は一気に崩壊する。貴公はそう懸念しているのだろう?」

「さようです。侯爵」

「もちろん考えてあるさ。軍事以外の権限については、いずれ地方行政府の頂点として貴公らを据え置き、程々の権限を持ってもらおうという方針だ」

「程々ですか」

「そうだよ。むしろ君たちには、役人の腐敗に対する抑止効果を期待している。身分的にも権限的にも抗えない優越者を頂点に据え置く事で組織は逆に安定するんだ。その為の制度改正や権力譲渡も行う。でも、もう少し待って欲しいな。今はまさに改革期だ」

「それは、宰相代理の方針ですか?」

「そうだよ。僕はイルクナー宰相代理から直接相談を受けた。現在調整中」

「なるほど。それならばアクス侯爵にお任せしましょう。今のベイル王国があるのも、アクス家の力によるところが大きいですしな」


 ミネース男爵はそう言うと、脇を振り返って付き従わせて来た娘に目線を向けた。


「そちらのお嬢さんは?」

「私の孫娘にあたります。他所へ嫁いだ娘の長女です。アクス侯爵閣下に自己紹介なさい」

「はい。ミネース男爵ノルベルトの孫娘、ドリー・オードランと申します。この度はこのように華やかな宴の席へお招きに預かり、誠に光栄に存じます」

「いやいや、是非楽しんで行ってくれ。君は今いくつかな?」

「15歳です。閣下」

「なるほど。ミネース男爵、彼女に婚約者は居るのかな?」

「いえ、おりません。実は4月からこちらの錬金術学校に通い出しましてな。年頃なのに、全く困ったものです」

「おや、それは男爵も心配だね。しかし錬金術学校にはフーデルン男爵家の次期当主や、イルゼ子爵家の令嬢も通っている。かの学び舎は、いずれ国家で幅広く活躍する人材の宝庫だ。交友関係としては悪くない。あとは婚約者だね」

「さようです。侯爵閣下、良縁に心当たりはございませんか」

「それはもう沢山居るよ。ドリー嬢がその気になったら言ってくれ。だが、錬金術学校に通い出したと言う事は彼女の夢があるのだろう。その様に自立心の高い教育を施したのは流石にミネース男爵だ。彼女は実に立派じゃないか」

「恐れ入ります。ドリーは書の類を好み、私もよくねだられたものです。昔から熱心に勉強する子でした」


 ミネース男爵はそう振り返り、同じ都市内に住んで小さい頃から屋敷に足繁く通ってきた孫娘を見直した。

 褐色系の髪は父親譲りだ。下縁眼鏡は外しているが、煌びやかな席に似合う容姿と言う訳ではない。だが若く、何かに情熱を傾ける姿はそれだけで尊い。


「実は、錬金術の勉強の為に素材とやらをねだられましてな。値が張るのでどうしようかと思ったのですが、少し応援してみましょうかな」

「独自研究というやつだね。それは素晴らしい。男爵、実は錬金術学校の各研究室には、5名分の特別枠というものがある。彼女が望む研究室に入れるよう僕が推薦しよう」

「よろしいのですかな」

「もちろんだよ。ドリー嬢、入りたい研究室はあるかな?」


 アクス侯爵がそう呼び掛けると、ドリーは驚きの表情で見返した。

 元々は資金を欲しいが故の祖父への付き合いであり、こんな所で希望進路に推薦してもらえるなどとは全くの計算だった。

 だが進みたい進路は定まっており、遠慮する理由は無かった。


「輝石精錬の研究がしたいです」

「いいよ。君は合格」

「ありがとうございます。侯爵閣下」


 それは『推薦』ではなく、『決定』であった。

 ドリーは侯爵にお辞儀をしながら、ここが王国の意思決定の場であった事を思い出した。国家の方針すら左右させる彼らが、たかだか一生徒の進路を左右させられないわけが無い。そして決めた当人たちは、このような些事を歯牙にもかけないだろう。


