第01話 入学
ある日唐突に、ふと脳裏をよぎった。
装着者の寿命を停滞させ、その力が強ければ装着者の年齢すらも若返らせる『転姿停滞の指輪』。
その原理が分かれば、永遠の若さと命を手に入れられるのではないのかと。
指輪の核となる素材は、転生竜の竜核だ。
転生竜とは『神魔が世界の因子を残して消滅し、因子が竜核に変容して力を蓄え転生した存在』と定義されている。
転生竜の強さは生前の冒険者職業と祝福数に由来し、転生竜の復活回数は生前のカルマ内包量に由来する。また、強さによって転姿停滞の指輪の元となる竜核を落とす。
もう一つ大事な事がある。
転生竜は、世界の力を蓄えて復活する。
その際に世界の力を引き寄せるため、転生竜の巣では高い確率で輝石を手に入れられる。
そして強い転生竜の巣ほど、拾える輝石の力も高い。
それらを統合した結果、原理については次のように考えた。
『転姿停滞の指輪は、竜核が蓄えた世界の力を装着者へ送り込んでいる』
否定する部分は無いように思えた。人体が消費する全てのものを竜核が補填してくれるのならば、その間は保つ。
指輪の装着者が変わると効果が落ちるのは、竜核の共鳴力が落ちたか、あるいは力を消費したからだと仮定する。
そして一度装着すると別の指輪を使えなくなるのは、力を受ける側にも影響があるからだと仮定してみた。
『もし指輪を2つ同時に装着すれば、2つの効果を同時に受けられるかもしれない』
『私の持っている1格の指輪を他の竜核で補強すれば、効果が増すかもしれない』
私の思い付きが生まれては消えた。
私は同世代の人よりずっとお金があったけれど、自分の思考を実際に試みる知識も技術も無かった。
だからお金を関係する本に変え、私の知識に変えた。
すると母方の祖父が喜び、私の自由になるお金はさらに増えた。
私はそのお金で、さらに知識を付けた。
やがて独学の限界に伸び悩んだ頃、錬金術学校の創設を知った。
Ep06-01
バダンテール歴1260年4月8日。
錬金術学校の一般教室の席の一つにちょこんと座って配布された資料を見ていたレナエルに横合いから声が掛けられた。
「隣、良いかしら」
振り返った先には大人っぽい女性が同じく配布された資料を片手に持ちながら優しそうに微笑んでいた。
その後ろには赤毛の男性が付き従っている。
「はい、空いています」
「ありがとう。キストくん、こっち」
「はい、タニアさん」
二人はそう声を掛け合うとレナエルの隣に女性が座り、その女性の横に赤毛の男性が座った。
「あたしはタニア・ジャニー、15歳。よろしくね」
「あ、私はレナエル・バランドです。14歳です。よろしくお願いします」
「レナエル・バランドさんね…………あたしのことはタニアって呼んで良いよ。あたしはレナエルって呼んで良い?」
「はい、タニアさん」
「タニアで良いよ。同級生なんだし。でも飛び級制度って不思議ね」
「そうですね。私には妹が居るんですけど、妹は今月から2年飛び級して10歳で中等校に通い始めました。少し心配です」
「それは心配ね。妹さんはどんな子?」
「ええと、凄いしっかり者です。時々、私とお父さんが散らかした部屋をリディに片付けられてしまいます」
「うんうん。それはしっかり者さんね。リディちゃん」
タニアはレナエルの名字から、レナエルが錬金術師バランドの血縁者である可能性をすぐに察した。
だがそれを確認してしまえば、それが目的で接していると勘違いされてしまう懸念が生じるので、その話題を仲良くなった後に先送りしてまず呼び方に迷った風を装った。
錬金術師は研究室に入れる生徒を任意で5名選べてしまう。錬金術師の生徒に対する影響力は中等校よりも高いので少し注意が必要だった。
それでいて、ギリギリの情報を引き出す。