「おおっ、これはこれはアクス侯爵閣下!」

「やあエア男爵、2ヵ月振りだね。それにイルゼ子爵も」

「お久しぶりですアクス侯。4格の転生竜退治とは、相変わらず華やかですな」


 アクス侯爵は忙しい。祖父のミネース男爵ならばともかく、その外孫でしかないドリーにはこれ以上アクス侯爵の時間を奪う資格は無かった。そんな中、タイミング良く声が掛かる。


「ミネース男爵、よくお越し下さいました」

「おお、ディアナ侯女。また一段とお美しくなられましたな」

「それはありがとうございます。ところで今宵は、可愛いお嬢さんをお連れでいらっしゃいますね」


 場馴れしたディアナ・アクス侯爵令嬢が、自然な流れでドリーをアクス侯爵から引き離していった。

 ドリーはその流れに乗って大過なく宴を乗り越え、祖父から大金の支援を言い渡された。






 Ep06-03






 錬金術学校の大食堂は200名の全生徒を収容して余りある程度には広いと言う事を、4月に入学したウィズ・ハルトナーは2ヵ月間の食生活で十二分に理解していた。

 何せ学生寮に入っていれば、朝も昼も夜もその食堂を使うのだ。すると学生として過ごした日数よりも学生食堂を利用した回数の方が多くなるのは自然の流れであり、同時にウィズの探究心を加速度的に刺激しなくなってしまう。

 ウィズは貪欲な探究心を満たしたいのだ。探究心は生まれ持った気質であって、こればかりは己で如何ともし難い。そもそも如何ともする意思がなく、ウィズは己の思うがままに行動しているという自覚がある。

 だが、それが悪いと言う法は無い。探究心を自重して人並みに行動を採る者に、ある日一体どのような変化が訪れると言うのだろうか。そんな行動からどのような新発見が生まれるというのだろうか。

 旧態然とした社会に余生の平穏を求めるのは老人になってからで良い。

 錬金術学校は目下最大の興味をそそられるが食堂に関しては充分に満ち足りた。ウィズが中庭でパンを齧っているのは、そう言った理由からである。


「ウィズ、進路は決まったのか?」


 ウィズの相棒であるペドラ・マクティカは、そんなウィズの行動に関しては何も言わずに将来の展望だけを確認した。

 ペドラ自身は剣士を志望しているが、未だに祝福が無いためにそろそろ諦めようと考えている。つまりウィズとの冒険も終わりだ。冒険者以外の都市外での活動には限界がある。

 都市外には魔物が溢れており、冒険者以外が単独で魔物1匹と遭遇すればまず死ぬ。自殺志願者でなければ冒険自体をすべきではない。


「輝石の精錬をしてみたいかな」

「何故だ?」

「学校長、魔導師じゃないのに魔法を使っていた。もし複数の魔法を組み合わせて使えたら、大祝福を越える威力になるかもしれない」

「コストの問題はどうなる。体内のマナで何度も魔法を使える魔導師と、1回に輝石を何個も使う一般人ではどちらが効率的だ?」

「輝石は何度でも使える。馬車の後部に風魔法を発動する装置を付けたらどうなるかな。すごい速さで移動できるかもしれない」

「馬車自体が壊れるか、馬車を引いている馬が高速で突っ込んでくる車体に弾き飛ばされると思うが、まあいい」


 ウィズが口にした可能性の一端について揚げ足を取っても無意味だった。研究すれば何らかの成果は出るだろう。そもそも入学式の時点で、学校長が成果を示している。

 声量拡大魔法は信号弾と違い、詳細な情報を広い範囲に即座に伝達できる。

 例えば、魔物出現時に増援要請と魔物の詳細が伝達できる。あるいは都市で強盗が出た時に周囲へ助けを求める場合にも有効だ。応用範囲は幅広い。

 学校長は錬金術の価値と可能性を学生たちに一瞬で知らしめた。それに、あれが学校長の奥義とは到底思えない。


「俺も輝石にしておくか」


 入学時にペドラは身体能力向上の薬品調合をしてみたいと考えていた。だが、例えば筋力が一時的に2倍になる薬が開発できたとして、それを都市外で用いるとどうなるのか。

 充分な装備を整えても、ゴブリン1匹に勝てるかと言われると厳しい。2匹に遭遇すれば死ぬ。


「俺でもギリギリかも知れないけど?」


 ウィズが口にしたのは前期試験の事だ。

 各研究室に所属できるのは9教科の総合成績で上から各5名、志望教科の成績で上から各5名、それと錬金術師自身が選んだ各5名。ウィズは入試が84点で、ペドラは76点だった。

 二人とも膨大な受験生の中から余裕を持って受かったものの、それは周りの200人のうち3~4割の生徒も同じだ。

 成績で研究室に入れる生徒は全体の2割だけで、あの高難易度の入試で85点以上を取れたとか、あるいは特定分野にとても詳しいとか、そう言った飛び抜けた生徒以外の競争順位は団子状態だ。


「9教科の内、輝石以外の勉強は捨てる」

「……わぉ」


 ペドラの大胆な決断に、ウィルの好奇心が強い刺激を受けた。


「それ良いね。俺も真似しよう」

「アホめ。お前がそうすると、単独教科上位5名の席が1つ減るだろうが」

「二人とも満点を取れば大丈夫じゃないかな。二人で勉強すると見落としも減るしね」

「……仕方がない。メリットの方が大きそうだ」


 二人に合意が成立したその時、ベンチの背後から木陰以外の影が生まれた。


「冒険者ウィズ・ハルトナー」


 振り返ったウィズの前、すなわちベンチの後ろ側には暗色系の髪の地味な女が立っていた。昼食時間に生徒が中庭に居るのは全く不思議ではない。ただしその女生徒はパンなどの食糧の類を一切所持していなかったが。

 ウィズはその女生徒の顔を見て、自分が彼女に呼び掛けられる心当たりが無いかを考え、結論として首を傾げた。


「誰?」

「クラスメイトのドリー・オードランだ」


 入学して2ヵ月しか経っていない上に男女差でろくに会話もしていないとは言え、40人しかいないクラスメイトを未だに覚えていない責任の所在を、覚えていなかったウィズと覚えられていなかったドリーのどちらに求めるべきであろうか。

 ウィズはその対象に関心が向くか向かないかによって認識力に大きな差が出る。

 ドリーは入試が53点で、際立った才能もなく、容姿も並で、言動にも行動にも特筆すべき点が無い。それでは関心の向け様がない。その点についてはドリーにも責任が無いわけではない。そもそもドリーは目立ちたくなかったのだ。

 逆にウィズは錬金術学校の生徒の中でも一桁しか居ない冒険者で、おまけに魔導師系という優れた才能を持っている。それは錬金術の研究に大いに役立つであろうと目されており、本人自身も84点という好成績だ。ウィズは周囲から認識されるに充分な存在であった。


「冒険者ウィズ・ハルトナーに、個人依頼を頼みたいのだけど」

「個人依頼ねぇ」


 冒険者に対する依頼方法は2種類ある。一つは冒険者協会を仲介する冒険者依頼で、もう一つは冒険者協会を通さない個人依頼だ。

 双方にメリットとデメリットがある。


 冒険者協会へ依頼を出す場合、その最大のメリットは冒険者協会が各種の補償をしてくれる点にある。

 例えば、『依頼を受けた冒険者が仕事を失敗』した場合、冒険者を斡旋した冒険者協会は『もっと腕の良い冒険者を最初の依頼金額で手配』してくれる。あるいは発生した各種トラブルに対しては、極めて適切な対応をしてくれる。冒険者が依頼者の財物を持ち逃げしたような場合は手配書まで出る。