タニアはおしゃべりが大好きだ。タニアの父や姉はそれを商売にしている商人だが、タニア自身は義務ではなく趣味として情報を収集する。
商品の目利きも同様で、品物を調べるのがとても面白いから。希望分野を調合にしたのも、面白そうだから。もちろんレナエルもなんだか可愛いから。タニアにとって世の中はとても面白い。
「そういえば錬金術学校は1年飛び級までしか認められていないけど、レナエルはその理由を知っている?」
「いいえ、分からないです。若い頃から学んだ方が良いとは思います。但し、属性金属の製錬には力も使いますし、輝石は高価ですし、調合は素材集めもしますし、子供だと色々と不都合があるかもしれません」
「14歳で入学しても、半年間座学を学んで、研究室で一定の事が出来るようになる頃には15歳の成人年齢だから、なのかな?」
「そうかもしれません」
レナエルとタニアがおしゃべりをしている間、キスト・サンは黙ってタニアに従っていた。
女性同士のおしゃべりに男が高い頻度で割り込んだりしないのは当然として、キストにとってはお嬢様の商談の邪魔をしないという意味合いも強かったりする。
そもそもタニアは在学中も時々店の手伝いをするので、付き人であるキストの給与もジャニー商会から出ている。
タニアは次女なのでいつまでもジャニー商会にはおらず、キストもいずれ独立しなければならないのだが、将来は公務員と言う道もあるので3年間はタニアの付き人として恩返しを続けるつもりだ。
それはキストが決めた道であり、それを果たせば後は自由に生きようと思っている。
そんな近衛兵のさらに隣に、不審者が座って話しかけて来た。
「やあやあ、ここは空いているかな?」
4人用の長机が横に3つ並んで、1列には12名座れる。それが縦に5列あって、1つの教室には合わせて60名入れる。
1クラスに40名なので机には余裕があるが、自ら志望しておいていきなり一番後ろに座るような不熱心な生徒も少ないので、席は前から順に埋まって来ている。
「空いていますよ」
その男はキストの言葉に頷き腰掛けると、何やら分厚い本を机に置いた。その本の背表紙には、『人体解剖学書』と書かれている。
(………………)
キストはその男性から少しだけ距離を取った。
「いやはや、錬金術学校のなんと素晴らしい事か。この学校は、4つの専門分野に分かれて1つの分野を奥深く学べるが、4つの分野はそれぞれ連動しており切り離す事が出来ない。だから残る3つの分野についても教え、専門家同士の知識の共有や交換を図る。完璧だ!」
「……はぁ」
「いや失敬。つい嬉しくてね。私はトト・クワイヤ、17歳だ。同級生としてよろしく頼むよ。ところで君は?」
「キスト・サン、17歳です」
「おお。同い年とはさらに良いね。ハハハハハ」
立派な服を着た色白の男性は陽気に笑いながらキストの肩をポンポンと叩き出し、わずかに開いた距離を瞬時に詰めてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
はぁ……はぁ……。粗い呼吸のたびに肩が大きく上下する。
無数の化け物どもが絶対的な力を以って人に襲いかかり、掴んで投げ飛ばし、喰らい付いて地面へ叩き付け、柔らかくなった身体を丸飲みする。そんな光景は地獄と言うべきだろうか。
だが地獄にも程度がある。まるで大海を泳ぐ魚の群れが捕食者達に追われているかのようだ。
荒れ果てた大地を離れた巨大な爪が伸び、数瞬前までロランの身体があった場所を引っ掻いていった。
ロランは悪態を付く余裕すら無く真新しいロングソードを正面に構えながら後ろに飛びずさり、自分の身体と入れ替わるように敵へと突き進んで行く矢の行く末を見届けたが、矢は惜しくも敵の身体を掠めて荒野へと突き刺さった。
「ちっ」
何やら舌打ちが聞こえて来たが、ロランは聞こえない振りをした。可愛い人は舌打ちなんてしない。それよりも目前の敵に集中する。