 逆にデメリットとしては、相応の費用が発生する。

 冒険者協会に対して依頼料とは別に相応の仲介手数料を支払わなければならない。また踏み倒し防止の為に、大商会のように差し押さえる不動産などがあるならばともかく、個人依頼ならば成功報酬分を先に冒険者協会に預けなければならない場合もある。

 冒険者の指定も祝福数や職業など狭い範囲でしか選べず、どんな冒険者が来るかは冒険者協会次第だ。さらに依頼主は身元を明かさねばならず、依頼内容は記録にも残る。


 個人依頼の場合、最大のメリットは冒険者と自由契約が出来る点にある。

 例えばハーヴェ商会の馬車に専属契約で乗る冒険者が好例で、冒険者が不足しているどの定期便にでも自由に乗せる事が出来る。彼らはハーヴェ商会にとって不可欠である。

 あるいはダンジョンに攻め込むとして『成功報酬はダンジョン内の獲得物の1割だ』としても双方が合意すれば契約が成立する。また、個人依頼ならば依頼主の身分証明は必要ないし、冒険者協会の記録にも残らない。ちなみに手数料も不要となる。

 デメリットは相場が無く、保障も無い点だ。トラブルが発生しても仕事が失敗しても、それらは依頼主が自分自身で解決しなければならない。

 それと自由契約の場合は双方が合意しなければそもそも成立しないので、依頼を出しても冒険者に断られる場合もある。


「悪いけど、前期試験の勉強をしたいから依頼は受けないよ。他の生徒もみんなそうじゃないかな」


 他の生徒と言っても殆ど限られる。

 有名どころでは男爵家次期当主のダビド・エア令息。彼は戦士系の冒険者で能力も高いが、目的があって錬金術学校に入学している以上この時期にささやかな金額と引き換えに個人依頼を受ける可能性は皆無だ。

 あるいは。本人は吹聴していないが明らかに冒険者の身体能力を持つアロン・ズイーベル。動きや体力を見ていれば一目瞭然だ。義足で健常者と全く変わらない生活をしている。だが彼も依頼を受けないだろう。

 依頼を行う時期が悪かった。前期試験前に錬金術学校の生徒に対して依頼を出しても、誰も受けないだろう。

 だが、ドリーとしては前期試験の結果に関わらず研究室へ入れる事が確定しているので、転姿停滞の指輪を収集したかった。だが、冒険者協会を通せばドリーを推薦してくれたアクス侯爵の耳に入らない訳がない。何をやっているか知られれば困る。


「依頼料は相当弾むのだけれど」

「無理だよ。僕は絶対に輝石の勉強をする」


 そんな二人のやり取りを黙って見ていたペドラが、ウィズの決断についてドリーに補足説明を行った。


「ウィズは、興味を抱いた事に対しては妥協しない性格だ。誰が何を言っても無駄だろう。しかも15歳で冒険者としての祝福数も8とまだまだ低い。それよりは他の冒険者をあたった方が良いだろう」

「冒険者協会は通したくないし、教師も通せない。私の出身都市はミネースだから冒険者の心当たりもないし」

「なるほど、それでウィズか。だがウィズは止めておけ。余計なおせっかいだが、他の錬金術学校の生徒も自重した方が良いぞ。その代わりに提案してやろう」

「何かしら?」

「錬金術学校の生徒以外に個人依頼を行えば良い。生徒の中にバランド錬金術師の娘がいるだろう。名前はレナエルで、その婚約者は冒険者だ。しかも大祝福を越えており、領主から表彰を受けた事もある凄腕冒険者だと聞く。そのレナエルを通せば依頼し易く、持ち逃げの心配もないのではないか。何を依頼するのかは知らんが」

「…………そうね、そうするわ。ありがとう」

「気にするな。上手く行く事を祈っている」


 領主から表彰を受けると言う事は、身元がしっかりしており、犯罪歴もなく、立派な行いをしたと保証されているようなものだ。それでいて大祝福1を越えるならば経験豊富で、祝福を上げる過程では他の冒険者たちや都市の各店や工房などとの繋がりも持っている。

 そんなに質の高い冒険者に依頼を持ち込むには何らかのコネが必要だが、同じ学校の同級生の婚約者ならば打診もし易い。相手は男性であるから、婚約者の為に良い所を見せようとするだろう。それに依頼自体はとても簡単な内容だ。

 こうしてドリー・オードランの依頼は、同学年のレナエル・バランドを介して凄腕冒険者ロラン・エグバードの下へと持ち込まれる事になった。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「ロランさん、こっちですよ。ドリーさん、彼が私の婚約者候補のロラン・エグバードさんです」

「ちーっす」

「………………。」


 ドリーがもし立っていれば、立ちくらみで身体がふら付いたかもしれない。

 凄腕冒険者との待ち合わせは都市アクスの新建設地の大通りが見える喫茶店の店内だった。

 紅茶とケーキやお菓子の組み合わせが沢山あり、分からなければ毎月内容が変わる店長お勧めのケーキセットを頼むと良い。少々高めだが、今なら7Gで甘いフルーツタルトで引き立つ渋めのダージリンティーのセットを楽しめる。

 真新しい木を基調とした明るい店内は女性向けの商品が揃い、中等生から中高年まで様々な年齢の女性客が訪れていた。

 錬金術学校からも近く、このような店があったのだとドリーは少しだけ感心し、依頼主に合わせた待ち合わせ場所を用意する凄腕冒険者に対する評価を上げた矢先のことであった。


「……ドリー・オードラン、錬金術学校の生徒よ。悪いけど冒険者資格証を見せてもらっても良いかしら」

「ん、良いけど」


 そう言ってロランが懐から取り出した冒険者登録証には、都市アクスで4月に再発行された祝福38の記載が確かに為されていた。その冒険者登録証に埋め込まれたアルテナの輝石をロランが光らせ、ロランが祝福38相当の戦士である事を証明する。


「あ、彼女と同じ物を。それで、個人依頼って聞いたんだけど」


 注文を取りに来た店員にロランは処世術で応じ、世間話を一切せずにいきなり依頼の話を始めた。だがドリーは『今日は良い天気ですね』などと言って欲しい訳では無かったので、依頼の話をすぐに始めた。


「転姿停滞の指輪を集めて欲しいの。使い終わった0格で良いわ」

「「………………」」


 ロランの瞳がレナエルへと向き、レナエルは首を僅かに横に振って知らないと応じた。

 竜核は特別な性質を持つ為にそのままでは利用する事が出来ない。手を加えない0格の竜核は単なる石と変わらないのだ。

 だが、0格の竜核を研究しようとする者は過去にいくらでも居ただろう。ドリーは錬金術学校の生徒であるから研究を行う事はむしろ自然だ。たまたま研究を成功させたレナエルを介して依頼を出した点に二人の驚きがあっただけだ。


「知りたいのは、『何個必要か』『いつまでに必要か』『報酬は一個でいくらか』だな」


 ロランはスラスラと答えたが、これは先にレナエル用の竜核集めのやり方を聞いて学んでいただけだ。レナエルは王国から研究継続を求められており、いくつかの都市ではレナエル用の竜核集めの依頼がアクス侯爵の手の者を経由してさり気無く出されている。