目前の敵は『ムシュフシュ』という魔物で、この生物は頭部が毒蛇で一対の角を持ち、胴体と前足はライオンで、後ろ脚が鷲、尾はサソリと言う姿だ。
角で突き刺し、牙で噛みついて毒を注入し、ライオンの前足で敵を叩き殺し、ワシの後ろ足で敵の身体を抉りながら掴み、サソリの尾で牙とは別の毒を獲物に入れる。
身体の大きさは人の3倍ほどで、そのために毒腺がとても大きく注入される毒の量も尋常ではない。
強さはスキュラ等と同じで、成長や取り込んだ瘴気の量に応じて変わっていく。親離れし出した頃ならば祝福15程度で、最大で大祝福2ほどと目される。
食性は肉食で、主に魔物の肉を食べる。
「はあああっ」
リリヤの放った矢と共に戦士サロモンが敵へと向かっていた。グレートソードが力強く振るわれ、轟音を立てながらムシュフシュの身体へと叩き付けられる瞬間にスキルが上乗せされる。
『剛力』
シャフアアアアアッ。
ムシュフシュはサロモンの攻撃を飛びずさりながらライオンの胴で受け流し、着地と同時に大地を蹴って反撃の為にサロモンへ向かった。
だがムシュフシュが方向を定めて飛ぶ瞬間、同時にディアナもムシュフシュの頭部を狙える位置に飛び込んだ。
『昇斬』
ロランより良い武器を持ち、技量も戦闘経験も祝福数も高いディアナの一撃がムシュフシュの口から頬を裂いて行く。
シギアアアッ
ムシュフシュは身体を翻してサソリの尾でディアナを狙ったが、ディアナは一撃を与えると素早く飛び退いており、尾の反撃を受ける事は無かった。
相手を理解して立ち向かうのは冒険者として当たり前だ。
どうせなら戦力も充分に用意したかったが、アクス領の外側に存在する魔物の数は尋常ではないのでどれだけ戦力を用意しても充分とは言い難い。
なにせ第五宝珠格になって膨大に広がった加護範囲にかつて住んでいた瘴気を纏った魔物の大半がその外側へと逃げ出したのだ。大街道と違い、大規模な魔物の排除などしていない地域が大半だった。
殆ど瘴気を持たない魔物は消えたにしても、即死しなかった連中は加護範囲から出た辺りに生息域を移していった。追い出された魔物の数は尋常ではない。
そして、第五宝珠格が叩き出せる魔物の強さは祝福69までで、叩き出された中には大祝福2の巨大アラクネ等も混ざっている。魔物の強さも尋常ではない。
つまり、加護範囲の外側に生息する魔物の密度と強さが現在は尋常ではないのだ。
魔物を捕食するムシュフシュのような生物は獲物が増えて大量の餌を獲得し、凄い速度で成長し、瘴気を一気に溜め込み強くなる。生態系も酷い事になっている。
ロランが足を踏み入れた地は、か弱い人間にとっては地獄だった。
だが今回、討伐の中心PTとしてアクス侯爵と無敗のグウィードを倒した時の大祝福2の傭兵2名と後詰のリシエ秘書官、露払いとして3個騎士団と傭兵部隊まで付けて進軍したのには理由がある。
『速射』
スキルが乗って速度を増した毒矢がついにムシュフシュを捕らえ、その皮膚を浅く削いだ。
すると強い対毒性を持つムシュフシュは身を捩り出し、もはや戦闘どころではなく無我夢中で暴れ始めた。
『速射』 『速射』
ムシュフシュは防御を不規則に暴れまわっており危険で近寄れない。
こう言う時には魔法が一番確実だが、魔導師は数が少ない。代わりにリリヤのような遠距離武器のスキルを身に付けた冒険者が役に立つ。
それと、リリヤは敵に合わせて戦闘中に毒矢を変更していた。
「リリヤ、今度は何の毒だ?」
「血液凝固毒」
「なんだそれは」
「全身の血液が固まっていく毒」
「…………」
冒険者として周りを飛び抜けるには、他の冒険者を圧倒的に上回る何らかの力が必要だ。
リリヤは僅か17歳にして大祝福を越えた。冒険者支援制度すら受けずに、そんな速度で祝福が上がる事は本来あり得ない。