 だがそれを知る由の無いドリーは、凄腕冒険者が見た目とは裏腹に仕事に関してはきちんと行える人物であると評価を改めた。


「予算は50万G。納期は今から4ヵ月後の9月末まで。それで可能なだけの0格の竜核の指輪を、鑑定のスキルによる鑑定書付きで集めて欲しいわ」


 フムフムとロランは頷き、なんと手帳にメモを取った。

 たまにパーティを組むディアナ侯女や半雇用主のジョスラン・ベルネット氏からメモを取るように何度か言われたので、10回に1回は学ぶロランもついに学習したのだ。

 その為、ドリーはロランをさらに誤解した。


「鑑定のスキルは、たしか探索者が祝福45くらいで覚えられる高度なスキルだから、第二宝珠都市以上の冒険者協会を通さないと厳しいと思うけど。冒険者協会を通すのはダメなんだよね?」

「ええ」

「じゃあさ、ドリー・オードランの名前を出さずに、俺の名前で冒険者協会に依頼を出すのは?」

「……私の名前がどこにも出ないのなら、どんな方法でも構わないわ」

「じゃあそうしよう。1個を集める金額だけど、急ぐなら報酬を高めに設定すべきだと思う。持ってきた冒険者へ2500G、スキルによる鑑定料で500G、保証料で500G、取りまとめてもらう冒険者協会への手数料で500G、俺への各種手間賃で500G、合わせてレナエル」

「4500Gですね」


 暗算の苦手なロランがレナエルに振ると、レナエルは代わりに計算してくれた。


「1個4500Gで、100個集めるのに45万Gだ。5万Gは予備費。これでどうだ?」

「良いわ。問題があったら教えてちょうだい」

「じゃあレナエル経由で伝える」


 ドリーは頷き、高額取引用の10万G輝石貨が5枚入った袋をロランに渡した。

 これは周囲に力が漏れないように輝石を覆った高額貨幣で、商取引や冒険者協会などでは重宝されるが一般市民のやりとりや喫茶店で用いるような貨幣ではない。

 ロランは周囲から見えないように袋の中を覗き込んで頷く。


「確かに5枚受け取ったよ」

「お待たせ致しましたー。季節のケーキセットになります」


 ちょうどその頃、ロランのテーブルにレナエルと同じ店長お勧めセットが届いた。

 ロランは袋を閉じ、それをメモ帳と一緒に懐に仕舞い込んで満足そうに頷いた。1回の取引で5万Gの稼ぎと言うのは破格だ。

 昨年の10月にロランがベイル王国から冒険者支援制度で受け取った現金は5000Gで、当時のロランにとってはとんでもない大金だった。

 魔族の件は例外としても、ロランは冒険者になってからわずか1年未満で支援金の10倍を稼げるベテラン冒険者となっており、ロランはその事を喜んでいた。

 もちろん金を稼げばハーレムを目指せるという邪な考えも無くは無いので純粋な喜びであるとは言い難かったが。


 この時のロランは理解していなかった。

 ベテラン冒険者とは本来大祝福1に達するまでの長い間に多くの経験を積み、酸いも甘いも知り尽くした熟練の冒険者の事を指して言うのだと。

 特別な上がり方をしたディアナ・アクスには特別な教育が施されており、リリヤ・フォートリのような特別な才能を持つ者はそれに至る研鑽を積み重ねている。だがロランは、冒険者支援制度と運によってそれらをすり抜けた例外だった。

 もし彼が10年の経験を積んだ冒険者であったのならば、依頼者ドリーへの観察を行い、異常な大金を注ぎ込む行動や冒険者協会を通さない理由について思いを馳せ、依頼の拒否はしないまでも即答は避けたかもしれない。

 上手い話には裏がある。本当のベテラン冒険者ならば冒険者協会を経由させただろう。だが地に足のついた仕事や信用を考えるには、ロランには経験が不足し過ぎていた。


「よし、これでハーレム計画へ一歩進んだ!」

「ええと今何か聞こえましたけれど、もちろん私の気のせいですよねロランさん」


 異世界人ハインツ・イルクナーの創った冒険者支援制度と錬金術学校が、未だ誰も見た事の無い土壌と種となり、ベイル王国に新種の芽を出し始めた。

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