ディアナ・アクス侯爵令嬢は、高価な装備品やクロエと言う高レベルのお付きが居た。
ロラン・エグバードは、2匹の高レベルの魔物同士の相討ちから最初に漁夫の利を得た。
そしてリリヤ・フォートリには、猛毒の獲得から使い方までの深い理解があった。
サロモンが沈黙したちょうど頃、ムシュフシュはもがき苦しみながら動かなくなった。
戦闘に使用する毒には様々な種類がある。
例えば出血毒なら、負傷個所から血が止まらなくなって攻撃を受けて傷を作る度に出血量が上がり、急激な血圧低下で生命の危機となる。だがリリヤの用いた毒は、血液の循環を止める結論は同じでもさらに過激でえげつない方法だった。
「よし、負傷者はいないな。少し後退する」
「おう」
隊長であるディアナの命令で、傭兵12名が洞窟の入口付近へと後退を始めた。
洞窟と言うのは今回の作戦目標である4格の転生竜が住んでいる場所だ。アクス領は大きく広がり、それを足場に北の山岳地帯へ足を進む事が出来るようになった。
今回狙っている転生竜の強さは中の上で、大祝福2の強い冒険者と同程度。ちなみに獣人に種族補正があるように、竜にも竜補正がある。空を飛べたり、体力が異様に高かったり、瘴気を纏った魔物では無いので宝珠都市内に自由に出入りできたりと色々とある。
そして転生竜は『世界の力を蓄えて復活する』という最大の特性を持つ。
世界の力とは何か。例えば輝石に込められているエネルギーなどの事である。
転生竜は復活する際にその力を世界から集める。雷竜なら雷の力を、炎竜なら炎の力を。そして復活を果たした転生竜の巣の奥には、集まってきた力が周囲に溜まって塊となり、輝石というものを生み出す。
力の強い転生竜ほど招き寄せる力が大きい。竜の巣は自然発生したお宝が一杯なのだ。
今回の転生竜退治は、つまるところ大量の新規輝石の獲得が目的であった。さらに竜の身体は全身が装備品の素材にも使える。
「国なら輝石を冒険者から買えば良いのに。たまに冒険者で討伐隊が組まれるでしょ」
ロランがそうぼやくと、ディアナはそれに同調した。
「そうだね。では今後は、国が買って値が高騰したために冒険者が入手し難くなった輝石の総場を捨て置き、民衆に対する税を上げてさらに高価な輝石を買い集めるとしようか」
金が足りなければ増税すれば良いと言う発想は、無知な幼児に政治ごっこをさせると起こる現象である。後先をまるで考えていない。
ロランもそこまでアホでは無いので、増税しない案を提示した。
「税を上げずに買い集めたらダメなの?」
「ではその分、内政に使う金が減る。おまけに国が買うと分かっているので輝石の総場は高止まりのままだ。だけど獣人帝国との戦争が終結していないので輝石を買わない訳にもいかない。問題の抜本的な解決にはならないね」
「うーん、俺に政治は無理だな」
魔物退治は騎士の祝福上げと連携の訓練に、輝石や竜素材は錬金術で強化して騎士装備に、そして全てを自前で調達する事により質の向上にも大幅な軍事費の抑制にも繋がる。
騎士の犠牲は強化との損益や、騎士の補充体制を冒険者支援制度の運用開始と絡めて見ている。『最小の犠牲で最大の効果を』というのは政治や軍事の発想だ。
メルネス・アクス侯爵に『協力して欲しい』と言われて手伝った所、従軍させられたり傭兵と組まされたりして大変な事になってしまった。
竜素材は錬金術の素材に用いるんだと言われて、レナエルの為に協力するかなと思ったのがロランの悲劇の始まりであった。
シギャアアアッ。
「空からだっ!」
突如警告が発せられ、各自が武器を抜きながら空を見上げた。
「……早く帰りたい」
ロランも魔族退治の報奨金で買い替えた防具を纏い、真新しい剣を抜き放ちながら黒く淀んだ空を見上げた。




























